第19話 抱きしめるのが仕事
ヴァルター伯爵邸、書庫室にて。
俺はイルゼと兄様、それから兄様お付きのメイドの計四人で、白熱した戦いを見せていた。
「──だぁっ! ……くっそ、また”ベタ”が残ったぜ……」
「ふふ、ジークお坊ちゃまはホント、分かりやすいですわねぇ」
ジーク兄様の隣に座る、付きメイドの【ロッテ】が、兄様の持っていた手札からカードを一枚抜き取る。すると、それを見た兄様が悔しそうに大声を上げた。……まあロッテの言う通り、兄様はこの手のゲームが苦手そうではあるけど……。
「おいロッテ! お前何かズルしてるだろ!」
「まあ、ズルなんてしてませんわ。人聞きの悪い……ジークお坊ちゃまがすぐに顔に出してしまうのが悪いんです。──ほら、レオンハルト様を少しは見習ってくださいな」
俺は回ってきた順番に従って、ロッテの手札からカードを一枚抜き取った。現状持っていたカードが残り一枚。そして、今引いてきたカードの絵柄と比べると……よし、アガリっと。
「! ……凄いですね、レオン坊ちゃま。また一番乗りです……!」
同じ絵柄で揃った二枚のカードを場に捨て、自分の持ち札がゼロ枚となる。これにて、俺はゲーム終了だ。……多少運がいいのはあるのだろうけど、大半は兄様が”ベタ”を引いた時点で止まるから、必然的に勝ててるだけなんだけどね……。
「……たまたまだよ。よくリリアンと二人でやってるからさ……」
俺はそう愛想笑いを浮かべながら、軽く椅子にもたれ掛った。
──俺は母様に連れられ、この書庫で兄様とイルゼたちと適当に時間を過ごしていた。盗賊騒動の一件により本日の授業は全て中止。加えて、屋敷内から出ることも控えろと言われてしまった結果、気を紛らわせるために皆で遊び始めたのだった。
ちなみに、今やっていたのはこの世界で『ベタ抜き』と呼ばれている……要はババ抜きだ。順番に隣の人の手札からカードを引いていって、同じ絵柄が揃ったら捨てる。そして持ち札がゼロになった時点で勝ちで、最後まで『ベタ』と呼ばれるカードを持っていたら負けである。
「……くそ、こうなったら俺の最強の奥の手で、絶対にロッテにベタを引かせてやるぜ……!!」
「ふふっ、精々頑張ってくださいな、ジークお坊ちゃま」
相変わらず、兄様の負けず嫌いが発動していた。……対して、ロッテはとても楽しそうに笑っている。
しかし、恐らくジーク兄様がロッテに勝つことは出来ないのだろう。というより、この手のカードゲームに関して、兄様があまりにも弱すぎる。相手が引くカードを選ぼうとする時、兄様はベタかそれ以外かですぐに顔に出てしまうのだ。おまけに、自分がベタを引いてしまった時にはこれ以上ないほど嫌がるので、すぐにベタの現在地が分かってしまうというね。
……とはいえ、ああ見えてジーク兄様はまだ九歳だ。所謂ポーカーフェイスを操るには、まだ難しい年頃なのだろう。
「……。」
そう思った俺は、騒ぐ兄様たちを尻目に、席から立ち上がった。
……やけに重い身体と、どこかゲームに集中できない感じ──やっぱり、素直に楽しめないや。
「あっ、レオン坊ちゃま……もう、お辞めになるのですか……?」
俺が席から離れると、イルゼが少し心配したように、そう声を掛けてきた。──本当は、分かっていた。母様も、イルゼも……あの兄様でさえ、俺に気を遣ってくれていたことを。
「──少し、頭を使って疲れちゃったからさ。休憩だよ、休憩……」
そんな彼女を心配させまいと、俺は無理に笑って誤魔化した。
──だけども、俺の本心はそれどころでは無かった。
俺の心には、ずっと……エルナのことがあった。彼女のことが心配で、仕方が無かった。父様の話では、エルナはまだ見つかってないとのことだったけど……では、彼女は今どこにいるのか。まだその襲撃のあった街道の近くに居るのか。それとも、盗賊に攫われてしまったのか。或いは……。
──俺には、『約束』があるんだ。奇しくも同じ、この場所で交わした彼女との守らねばならない約束が……。
「……はぁ……」
食堂で事件の話を聞いてから、俺はそんなことばかりを考えていた。
そして、それらが思わず顔に出てしまっていたのか、母様やイルゼが度々俺に声をかけてくれていた。……まるで、励まそうとしてくれているみたいに……。
それに、先程のカードゲーム──あれは、兄様がやろうと言い出したものだった。ジーク兄様が、俺を遊びに誘うなど最近では滅多に無いことだ。
俺は、そこまで暗い顔をしていたのだろうか……。
「……。」
色んな意味での負の感情に駆られ、俺はふと書庫の窓を見た。そこには、かなりしょぼくれた自分の顔が映っている……。
エルナのことが心配で、でも同時に俺を気遣ってくれる皆に対しての、罪悪感が湧いていた。盗賊の話が出て、実際に被害に遭った人たちが居ると聞かされて……不安に思う気持ちがあるのは、俺だけじゃないはずなのに。それなのに、皆が俺を心配してくれて──それに対し、自分は嬉しさも申し訳なさも感じてしまっていた。
「──レオン。どうかしたの?」
窓に映る自分の、更に向こう側。屋敷の外では、雨がより強くなり一層天気が悪くなっている。……すると、そんな様子を見ていた俺に、母様が声を掛けてきた。
そして、優しいその声音にまんまとつられた俺は、すぐに後ろを振り返った。
「……お母様……」
母様は……その声と同じように、優しい顔をしていた。かなり大きくなったお腹を抱え、歩くのでさえそれなりに大変なはずなのに、それでも母様は俺に寄り添おうとしていた。
そんな母様に……俺は、心配を掛けたくなかった。
「──いえ、何でもありません。ただ、雨が強くなってきたなと思っただけです」
何でも無いはずはなかった。
けれど、今の俺の本心を口にしたところで、だから何だという話だ。今自分の中にある不安を話したところで、意味はない。それで事態が解決するわけじゃない。
……だから、これ以上皆に迷惑は────。
「──あら、レオンが私に隠し事だなんて……ふふっ、大きくなったのね。母様は嬉しいわ」
──そう言って、母様は俺を後ろから抱きしめた。
お腹の子に障らぬように。それでも、確かにはっきりと。母様の鼓動を感じられるくらい近くに、俺をぎゅっと抱き寄せた。
「かっ! ……お、お母様っ、何を……」
「よし、よし……あなたも、ジークに似て分かりやすい子ね。ヴァルターは『レオンはジークと違って賢い』なんて言っていたけれど、不安な気持ちを隠しきれずに強がってるところなんかは、本当にそっくり────どちらも、愛しい我が子」
母様は、俺の頭を撫でた。ただひたすらに、優しく、包み込むように、俺を……。
「──っ。」
俺はそれを……静かに、受け入れることしか出来なかった。
嫌がれなかった。恥ずかしがれなかったし、振りほどけなかった……ただそうしてくれることが、心地よくて。
「……。」
「……」
……母様は、それ以上は何も言ってこなかった。
俺の隠し事とか、不安な気持ちとか、そういうのを全部見透かした上で──それでも、何も聞いてこなかった。ただ優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
────お母さんに泣かされそうになるなんて、一体いつぶりのことだろう。
「……ありがとうございます……お母様……」
「……ふふっ。いいのよ、何も気にしないで。……私はあなたの母なんだから、こうして我が子を抱きしめるのが仕事なの」
そう言った時、俺は母様の顔を見られなかった。
……それでも、確かなのは──母様はきっと、これ以上ないほど優しく微笑んでいるだろうという事だった。
******
──書庫室で、俺は家族みんなで時間を過ごしていた。
恐らくは数時間ほど。それは俺にとって、不安な気持ちを確かに和らげてくれた充実した時間だった。
……けれど、それも突然終わりを迎える。
────バンッ!
書庫室の入り口が勢いよく開き、誰かが……父様の執事である、ハインさんが入って来た。
それにより、その場に居た皆がハインさんに注目を寄せる。……息を切らしているみたいだけど、どうしたんだろう。
「っ……ヘレーナ様! ジークリット様! レオンハルト様! ヴァルター様がお呼びです、至急お屋敷の玄関口にお越しを──」
それは、声音を聞くまでも無く酷く焦った様子であった。今の状況からして、ハインさんのこの慌て様……もしかして、更に悪いニュースだろうか……。
「ハイン、そんなに急いで……何かあったの?」
俺の中に湧いた疑問を、母様が代わりに聞いてくれた。
しかし、それを聞いていた兄様やイルゼたちも、その内容が気になるようで──
「じ、実は────ラグーナ様とルドルフ様が、エルナ様らしき少女を保護してきたとの報告が……」
──皆が、ハインさんの話に、耳を傾けていた。
けれど、俺はその内容に、誰よりも早く、強く反応し──。
「──ッ!!」
同時に、居ても立ってもいられなくなって。
俺は跳び出すように、書庫から駆けだしてしまった。




