第17話 それはおかしい
「──それじゃあ、あなた……ジークとレオンは私が見ていますので……」
妻のヘレーナが、そう言って子供たちの手を引いた。
「……あぁ、頼む」
その後ろ姿を、私は三人が食堂を出て行くまで見守った。ヘレーナとジークリットは、あの調子なら大丈夫だろうが──レオンハルト……。
「……ヴァルター、悪かったな」
家族の姿が完全に見えなくなった頃、突然ラグーナがそんなことを言い出した。……まさか、本当にルドルフの言う通り言い過ぎだったと思っているのか……?
「子供相手に、私もつい熱くなッちまった。──だが、二人とも賢いガキだ。特に、あの弟ン方……十年後、じゃ足りねぇかもしれないが、将来が楽しみだぜ」
「────。」
私は、思わず言葉を失ってしまった。
あのラグーナが、ここまで言うとは……いや、それは私の思い違いかもしれないな。彼女は、元からこういう性格だ。流石は、ジークリットがあれだけ憧れているのも頷ける……。
「……ラグーナ様……あなたも本心ではそう思われていたなら、それをきちんと相手に伝えるべきだったのではありませんか? あのままでは、レオンハルト様の中であなたは『怖い相手』として印象に残ってしまいます……」
「ハッ、変に懐かれても困る。ガキは嫌いじゃないが、あの弟ン方が”指揮官”に向いてねぇのは事実だ。ジークの方も大概だが……損得勘定以前に、私情を持ち出してる時点で論外だろ。──まあただ、”誰かの為に剥き出す私情”ならまだ上等なもンか」
彼女が、大声で物事を言わないのは珍しい。
当然普通の者に比べれば、まだまだ大きく通る声音ではあるのだが……先程までの一連の行動は、ラグーナなりに考えがあってのことなのかもしれない。
「……ンなことより、ヴァルター! とっとと話進めんぞ。今分かってる事、してる事、全部話せ!」
しかしそう思ったのも束の間、いつも通りの声量で彼女は言い放った。
「ああ、そうだな。──現状、今朝方に報告を持ってきた早馬を出して以降、一度だけ現場に人を向かわせた。そしてある程度付近の安全確認を行った後、現場の情報収集を軽くしてから帰還させ今に至っている」
「なるほど……つまり、今その場には誰もいないという事ですね?」
「そうだ。そして、その情報収集を行った者達の話で、ロルフたちや護衛の遺体の件が分かったのだ」
ロルフたちが心配で、早朝に向かわせた早馬が一便目。その後、商会の馬車への襲撃の件を知ってから、現場の確認に向かわせたのが二便目だ。
そして現状、その者達も一時撤収させており、現場にはそれらの事件跡だけが残されている。
「……そのお話に関連して、先程も私は疑問に思ったのですが──ヴァルター様、そのロルフ様が雇ったという護衛については、如何程の規模だったのでしょう?」
ルドルフが、白い髭を蓄えた顎に手を当てながら聞いてきた。
確か、ロルフ本人の話では出来る限りの万全を喫したと言っていたか……。
「私もチラッと見ただけだが、十人前後の護衛が居た筈だ。それに、本人も細心の注意を払っていると言っていた……」
「そうですか……ロルフ商会と言えば、ここの領都ではかなり名前の知れた方でしたよね。そんな方の所有する馬車を襲うなど……その盗賊団は、かなりの手練れが集まっているということなのでしょうか」
ロルフが経営する、【ロルフ商会】。それは我が領のリードブルクでは、最も成功している商会と言っても過言では無かった。その実績は王都でも通用するものであり、実際にアストレインでも商いをしていると聞いている。
……確かに、そんな商会相手に盗賊が、馬車を破壊するまで襲うなど──。
「────? ……おい、ちょっと待てヴァルター。そういう話なら、何でその商会への襲撃が、”盗賊の仕業”だッてことになってンだ?」
話し合いの最中、突然ラグーナが声を上げた。
「それは……現場を見に行った者の話で、商会が所持していた金品等が盗まれていたという報告があったからだ。あくまで現状証拠ではあるが、街道付近に盗賊団が出没しているのも事実……真っ先に疑うのが道理だろう」
これも、二度目に現場に向かった者達が集めてきた情報から分かった事である。現場には襲われたロルフ商会の馬車。そして付近には護衛を含めた数人の遺体と、そこから少し離れたところでロルフ夫妻の遺体が見つかったとのこと。
しかも、そこで重要なのが、彼らが所持していた金品等が現場から無くなっていたという事だ。現場に向かった者達にも、街道に盗賊が潜んでいる可能性があるという話は共有している。
故に、第一にその線を据えて現場を見回ったのだ。
「確かに、彼らの所有品が奪われていたのなら、盗賊の仕業と考えるのが妥当ですね────」
「──いや、待て! ヴァルター、ルドルフ、それはおかしいぞ」
ルドルフもまた、私の予想に同意していた。
──だが、ラグーナだけが、ひと際大きな声で否定を示した。
「おかしい、だと? ラグーナ、一体何を……」
「……あの弟ン方のガキが言ってたな、その襲撃現場には商会の馬車の残骸が残ってたって。しかも、私はよく知らんがそのロルフとかいうのは有名な商会なンだろ? そんなヤツが、護衛を引き連れ夜間とはいえ街道沿いを進んでいた────ただの盗賊が、それを見て標的に選ぶもンか?」
「「…っ!」」
私とルドルフは、小さく驚いていた。。
……いや、正確には気付きでもある。言われてみれば、確かに……ただの盗みを生業とする賊が、武装した者達を連れた商会を真っ先に襲うものだろうか……。
「それに、だ。……仮に襲うにしても、盗賊ごときが標的を全滅させるまで戦い続けるとも思えない。そいつらは護衛どころか、被害者夫妻まで殺してんだろ? ──しかもご丁寧に、あれば盗品を運ぶのにも使えて、売れば金にもなる”馬車”まで破壊して」
「「……。」」
……盲点であった。
街道には盗賊が出る、そして金品を盗まれているという事から、相手がそうであると勝手に信じ込んでいた。思い込み故に、彼女の言う違和感に気付かなかった……。
だがラグーナの言う通り、この件は必ずしも盗賊の仕業というわけでは無いのかもしれない。
「確かに、そうですね……しかし、金品が盗まれているのもまた事実。ロルフ様たちを直接襲ったのが盗賊とは限りませんが、少なくとも連中が関わっている可能性はまだ捨てきれませんね」
「そいつは、その通りだ。──ヴァルター、提案だ。私とルドルフで、現場を調査しに行かせてくれないか?」
状況を整理し、ラグーナが私にそう聞いてきた。
現場の調査……つまり、あの場で一体何が起きたのか、より詳しく調べるべきだというのが彼女の考えなのだろう。仮に、この騒動の首謀者が盗賊では無いのだとしたら──何が起きたのか、一刻も早く知らなければならない。
「ラグーナ様……お考えはご察ししますが、あまり事を急いではいけません。我々はあくまで、このお屋敷やヴァルター伯爵様の護衛としてこの場に居るんですよ?」
「何言ッてやがる、元副団長! 今はどう考えても、行動を急ぐべきだろうが。……もし盗賊が相手なら、わざわざ貴族の屋敷を狙ったりしねぇーよ。だったらこんなところに縮こまってるより、一番動ける私らが現場に向かった方が良い。──それに、実際にこの目で見てみなきゃ、何が起きたのかなんてわかンねぇからな」
「……そうだな。……ルドルフ、私も今回はラグーナの意見に賛成だ」
当然、ルドルフの考えも理解できる。
だが、私は一家の主としてこの屋敷や家族を守らねばならないが、同時にこの地域一帯を治める領主でもあるのだ。犯人が盗賊であろうと、そうで無かろうと、領内で”誰か”が狼藉を働いているのであれば……責任を持って、その一切を排除しなければならない。
「ラグーナ! ルドルフ! 頼む、お前達が現場に向かって、何があったのか調べて来てくれっ!」
「ハッ! 立場上一応聞いてやったが、最初ッから言われなくても行ってたぜ! 任せなッ!」
「……ヴァルター様が、そう仰られるのでしたら……分かりしました。その任、謹んでお受けいたします」
私の頼みに応えるように、二人はそう言って頷いた。
……ロルフ。
”我が友”よ────お前の無念は、私が必ず晴らすと誓うぞ。




