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第四話 椿季という女。


 この家で一番、元気な女。


 それが――星野椿季(ほしのつばき)や。


 ガラッ。


 玄関の扉が勢いよく開いた。


「はぁぁぁ……疲れたぁ……」


 帰ってきた椿季は、汗だくやった。


 大学。

 剣道。

 そのあとバイト。


 毎日そんなんばっかりや。


 ワイは縁側でゴロゴロしていた。


 椿季が、ちらっとワイを見る。


「……なに見てんだよ」


 知らんがな。


 お前が勝手に視界に入ってきただけや。


「……ったく」


 ぶつぶつ言いながら、台所へ向かう。


 カチャカチャ。


 皿の音。


 そして――


 カラカラ。


 飯が入った皿が、ワイの前に置かれた。


「ほら、食え」


 相変わらず偉そうや。


 せやけど――


(この女は、ムカつくけどワイに飯くれるんや)


 それが椿季という女や。


 


 飯を食ったあと。


 ワイは廊下を歩いていた。


 すると、妙な光景を見た。


 部屋の隅。


 椿季が床に座っている。


 手元には――毛糸。


 ……編み物や。


 真剣な顔で、チマチマ編んどる。


 横には、ぬいぐるみ。


 可愛いクマや。


(……)


 この女は、体育大学に通って棒っきれを振り回しているくせに、ときどきこうして編み物なんかをする。


 ぬいぐるみも好きらしい。


 可愛らしい趣味や。


 そのとき。


「うわっ!」


 椿季がワイに気づいた。


「お前いつから、そこにいた!?」


 最初からや。


「見るな!」


 慌てて毛糸を隠す。


 ……遅いわ。


「これは別に……その……」


 顔を赤くしてモゴモゴしている。


 ワイは思った。


(この女は、ツンデレとかいう病気に感染しとるんやな)


 


 夜。


 風呂場の前を通ると。


 ガラッ。


 扉が開いた。


 湯気の中から椿季が出てきた。


 濡れたショートヘアをタオルで拭いている。


 ワイは、ぼーっと見ていた。


 椿季は桜花や陽葵と比べると、抱かれ心地が、ちょっと違う。

 なんちゅうか……やわらかいくせに張りがある感じや。


 せやからなのか。


 引き締まった体は、筋肉ついとるのに妙に女っぽい。


 椿季がワイの視線に気づく。


「……なに見てんだよ」


 ほんの少しだけ、視線を逸らす。


「……えっち」


 いや。


 ワイは猫やぞ。


 


 その夜。


 家の連中が寝静まったあと。


 ワイは縁側で月を見ていた。


 すると――


「……はぁ」


 ため息が隣に落ちた。


 椿季や。


 珍しく静かやな。


 しばらくして、椿季がぽつりと言った。


「……今日さ」


 夜空を見上げたまま。


「試合、負けた」


 きっと、剣道の大会のことやろ。


「……私さ」


 声が小さくなる。


「強く……なれないのかな」


 昼間の椿季とは別人や。


 強気でも、偉そうでもない。


 ただの――弱虫な二十歳の女や。



「こんなんじゃ……姉ちゃんも……ひまりも……守れない」



 ……そうか。


 この女は桜花と陽葵のために――強くなろうとしてるんか。


 何か事情があるんやろうな……きっと。

 



 ワイは何も言わん。


 言えるわけもない。


 猫やし。


 けど。


 横にはおる。


 それだけや。



 しばらくして椿季が笑った。


「……バカだよな、私」


 ワイの頭をポンと叩く。


「猫に弱音とか吐いてさ」


 そらそうや。


 ワイは猫や。


 けど椿季は、少しだけ笑顔になった。


 


 翌朝。


 目を覚ますと。


 ワイの首に、何かついていた。


 ……首輪や。


 青い毛糸で編んだ、小さな首輪。


 妙に丁寧で、しっかりした作りや。


 ワイは台所へ行った。


 椿季がいた。


 首輪を見せる。


「……」


 椿季が一瞬固まる。


「……わたし、そんなの知らないから」


 目を逸らす。


「落ちてた糸を……」


(嘘つけ)


「適当に巻いただけだから」


(絶対嘘や)


 ワイは思った。


(この女は、ほんまに素直やない)


 


 せやけどな、椿季。


 お前は飯くれるし。


 トイレも、せっせと掃除してくれる。


 強気なお前も。


 勝気なお前も。


 たまに弱音を吐くお前も。


 ワイは、全部知っとる。


 


 それに――


 この首輪。


 ……悪くないぞ?


 


 椿季に気づかれないように。


 ワイは、そっと目を細めた。



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