第13話 別れ
相も変わらず、俺は彼女の手を引いていた。
最初は、エルナも手を繋ぐことに若干の戸惑いを見せていた。しかし、今となっては随分と素直に俺についてきてくれるように感じる。
「……」
「──。」
……まあ、とは言えこの互いに無言である時間が解消されたわけでは無いが。
先程、彼女は書庫室で凄く嬉しそうな顔をしてくれた。しかし、それも今は鳴りを潜めてしまい、これまでと同じように俯きながら無表情を貫いている。
う、うーん……本のことはともかく、やっぱりお屋敷探検とかあんまり楽しくなかったかなぁ……。
「……あ、エルナ。エルナのお父さんとお母さんが居たよ!」
「……!」
そんなことを考えつつ、俺はエルナを彼女の両親が居るはずの客室へと案内していた。
……すると、その道中で丁度お客様を連れていた父様に遭遇する。お屋敷の玄関でばったり会うという事は、向こうで行われていた話し合いというのも、良い感じにお開きになったのかな?
「お父様! ロルフさん、ミレナさん! ただいま戻りました」
エルナを連れ、俺は三人の下に駆け寄る。
すると、父様たちもこちらに気が付いて────。
「おぉ、レオンハルト。良いところに来た、今丁度お前達を探しに行こうと──お? これは……」
……しかし、そう何かを言いかけた父様が、途中で言葉を止めてしまった。
え?なに、どうしたんだろう……?
「っ! おや、まさかあの子が……」
「まぁ! びっくり」
こっちを見て、何故か驚いたような顔をする父様。
しかも、それは一緒に居たロルフさん達も同様で、三人とも俺とエルナの方を見たまま固まってしまっていた。
なに、なんなのさ!どうして皆、俺たちを見ながらそんな顔を……。
「っ! ……!」
「あっ」
俺がそのことを疑問に思っていると、エルナが突然繋いでいた手をバッと振り払った。
そして、それに驚く間もないうちに、彼女はそのままピューっと物凄い勢いで母親の下へと駆けて行った。あぁ、もしかして三人とも、早くお母さんに会いたくてウズウズしていたエルナを見てあんな顔してたのかなぁ?
……もしくは、それに全然気づいてあげられなかった俺を見て笑ったか。
「あら。もう、この子ったら……」
自分のところに戻って来た娘を見て、ミレナさんが笑っていた。そして、小さく縮こまりつつ陰に隠れるエルナの頭を優しく撫でる。……どうやら、彼女も母親が恋しかったようだ。
「……申し訳ありません、ミレナさん。どうやら僕がエルナを無理に連れ回してしまったせいで、娘さんに寂しい思いをさせてしまったみたいです……」
そんなエルナを見て、俺は少し罪悪感が湧いてしまった。
つい彼女を喜ばせようと、本人の意思も聞かずにこんな遅い時間まで無理矢理屋敷中を連れ回してしまった。
「え? ……。──ふふっ、なるほど。そういうことね」
そう自らの行いを反省した俺は、素直に謝罪を口にする。
……けれど、そんな俺に対し何故かミレナさんは笑い続けていた。
「いえ、気にすることは何もありませんよ、レオンハルト様。むしろこんな時間まで娘に付き合って頂き、ありがとうございました。……この子も、とっても楽しかったと思いますわ」
「え……あ、あぁ、それならまあ……良かったです……?」
それが、こっちに対する気遣いを多分に含んでいたことくらい、俺にも分かっていた。
しかし、それでもきちんとお礼を言ってくれるミレナさんに、俺も誠意で答える。……あれ?待てよ。もしこれがミレナさん達にとって本当に迷惑だったんだとしたら……エルナと約束した”次”の機会って、もしかして無い?
「はぁ、全く……すまんな、ロルフ。レオンハルトは賢い子なんだが、見ての通り少々アレでな……」
「はは。……いえ、とんでもございません。娘にも新しい友達が出来たようで、私も嬉しい限りです」
ふと湧いたその可能性に俺が絶望していると、何故か父様が呆れたような顔をしていた。
更に、それを見たロルフさんもより一層微笑んでいる。
新しい友達、か……これも社交辞令だとは思うけど、ほんの少しだけでもエルナがそう思ってくれてたらいいな……。
「──では、ヴァルター様。我々はそろそろ失礼致します。こんな夜分遅くまでお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
改めて身なりを整えたロルフさんは、持っていた帽子を胸の前に持ち、深々と頭を下げた。
……気付けば、扉の向こうではかなり日が沈んでいて、だいぶ暗くなっているようだ。
「ああ。……ロルフ、本当に泊まって行かなくて良いのか?」
「はい。そのご厚意は非常にありがたいのですが……先を急ぎますので」
「だからと言ってな──なにも、こんな時間から”王都”を目指さんでも……」
──会話の最中、聞こえてきた言葉に俺は驚き固まってしまった。
え?……待って。父様、今何て言った?……『王都』?
なに、ロルフさん達王都に向かうの!?今これから!?
「はい、大事な商談がありますので。少しでも早く向かいたいのです。……と言っても、数日で戻ってまいります。今回は妻と娘も居ますからな」
「いや、そうではなくてだな……最近、ここから王都に向かう街道は少々危険らしいのだ。良からぬ噂をよく耳にする……」
先を急ぐという硬い意志を持つロルフさんに対し、父様はそれでも心配そうな面持ちをしていた。
……いや、そんなの当たり前だ。このヴァルター領から王都まで、最短距離を馬車で走っても数日はかかる。それを、わざわざこんな時間から出発するなんて……。
「……その領主様のお心遣い、非常にありがたく思います。ですが、心配はいりません。その為の護衛も雇いましたし、寝泊まりは馬車の中で行います。細心の注意を払っておりますので、ご安心を」
「し、しかしだな、うーむ……」
確かに、屋敷の外にはそこそこ大きな馬車が止まっているようだった。それに、その周りには剣やら槍やら、武器を持った人たちが立っている。恐らく、彼らがロルフさんの言っていた護衛なんだろうけど……それでも、やはり心配だ。
「……はぁ、わかった。……十分注意しろよ、言われなくともわかっていると思うが」
だが、父様はさんざん悩んだ挙句、本人達の希望を尊重し送り出すことにしたようだった。俺的には、まだ不安が残るけど……まあ、ロルフさんはよく領外に行ってるみたいだし────大丈夫だよね?
「はい、心得ております。……では、失礼します、ヴァルター様。レオンハルト様も、次に来た際も是非エルナと遊んでやってください」
「お邪魔致しました、領主様。……レオンハルト様も、娘と遊んでくださってありがとうございました」
そんな別れの挨拶をしつつ、ロルフさんとミレナさんは手を振った。
そして、俺はそれに同じように手を振って応えながら──
「はい、勿論です。────エルナ、またね。僕、あの約束絶対忘れないから!」
と、笑って宣言した。
本当に、次の機会が迎えられるかは分からない。けれど、もし彼女にその気があるのなら、またきっと遊びに来てくれるだろう──そう、信じて。
……そんなことを考えていた俺であったが、それに対し彼女が何か言葉を返してくれることは無かった。
ただし、その代わりに。変わらず、母親の陰からこちらを覗きつつ──
「……」コクッ
と、小さく頷き返してくれたのだった。




