第15話 何かに縋って
──丁度、体術の訓練を終えた頃。
突然、イルゼが俺のところに駆け寄ってきた。
……しかも、その時のイルゼはどこか切羽詰まった様子だった。
駆け足でこちらへ来た彼女からは、焦りや緊張のようなものが伝わってくる。
「……? イルゼ、どうしたの?」
しかし、俺にはなぜ彼女がそんな様子でいたのか理解できなかった。
すると、イルゼは案の定少し焦った様子で──
「……レオン坊ちゃま、それが……旦那様の命により、本日の授業は全て中止だそうです。早急に、お屋敷の中に入りなさいとのことで……」
と言った。
俺はそれを聞いた瞬間、何か異変が起きていることを察した。──いや、或いは起きてしまったのか。
「……分かったよ、伝えに来てくれてありがとう。すぐに屋敷に戻ろう」
「えぇ、そうしましょう。……それとルドルフ様、ヴァルター様がお呼びです。どうかご一緒に来ていただけませんか?」
イルゼのその申し出に、同じく授業の場に居た先生が「分りました」と答える。そして、俺たちは急ぎ早に屋敷の方へと向かった。
……その最中。ふと、鼻先に水気を感じた。
それに気づき空を見上げると、そこには薄暗い雲がびっしりと敷き詰められていた。風も、より強くなった気がする。
──雨が、降り始めた。
******
イルゼに連れられて、俺と先生はお屋敷内の食堂へと向かった。どうやら、そこに父様たちが集まっているとのことらしい。
「旦那様っ! レオン坊ちゃまとルドルフ様をお連れしました!」
その彼女の声により、既に部屋の中に居た者達の注目が集まった。
……対して、俺は食堂に足を踏み入れた瞬間に──いや、中庭から屋内に入った時点で、既に屋敷の空気が変わっていたのを感じた。慌ただしく走り回っているメイドさんに、神妙な面持ちを浮かべる執事たち。そんな使用人らの一様の変化を見て、俺は嫌な予感が募った。
……そして、そんな予感を決定的にさせたのが、食堂内に居た父様と母様の顔を見た時であった。
「おぉ、でかしたぞ。……では、あとはジークリットのやつだけだな」
「えぇ、そうね。確かあの子は、この時間は魔法基礎の授業中のはず……」
俺を見て、多少安心した二人であったようだが……それでも尚、その顔から焦燥は消えていなかった。
「──お父様、一体何があったのですか?」
それを見た俺は、遂にその一歩を踏み出した。
……正直な話、今俺は気が気ではない。先程ルドルフ先生からあの話を聞かされ、そしてその後すぐに父様の名前で授業の中止を言い渡された。となれば、それ相応の”嫌な考え”というのはどうしても浮かんでしまうだろう。
「レオンハルト……いや、それがだな……うーむ……」
「……なんですか」
お父様は、何故か何かを言い淀むような反応をしていた。……それはまるで、知っていることをそのまま話して良いのか迷っているみたいに……。
──そんな父を見て、俺の不安はさらに大きくなった。
「────父様。……もしかして、例の”盗賊”の件と何か関係があるのでしょうか」
「ッ!?」
度重なる不安と、その場の空気の張り詰め方から、俺はそう予測した。しかも、それは一種の確信めいたものであり、案の定その言葉を聞いた父様は驚いたような顔をしていた。
「レオンハルト、お前何故それをッ……知っていたのか?」
「西の街道に盗賊が出没しているらしい、という話は先程ルドルフ先生から……ですが、父様が授業の中止にまで踏み切ったという事は──もしや、何か実害が出てしまったのでしょうか」
説明の最中俺がルドルフ先生の名を出すと、父がこちらからバッと顔を上げ、先生の方を見た。すると、当人は少々バツの悪そうな顔をして、「申し訳ございません。つい、口が滑ってしまい……」と申し訳なさそうに言っていた。
しかし、まさか先生もさっきの今で、こうも早く事件が起きるとは思ってもいなかったのだろう。
「父様。ルドルフ先生には、今日の授業にどうしてリリアンが来られなくなったのかと尋ねただけです。そして、僕がその過程で知った事と、今のこの屋敷内の空気感を感じて勝手に繋げてしまっただけです。……ですが、どうやらその予想はあっているみたいですね」
「──レオンハルト、お前は本当に賢いのだな。……分かった、お前にも本当のことを話そう」
少しだけ、父様の口調が軽くなったような気がした。それは驚きからか、はたまた関心からか。
ともかく、何とか口を閉ざそうとしていた父様が、きちんと俺に向き直り改めて話しを始めてくれた。
「……実はな、先程私のところに報せが届いたのだ。内容は──西の街道近くの森で、ロルフ商会のものと思われる馬車の残骸を発見したと」
「──ッ!」
……けれども、俺は早々に目を見開き、思考が止まった。
「実際に現場を見た者の調べによると、恐らく……いや、誤魔化すのはよそう。レオンハルトなら、きちんとこの状況の意味を理解できるだろうからな。──現場には、護衛を含めた数人の”遺体”が確認されている。今は、その身元確認や状況確認をしているところだ」
「────。」
俺は、自我を喪失してしまいそうな程の衝撃を受けていた。
昨晩、ここを出て王都に向かったロルフさん達の馬車が……街道で、発見された?しかも、そこには護衛達の遺体が……。
────待って。
待て、待って……今、護衛を、”含めた”って言った……?
「…………お、父様……ロルフさん達は、無事なんですか……?」
嫌な予感がした。
いや、そんな軽いものじゃない。
もっと重く、決定的に、胃が気持ち悪くなるような……そんな予想。
それを抱いてしまった俺は、恐る恐るその真実を訪ねた。
……すると、父様は変わらず重苦しい口調のまま────
「──まだ、身元確認中のため確定したことではない。……が、ロルフと、ミレナと思われるものが……その付近で、見つかったそうだ」
と、口にした。
「……!!」
その事実に、俺は眩暈がするような感覚を覚えた。
……確かに、俺はあの人達には昨日会ったばかりである。特に深く話したわけでも無いし、ロルフ夫妻がどんな人たちなのか、具体的に俺は何も知らなかった。
──けれど、知らない人達ではない。
実際に会って、言葉を交わし、また再会しようと約束して、別れた。その時抱いた印象は、とても優しく仲のいい夫婦だったという事。……そんな二人が、どうして……。
──それに、その話を知ってしまった俺には、どうしても確認しなければいけないことがあった。
「──お父様……エルナ、は……彼女は、どうなりましたか……?」
もはやそこには、縋るような気持すらあった。
どうか否定して欲しいと、彼女がまだ生きていると……そう、言い切って欲しいという想いが。
「……さっきも言った通り、まだ周辺も含め調査中だ。──ただし、今のところエルナ嬢のものと思われる遺体は見つかっていない」
……それが、決して良い報せなどとは、俺には口が裂けても言えなかった。
けれど、例えそれでも──その事実が、俺をギリギリのところで踏みとどまらせてくれる。
「──エルナ……」
そうして、俺は彼女の名前を呟いた。
どうか、せめて、お願いだから……彼女だけでも無事でいて欲しいと、そんな身勝手な希望を抱きながら────。
******
…………お願い、します……。
どうか、どうか、誰か……お父さんと、お母さんを……助けてください。
お願いです。そのためなら、何でもします。だから、どうか────わたしを、一人にしないで……。
「……お父さん……お母さん……」
……すでに涙すら枯れてしまった森の中で、わたしは大好きだったふたりのことを想いました……。




