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竜神アストラ

 ロエルガシズナは火竜族が去った後シャスカたちと別れ、一人、立派な翼をはためかせながらテレポートで移動し、上空から辺りを見回っていた。ちょうど落ち着ける山嶺を見つけ、そこへゆっくりと着地する。

 今も空には原初の光が世界中へと散り、流星群のような空模様だ。


「原初の光が世界中に散っていくのは綺麗だね」


 唐突に、声がした。

 ロエルガシズナがゆっくりと振り返ると、そこにはいつの間に現れたのかフードを目深に被って鼻先しか窺い知ることのできない白い竜がいた。

 シャスカがいたならすぐに気づいたことだろう。彼は魔の霧が立ち込める島でストリエと偽名を名乗った竜だった。

 けれど、ロエルガシズナは彼の真の名前を知っていた。


「お隠れになられて以来ですな。全ての父よ」

「友よ、我が最古の使徒よ。久しぶりだね」


 言いながら、フードの竜はそのフードを取り去った。

 フードから現れたのは、忘れられてはいなかったことを安心したかのように綻んだ表情で。

 その素顔は竜にしてもとてもハンサムなものだった。

 彼は、竜神アストラ。この世界の創世神だ。

 ロエルガシズナと竜神アストラは肩を並べて、世界が再生していく様を眺めた。眺めながら、ロエルガシズナは主の言葉にひとつ訂正を入れる。

 

「ワシはもう使徒ではないですぞ。竜は神の加護を捨てることを選びました故、もう天の存在ではありませぬ」


 ロエルガシズナはそこで一度言葉を切って、深々と頭を下げた。


「申し訳のしようもない」

「いいよ。君たちが愛を持って選んでくれたのなら、私はそれが嬉しい。君たちが他者を思いやって自ら神の加護を捨てる、それはとてもとても美しい結果だと思うよ」


 竜神アストラは柔らかな声音で、自らの使徒の懺悔を受け入れた。

 受け入れながらも、空を仰ぎ見る。


「ただ無垢に従順に私の言いつけを守って原初の光を守り続ける。それは私への愛だと分かっているとも。けれど、それさえしていればいいと、いつからか形骸化してしまった。君たち竜は戦争を繰り返す人間を見下し人間を導くのをやめてしまった。私はそれに至極がっかりしてしまったんだ」


 竜神アストラは、不満を表すかのようにその足で地面を蹴飛ばして砂を巻き上げた。

 けれど、すぐにニコリと微笑んだ。


「まあでも、教えというのはどうしてもそうなってしまうものなのかもね」


 あくまで責める意図はないという風に装っている、が、ロエルガシズナは畏まった。


「これからはワシら竜も人間と同じになります故、妥当な末路でしょうな」


 そして、自嘲の言葉を繰り返す。

 竜神アストラは目を細めてロエルガシズナを見ると、問いかけた。


「それは罰だと思うかい?」

「さあ、他の神であれば堕天だとか失楽園だとか言うのでしょうが……」

「うん、私はそういうのはあまり好きじゃないからね」


 アストラは言い淀むロエルガシズナによく分かってるじゃないとニパリと笑った。

 そして、二人はそのまままた世界が再生していく様をじっと眺めていた。

 少し経って、ふと気になったようにロエルガシズナは口を開いた。


「時に、どうしてお姿を現してくださったので?」

「あまりに美しい結果を見られたのもあるし、新しく教えをあげようと思ってね」

「ほぅ」


 ロエルガシズナは新しい教えと聞いて、より一層シャンと背筋を伸ばした。

 主神が告げる言葉を一言一句、聞き漏らさないように。

 一番信頼のおける最も旧き使徒が聞く姿勢を整えたのを確認して、竜神アストラは告げる。


「これから竜は、君たちは私のためではなく、自分たちのために生きなさい。そして、自らが愛するものを守りなさい」


 そして、ニコリと微笑んで付け足した。


「君たちはもう自由だ」


 そして、新しい教えを告げる言葉は終わった。

 けれど、ロエルガシズナは自分の耳が信じられなかった。

 なぜなら、いま聞いた言葉は戒めをもたらす教えというよりも、むしろ──。


「それでは罰ではなく褒美のように聞こえてしまいますな」

「実際そうだからね」


 どうも、今回の結末はよほど竜神アストラのお気に召したのらしい。

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

「どこに行くのですかな」


 ロエルガシズナはもう用は済んだと自由奔放に去って行こうとする主の背中に問いかけた。


「大地が再生していくし、幸いなことに今の私は灰の魔女──原初の火の巫女に権能を奪われたまま君たちと変わらないからね。日がなのんびり羊飼いでもするさ」


 それだけ言い残すと背中越しに手を振りながら、この世界の創世神は空気に溶けるように姿を消していった。

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