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第五話 桜花という女。


 この家で一番働く女。


 それが――星野桜花(ほしのおうか)や。


 


 朝。


 ワイが目を開けると、もう台所から音がしている。


 トントントン。


 包丁の軽やかな音や。


 それから、ええ匂い。


「ほら、二人とも。ごはん出来てるよ」


 桜花の声が家に響く。


 テーブルには湯気の立つ料理。


 卵焼き。

 味噌汁。

 焼き魚。


 ……豪華や。


 けどワイは知っとる。


 これ、全部安い材料や。


 桜花は金の使い方がうまい。


「いただきまーす!」


 陽葵が笑う。


「うまっ!」


 椿季も笑う。


 そしてワイも、皿の前に座る。


 ……あ。


 いつもの飯の上に、ほぐした焼き魚が乗っとる。


 この家の飯はレベルが高い。


 それは全部、この女のおかげや。


 桜花は朝飯を作り、弁当を作り。


 それから会社へ行く。


「無理しちゃダメだからね」


 出ていく時、妹たちに言う。


 笑顔や。


 けど――


(この女が一番、無理しとる)


 


 夜。


 桜花が帰ってきた。


「ただいま」


 いつもの優しい声。


 手にはスーパーの袋。


 ……中身は、やっぱり料理の材料ばかりや。


 ほんま、よう働く女や。


 


 その日の夜。


 妹たちが寝たあと。


 桜花は居間のテーブルに寄りかかっていた。


 コップには、ちょこっとの酒。


 少しだけ……顔が桜の花みたいや。


 (……こいつ、酔っとるんか?)


「マオマオ〜」


 そしてワイは捕まった。


 ぎゅー。


 抱きしめられる。


 ……この家で一番柔らかいのが桜花や。


 ふわっとした匂い。


 ラベンダーみたいな香りや。


(この女は……なんか落ち着くんや)


「マオマオはいい子だねぇ」


 頬をすりすりしてくる。


(……おい、酒くさいぞ)


 でも嫌やない。


「ほんと可愛い」


 そして――


 チュッ♡


 ほっぺにキスされた。


 ……わ、ワイは猫やぞ。


 


 その夜。


 桜花は、ふらっと家を抜け出した。


 気づいたワイは、後をつける。


 着いたのは――海やった。


 


 夜の海。


 波の音だけが、静かに響いている。


 桜花は防波堤に座った。


 そしてバッグから、何かを取り出す。


 写真や。


 古い家族写真。


 父。

 母。

 三姉妹。


 みんな笑っとる。


 桜花は、しばらく黙ってそれを見つめていた。


 


 やがて。


 ぽつりと声がこぼれる。


「お父さん……お母さん……」


 小さな声。


「……私が」


 涙が、ぽたりと落ちた。


「守るからね」



(……)

 

 桜花は、いつも笑っとる女や。


 妹たちの前では、絶対泣かん。


 けど今は。


 一人で泣いとる。


 


 ワイは、隣に座った。


 


「……マオマオ?」


 桜花が少し笑う。


「……ふふ、見られちゃったね」


 涙を拭く。


「二人には内緒だよ?」


 知らん。


 ワイは猫や。


 ただ、ここにおるだけや。


 


 桜花はワイを抱き上げた。


 ぎゅっと抱きしめる。


「……ありがとう」


 小さな声。


「大丈夫だよ」


 そして、もう一度。


「……大丈夫」



 (……)


 それはきっと。


 妹でもワイでもなく。


 自分に言ってる言葉なんやろうな。


 


 しばらくして桜花は立ち上がった。


「……帰ろうか」


 ワイを抱いたまま歩き出す。


 


 遠くに、星野家の灯りが見える。


 小さな家の、灯り。


 けど――


 桜花……お前が守っとる温もりや。


 


 玄関の扉を開くと。


 桜花は静かに言った。


「……ただいま」


 

 ワイは腕の中で目を細めた。


 

(おい桜花。この家で一番強いのは――お前やぞ)



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