第5話 兄様
────幼馴染を助けるために大怪我をしてしまった俺は、何故か完全に傷が回復した状態で目が覚めた。
その後父様や母様、フィリップ様たちにあれやこれやと調べられた結果、どうやら俺は【神授】というものを授かって生まれたかもしれないという可能性が浮上する。
それは、女神さまから齎されるという奇跡の力。数百万人に一人という確率で先天的、或いは後天的に発現する能力であり、この大陸一の大国である【アルヴェリア王国】ですら公式にそれを”持つ”と認められた者は一人しかいないほど、希少な存在であった。
──そして、その話を父様たちから聞かされた時、俺の心は僅かに滾った。
フィリップ様の話では、俺が賜った神授は自身の怪我や傷を即座に癒すもの、またはそれに準じた力だという。一応、ある程度場が落ち着いた後に駆け付けた領都の医者に色々と検査をされたが、頭を含めどこにも異常がなかったことが確認された。
つまり、俺の身に起きたことは奇跡以外の何ものでもないということ。そしてもし、この力が今後も恒常的に発動するというのであれば、要するに俺は……この異世界への転生特典として、女神さまから”チート能力”を授かったということになるのだ。
「──へぇ……ここが、お父様の言っていた書庫か。たぶん初めて入ったと思うけど、思ったよりたくさん本があるんだなぁ……これは期待できそう!」
そして、そんな騒動があった翌日。俺はヴァルター伯爵邸の『書庫室』へと足を運んでいた。
ここはその名の通り書物を保管している部屋であり、部屋の壁一面には本棚が置かれていた。更に部屋の中央には木製の机と椅子が用意されており、普段から父様や母様、最近では兄様なんかが調べ物や読書等に利用しているらしい。
……ちなみに、この世界における書物の価値はそこそこ高い。特に上質な紙が使われた本ならば、一冊買うのでさえ平民では苦労する値がするのだとか。
「……まあけど、その辺は流石伯爵家って感じだよな~。部屋いっぱいとまではいかないけど、かなりの量の本があるし……この家に生まれたこと自体、俺にとってはかなりの役得だ」
そんな、見る者によっては宝の山であるこの部屋を俺が訪れた理由、それはひとえに『情報収集』の為であった。
現状、この世界について俺は無知すぎる。そりゃたった齢五つの男児が一体何を知っているんだという話ではあるが、それでも俺の中身は好奇心旺盛で知りたがりな高校二年生なのだ。
そして、俺は昨日もしかしたら他の誰にも無い特別な能力を持っているかもしれないと聞かされた。となれば、例え年頃の俺でなくともこの現状に対し、”この感情”を抱かずにはいられないんだ。
「────生まれた境遇。そして、授かったこの力を最大限利用して……カッコよく活躍したり、物語の中に出てくる英雄みたいに生きてみたい……!」
それこそが、今の俺を動かす原動力であった。
俺はこの世界で、誰にも真似できない偉大な何かを成し遂げたい。……いや、そんな大層なものじゃない。もっと単純に……そう。どんな悪にも屈せず、無傷で大勢の敵をなぎ倒し、魔法や現代知識を使って活躍する────そんな”無双”を、俺はしてみたいんだ!
だから、まずは手始めにこの世界のことを知ることにした。このアルヴェリア王国や近隣諸国の法律や歴史、どんな生活をしているのかも。
それに、魔法についてだって知りたい。日本に生まれ、今まで生きてきた俺にとってそれはあまりにも興味を引かれる分野だ。……それに思い返してみれば、俺はまだそれを使っている人間をこの世界で見たことがない。かなりありふれたものではあるらしいけど、それでもやはり使い手が希少なのだろうか。
そして勿論、一番肝心な神授についても。……ただ、これについては存在自体がかなり珍しい為、あまり多くのことは分かっていないらしい。授かった人によって能力の内容は変わるということらしいけど、じゃあ俺には一体何が出来るのか……それは、自分であれこれ試してみるしかないのだろう。
「──やばい……俺、結構ワクワクしてるかも……!」
何もかもが初めてで、興味を惹かれることばかりな異世界生活。
前世の記憶を取り戻してから、僅か数日。その間、何もせずただ現実を受け止めようとしていた日々が無意味すぎると思えるほどに、俺は興奮していた。
「……てなわけで、取り敢えずはこの世界を知るための第一歩として、部屋中の本を読み漁ってやろう! 時間は無限にあるわけだし~」
誰もいない書庫室で、俺は一人元気にその一歩を踏み出した。
「…………あれ、いや、待てよ──俺、この世界の字読めないじゃん……」
──が、その足は僅か数秒で踏み外された。
部屋のあちこちを見渡すと、そこには正しく整理された書物が並んでいる。そして、それらの背に記されたまるで直線をつなぎ合わせた記号のようなものを見て、俺は絶望した────まずい、なんて書いてあるのか全く分からん。
「……ま、まあ、当然っちゃ当然のことか……今までお父様やリリアンたちと普通に会話できてたのは、五歳まで生きてきた知識があってのことだし……逆に言えば、その間に文字の読み書きを覚えてなかったら、本が読めないのは当たり前なわけで……」
前途多難。俺はこの世界のことを知るために、まずは文字を覚えなければならないと思い知った。この書庫内にこの国の五十音表でもあればいいんだけど……。
「──あれ、レオンハルト……? 珍しいな、お前がこんなところに居るなんて」
突然、背後からそんな声が掛かった。
「え……あっ、”兄様”? どうしてここに……」
そのことに驚きつつ俺は後ろの、書庫室の入り口の方を振り返る。すると、そこには父様と同じ赤色の髪を後ろで結んだ、如何にもやんちゃそうな少年が立っていた。
ジークリット・ディ・アイゼンリッター。アイゼンリッター家の将来有望な長男であり、俺の三つ上の兄様である。
「どうしてって……そりゃこっちの台詞だ。ここは、まだ子供のお前が来るようなところか?」
「べ……別に、いいじゃないですか……ただ、ちょっと読書に興味があるお年頃なんですよっ」
「ふーん、本当かよ。俺にはそんな時はなかったけどなぁ……。てか、レオンハルト。お前もう普通に歩き回ってて大丈夫なのか?」
兄様は、少々切れ目なそれを訝しげに向けていた。
しかし、それは決して俺を睨んでいるとかではなく、どちらかと言えばこっちを気遣ってくれていたのだろうと思われる。
……実は父様たちの話によると、昨日の俺が大怪我をしてしまった件に際しアイゼンリッター領の領都まで医者を呼びに行ってくれたのは、何を隠そうこのジーク兄様だというのだ。しかも、その役目を自分から買って出たらしい。
見た目や態度的にはかなり不良少年っぽいが、意外にも家族思いな一面があるようだ。
「はい、お陰様で。この通り何ともありません」
「へー、そうなのか。……確か、神授、とか言ったか? まさか自分の弟がそんなもんを授かって生まれるとはな、いけ好かないぜ。──おいレオンハルト、お前そのこと絶対に他の人間には言うなよ?」
「わ、わかってますよ……」
相変わらず、兄様は鋭い眼光を向けていた。
俺の神授について、昨日皆で決めたことがある。それは、レオンハルトが大人になり自分で自分を守れるようになるまでは、極力このことを口外しないようにしようというもの。理由はまあ色々あるが、一番は取り敢えず俺が誘拐や人攫い等の事件に巻き込まれないようにするため。
この世界では神授を持っているかもしれない、というだけで簡単にそういう輩に狙われてしまうのだそうだ。特に貴族家の子供となれば、それ以外も含めて利用価値は高いのだろう。
「本当に分かってるのかぁ? 子供は、珍しいことがあると何でもベラベラ喋っちまうからな……」
「僕はそんなことはしません、絶対です。……そんなことより、ジーク兄様。兄様はここに何をしに来たんですか?」
「おっと、そうだった……実は、俺もその神授とやらに興味が湧いてな。自分なりに調べようと思ってここに来たんだった。えーっと確か、どこかにそれっぽい本があったような……」
えっ!ここに神授に関する本があるのっ!?
あまり詳しいことは分かってないって父様が言ってたから、てっきりそれらしい本は無いと思ってたんだけど……。
「っ……に、兄様っ! 俺……じゃなくて、僕もその本読みたいです!」
「あ? ……はー、なるほど。だからお前はこんなところに居やがったのか。一緒に読むのは構わないが、レオンハルトは字が読めるのか?」
「え、えーっと、それは……読めません……」
「ハァ~、そりゃそうだよなぁ。……わかった。この優しい優しい兄様が、特別に声に出して読んでやる。ありがたく思え! ……ただし、そろそろお前も字の読み書きの勉強を始めろ。俺だって今でも苦労してるんだからな」
貴族家の人間である以上、幼いころから英才教育を施されるのはこの世界においても変わらない。五歳になるまでは割と自由に過ごさせてくれていたこのアイゼンリッター家でも、俺にもそろそろその波が押し寄せてくる頃合いなのだ。
「よし。それじゃレオンハルト、そこに座れ! 俺様が神授とそれに関する歴史の本を読んでやる。折角読み聞かせてやるんだから、絶対に居眠りなんてするんじゃねぇぞ!」
「はい! ありがとうございます、兄様っ!」
粗暴で、ちょっぴりやんちゃなその少年。
しかし、弟の身から見れば結構面倒見の良いお兄ちゃんのようだ。




