第21話 今自分に出来る事
……怒鳴り込んで来たジーク兄様を沈めるべく、再度先生たちから何があったのか説明があった。
そして、そこでようやく兄様と母様は、今回の襲撃事件に『魔物が関与している』と知ることになる。
「──それで? 何で先生たちは、今回のことが魔物の仕業だって思ったんだ!」
襲撃事件の犯人が魔物である可能性が高い。そうルドルフ先生が口にした時、ジーク兄様がそう質問した。
……確かに、当然の疑問だ。先生たちはその現場を実際に見てきて、そういう結論に至ったようだけど──では、一体そこで何を見たのか。
「はぁ……ったく、なんでジークまで連れて来やがンだ……。──遺体だ! 遺体を見て、ついでに壊れた馬車を見たから分かった。人間がああいう死に方をしてる時は、大体魔物の仕業なんだよ!」
ラグーナ先生が少々乱暴に、大雑把に答えた。
……いや、今回の場合は直接的な言い方をしなかっただけなのかもしれない。魔物の被害に遭った現場……そこに残された遺体など、きっと想像することすら恐ろしいものだろう。
「……えぇ、そういう事になりますね。しかも、破壊跡的に複数の魔物の群れというよりは、大型の魔物の単体発生の可能性の方が高いようです。残念なことに、それ以外の判断材料は現場には残っておらず、足跡等も見つけられませんでしたが……」
その手のことに詳しいはずの先生たちが、今回の件をそう結論付けている。……ならば、それはきっと正しいのだろう。ロルフさんたちを襲った犯人、それは『魔物』だ。そして、その魔物の襲撃があった後に、現場に訪れた盗賊たちによって金品が盗まれてしまったのかもしれない。
「────。」
──ということは、エルナは……魔物に襲われて、”あんな風”になってしまったということだろうか。
さっき、見えてしまった彼女の瞳には……光が無かった。その理由が魔物による襲撃のせいで、そしてその場でお父さんとお母さんを亡くしてしまったのだとしたら────。
「──ッ。……」
……俺は、胸が張り裂けそうな想いだった。
あの時、『これ以上彼女を傷つけてはいけない』と内心で怖がってしまい、無意識に足を止めてしまった自分を恨んだ。
先程、彼女の姿を確認したときに────俺は、真っ先に抱きしめてあげるべきだったんだ。絶望とか、暗い気持ちとか、後悔とか……そういう負の感情にさいなまれているであろうエルナを、強く引き留めてあげるべきだった。
今の彼女の様子を見れば、誰にだって分かる……あの状態のエルナを、一人にしてはいけないことくらい。
「……それで、先生…………エルナのことは、どこで……」
仮に彼女の身を襲った悲劇が、魔物による仕業なのであれば──どうして、エルナだけが無事に生き延びることが出来たのだろう。護衛の人達も、ロルフさんやミレナさんたちも亡くなっているのに、どうして彼女だけが……。
「──。……お屋敷へ帰っている途中の、街道沿いで出会いました。雨が降る中、エルナ様はたった一人で道を歩いていたようです」
「……。」
それは、俺の抱いた疑問の答えでは無かった。
……けれども、彼女はその現場と、この屋敷の間を一人で彷徨っていたようだ。……ということは、エルナだけが魔物から逃げられたとか……?
「──より詳しいことは、エルナ嬢に聞いてみなければ分からんか。……いやしかし、まだ幼い少女に、事件のことを思い返すようなことを聞くのは……」
今回の襲撃事件で一体何が起きたのか。それは、現状唯一現場から帰還できた、エルナ本人に聞くのが一番早いだろう。──だが、それはあまりにも心苦しいことだった。
それに、そもそもそれが本当に可能なのか、という懸念もある。エルナが事件の概要を知っていたとして、彼女がそれを話せる状況にあるのか。
エルナは超が付くほどの人見知りだ。加えて、今の精神状態で会話が成り立つのかも怪しい。
……でも、それはあまりにも当然のことで……
「……そもそも、私はあのガキが事情を話せる状態にあるとすら思わねぇ。ここに帰って来るまでの間に、私らも何度か声を掛けたが……一度もまともな反応は返ってこなかったぞ」
……どうやら、エルナから話を聞こうという試みは、既になされていたようだ。
しかし、結果は予想の通り。やはり、今の彼女の状態はそれどころでは無いのだ……。
「えぇ、そうですね……ラグーナ様がエルナ様を馬に乗せるため抱きかかえた時も、彼女は身動ぎ一つしていませんでした……恐らく、相当なことがあったのでしょう」
「まあ、ンなことはあの現場を見れば一目瞭然だがな。──私としては、弟ン方のガキに会わせれば、少しは反応があると思ったが……どうやら期待外れだったみたいだ」
ラグーナ先生は、そう言いながら俺を見ていた。……だが、それは少し買い被り過ぎだろう。
確かに、俺としては昨日のことを経て、エルナとは友達になれたと思っている。しかし彼女からしてみれば、俺は長い事退屈な場所ばかり連れ回してきた、一緒に居て特に面白みの無い男として映っていた筈だ。書庫に連れて行った時は多少興味を示してくれたみたいだけど、それはあくまで本が好きだったからというだけで──エルナが俺のことをどう思っていたのかは、分からない。
「……お役に立てなくてすみません。……ですが、見ての通りだったようです。今の僕では、エルナを元気づけてあげることは……」
「────。……チッ、本当に期待外れになりやがンなよ……」
ラグーナ先生が、俺から視線を外しながら舌打ちをしていた。……ついでに、何かを呟いていたみたいだけど……この人にしては珍しく、小さな声だったので何と言ったのかわからなかった。
「──とにかく、話は分かった。ルドルフ、ラグーナ、危険な道のりだったにも関わらず貴重な情報と、何よりエルナ嬢を保護してくれたこと、感謝する」
「……いえ。ヴァルター様のお役に立てましたのなら、私の労力など些細なものです」
「ああ、ンーなことはどうでもいい。──ヴァルター、この後どう動く?」
父様が、一番危険な仕事を引き受けてくれた先生方二人に労いの言葉を送る。父様の言う通り、ルドルフ先生たちのお陰でエルナを連れ帰ることが出来たんだ。今の彼女は全く安心できる状態では無いし、むしろ心配しか積もらないけれど──それでも、まずは生きていてくれたことを素直に喜ぼう。
「そうだな……一先ず、エルナ嬢はうちの屋敷で保護しよう。今回、彼女の周りでは多くのことが起こってしまった。今のエルナ嬢には──心を休める時間が、必要だ。我がアイゼンリッター家が責任を持って、彼女の身と心を療養させる。……その上で、もし可能なのであれば事件のことを聞くとしよう」
父様は、その場に居る全員の前でそう言った。……それは勿論、俺にもはっきりと聞こえるように。
よかった……父様の方からそう言ってくれるなら、俺も安心できる……。
「また、盗賊の件に関してはこれまで通り、その街道を封鎖し通行を制限することで対応する。……今はそれよりも、早急に魔物の方を対処しなければならないからな。リードブルクに遣いを出し、人員を集め魔物の正確な位置と規模を探る。──ルドルフ、度々すまないが頼めるか?」
「はい、勿論です」
今回の魔物の出現に関して、恐ろしいのはその所在が曖昧な事と、そもそもの正体が分からない事だ。だから、まずはそれを探る……至極真っ当な判断だと思う。
「ンなら、私は引き続きこの屋敷に残って護衛か? つっても盗賊だろうが魔物だろうが、そいつらが相手ならこの屋敷内に居れば安全だろーがな」
相手がただの金品を狙った盗賊なら、よほどのことがない限りわざわざ貴族の屋敷にまで忍び込んでくることは無いだろう。
また、魔物に関してはこの屋敷の外壁に設置された、魔物避け用の『魔石』が有効らしい。魔石とは、父様曰く魔力を帯びた石のことで、それがある場所には魔物が寄り付かなくなるのだとか。
「”魔物”かぁ……なあ、ラグーナ先生。護衛中暇なら、授業代わりに魔物のこと教えてくれよ!」
「あ? 遊びじゃねーんだぞ、ジーク。──ついて回んのは構わねぇが、機会があっても絶対に戦おうなんて思うンじゃねぇーからな?」
「…………おう、勿論だぜ!」
魔物という存在に対し、ジーク兄様は興味があるようだった。だからこそ、兄様はラグーナ先生と一緒に居ることにしたらしい。確かに、万が一にも魔物に遭遇するようなことがあれば、この先生と居るのが一番勉強になるだろうしその機会もあるかもしれない。
……それに、俺も魔物自体には興味があった。危険だと分かっているし、今は近づきたいとも思わないけど……それとは別で、未知の存在について知りたいとは思う。出来れば、安全な所から見ているだけでいいけども……。
────だが、生憎今はそれどころでは無かった。
俺は、一刻も早く……エルナと話がしたかった。勿論事件に関することじゃない。もっと普通の、彼女が楽しくなるような、元気になる──例えば、本や魔法の話とか。
父様も言っていた通り、エルナには療養が必要だ。でも、俺はそれと同時に、彼女を”一人にしてはいけない”とも思っている。今、彼女はきっと絶望の中に居る。一人で、不安で、怖くて堪らないはずだ。
──だから、せめて俺が傍に居てあげたい。例え彼女にとっての両親の代わりにはなれなくとも、少しでもエルナが安心できるように────。
「……! ……そうだ。────約束、守りに行かないと」
俺は、密かにそう思った。今はただ、自分に出来ることを……。
そして、そんな想いを胸に、俺は静かに部屋を抜け出したのだった。
「……。──レオン坊ちゃま……」




