第七話 守る理由。
シャアアアアア!!
空気が震えた。
比留間正彦が、一瞬たじろぐ。
「な、なんだこの猫……」
ワイは低く唸る。背中の毛は逆立ち、尻尾は何倍にも膨らんでいた。
(めんどくせぇ……けどな)
ワイは三姉妹の前に立った。
桜花。
椿季。
陽葵。
(ワイが、お前らを守ったるからな)
そんなワイを、比留間は鼻で笑った。
「猫一匹で何が出来る」
足を振り上げ、ワイを蹴ろうとする。
その瞬間、ワイは跳んだ。
ガッ!!
「ぎゃっ!」
鋭い爪が皮膚を裂き、比留間が悲鳴を上げる。
「このクソ猫!!」
ワイはひらりと床に着地した。そして低く構え、決して敵から目を逸らさへん。
一人で生き抜いてきた漢を、なめるな。
怒りに任せてナイフを振り下ろす比留間の攻撃をかわしながら、ワイはヤツの腕を駆け上がり、そのまま咽喉ぼとけに食らいついた。
「ぐわぁーー!」
慌てて伸びてきた両手を交わし――
ワイはひらりとヤツの頭の上に飛び乗る。
(おうおう、ええ景色やないか)
ワイを振り払おうとする比留間。
だが――ムダや。
ワイは華麗に宙を舞い、ヤツの目の前にピタリと着地した。
(おい、カスが。
お前の単調な攻撃なんぞ、百戦錬磨のワイに通用するかボケ)
ギロリと睨みつける。
生き残るために培ってきた経験を、その視線に全部乗せる。
「ひぃっ……!」
まあ、しゃあないわ、比留間。ワイの全開の迫力は半端やない。
たいがいのヤツはビビりよる。
だが、次の瞬間。
銀色の光が走った。
陽葵が息を呑む。
「や、やめて……」
――ナイフや。
比留間の目は狂っていた。
「近づくなこの化け猫!!」
振り上げられたナイフ。
その刃は、ワイではなく――
陽葵に向けられていた。
(ひまりぃ!!)
その瞬間、ワイの体はもう動いていた。
ドスッ。
鈍い音がした。
揺れる視界。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
そして、世界が静かになる。
ワイの体を、熱いものが貫いていた。
腹や。
ナイフが腹に刺さっていた。
「マオマオ!!」
陽葵の叫び声。
(ひまり――ワイが守ったる。ちいっと、勘弁やで)
ワイはそのまま比留間に体当たりをした。
ドン!!
比留間が吹き飛ぶ。
「ひ、ひぃ……!」
血のついたナイフが床に落ちた。
フウゥゥゥー……。
ワイは血まみれのままヤツを睨みつける。
ここを、一歩も引くわけにはいかん。
ワイは、守らなあかんのや。
比留間の顔は青ざめていた。
「ば、化け物……!」
震えながら後退る。
その時、外から声が聞こえた。
「お巡りさん、こっちよ!」
隣の、ばあさんの声。
「おい、早うせんか!!ワシらの孫が暴漢に襲われとるんだっ!」
じいさんの声。
比留間の顔が歪んだ。
「ちくしょう!!」
血のついたナイフを掴み、陽葵に向かおうとする。
ムダや、時間稼いどいたで。
――なあ椿季?
「……ひまりに汚い体で触れるな」
――ひゅん!
床にナイフが落ちた。
刹那、箒を竹刀代わりにした椿季の電光石火の突きが、比留間を廊下へ吹き飛ばしていた。
外から怒鳴り声が響く。
「警察だ!」
「動くな!」
ガシャン。
比留間はその場で取り押さえられた。まあ……ヤツはもうのびているんやがな。
家の中は、静かやった。
桜花がワイを抱き上げる。
「マオマオ……」
桜花……震えてるんか。
椿季が歯を食いしばる。
「バカ猫……」
椿季も……声が震えているやないか。
「い…や……マオマオぉ……いやだよ」
陽葵は泣きながらワイを撫でていた。
涙がぽたぽた落ちてくる。
陽葵……くすぐったいやないか。
なんやよう見えんけど……お前ら、みんな泣いとるんか?
桜花……椿季……陽葵……ワイの体は血まみれや。汚れとるんよ。お前らみたいなイイ女たちが触ったらあかん。
耳元で、桜花の声が聞こえた。
「どうして……どうしてこんな……」
椿季の叫び声。
「いやだマオマオ!死んだら許さないからな!」
その言葉が胸に響く。
「マオマオ……マオマオ……」
陽葵が何度もワイの名前を呼ぶ声。
……はは。
その名前、好かんかったのに。
なんでやろうか、今は気に入ってるわ。
ワイは思った。
――ああ、そうか。
いつの間にか。
この家は――ワイの家になっとったんや。
桜花のカラ元気な笑顔も。
椿季のぶっきらぼうな優しさも。
陽葵のうるさい笑い声も。
全部が、うっとおしいけど――嫌いやなかった。
桜花がワイを抱きしめる。
「マオマオ……大好きだよ」
椿季が言う。
「この……バカ猫……お願いだから……いなくならないで……」
陽葵が言う。
「もう……家族を失いたくないの……」
その言葉たちに、ワイは目を細めた。
……ま、好き勝手生きてきたワイにしては……上出来な最後や。
この家を守れて……よかった。
お前らに出逢えて、ワイは幸せやった――。
ああ……温かい。
ワイなんかには、もったいない。
最後に……ワイは少し笑ったんや。
桜浜町の外では、八重桜が散っていた。
ひらひらと。
春の風に、ほどけるように。
――静かに。
――エピローグへ続く――




