第8話 隙あり
自分には剣術の才能も、そっち方面へのチート補正も無いと知り、俺は別の手段を試してみることにした。
と言っても奇想天外な妙案があるとかではなく、アプローチの仕方を変えてみようと思ったのだ。その方法とはズバリ、『分からないことは先輩を頼れ』である。
ただ地道に訓練するだけでもいいが、それでは到底リリアンには勝てない。ならば、彼女以上にその道に通じており、かつ強いであろう者たちの動きを直接見て勉強しようと思ったのだ。力で勝てぬのなら、やはり周りの環境を利用したり前世の記憶を使ったりと、『知恵』を駆使して戦わねば。
まあ、見た目六歳で中身が高校生って時点で、随分とチートであるが。
「──どいういう風の吹き回しだ? レオンハルト。俺と先生の剣の稽古を見学したいなんて」
屋敷の中庭。日々リリアンにボコられているのと同じその場所にて、俺と兄様は軽く準備運動をしていた。
俺の今日の分の授業は既に終わっており、今からは兄様が授業を受ける時間だ。
「え、えーっと……実は、どうしても勝ちたいライバルが居まして……」
「? ”らいばる”って、なんだ?」
「つまり、好敵手ってやつですね。……まあ、毎度一方的にやられてるし、向こうはそう思ってないでしょうけど……」
「好敵手、だぁ? ……お前、随分と難しい言葉知ってんだな。父様も言ってたが、お前が勉強熱心だってあの話は本当みたいだ」
感心というよりは少々馬鹿にしたような感じで、兄様はそう言った。
それに対し、僕は「あはは…」と愛想笑いを浮かべる。実際にはこの世界で習った言葉ではなく、前世で得た知識なんだけど……。
「……まあ、僕ももうすぐでお兄ちゃんになりますからね。馬鹿にされたり、誰かに紹介されても恥ずかしくない兄にならないと!」
「ハッ! お子様が何言ってやがんだ。お前はそんなこと心配してる暇があんなら、訓練のときにいつも無様に負けてるらしい、ルミナーレ家の次女に勝つ方法でも考えて──あぁ、好敵手ってそういうことか」
ハッとした兄様は、妙に納得した表情を浮かべていた。
──実は、ここアイゼンリッター家にはもうすぐ赤子が生まれることになっていた。数カ月前にお母様からその発表があり、既にお腹の方は傍から見ても分かるほどに大きくなっている。性別は生まれてみるまで分からないらしいが、俺たちに新しく家族が出来ることは間違いないのだ。
新しく生まれてくるその子の為にも、お兄ちゃんとして俺は頑張らなければならない。
「なるほどな。レオンハルト、お前はあのリリアンとかいう子にいいとこ見せたくて、俺様の剣の特訓を見学したいとか言い出したわけか」
「べっ……別に良いところとか、そういうわけじゃ……ただ、負けっぱなしはカッコ悪いと思って……」
「どっちでも一緒だろ。……まあ、そういうことならわかった。この俺の華麗な剣捌きを見て、たっぷり勉強していきな!」
そう言って、兄様は立ち上がった。
その手には訓練用の木剣が握られていて、準備万端である。
「──さっ、準備運動は終わりだ。今日もよろしく頼むぜ、ルドルフ先生!」
「はい、お願いします。ジークリット様は相変わらずお元気ですねぇ。……それでは、本日は少し趣向を変えてみましょうか」
授業に向かった兄様と先生が向かい合っているのを尻目に、俺は二人が見える位置に用意されたベンチに座った。日傘付きのテーブルが隣に置かれいて、丁度いい日陰と昼下がりの風が心地良い。
「趣向を変える?」
「えぇ。いつもはジークリット様から自由に打ち込んで貰っていますが、今回の授業から私も少しずつ反撃をいたします。これまでは攻撃にばかり気を配ればよろしかったですが、今後は相手からの反撃、追撃にも注意してください」
気持ちのいい風に当たっていると、脇からスッと紅茶の入ったティーカップが置かれる。振り返ると、そこにはニッコリと笑顔を浮かべたイルゼが立っていた。
俺が「ありがとう」と返すと、彼女は「いえ、とんでもありません」と答える。イルゼはいつも、俺がどこにいてもこうして現れ尽してくれる。本当に良いメイドさんだなぁ。
──こうして、兄様たちの授業は始まった。
「よくわかんねぇが、ようはいつも通り剣を振るえばいいってことだよなぁ!」
「……まあ、そういう捉え方も出来ますね」
勢いよく飛び出した兄様に対し、先生は温かい笑みを浮かべていた。
……ちなみに、兄様に今剣を教えているのは俺やリリアンと同じ、あのルドルフ先生だ。俺たちの授業のときは、基本こちらの攻撃を受けてくれるか後は型の練習をしてくれたりがほとんどである。
よって、例え稽古であったとしても先生がまともに戦うところを見るのは、これが初めてであった。
「行くぜっ、おらぁ!」
軽快に駆ける兄様は、先生にギリギリ手が届くくらいの位置で一瞬立ち止まる。そして、片足を軸に一回転しそのままの勢いで木剣を叩きつけた。
「チッ……んじゃ、これでどうだっ!」
しかし、その力任せの攻撃をルドルフ先生は何でもないように防ぐ。殴りつけるような剣を剣で受け、兄様の一刃目は不発に終わった。……が、そこですかさず二刃目を投入。続けて三刃、四刃と、流れるような動作で兄様は攻撃を仕掛けた。
「……相変わらず、大変よく勉強されています、ジークリット様。齢九つとは思えぬ動きです」
「ハッ! 全部受けきられてる相手に言われても、スカッとしねぇよ!」
──けれども、その全てをルドルフ先生は受け切る。
恐らく、兄様のこれくらいの猛攻なら普段から普通に見ているのだろう。
「そうですか。では──」
だからこそ、だろうか。
或いは、今日は趣向を変えると言っていたので、それに寄ったものなのかもしれない。
とにかく、先生はある一手の攻撃を受けた後剣を自身の身体よりも後ろに構え、あからさまな”隙”を作り出した。
「ッ! ──隙ありっ!」
そして、それを好機と捉えたジーク兄様は大きく剣を振りかぶる。
あ、これは──まだそこまで剣に精通していない俺でも、流石に先生の意図が分かってしまった。
「まずは一本──」
「……いけませんね、”反撃する”と言ったのに」
剣の持ち手を両手で握り、思いっきり頭上に振り上げ、そのまま振り下ろす構えの兄様。
──が、それを待ってましたと言わんばかりに、ルドルフ先生は素早く相手の腹を突いた。
「ぐっ、ふ──」
まさか相手からの攻撃が来るとは予想していなかった兄様は、文字通り不意を突かれた一撃によろめく。相手に向かって行っていた時に受けた突き攻撃だ、恐らく見た目以上にジーク兄様は痛い思いをしているだろう。
「く、っそ……」
そのまま堪え切れず、兄様は片膝を付いてしまった。
あ、まずい。相手のそんな近くでしゃがんだら……。
「──それに、追撃するとも言いました。戦いの最中に相手から目を離してはいけませんよ」
そんな優しい言葉と共に、先生の木剣が兄様の頭の上にポンッと振り下ろされた。
──一本。これが実戦であれば、ジーク兄様は致命傷を受けルドルフ先生の勝利であっただろう。
「なっ!? ……ず、ズルいぜ先生! こっちが痛がってる隙に攻撃するなんて……」
「いえ、ズルくなどありませんよ。──これがもし、真剣を使った同士の戦いであったなら? ジークリット様はとても素晴らしい才能をお持ちですが、少々慢心してしまうところがありますね」
「ッ……チッ、趣向を変えるってこういう意味かよ! モヤモヤするぜ!」
負けた事実、そしてまるで騙されたような気持になっているらしい兄様は、憤りを口にしていた。
しかし、そんな兄様の悪態に対しても先生は涼しい顔を崩さない。
「……ですが、いい勉強にはなりましたね。相手が自分より手練れである時、または剣に慣れた相手である時、こうした揺さぶりは対人戦においての基本です。──それに、相手がこれから大きな攻撃を仕掛けようとしている時、それこそジークリット様も言われていた通りの『隙あり』というものです。……よく覚えておきましょうね」
最後に、『覚えておきましょう』と言った時、先生は一瞬だけこちらにも視線を飛ばしてきた。……恐らく、その言葉は目の前の兄様だけに向けたものでは無いのだろう。
でも確かに、この授業は俺にとっても相当勉強になった。
「……~ッ!! くそっ、こんなんじゃ納得できないぜっ! 先生、もう一回だ!」
「はい、勿論です。時間の許す限り挑戦してみましょう」
先生の言っていた”教え”をちゃんと理解したのか、はたまた単に負けず嫌いが作用したのか、兄様の怒っている様子を見ただけではわからなかった。
ただし、それでもジーク兄様の瞳に宿る炎だけは、確かにメラメラと燃えている。




