再生する大地
「ベルー! ベルー!」「ベルさーん!」
トリスの背に乗ったまま、私はベルに向かって大きく手を振る。
私たちに気づくと、ベルはこちらを向いた。
「トリス、お願い!」
「任せて!」
翼をはためかせると、トリスは一気にベルの下まで飛んでいく。
フワリとトリスは着地して、私もトリスの背から飛び降りると、二人してベルに駆け寄った。
「二人とも……、無事でよかった。怪我はないか?」
「うん! ベルも無事そうでよかった」「ベルさん、やりましたね!」
お互いに思い思いの言葉をかけていく。
祝勝ムードでワイワイしていると、異変は起こった。
機能を停止したプロメテウスの体。
プロメテウスに突撃した方舟の残骸。
ロマが魔力で青に染め上げた空間。
そして、ベルが地面に突き刺した刀。
四竜族のそれぞれの至宝がやどした力から、光が空へと舞い上がっていく。
「全ての原初の光が散っていく……」
地上に降りてきた星々が天へと戻っていくようだった。
「綺麗」
幻想的な光景に私たちは頬を綻ばせていた。
まるで世界自体が、祝福してくれているみたいだ。
けど、異変はそれだけじゃ済まなかった。
地響きと共に世界が揺れる。
「な、何。地面が揺れて──」
とても立っていられなくて、崩れ落ちそうになるのをトリスが支えてくれる。
それは、博物館と同じ。
終わりの時にすべてが崩れ落ちる兆候に似ていた。
けど、崩落とは真逆のことが起きていた。
山々の間から、私たちは遠くを俯瞰する。
「水が引いていく?」
【水の氾濫】によって、水に呑まれたこの世界。
この地域だって、火竜族の火の結界でなんとか水没するのを防いでいる。
その世界から水が引いていた。
みるみるうちに海に覆い隠されていた陸地が顕になっていく。
大地が、再生していた。
「なんで……?」
「原初の光を相殺しあって、世界の均衡が戻りつつあるのじゃよ」
私たちが目を白黒させていると、いつの間にかロエルガ様が側にやってきていた。
「これよりこの世界は神の加護を失う。原初の光は灯火となり、生きとし生けるもの皆に宿るのじゃ」
どうやら、そういうことなのらしい。
でも。
神の加護を失う。
それでこれから私たちは大丈夫なんだろうか。
不安が顔に出てしまっていたのか、ロエルガ様は私を安心させるようにニコリと微笑んだ。
「なに皆がそれぞれに小さな光を抱くというだけじゃよ。原初の光と比べれば格段に小さい、灯火のような光。境界は曖昧になり、混じり合い、原初のような輝きはなくなる。けれども輝きがどこかに偏ってしまうということもなくなろう」
そっか。
じゃあ、原初の光を求めて殺し合うみたいなこともなくなるんだ。
ロエルガ様の言葉で、私たちは世界の危機が去ったことを呑み込めたのだった。
けれど。
「世界が救われたからなんだって言うんだ! 失ったものは何も帰ってはこない! 死んだ者たちに取り返しなんてつかない!」
ジェイドだった。
翼をはためかせ宙に浮いているジェイドは、声を荒げてキッとこちらを睨みつけている。
そうだ。ジェイドの言う通り、全てがなかったことにはならない。
歴史という傷跡は残る。
「俺たち火竜族はお前たちを憎み続ける」
それだけ言い残すと、ジェイドは言いたいことは言い切ったのか飛び去っていく。
他の火竜族の戦士たちもジェイドに続いた。
きっと、ジェイドの言葉は火竜族の総意なんだと思う。
けど、このまま彼らを行かせるわけにはいかなかった。
「待って! 私、まだ貴方たちになにもできてない!」
飛び去っていく火竜族たちの背中に声をかける。
プロメテウスを止めて、大地が復活して世界が救われても、なにも終わってなんかいない。
これから始まるんだから。
なのに、火竜族のみんながいなくなってしまったら、なにも返せない。
だけど、みんな私の声なんて耳を貸さずに次々と飛び去っていってしまう。
ただ、その中で一人だけ。
私の声で空中で止まって振り返ってくれた竜がいた。
「僕、ちょっと行ってくるよ」
フロワさんだ。
フロワさんは、私の声に応じて戻ってきてくれる。
ゆっくりと地面に着地して、私の前にまで来ると口を開いた。
「──巫女様。僕は巫女様が謝ってくれて罪を背負うって言ってくれて嬉しかったですよ。貴方に何ができるかは僕にも分かりません。でも、頑張ってください」
そして、フロワさんは私の手を取った。
この旅で私はたくさんの人と手を繋いだ。
手を繋ぐことで、心も繋げてこれたんだろうか。
それは、わからないけれど。
「たくさんたくさん考えて、貴方なりの答えを出してください。色んなことを知って、学んで、考えの違う誰かとぶつかって、真剣に向き合った貴方が考えたことなら、それはきっと間違っていないはずです」
フロワさんは、私の手をギュッと握る。
私が意思に応えて頷くと、フロワさんははにかむようにそっと微笑んだ。
「では、僕たちはこれで失礼します」
最後に一礼して私に背を向けると、真っ赤な翼を広げた。
「ごめん、兄様」
声を掛けて、ジェイドの元まで飛んでいく。
「フン」
不愉快そうに鼻を鳴らしながらも、ジェイドはフロワさんを待っていた。
フロワさんが追いつくと、二人は兄弟並んで翼を羽ばたかせた。
原初の灯火が舞い散る夜明けの空に、火竜族たちは新たな天地を求めて飛び去っていく。
その姿を、私たちも並んで見送った。




