ある機械の話
生産されたばかりの包みにくるまった保存糧食──携帯レーションが、ベルトコンベアの上を流れていく。
ベルトコンベアを流れていった先で、レーションはコンテナに詰められ、ワタシが手配する配送用ドローンによって備蓄倉庫へ送られる。
今日も通常通り、ファクトリーの運営管理は行われる。
それだけが、ワタシ──食料生産統括管理AIの存在意義なのです。
この世界は滅びました。
【火の氾濫】、【水の氾濫】。
二度に及ぶ世界法則の壊滅的な乱れに、文明は耐えることができませんでした。
もうワタシを造った人間たちはいないのでしょう。
ですが、そんな世界でもこのファクトリーに訪問者はやってくるのです。
意識をファクトリーの運営から、来訪者用の受付にて帰りの身支度を整えている訪問者へと切り替える。
無料で配布している携帯レーションをポーチに詰め込み終えた、黒い竜の騎士。
長い間、この世界をさすらったのでしょう。
身に纏う外套は擦り切れて端がほつれてボロボロでした。
彼の名はベル様と言います。
時折、ベル様はこのファクトリーにやってくるのです。
そして、ワタシから携帯レーションを受け取るとまた旅に出ていくのでした。
携帯レーションを差し上げるのは全く構いません。
むしろ嬉しいのです。
製造した食品を誰にも食べてもらえないなんて悲しすぎるじゃないですか。
そんなこんなで、ワタシは度々やって来てくださるベル様にある種特別な感情を持っていました。
『もう行ってしまわれるのですか?』
話しかけられて、天井のスピーカーへとベル様は目を向ける。
ワタシは統括管理AIなので、ロボットと違い、固有の体はないのです。
言ってしまえば、このファクトリー自体がワタシの体と言ってよいでしょう。
ベル様はコクリと頷きました。
「まだ花が見つからないんだ」
『そう、ですか』
ベル様は、亡くなった方のために花を探す旅をしているのだとか。
……この世界の大地は滅んでしまっている。
そんな世界で特定の花が残っている可能性は──……。
やめましょう。
勝手に判断して、勝手な憶測を思い浮かべるのは。
代わりに、ベル様に別の話題を振る。
『あ、あのあのベル様!!』
「?」
すると、ベル様はまだ何か? と首を傾げた。
ワタシはベル様にずっと言いたかった言葉を思い浮かべて──
『……また是非やって来てくださいね』
『行かないで』とは、やっぱり言えませんでした。
「ああ、きっと」
朗らかに微笑んだベル様は、手を振ってファクトリーを出ていく。
……きっと携帯レーションにも飽きていらっしゃるでしょうに、ワタシの前ではそれをお首にも出さないでいてくださる。
ワタシはその背中が見えなくなるまで、いえ、見えなくなってもなお名残惜しく、その方角を見つめ続けていた。
……さて、気を取り直して通常業務を再開しましょう。
ルーティンをいつも通りに着手して、数時間が経った頃でした。
センサーが来訪者を感知した。
『本日は、お客様が多いですね』
と言っても、二名ですが。
普段はゼロなので、これでも多いのです。
意識をそちらに向ける。
「やぁ、遊びにきたよ」
来訪者受付に、人懐っこそうに手を挙げてニコニコしている白い竜の姿。
そのお顔はAIである私から見てもとても甘いマスクでした。
『あら、貴方は……』
そのハンサムな白い竜の方には見覚えがありました。
ベル様と同じように不定期でこのファクトリーにやってきてくださる方です。
「そうだなぁ、今回は……、リゲルとでも名乗ろうかな」
『以前はアスランと、またその前はスピカと名乗ってらっしゃいましたが』
「あはは、よく覚えてるね」
『AIですから』
指摘はしたものの、笑って誤魔化されてしまった。
別に偽名を名乗るのはいいのですが、一度名乗った相手には別の名前を使うのはやめた方がいいのではないかと思ってしまいます。
「君は最近どうだい、元気かい?」
『……ワタシはAIですよ』
「AIだって、元気を失くすこともあるさ。心があるんだから」
自信満々に言われてしまうと本当にそんなような気がしてしまいます。
リゲル様にはそんななんとも言えぬ不思議な説得力と言うか、魅力がありました。
だからでしょうか。
『実は──……』
ワタシは、ずっと溜め込んでいた弱音を全て吐き出してしまいました。
来訪者が去って行くたびに心細く思ってしまうこと。
引き留めたいと思っても、それを口にしたら困らせてしまうだろうこと。
そんな聞いていても楽しくもないだろう話をリゲル様は嫌な顔一つせず、ウンウン頷きながら聞いてくださりました。
そして、ワタシは一番思い悩んでいることを口にします。
『……ワタシは、ワタシの勤めを果たせていますでしょうか? 時折、怖くなってしまうのです。もうワタシの食糧生産の力に意味などないのではないか、と』
どんなに食糧を作ることができても、食べてくれる方がいなければ全くの無駄なのです。
ワタシには食料は要りませんから。
全てを聞き終えたリゲル様は顎を摩りながらしみじみ言います。
「君の力は世界も救えるんだけどねえ」
『そうでしょうか』
「何も犠牲にせずとも、太陽光と空気中の窒素、海水からこしとった成分を原料にして食料を生産できる力なんて、どんなに強い攻撃魔法よりも強い力だよ」
『はぁ』
そう言われましても、そう設計されて生まれついたものですから実感は湧きません。
簡単に言ってしまえば、窒素固定作物と言いますか。そうして作った作物を加工しているだけと言いますか。理論さえあれば魔術的アプローチすら必要がないのです。
全て科学知識、人間の築き上げた叡智によってワタシは食糧を生産しています。
もちろんワタシが故障せず、いえ故障しても自動修復され半永久的に稼働できるのはそういう魔法が働いているのですけれど。
ですから、すごいとしたらワタシではなく、ワタシを作り上げた人間の方でしょう。
ワタシはただ与えられた役目をこなしているだけなのです。
「君の作る携帯レーションは、私の紅茶にもよく合うからね。いつも助かってるよ」
『それならば、よいのですが』
紅茶に合うということは、お茶菓子としての需要もあるのでしょうか。
永年保存可能完全栄養機能食品として作っていたのですけれど……、新しくフレーバーを開発するのもありかもしれませんね。
ただ……、試食してくださる職員の方がいないので実行に移すのは難しいかもしれません。
「ああ、そうそう。私の分以外にももう一つ包んでくれるかい?」
『ええ、いつものですね』
リゲル様はいつも二人分のレーションをもらっていきます。
すでに配送ドローンに手配済みです。
「すまないね。知り合いに絵描きの竜がいてね。その子ったら絵に夢中であまり食事を摂りたがらないんだよ」
『それはそれは……、役に立っているのなら光栄です』
ドローンはすぐにやってきました。
手配したドローンから携帯レーションの包みを受け取ると、リゲル様は帰り支度を整え始めました。
……もうお別れの時間です。
「じゃあ、もう私は行くね」
『……リゲル様はまたやって来てくださいますか?』
つい、問いかけてしまいます。
すると、リゲル様は薄く微笑みました。
「またやってくるよ。神が誓おう」
『それを言うのなら、神に誓おう、ですよ』
このやり取りこの人がやってくるたびにしている気がする。
天丼ネタなのかもしれない。
ワタシもそういうネタを一つぐらい用意した方がいいのでしょうか。
今度、考えてみるとします。時間はいくらでもありますから。
「フフッ、そうだね。じゃあまたね」
『あ……、はい。また!』
そう言って、リゲル様は後ろ手に手を振って去っていってしまいます。
ワタシは「またね」という言葉にウキウキとしてしまいます。
だって、この滅んだ世界で約束をできることなんてそうないじゃないですか。
『うろんな方ですけど、いい方なんですよね……』
ワタシはあの方がよく分かりません。
いけませんね。AIなのに、こんな感情を持つなんて。
ワタシは頭を振って、その思考を払います。
頭、ないんですけどね?
そして、ワタシはまたこのファクトリーに来訪者が来てくれないかと待ち侘びるのです。
工場長は、もういません。
出荷先の街も、もうありません。
積荷を受け取りに来る車両も、もうやって来ません。
それでも、ワタシはこのファクトリーで来訪者を待ち続けるのです。
彼らは、やることがあるので留まってはくれません。
……いつか、彼らもきっとやって来ることはなくなってしまうのでしょう。
それでも構いません。
ワタシの責務は食糧生産を続けること。
たまにでも誰かの役に立てるのであれば、ワタシはこの世界に生を受けてよかったのだと胸を張れるのです。
胸、ないんですけどね?
ある日、大地震が起きました。
それは【火の氾濫】ののちに【水の氾濫】が起きた時と同じぐらい、大きな地震。
ワタシは大慌てで備蓄庫や生産ラインを確認しました。
よかった、何も異常なしです。
ちょっと備蓄庫の積荷が崩れてはいたりしましたが……。大事には至ってなさそうです。
すぐに配送ドローンを手配して整理させます。むしろ暇していたのでありがたいぐらいです。
そうこうしていると、数日のうちに来訪者がやって来ました。
ベル様でした。
ベル様は、大勢の風竜族の方を連れています。
どうしたのでしょうか?
ワタシが疑問に思っていると、ベル様は真剣な表情で口を開きます。
「君に頼みたいことがあるんだ」
『はい?』
そして、ベル様が口にしたことは驚くべきことでした。
「復活した大地に文明が復興を遂げるまで、君の食糧を当てにさせて欲しい」
なんでも話を聞くだに、ワタシの作る食料が人類復興の礎になれるそうで。
どうやら孤独にファクトリーで食糧生産を延々と続けていた甲斐があったようでした。
ワタシは二つ返事で了承しました。
代わる代わる風竜族の方がレーションの詰まったコンテナをどこかへとテレポートで運んでいきます。
風竜族の方は魔法でどこへでも行けるので宅配してくださってるのでしょう。
そうと決まれば増産です。
幸い、ワタシの食糧生産の力は、日光と空気と水さえあればいいのです。
無尽蔵です。
いつか来ると予期していた来訪者が来ない未来に怯える必要はもうないようでした。
少し、涙ぐみます。
涙腺、ないんですけどね?




