君に言えなかったさよならを。
火竜族が去って水竜族や風竜族のみんなが慌ただしくしている中、私とトリス、ベルは喧騒から逃れるようにして再生した大地を歩いていた。
ベルは、アリーシャさんを両腕で抱き抱えている。ベルの腕の中のアリーシャさんは服が少し焦げついているけれど、体そのものは無事みたいで、眠っているような死に顔をしていた。
まるで愛おしい人の腕の中で安心しているかのように。穏やかに。
ベルは歩いている間、じっとアリーシャさんの顔を見つめていた。
私とトリスは、ベルになんて言葉をかけてあげればいいのか分からないまま、ベルを一人にしないようただただついていく。
このままベルはどこに行くつもりなのかも、わからない。さっきからずっと再生した大地を黙々と歩いている。
再生した大地はどこまでもどこまでも私たちの前に広がっていた。
しばらく歩き続けた頃だったと思う。
「シャスカ、トリス」
ふとベルが私たちに声をかけて、立ち止まった。
そこは、岩山の麓だった。山の麓なだけあって、地盤がしっかりしていそう。
それでいて日当たりがいい、長閑な場所だ。
「うん」
私とトリスは、ベルの呼びかけに頷きながらベルに合わせて立ち止まる。ここがベルの目的の場所だったのかな?
ベルは私たちの前でアリーシャさんを静かに大地に下ろした。そっと大切な宝物を扱うように。
「アリーシャを埋めるのを手伝ってくれるか」
「いいの?」
思わず、私はベルに問いかけた。
まだアリーシャさんに捧げる花をベルは見つけていないはずだった。
けれど、ベルは静かに頷いた。
「もう休ませてあげたいんだ」
「分かった」「そういうことなら」
ベルの頼みだ。
私も、トリスも、断る理由なんてあるわけがなかった。
「ありがとう」
そして、私たちは三人で素手で穴を掘り始めた。
その間、誰も喋らなかった。黙々と手を動かし続けた。
程なくして、人一人を埋葬するのにちょうどいいぐらいの穴が掘れた。
そこに、ベルはお姫様抱っこしたアリーシャさんをゆっくりと横たえる。
「アリーシャ、おやすみ」
ベルは、土をかける前に一度アリーシャさんのおでこにキスを落として。
それからは掘り返した土を戻すように、アリーシャさんにそっと土をかけていった。
土をかけられるたびに、アリーシャさんの眠っているような死に顔が見えなくなっていく。
ベルの長い旅が終わっていく。
そして、すっかり掘り返した土を元に戻してしっかりと手で地面を固めると、ベルは立ち上がって、一歩、二歩と下がってから刀を抜いた。
私とトリスが何をするのかと思って見ていると、いつもベルが魔法を使うように刀を地面に突き刺した。白い刀身を伝って、魔力が大地に流れ込む。
「大地よ、死せるものに安らかな眠りを。母なる大地が懐く腕を頂戴願う。
────また、いつか会う日まで」
その魔法はまるで弔辞のように唱えられて。
ベルの声に呼応するように、立派な墓石が組み上がる。あたりの地形もお墓に相応しいなだらかに硬い石で覆われて整っていく。
その魔法は、私がこれまで知る中で一番悲しい魔法だった。
そして、一番優しい魔法だった。
私たちは出来上がったばかりのお墓の前で長い黙祷をした。
アリーシャさん、どうか安らかに……。
私とトリスが黙祷を終え、ベルも黙祷を終えた。けれど、ベルは作り上げたお墓をじっと見つめたまま動かない。
そうすぐには踏ん切りがつかないよね。
「大地ももどってきたんだし、きっとアリーシャさんの好きだった花もまた咲くよ」
「ああ」
ベルは私の励ましに頷いてくれたけれど、私の心ばかりの言葉が届いているかどうかはよく分からなかった。
「ベルは、これからどうするの」
やっぱり死にたいってベルが言い出さないか不安に思って、つい聞いてしまう。
ベルは、ゆっくりと言葉に吟味を重ねてから口を開いた。
「……俺はアリーシャの従者でいたい。アリーシャがもういないとしても。だから、俺はこの地を守ろうと思う」
「そっか」
ともかくベルは死ぬつもりはないみたい。少しだけ安心する。
まだアリーシャさんを喪った痛みは深くても、アリーシャさんを休ませてあげることを選んだベルならきっと大丈夫。
そうと決まれば、私もやりたいことがあるのだ。
「私も、人類の軌跡を背負うって決めたから頑張らなきゃね!」
まず戻ったら──……。
指折り数えていくけれど、すぐに指の数が両手じゃあ足りなくなってしまう。いまの私の胸の中は夢いっぱいでまとまりがない。
まあでも、うん、道筋は見えた!
「無理していないか?」
心配そうに、ベルが私の顔を覗き込んでくる。
そうね。きっと、私がやろうとしてることは途方もないことだ。
でも、人間はここからまた一から歩み出していくんだ。
怖い気持ちもあるけど、ワクワクもする。
それはまるで初めてニュムパエアを出た時のような、新鮮な気持ちだった。
「私がそうしたいの。それに──」
私は、一歩、二歩と前に進んでから、勢いよく二人に向かって振り向いて笑いかけた。
「トリスもベルもいてくれるでしょう?」
「うん!」「ああ」
二人がすぐに頷いてくれる。
「なら、大丈夫!」
一緒に旅をしてくれた二人が味方なら、怖いことなんてなにもない。
それに、味方になってくれるのはきっと二人だけじゃない。
旅の中で出会ったみんなの顔を思い浮かべる。
いろんなことがあったし、悲しかったこともたくさんあったけど、どれも宝物だ。
「みんなで、人類の軌跡を繋いでみせる」
私は、マルクからもらった銀色に輝くスティック状のホログラム投影機を陽に掲げた。
その向こうにはどこまでも冴え渡るような青空と大地がどこまでも広がっている。
私たちの行手を遮るものは、なにもなかった。




