第12話 笑った彼女
エルナの手を引き、俺は屋敷中を連れ回した。しかし、どこへ行こうとも彼女は楽しんでくれている様子は見せない。
そんな中、辿り着いた最も望み薄であったその場所で、エルナは初めて自ら「入りたい」という意思表示をしてくれたのだった。
「見て、エルナ! ここが書庫、本がいっぱいあるでしょ」
「……~~!」
『書庫室』へと足を踏み入れた俺は、エルナに部屋の中を紹介した。
学校の教室程の大きさであるそこには、壁一面に本棚が並んでいる。またその上の方には窓が設置されており、太陽の明かりがしっかり入り込む設計だ。そして、部屋の中央には簡易的な机と椅子が用意されており、俺はよくここで本を読んだりしていた。
「……っと、部屋の説明はこんな感じかな。──書庫って、本というか紙というか、この独特の匂いが何だか心を落ち着かせてくれる気がして好きなんだよねぇ~」
「────。」
勿論、半分程適当なことを言っていた。まあ、こんな感じのことを言っておけば知的でカッコよく見えるでしょ。
……しかし、エルナはそんな俺の説明をあまり聞いていないようだった。代わりに、至極興味深そうに書庫室を見渡している。──しかも、前髪の下の眼をキラキラ輝かせながら。
「……ねぇ、エルナ。もしかして君、本が好きなの?」
「……!」
頻りに本棚を眺める彼女を見て、俺はそんなことを訪ねた。ここに来た時だけ明らかにエルナの反応が良かったし、もしかしてそうなんじゃないかと思ったのだ。
「……ぁ……は、ぃ……ぉ母さん、が……」
「お母さん?」
「ぅ、ん……よく、本を……読んで……くれる、から……」
なるほど、どうやらエルナはいわゆる『文学少女』というやつだったらしい。彼女は母親のお陰で、既に本の面白さを知っているようだ。
エルナは平民のはずだけど、商人の家ってそんなに儲かってるのかな?
「エルナは普段、どんな本を読んでるの?」
「! ……え、ぇっと……王子様、の本…とか……あと、は、魔法使いの……子の話……」
「えっ? 魔法!?」
「ッ!」ビクッ
彼女の言った言葉に、俺は強い反応を示した。
しかし、『魔法』という単語は聞き捨てならない。俺は普段から、あと何日寝れば魔法を習ってもいい年齢になれるかと、その日数を数えているくらいには魔法という存在に想いを馳せているんだ。
魔法使いの子、というのは一体どういうお話なのだろう。
「あ、あぁごめん、いきなり大きい声出してびっくりさせちゃったよね……」
「……だい……じょ、ぉぶ……」フルフル
「そっか、よかった。……あ! それより、その魔法使いの子が出てくるお話って、どんなのなの?」
「ぁ……ま、魔法を使える……女の子、が……出てくる、ぉ話……」
「え? ……あー、うん。なるほど……?」
興味津々で聞いた手前、エルナの当たり障りのない回答に俺は一瞬戸惑ってしまった。
その本のタイトルは分からないけど、魔法使いの子の話と紹介されれば、そりゃ魔法を使える子が出てくるのは当たり前で……いや、これは俺の聞き方が悪かったかな?
エルナは、俺と同じ六歳らしい。であれば、そんな的を得ない解答もそれらしいといえばらしくて……。
「……? ……どぅ……し、ましたか……?」
「あっ。ううん、何でもないよ。……そっか、魔法使いの女の子のお話かぁ。もしかして、エルナは”魔法”に興味があるの?」
「!」
詳しい内容はともかく、彼女がその本に興味を持っていることは確からしい。そして、それの題材となっている魔法についても、もしかしたら関心があるのではないだろうか。
仮にそうなら、俺と彼女は同じ幻想的な力に魅了されている”同志”ということになる。
「──は、はぃ……あり、ます……!」
俺からの質問に対し、エルナは僅かに上目になりながらそう答えた。──その時、薄っすら覗いた彼女の瞳は、やはり静かに揺れている。
「おっ! いいねぇエルナ、分かってるじゃん! 実は僕も、魔法にはすっごく興味があってさぁ……日々、ここで魔法について勉強してるんだ!」
「ぇ……で、でも……ぉ母さんが、大きくなる……まで、魔法はつかっちゃ……ダメって……」
「あぁ、ごめん。実際に使ってるわけじゃないんだよ? 勉強って言っても実技じゃなくて、本を読んで知識を蓄えつつ将来それを使ってる自分を妄想してるというか……えっと、まあ要するにエルナと一緒だね」
「……? ……い、っしょ……?」
「うん! エルナも、その魔法使いの子が出てくる本を読んで『もし自分がその子だったら』とか考えたりしない? もし自分が魔法を使えて、カッコいいとかキレイとか、そんな素晴らしい魔法を使えたらいいなって……そう、思ったりしないの?」
「! ……ぉ、もう……!!」
俺は思わず、魔法について、そして自身の夢について熱く語ってしまった。しかしそれらは本音で、今の俺が本気で目指しているところでもあるのだ。
そして、それにエルナは大きく同意してくれた。
「ッ~! やっぱそうだよね! もしかして、僕とエルナって気が合うのかもね。……まあ、その為には魔法についてたっくさん勉強しないといけないみたいだけど……」
「ぉ、べん……きょう……?」
「そうだよ、エルナ。魔法を使うには、物凄く勉強して……つまり、いっぱい本を読まないといけないんだ。そして、七歳になったら実際に魔法を使って、毎日練習しないと……それに、そもそも魔法には”適性”が無いといけないらしいし……」
「……? ……?」
魔法について、この国では七歳以上にならなければ行使してはいけない決まりとなっている。しかし、だからこそ俺は日々魔法についての知識だけを増やし続けていた。
その中で、まず初めに引っかかったのが魔法の『適性』についてだ。細かいことは多々あるらしいが、要するに魔法とは努力だけでどうにかなる代物でも無いとのことで……。
「あ、ごめんね。エルナにはまだ早かったかな。……とりあえず、今は難しいこと考えずに、魔法の本を読めばいいってことだよ。そうだ! ここにも幾つか魔法関連の本があるし、ちょっと読んで行く?」
「っ! う、ぅん……! ぁ……で、でも、わたし……本、よめなぃ……」
「え?」
エルナが本にも魔法にも興味があると知って、俺はここでの読書を提案した。
魔法関連の本はどれも論理的で難しいけど、その中でも出来るだけ子供でも読みやすいものを……と、思っていたのだが、どうやらそれ以前の問題であったらしい。
彼女の言う本が好きというのは、内容やその展開についてだけらしく、それに読むこと自体は含まれていないようだ。確かに、母親に読んでもらってるって言ってたしね。
「あ、なるほどね。……大丈夫だよ。それなら僕が、分かりやすく解説付きで読み聞かせしてあげるから!」
「……!」
文字が読めないらしい彼女に対し、俺はそう名乗りを上げた。
以前、俺も似たような状況下でジーク兄様に同じことをしてもらった。しかも、あの時の兄様はその性格に反しそれはもう迫真に迫る読み聞かせをしてくれたのだ。
であれば、今度は俺がその役目を果たすべきだろう。
「ぃ、ぃの……?」
「勿論! まずはどれがいいかなぁ~……」
少々申し訳なさそうに、されど出来ることならそうして欲しいと言った具合で、エルナは聞いてきた。
そして、俺はそれを当然のように快諾し、本の物色を始める。えーと確か、魔法学の入門みたいな本があったような……。
「────レオン坊ちゃま。お楽しみのところ申し訳ありませんが……」
そんな折、書庫室の入口辺りに立っていたイルゼがそう声を上げた。
「え? どうしたのイルゼ?」
「……そろそろ、お客様のところに戻られた方が良いと存じます。心苦しいですが、日もだいぶ傾いてきたようですし……」
そう言いつつ、彼女は部屋上部の窓の方に視線を移した。
それにつられて俺も目をやると、窓の隙間から覗く陽光はだいぶ上の方を指し、鮮やかなオレンジ色に染まっていた。もう間もなく日が沈む頃合いだろう。
「うわ、本当だ。もうこんな時間だったんだ……ありがとうイルゼ、全然気が付かなかったよ」
申し訳なさそうにそう言う彼女に対し、俺は教えてくれてありがとうと感謝を伝える。
どうやら、エルナを何とか楽しませようと奮闘するあまり、気付かぬうちにかなり時間が経ってしまっていたようだ。確かに、今から本を読むんじゃそれこそ真っ暗になってしまうだろう。
「あー……ごめん、エルナ。という訳だから、本はまた次の機会にでも……」
「……。」
「ッ!」
読み聞かせると言った手前、俺はバツが悪いながらもエルナに『また今度にしようと』謝罪する。──すると、彼女は文句こそ口にはしなかったが、とてもガッカリした様な表情を見せた。
待ってよ、女の子にそんな顔されたら……俺だって、黙ってるわけにはいかないじゃないか。
「──じゃあ、”約束”しようエルナ。今度君がうちに来た時は、僕が必ず魔法の本を読んであげる!」
「……!」
今まで以上に俯き気味になっていた彼女に、俺はそう声を掛けた。
「……やく……そ、く?」
「うん、約束! 次の機会までに、僕も本を読むの上手になってくからさ。──だから、また絶対一緒に遊ぼうよ!」
「! ……ほん、とぅ……?」
「勿論! 絶対だよ」
そう言って、俺は不安そうにする彼女の頭を撫でた。
それは、残念がっていた彼女を慰めるために、思わず取ってしまった行動である。
「──うん。」コクッ
俺は一瞬、「あ。いきなり頭を触っちゃって、大丈夫だったかな……」という考えがよぎった。
しかし、エルナはそれを全く気にした様子は無く、小さく頷いてくれる。
────そして、こちらを見上げた彼女は、心の底から嬉しそうな満面の笑みを浮かべてくれていた。




