第16話 教師の一喝
「──おいおい、父様ぁ! 今日の授業は全部中止だって、どういうことだぁ!?」
……お屋敷の食堂にて。
部屋に入って来たジーク兄様が、荒々しくも大きな声でそう言った。……どうやら、兄様も俺と同じで父様に呼び出されたようだ。
「ジークリット……! 良かった、お前も無事だな」
「はぁ……良かった、これで家族みんな揃ったわね」
しかし、そんな悪態を付く兄様に対し、父様も母様も至極安心した様な表情を浮かべていた。
「はぁ? 無事も何も、俺はただ魔法の授業を受けてただけだぜ? 何をそんな……」
突然呼び出され、授業の中止まで言い渡されたジーク兄様は、何ら事情を把握できていない様子だった。……けれども、事情を尋ねつつ兄様は食堂内を見渡して、そして俺の存在に気付いた途端にその動きが止まってしまった。
「──レオンハルトも居んのか。……父様、一体何があったんだよ。家族全員呼び出しで、しかもラグーナ先生まで連れてこいなんて……」
そう言いながら、兄様はたった今自身が通ってきた食堂の入り口の方を振り返った。……すると、そこには父様に匹敵するほど体格の良い、”赤毛の女性”が立っていた。
あの人は、確か……兄様に、授業で『魔法』を教えているという────。
「──おい、ヴァルター! お前んとこの使用人に呼ばれて来たンだが、一体何の用だ? ……ッ! その感じ、まさか例の盗賊の件か!」
その人は、部屋に入ってくるやいなや父様を呼び捨てにしつつ、そう言った。……しかも、食堂の窓を揺らしそうな程の大声で。
「ラグーナ……あまり、そのことを口にするな。お前の声は響く、必要以上にウチの者たちを不安にさせるようなことは……」
「はぁッ? それは図星だと言ッてるようなもんだぜ! つーかルドルフも呼んでやがンなら、お前も乗り込む気満ッ々じゃねーかっ! 良いぜ、私はいつでも温まッてんからな!」
バリバリと鼓膜を刺激し、それでいてハッキリと通るその人の声音。それにより、俺は思わず耳を塞ぎたくなるような衝動に駆られたが……その口ぶりからは、かなり自分に自信がある事が窺えた。
それに、前に兄様が話してくれた時に、この人はルドルフ先生にも負けないくらい凄い人なんだって言っていたような……。
「はぁ、全く……ラグーナ様は相変わらずですね。その豪胆さには感服いたしますが、まずはここに呼ばれた理由をきちんとお聞きになってからでもよろしいのでは?」
「あ? 私に意見するとはまだまだ現役気取りかよ、元副団長ッ。お前だってその気でここに居んだろ?」
「いえ、そんなことはありませんよ。私はあくまで、ヴァルター様に頼まれてこのお屋敷の警護を……」
「るッせぇ、どっちにしろ盗賊どもをぶちのめすんなら同じことだろーがッ!」
その人はズカズカと父様たちの元へと歩いていくと、先生の胸倉を掴むような勢いでそう言った。ルドルフ先生もそこそこ背が高く筋肉質なはずなのに……あのラグーナ先生という人の横に立つと、少し小さく見えるような……。
「おいおい二人とも、一旦落ち着かんか! ラグーナ、まずはルドルフの言う通り話しをだな……」
「なぁ父様! ”盗賊”って何のことだよ。俺はそんな話聞いてねぇぞ?」
少しばかり、食堂が騒がしくなってきた。皆が一様に、自分の言いたいことをそれぞれ口にしだす……でも、一先ずは父様やルドルフ先生の言う通り、あとから来た兄様たちに説明するのが最優先な気がするな。
「……ジーク兄様、少し良いですか?」
そう思った俺は、自らそれを切り出すことにした。良くも悪くも、先生たち二人は距離が近すぎるらしい。……というより、ラグーナ先生というのがどうにも会話の雰囲気を保つのが苦手なようだ。
「あん? なんだよ、レオンハルト」
「兄様、取り敢えず落ち着いて聞いてください。──実は、西の街道付近で盗賊が出没しているという話があります。しかも今朝、ロルフさんたち……お父様と知り合いのとある商会が、その被害に遭ったらしいのです」
少々ざわついていたその場において、俺がそう話し出すとジーク兄様が俺の言葉に耳を傾け始めた。──いや。兄様以外のそこに居た全員が、俺の方を見ていた気がする……。
「ロルフ、商会? ……あぁ、そういや昨日客が来てたってメイドが言ってたな。そいつか?」
「えぇ、まあ……そのロルフ商会が昨晩ここを出て、王都へ向かう際に何者かによって襲撃を受けたのです。そして、現場には──ロルフさん達の乗っていた、馬車の残骸が見つかったそうで……」
……はっきりと、ロルフさんたちの事を口にすることは、やはり憚られた。
けれども、これで一旦は兄様にも、ついでに俺の話を聞いていたラグーナ先生にも現状を伝えられたことだろう。
「ふーん、なるほどな。──で? 被害は」
「えっ?」
しかし、そう思っていた矢先、兄様からそう問われた。
けれどもそれはこっちが予想していなかった質問で、俺は咄嗟に聞き返してしまった。
「え、じゃねーよ。被害だ被害。──お前、昨日そのロルフとかって商会の人間と会ったんだろ。だから、そんな”暗い顔”してやがんだな?」
「──。」
……俺は、心底意外だと感じていた。
それは、俺が思わず自分の心情を顔に出してしまっていたことに対してでは無い。
意外だと思ったのは、そんな俺を見て兄様がこちらを気遣うような言葉を掛けた事。まるで、俺を心配するような口ぶりを、あのジーク兄様が見せたことだ。
「……はい、そうです。……実は、そのロルフさんたちには娘さんが居て──名前を、エルナといいます。僕と同い年で、昨日初めて会ったんですが……友達、になれたと僕は思っています。だから、彼女のことが────心配で堪りません」
父様の話を聞いた時から、俺の頭の中はそのことでいっぱいだった。
冷静になるために、また兄様たちに現状を説明する為に、俺は何とかその気持ちを抑えていたが……『エルナは大丈夫だろうか』という考えが、脳内を巡って仕方がなかった。
きっと生きてくれている、心配はいらないと、今でも何度も自分に言い聞かせていて──そんな想いを、俺は思わず口にしてしまった。
「……すみません、思わず話が脱線してしまいました。えーと、確か被害状況についてでしたね。父様の話じゃ、ロルフさん夫妻と、ロルフさんが雇っていた護衛の方たち数名の遺体が現場で見つかったそうです」
「ッ! ……そうか」
ジーク兄様は、一瞬ハッとしたように目を見開いた。
けれども、直ぐにいつもの表情に戻って、ただ一言そう呟いた。
「……おい、ルドルフ。あのガキ、どこの誰だ?」
「ラグーナ様、お言葉が過ぎますよ。……あちらの方は、レオンハルト様。ヴァルター様の実息にして、ジークリット様の弟君です」
「──! ……へー、あいつがジークの弟か。どうりで……なるほどな」
今、ルドルフ先生に名前を呼ばれたような気がした。
それに、ラグーナ先生と二人でこっちを見ているけど……なんだろう?
「よしッ! 要件は分かった……ヴァルター! 続きは私らだけで話進めんぞ、ヘレーナとガキ共は別室に移動させろ!」
またしても、鼓膜を劈くような声が響いた。
……え、でもちょっと待って、それは困る。俺だって今後どういった対応を取るのかとか、どうするのかとか、色々知りたいのに……。
「ちょ、ラグーナ先生っ! 母様やレオンハルトはともかく、俺までのけ者にすることは──」
「──いや! 僕も、残ります!」
自分たちを外野へ追いやろうとするラグーナ先生に対し、兄様が抗議を口にした。──が、それに被せるような勢いで、俺自身も否定の言葉を投げかける。
確かに、今の僕がここに居て何かできるわけじゃないだろうけど……それでも、この件に関しては出来るだけ当事者で居たいんだ。
「こ、こらっ! ジーク、レオン。二人ともここはラグーナたちに任せて、私と大人しく……」
「あー、いいぜヘレン。私から言うからさ──」
そんな俺たちを、母様が宥めようとしてくる。
……だが、その母様にすら静止を促して、ラグーナ先生は俺たちの前に一歩踏み出してきた。
「──ジークリット! お前はまだガキだ! 守る側の立場じゃなくて、守られる側の立場なンだよ。言われなくてもそれくらい分かンだろ? ……だから、今回は黙って見てな。そして学べ。お前がちゃんとこっち側になれるように、私ら大人が頑張る所を」
「ッ! ……。」
ジーク兄様は、それでも何かを言おうとしていた。……けれども、真っ直ぐすぎる先生の眼を向けられて、黙るしかないようだった。
……そして、その視線はこちらにも向けられて──
「それと──確か、レオンハルトとか言ったな! ジークがガキなら、お前はもっとガキだ! まだお前みたいなンが出しゃばってくるところじゃねぇ!」
と、怒号のような言葉をぶつけられた。
……この先生の言うことは、恐らく正しいのだろう。でも、だからと言って、僕にだって引けない理由があるんだ……!!
「っ! ……た、確かにそうかもしれませんが……兄様に自分達の行動を見ていろって言うなら、それこそ近くに居なきゃ見られないんじゃないですかっ? なら、僕も先生や父様たちを見て学びたいんです。こういった時、どういう行動を取るのが正しいのか──」
「────ハッ! 一丁前に意見してくンな! 今お前が言った事が”本心”なら、お前の言う通りここに居させてやってもいいがな……下心丸出しのガキなンざ、この場に置いといてやれるかッ!」
「──!」
それは、確実に……俺の『本音』を見透かした発言であった。
「お前が見たいのは、知りたいのは、私らがどう動くかじゃねぇ──その、なンとかって被害に遭った商会の娘のことだろ? そのことをまず第一に据えてる時点で、戦う力の無いお前がここに居られる理由は無ぇ!」
「……。」
……何も、言い返すことが出来なかった。
そうだ、俺は……さっき、自分でも明言してしまった。エルナのことが、心配で堪らないと……そんな不純な動機では、今の俺にこれからの話し合いに加わる資格は──無い、か。
「……ラグーナ様、少し言い過ぎではありませんか? ……レオンハルト様、ご安心ください。先程おっしゃられていたエルナ様の件に関しても、何か分かり次第すぐにお伝えしますので」
「……はい、わかりました……。……ありがとうございます、ルドルフ先生……」
俺を哀れんでくれたルドルフ先生が、そう言って慰めの言葉を掛けてくれた。
……ラグーナ先生の言っていることは、正しいと思う。何も出来ない俺がいても、意味が無い……それなら、ここは父様や先生たちを信じて、俺たちは続報を待つしかないのだ。
────エルナ……。




