第11話 彼女の興味とは
俺はエルナの手を引き、お屋敷内の探検……もとい、案内を開始した。
彼女は商人の家の娘だ。とすれば、貴族家の屋敷の中を見る機会など少ないだろうし、出来るだけ物珍しく楽しんでもらえそうな場所を選びたい。
「まずは……ここが、食堂!」
そう思いつつ彼女を最初に連れて来たのは、この家の中でも特に豪勢な装飾が施された場所、『食堂』である。
貴族にふさわしい風体を為したその部屋には、絢爛な照明、豪華な飾りつけ、そして真っ白に整えられたクロスと席が並んでいた。
「普段はここで、家族みんなでご飯を食べるんだ! ……それに、偶にお客様が来たりするんだよ」
「……。」
アイゼンリッター家では、基本的に家族は揃って食事をするという決まりがある。無論その言い出しっぺである父様は仕事柄家を空けることも多いが、最近は母様のお腹の子のこともあるので比較的お屋敷に居る時間が長いのだ。
「どう? エルナ。広くて綺麗でしょっ?」
あまり目にする機会はないだろう、貴族家の食卓。しかし、だからこそ俺はエルナがその珍しさに喜んでくれると思っていた。
「──っっ…」
……だが、そんな俺の思惑とは裏腹に彼女は食堂の入り口付近で足を止め、
それ以上奥には入ろうとはしなかった。
「……?」
「……、……。」
しかも、そんな彼女の様子は楽しんでいるどころか、どこか怯えているようにも見えてしまった。……なるほど、どうやらここはお気に召さなかったらしい。
眩しすぎるシャンデリアのせいか、または仰々しく並んだ豪勢なテーブルやイスのせいか。ともかく、彼女は変わらず無言のまま少なくとも喜んではいない。むしろ、慣れない雰囲気で怖がらせてしまったかもしれないな。
うーん、貴族のお屋敷っぽい場所第一号だと思ったんだけど……。
「……よ、よしっ! それじゃあ、他の場所も見に行こうかっ」
彼女の要望に応えられなかったと判断した俺は、早々に場所を変えることにした。
大丈夫、他にも候補はあるんだからね!
「──次、ここがお屋敷の中庭! 庭園にはお母様が作った花畑があって、すっごく綺麗なんだ」
続いて訪れたのは、普段剣術や武術等の訓練を行ったり、後はリリアンとよく遊んでいるお屋敷自慢の中庭。
先程ここでジーク兄様の剣術授業の見学をしたが、今は誰も居ないようだ。……あっ、庭園の方には人が居るみたい。
「……。」
「え、えっとー……あっ、ほら、見てエルナっ! メイドさんがお花に水やりしてるみたいだよ……?」
一緒に外に出てきたエルナは、ほんのり頭を傾ける形で周りをキョロキョロと観察しているようであった。
また俺の言葉につられて、彼女が件の花畑の方を向いたのが分かった。
「────。」
……けれど、それを経てもなおエルナの表情がピクリとも動くことは無かった。
いや、前髪で隠れているせいで、よく見えないだけだろうか……けれど、どの道あまり楽しんでいるようには見えない。
う、うーん、これくらいの子なら花が好きかと思ったけど、安直だったかな……。
「よ……よし、エルナ。次行こうかっ!」
「……。」
またしてもエルナから思った反応を得られず、そのことに焦った俺は再び彼女の手を引く。
こ、こうなったら、エルナが喜んでくれるまで屋敷中を総当たりするぞ!
「次! ここが厨房、うちの料理長のご飯は本当に美味しいんだよ!」
「……。」
続いて訪れたのは、この家の食を司る厨房。食堂の近くに設けられたそこは、丁度現在進行形で料理が行われているようであった。なんだか、いい匂いがする……今日の夜ごはんの仕込みかな?
「…! ……。」
作業の邪魔にならないようにと、俺たちは部屋の入口辺りから中を覗き込む。するとその美味しそうな香りを感じてか、彼女は小さな鼻をスンスンと動かしていた。……なんか、本当に小動物みたいだなぁ……。
──しかし、それでもやはりエルナは楽し気な様子は見せなかった。
「つ……次! こっちは使用人用の棟なんだ、メイドさんや執事がたくさん居て……」
厨房を離れ、次に向かったのはお屋敷の東側に存在する『使用人棟』。そこは文字通り、屋敷に従事するメイドや執事たちの部屋が並んでいた。
──が、そこには仕事中休憩中を含め、多くの人の気配があった。
「…。」
結果、エルナは再び酷く怯えた様子を見せ、その棟の廊下にすら踏み込もうとはしなかった。
アカン。たぶんだけど、これまでで一番反応が悪い気がする。
「あ……ご、ごめん、人が多くてびっくりしちゃったよね? ……ここは、早めに移動しようか……」
「……ッ」コクッ
今まで同様、彼女が言葉を発することは無かった。
だが、ある意味ではこの場所が最も大きな彼女の反応を引き出した。もちろん悪い意味で。
そ、そりゃあ、いきなりこんな知らない人がいっぱい居る場所に来たら怖いか……。それに、エルナは人見知りだって言ってたし、早急にここは離れた方が良さそうだ……。
「……え……えっと、ね……次は、ここが僕の部屋……」
「……!」
先の場所があまりにも的外れであったことを受け、俺は一先ず人気の少ないところをと思考し、結果自身の部屋に彼女を招き入れた。
……って言っても、多少大きなベッドがあったり勉強机があったりするだけで、特別珍しいことは無いんだよなぁ……。
「───。」
「……はぁ」
案の定、エルナは何も言葉を発さなかった。
流石に使用人棟の時に比べれば、部屋の中央で足を止めて中を見渡しているようだけど……特に、楽しんでいる風では無かった。まあ、別に何の変哲もない普通の子供部屋だしなぁ……。
い……いや、諦めるな俺!
エルナに楽しんでもらえるように、今度こそは……!!
「エ、エルナ! 次、次行こう! ここにはまだまだ、すごい場所があって────」
相も変わらず、何も言葉を発してくれないエルナ。
されど、俺は諦めずに彼女の手を引き続けた。
******
…………ふぅ、万策尽きた。
さて、どうしようか。
俺は俺の部屋を後にした後も、なんとかエルナが興味を引かれそうな場所を模索し屋敷中を連れ回した。
……が、結果は惨敗。どこに行こうとも、エルナが悪い方向以外の大きな反応を見せてくれることは無かった。
うーん、どうしよう。後はもう行ってないところと言ったら、ジーク兄様や母様たちの部屋か、勝手に入るなと言われている父様の仕事部屋か、あとは──。
「え、えーっと……ここが、『書庫室』だよ……」
残っていたのは、最後の希望。もとい、最も望み薄なこの場所である。
聞いた話では、どうやらこの世界の子供はほとんど字が読めないらしい。それこそ学園に入るために勉強している子や、貴族の子でもなければそもそも習得の機会が無いのだとか。
「……。」
「あ、えっと書庫って言うのはね、要するに”本”がある部屋ってことなんだけど……」
よって、俺はエルナも例外に漏れず、恐らくは文字の読み書きが出来ないであろうと踏んでいた。
であれば、そんな彼女が書籍しかない書庫になど来ても全く面白くはないはずだ……。
「──!」
──と、俺は思っていた。
しかし、そこで信じられぬことが起きる。
なんとあのエルナが、自らゆっくりと、こちらに踏み出してきたのだ。
「ほん…! こ、こ……本、ぁるの……?」
その声を聞いて、俺は少し驚いた。
だが同時に、跳び上がりそうな程の嬉しさを覚える。時間にして約一時間。そんな努力の末、やっと彼女の興味を引くものを見つけられたかもしれないのだから……!!
「え……あっ、うん、そうだよ! ……入ってみる?」
「! ……ぅ、うん……」
俺は諸々の感動のあまり、再び彼女の顔を覗き込んだ。
すると、エルナは一瞬驚いたような顔をしていたけれど────同時に、ほんの少しだけ微笑んでいたような気がした。




