第3話 無痛の目覚め
──痛い。
朦朧とした意識の中で、自身を刺激する感覚はそれだけだった。
頭というか、脳というか、とにかく自分のすぐ後ろから痛みが迫ってきているような感じ。実に不愉快で、そしてそれと同時に嫌な寒気が覆う。
「 ……お父…! 見て、あそ……レオ…が……!! 」
……遠くで、誰かが叫んでいる気がした。
あれ、この声は────誰だっけ。
「 なん……とだ! レオ…ルト! しっか……しろ……! 」
「 …れは……変だ! すぐに…敷に……いそげ! 」
俺の周りに、いくつかの人の気配が集まってきた気がした。何故か急いだように駆けてきて、こちらを呼び掛けている。
どうして、皆そんなに大きな声を上げているんだ。それに、今身体を揺らされたら痛いんだけど……。一体、何があって────あぁ、そうだ。確か、俺……手を滑らせたリリアンを助けるために、彼女の下に飛び込んで……。
「────いやっ、死んじゃダメ……レオンハルトっ!」
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「……!」
パッと目を見開き、最初に見えたのは真っ白な壁であった。
否、白い天井である。知らない場所……いや、印象は薄いものの、どこかで確かに見たことがある。
ここは、そうだ……俺の部屋だ。
「──ッ! 見てっ! レオンが目を開けたわ!」
未だはっきりしない意識の中で、俺は何とか自分の所在を掴もうとする。
すると、突然隣からそんな大きな声が響いた。
「なにっ!? し、信じられない、まさか意識が戻るなんて……!」
「レオンハルトっ!」
さらに、続けて男性と女性の声が聞こえて、こちらを覗き込んでくる。……それは、とても心配そうな顔を浮かべた、お父様とお母様であった。
「レオンハルト! しっかりしろ、意識はあるのか?! 私の声が聞こえるか……!」
「レオンハルト、大丈夫っ? 私達が分かるっ?」
「レオン……!!」
俺の身体を軽く叩き、必死に意識の有無を確認する父様。
目に大粒の涙を溜め、更に顔を近づけてくる母様。
そして、同じく泣きながら何かを訴えかけるように俺の名前を呼ぶリリアン。……リリィ……あぁ、そうだった。俺は彼女を助けるために、また無策のまま走り出してしまったんだった。
「───おとお、さま……お母様、リリィ……」
「「「……!!」」」
自分の身に何が起きたのか、それを思い出し理解した俺は咄嗟に口が開いた。すると、それを聞いた皆が一斉に歓喜の声を上げる。
「わぁぁーん! れおぉぉぉん、生きてたぁ……!!」
「ハァ…! ……良かった、目を覚ましてくれて……」
「……実に、奇跡だ。当たり所が悪く、あれだけの大怪我だったというのに……」
涙腺が完全決壊し、涙と鼻水をまき散らしながらリリアンが抱き着いてくる。またそんな彼女をなだめるでもなく、母様も同様に引っ付いてきた。ちょ、ちょっと、こっちはまだ起きたばかりで……それに、記憶が正しければ俺は頭を強く打って気絶してしまったはずだ。そんな人をいきなり揺らすってのは────って、あれ?そう言えば、頭が痛くないような……。
「……! おいレオンハルト、もう起きて大丈夫なのかっ?」
自身の身体の、ある意味おかしな点に気が付いた俺はゆっくりと上体を起こした。
俺が覚えている最後の記憶は、崖から落ちそうになってしまったリリアンを庇って彼女の下敷きになったことだ。その際おもいっきり後ろに倒れて、多分当たり所が悪かったのか頭部から出血してしまったような気がする。
あまり良くは覚えていないけど、そんな俺に駆け寄ってきたリリアンのあの時の表情を見るに、かなり悲惨な状態になっていたはずだ。
「……?」
けれど、それにも関わらず俺は頭どころか、身体中どこを探っても痛みはないようだった。しかも患部である頭には応急処置として止血用の包帯が巻かれているものの、感覚的に出血すらしてない様子。……一体、どうなっているんだ?
「……レオンハルト……やっぱり、頭が痛みますか? ごめんね、そんな簡単な処置しか出来なくて……今、急いで領都に医者を呼びに行っているから……」
「お母様……いえ、それなんですが……」
身体のあちこちをペタペタと触り、全身の怪我や痛みの有無を確認する。すると、その様子を見た母様が顔を真っ青にしてそう言ってきた。そりゃ、ついさっきまで重傷で眠っていた息子がいきなり起き上がって、変な動きをしていたら心配にもなるだろうけど……。
「……えっ。ちょ、レオンっ! それ取って……だいじょうぶなの……?」
それでも、やはり異変を感じた俺は綺麗に巻かれていた包帯に手を掛けた。簡単に外れぬようにと結ばれたていた端を強く持って、スルスルと回していく。視界の端に映る布部分は所々赤黒く染まっていて、それを見るにかなりの量の出血をしているようであった。
──そして、俺は驚愕する。
これだけの出血、周りの反応、それらがすべてを物語っていた自分自身の現状に対して。
「────痛く、ない。……それに、血も完全に止まってる……」
包帯に染み込む程、俺の傷は深い筈だった。
子供とは言え少女一人が頭上に落ちてきて、その速度と重さが乗ったまま頭を地面に打ち付けた。その結果気を失い、本当なら奇跡的に目を覚ませたとしても後遺症や痛みを感じてもおかしくないはずなのに────。
「っ!? そ、そんな馬鹿なッ! 私達が駆け付けた時は、お前は間違いなく……レオンハルト、頭を見せなさい!」
父様はそう言うが早いか、本人の了承も待たずに俺の頭に飛びつく。そして己では見えない部分を詳細に観察しつつ、そしてゆっくりと該当部分であろうヵ所に触れていた。
「──ッ! き……傷が、”無い”……!?」
まさに、連続の驚愕。
俺本人を含めた、その場の全員が目を見開き固まってしまっていた。




