第7話 チートは無力
「──さて、お二人とも。本日もまた剣の稽古を始めていきましょう」
「「はーいっ!」」
訓練用の木剣を片手に、俺たちは元気よく返事をする。
本日講師を務めてくれるのは、剣術に関してよちよち歩きだった頃から面倒を見てくれているルドルフ先生。……まあもっとも、今でも大した実力はまだ無いのだが。
優しい初老の男性で、先生はその昔王国騎士団で副団長を務めていたこともあるのだとか。軍部関係の父様の知り合いのようだ。
「……リリアン様。あなたは筋はかなり良いですが、少々無鉄砲で集中力が散漫になってしまうことがあります。前々回の授業から申している通り、本日も常に冷静に、目の前の事だけに集中できるように頑張りましょう」
「はい! わかりました!」
ルドルフ先生はこうして、授業の前には必ずその日の目標を教えてくれる。生徒一人一人に合った訓練の方法を考えてくれて、その授業終わりにまたその日の総評と次の課題を提示してくれるのだ。
「先生、僕にもお願いします!」
「はい、勿論です。……レオンハルト様、あなたは逆に六歳とは思えぬほど普段から落ち着いておられます。ですが、その分自身が持っている実力以上のことをしようとしてしまいがちです。リリアン様を見て焦る気持ちがあるのは分かりますが、ゆっくりと自分の出来ることから学んでいきましょう」
「……は、はーい……」
要約、つまりリリアンみたいに強いわけじゃないんだから身の丈に合った事をしろ、と。わ、わかってるよ、そんなこと言われなくてもっ!
──そう。ルドルフ先生の言う通り、実はリリアンには生まれつきものすごい剣術の才能があったのだ。否、剣術だけに留まらず武術関係は全て俺より圧倒的に強い。そりゃ五歳の頃から、木でも崖でもすいすい登れるわけだ。
対して、俺は……あまりにも人並みである。どこにでもいる普通の子供と変わらない、そこまで突出した才能もない感じ。女神さま、その辺ももう少し融通してくれても良かったんですよ……。
「い、いや、別にいいし……俺には、他のがあるし……」
確かに身体能力に関しては何の恩恵も無いっぽいけれど、それを抜きにしたって俺には超回復があるもんね!
だから、別に問題無いしっ!
「──さて、ではお二人とも。まずは軽く打ち合っていきましょう。そして、その都度私が改善点を教えていきます」
「「わかりましたっ!」」
こうして、本日の訓練が始まった。
「レオン、頑張ろうね!」
「え? ……う、うん、まあ程々にね……」
気合十分なリリアンに、俺は若干及び腰になる。二人一緒の授業では毎度、俺の訓練相手は先生ではなく彼女になるのだ。
ふ、ふんっ!確かにリリアンはかなり筋が良いみたいだけど、俺には女神さまからのチート能力があるんだ。こんな幼女相手に負けたりしないもんね!
「それでは、お互い怪我には気を付けてください。──はじめ!」
「いっくよー、レオン!」
一定の距離を開け、お互いに向き合った状態。
そして、先生の開始の合図と共にリリアンが駆けだした。
「っ……相変わらずだね。それじゃあただ真っ直ぐ突っ込んで来てるだけだよ、リリアン……!」
彼女の性格上、小手先の小細工や創意工夫が苦手なのだろう。よって、リリアンはいつも真っ直ぐに、直線的に突っ込んでくることが多い。そして、そのあり余る筋力に任せ剣を振るうのだ。
そんなの、よく見ていれば当たらないし、素直過ぎていなすことも容易いというもの。
「今日こそ勝つ! リリィ!」
そう言って、俺もまた踏み出した。
まずは、彼女があからさまに構えた、左からの大振りを躱して────
「──ぶほぇっ!?」
……そのまま横振りが顎に直撃した俺は、宙を舞い地面に転がり落ちた。
いっ、痛いッ!痛すぎるッ!!
「レオンっ!? 大丈夫!?」
やった張本人である彼女が、心配そうに駆け寄ってきた。く……な、なかなかやるじゃないか、リリアン……。
「だ……大じょほぶ、大丈ふ……これくらい、なんほも……」
剣先が顔下を掠めたことにより、顎が少し外れてしまっていた。おまけに鼻血は出るし、涙目だし、リリアンにまたカッコ悪いところを見せてしまった……あと、先生がなんか「はぁ…」ってため息を付きながら顔を手で覆ってる。そんな残念そうな顔しないでよ……。
えぇい!どうせこれくらいの傷なら神授が治してくれるんだ、こんなことでヘコたれる俺じゃないぞ!
「そ、それよりリリィ、もう一本だ! 続けるよ!」
「え……わ、わたしはいいけど……本当に大丈夫? もっとゆっくり、優しくやった方がいいかな……?」
「やめて! そんな哀れむような、優しい眼を向けるのはっ! ……リリィ、本気でやらなきゃ訓練にならないだろ! だから、次も思いっきり、僕を敵や悪者だと思ってやるんだ!」
「っ! ……わ、わかった、レオンがそう言うなら……わたし、もっと頑張る!」
そう言って、彼女は再び元の位置へと戻って行った。……けれども、その剣を握った手には更に力が籠ったようで、どうやらこっちの想いを汲んでくれるつもりらしい。
よ、余計なこと言ったかなぁ……。
「──じゃあ、行くよ! レオン!」
「う、うんっ! つ、次こそは……」
そして、彼女はまた走り出す。しかも、先程と全く同じ構えで、同じ道を辿りながら。これなら、さっきと同様左から右にかけての横一線の攻撃となるだろう。
「くる場所が分かってれば、どうってことは──」
超回復のお陰で、既に先程の傷はある程度は回復していた。まだ口の中に濡れた鉄のような味が残っているが、どうってことは無い。
先程の経験を活かし、今度こそはこの攻撃を避けてみせる!
「────っ! ……っぶないっ!」
向かってくるリリアンに対し、今回こちらはその場に突っ立ったまま構える。そして、読み通り払われた一線に一歩後ろに下がることで対応し、寸でのところで攻撃を躱してみせる。
やった!上手くいったぞ!
「ふんっ、どうだリリィ! 僕だって、これくらいやれば──」
「てやーっ!」
「ごっふぇ!?」
──一度目の攻撃を躱して喜んだのも、束の間。直後そのまま流れるように繰り出された上からの振り下ろしにより、僕はキャンバスへと沈んだ。
思いっきり脳天を叩かれ、うつ伏せに倒れる。い、痛いっ!あ、頭が、割れるようにィ!
「あっ……ご、ごめんレオン……本気でやれって言われたから、頑張ろうと思って、つい……」
「…………ふ、ふぅ……腕を上げたじゃないか、リリィ……ほんの、ほんのすこーしだけ、効いたよ……」
脳が揺れるような痛みと、大口をたたいた手前あっさりノックダウンされた恥ずかしさにより、俺は俯きながらそう言った。
これは剣の訓練なのだから、当然一度攻撃を避けられたからって終わりではないだろう。対戦相手が居れば、次の一手二手と攻防が続くのは当たり前だ。
「──でも、まだ少し短絡的なところが残ってるね。さっきと全く同じ攻撃じゃ、相手に簡単に躱されちゃうよ」
「う、うん……レオン、また鼻血出てるけど……大丈夫?」
「鼻血? なんのことだい、そんなの出ていないよ」
ゆっくりと起き上がり、そして隠す様にして鼻から垂れた血を俺は拭った。未だに脳天にはたんこぶが出来ているが、まあそのうちこちらも治ることだろう。流石は女神さまのチート能力。
「……さあ、そんなことより続きだ、リリィ。僕はまだやる気満々だよ!」
「う、うんっ! わかった、行くよ!」
そうして、俺たちはまた向き合った。
素直で真っ直ぐ、単純で簡易的な攻撃しかしてこないリリアン。そんな彼女相手に、俺が負ける要素などあるはずも無く────。
「──はぁ、はぁ、はぁ……ッ!! な、なんで、おれ……幼馴染の女の子にボコボコにざれてんだぁ……」
青空を仰ぐ俺は、そう誰にも届かぬ嘆きを上げた。
女神さまから授かった、神授『超回復』。これはどんな怪我もたちどころに癒し、傷跡すら残さず完治する。それは内容通りチート級の力であり、そしてこの能力を発動するときは、必ず────”痛みを伴う”のだ。
女神さま……祝福はすっごく嬉しいんですが、出来れば痛覚遮断くらいのオマケは付けといてくれませんかね。あと、ついでに身体能力関係にも何かバフをくれたら尚良かったんですが……。




