第10話 その瞳
────彼女を見た時の第一印象、それは瞳が揺らいでいるということだった。
それが、一体何なのかは分からない。
けれど確かに、その少女……【エルナ】には、普通とは違うものがあるような気がした。
「…っ!」
「あら……もう、この子ったらまた……」
消え入りそうな声での自己紹介。しかしそれを終えた彼女は、すぐさま母親の後ろに隠れてしまった。……まあ、これぐらいの歳の子なら性格によっては珍しくもないだろう。
「すみませんレオンハルト様。うちの子、近くに同い年くらいの男の子が少なくて緊張してるみたいなの」
「え……あぁ、いえ、大丈夫です。──たぶん、僕の名乗りがあまりにも恰好付かなかったのでびっくりさせてしまったんですよ。あはは……」
これぞ自虐。先程盛大に舌を噛んでしまった事に、あえてこちらから触れてみた。確かに恥ずかしいことではあったけど、自分で先に指摘してしまえばそれも多少はマシだ。
……しかし、周りからの印象は意外にも悪くないようだった。特にエルナのご両親は、俺の言葉を聞いていい感じに笑ってくれていた。
「レオンハルト様はとても面白い方ですね。……そうだ! レオンハルト様、もしよろしければ我々がヴァルター様とお話をしている間、うちの娘と遊んでいては貰えませんか?」
そう提案したロルフさんは、未だ母親の後ろに隠れていた彼女の背中を押した。
え……それはまあ、こっちは構わないけど……良いのかな?本人は超小声で、「…ぇ…」みたいな反応してたけど……。
「まあ! それはいいですわね。……レオンハルト様、私からもお願いします。エルナはこの通り引っ込み思案で、友達があまりいませんの……ぜひ、仲良くして頂けると嬉しいですわ」
そう言って、ミレナさんまでもが彼女の肩を押した。
……未だ、本人は「ぇ…ぁ……」と動揺していた。しかし、そんな二人に同調する様に──
「レオンハルト、少しの間エルナ嬢の相手をしなさい。私たちは向こうで大事な話があるからな」
と、父様までもが口にした。
結果本人も、当人も承諾しないままに、そうする事になってしまったのだった。
******
「────。」
「……。」
お屋敷の廊下、そこを無言で歩く小さな影が二つ。
その更に後ろの方にイルゼが居てくれてはいるが、立場上こちらの会話に入って来てくれる可能性は低い。よって、俺たちは互いに何の言葉も発さぬままに歩いていた。
「──、──。」
「……。」
んー……き、気まずい……。
長らく続く静寂から、俺は相応の居心地の悪さを感じていた。
(この子がなに考えてるのか、全くわからん……俺、前世でも子供と遊んだりする機会少なかったからなぁ……)
前を歩く俺と、そこからだいぶ離れた位置をとぼとぼと歩くエルナ。
何か話題をと必死に頭を回していたが、生憎この年頃の子が喜びそうなそれが思いつかない。リリアンの時は『いかにも元気な子供!』って感じで付き合いやすかったのに……。
「……」チラッ
「……。」
せめてもの取っ掛かりを見つける為、俺は僅かに振り返り相手の様子を窺う。
──エルナは、変わらず下を向いていた。けれども、よくよく見てみれば俯いていながらも彼女のことで分かることがあった。
(……背は、俺より少し低いくらいかな……さっきは前髪が長いなって思ったけど、後ろも結構長い……)──ピタッ。
彼女のシンボルとも言える、その薄い紫色でいかにもサラサラしていそうな髪が綺麗だった。おまけに、少々細身だが小柄で動物みたいな愛らしさがあって、きっと彼女を好きになる男児は多いだろう。
「…………。」
「……ッ!!」
うーん……それに、さっきチラッと見えた眼も凄かった。まるで宝石みたいに輝いていたのに、何故か吸い込まれるような魅力があって……まさに、神秘的という言葉が似合う感じ。
お!意外にまつげも長くて、目はパッチリしてるんだなぁ──。
「────。」
「──ッ、……っ……!」
俺はエルナのことを観察しながら、そんなことを考えていた。
先程よりも距離が近くなった故にこそ気付く彼女の魅力があり、これまた意外な発見が俺を楽しませた。
「────レオン坊ちゃま、足が止まっていますよ」
「え?」
……が、突然イルゼにそう声を掛けられた。
「……それに、エルナ様が困惑しております」
「…………あっ!!」
更に、続けて言われたそれにより、俺はようやく事態に気が付く。────自分が、”思わず足を止めてしまっていた事”に。
やべ、つい夢中で見すぎてたっ!
「ご、ごめんっ! 全然気づかなくて……」
「…ッ……?」
至近距離で、顔を覗き込むような姿勢になってしまっていた俺は咄嗟に後ろに飛んだ。そして、とにかく謝らねばと思い必死に頭を下げる。
「これは、えっと……違くて……」
「……」
「その……眼がキレイだったから、つい……本当にごめん……」
「──っ!」
もはや言い訳にすらならないような文句を並べつつ、とにかく俺は謝罪を口にした。はぁ……ただでさえ人見知りらしいのに、余計警戒させちゃったかな……。
「…………だい……じょう、ぶ……」
自分の犯してしまった失態に、俺は頭を抱えていた。
──しかし、そんな俺にあろうことか、彼女はそう声を掛けてくれたのだ。……これが、エルナの記念すべき第二声である。
「あ……そ、そっか、大丈夫なら……良かった……」
「…………う、ん……」
正直、俺は恥ずかしさと申し訳なさで心がいっぱいだった。幼いとはいえ、乙女の顔をあんな至近距離でまじまじと見てしまうとは……。
──けれど、逆に言えばそのお陰で、エルナと初めて会話が成立したのもまた事実であった。たった二言だけだけど……進歩ではあるよね、一応。
「……そ、それでさ……えーっと、エルナ? 僕と何かしたいことないかな? 遊びとか、お屋敷の探検とか、あとは……」
経緯はどうあれ、折角生まれた会話のチャンスを逃すまいと俺は色々と行き場所を提案する。エルナの性格的にあまり外で遊ぶのは好きじゃなさそうだけど、何をしようか……。
「…………ぁ……ぉ、お屋敷……の、なか……」
「ん? 屋敷?」
「……ぅ、ん……見て……みたい……」
そして、その努力の甲斐あってか、遂に彼女との会話のキャッチボールに成功する。
やった!やっとまともに口を聞いてくれた!
「っ! うん、分かった! 僕についてきて、全部案内するからっ!」
「……ぁ…ぇ」
そんな感動のあまり、俺は声が大きくなる。
けれど、そんなことはお構いなしに彼女の手を掴んだ。小さいなぁ……でもお屋敷は広いし、迷子になっちゃうよね。
「よーし、行こうエルナっ!」
「……! ……ッ!!」
……こうして、俺たちのお屋敷探検が始まったのだった。




