救いの方舟
一方、その頃。
方舟の操舵室では、風竜族の乗組員がそれぞれ持ち場につきながら各々の役目を果たしていた。
ロマと共にロエルガシズナは、中心で総司令官を担っている。
木製の方舟には似つかわしくない機械のディスプレイを、糸のような目でまっすぐ見つめていた。
その視界の先には、プロメテウスの攻撃を掻い潜りながら駆けるベルの姿。
「ベルや、こんなことでは罪滅ぼしにはならぬかもしれぬが……」
そっと胸に手を当て、必死に愛する者の元へ向かうベルを忍ぶと、ロエルガシズナは顔をあげてカッと目を見開いた。
「ひた走りなさい、最愛の者まで」
その声と共に腕を振り上げる。
「方舟をぶつけろ! なんとしても道を切り開くのだ! 神造の方舟ならば、いくらプロメテウスの炎と言えど、数瞬は保とう!」
腕をバッと前に突き出し、操舵室の面々へと凛々しく檄を飛ばしたかと思えば、すぐにいつもの柔和なニコニコとした表情を浮かべた。
「……ふふ、ワシこういうこと一度やってみたかったんじゃよ」
口元に握った手をやって、悪戯っ子のようにウキウキと笑う始末。
こんな時でもいつもの調子を崩そうとしない。
「言ってる場合ですか!? 衝撃に備えて!」
こいつ信じらんねぇ!
いい加減頭に来て、バチ切れしながらロマは叱咤を飛ばす。
ロマはと言えば、プロメテウスの攻撃から方舟を守る役目を担っていた。
叱咤後すぐに全身に青い魔力感応光を纏い、精神を集中し始めた。
方舟の外では、プロメテウスは方舟を喫緊の脅威と認識した。
光弾や無数の目玉を方舟へと差し向ける。
遠慮容赦ない苛烈な攻撃は、方舟の巨体は避けられようもなく被弾する。
しかし、ロマの張る水のシールドがすべてを防いでいた。
透明な膜が攻撃に晒される度に、攻撃を受けた箇所が揺らぐようにして白く発光する。
方舟は順調にその速度をあげていく。ただ真っ直ぐに愚直なまでの全速前進。
このままでは衝突する。
そう判断したのか、たまらずプロメテウスは口元をガパリと開けた。
神殿から蓄えた魔力を一気に口元へ凝縮し、迸らせる。
それは、目覚めたばかりにも披露したすべてを焼き尽くす熱線。
方舟さえも塵と化すはずだった。
けれど。
方舟内部にて、ロエルガシズナはプロメテウスに向けてニッコリと微笑む。
「ワシらにはテレポートがあるのでな? その程度当たらぬよ」
熱線が迸る寸前、方舟はこの空から忽然と消え失せた。
そして、プロメテウスの胸元の前に再度姿を現すと、消える前の慣性を保ったまま胸元ど真ん中へとぶち当たる。
役目を果たしたシールドは霧散し、一つの島ほどの巨大な質量がそれ自体を武器にして、標的を破砕した。
プロメテウスは産まれて初めての損傷に絶叫を上げた。
衝撃に船全体が大きく揺れる。
ロマはとても立っていられずに体勢を崩しつつも、ディスプレイに視線を走らせる。
ディスプレイ中にプロメテウスの胸元が映し出されていた。
所々故障したディスプレイは、部分部分が砂嵐になっていながらも、胸元の装甲がひび割れてオレンジ色のコア部分が剥き出しになった様子が見て取れる。
確認出来次第、ロエルガシズナに代わりロマはすぐに次の指示を飛ばした。
「コア部分露出確認! 総員脱出を!」
衝撃に加えプロメテウスの高熱で発火する船体の中、風竜族の乗組員たちは次々とテレポートの力で退避していく。
「ロマや手を」
衝撃の中でもシャンと立ったままのロエルガシズナは、ロマへと手を差し出した。
ロマがその手を取った瞬間。
二人の姿は、その場からかき消える。
「っ! 風竜族のテレポート、相変わらず慣れませんね」
そして、二人がパッと現れたのは、空の下。
さっきまでいた方舟はいままさに燃え崩れ落ちていく。
翼のないロマはロエルガシズナの首元にしがみつくと、テレポート酔いにブルルと頭を振った。
周りには同じように脱出した風竜族の者たちが飛んでいる。
「さて、状況は──」
戦況を確認しようと、ロマが辺りに目を凝らした。
その時だった。
「君が好きだった花をどんなに探しても見つからないんだ。
あの花がどんな名前だったかも君に教えてもらったのに、一人じゃ分からない。
もうこの世界に君が好きだった花が咲く場所はないのかもしれない。
だけど、君は、君ならこんな世界でも肯定してくれるような気がするんだ。
君に世界を壊させたりなんかしない。
アリーシャ、愛している」
絶賛、《《馬鹿男》》が目の前を花弁を撒き散らしながら駆け抜けていくところだった。
「…………」
思わず、ロマは閉口してしまう。
視線の先で、いまも地竜族の馬鹿男は花弁と共に走っていた。
恥も外聞も投げ捨てて、叫び続けている。
降り注ぐプロメテウスの光弾の雨霰を刀で弾き飛ばしながら。
「愛の言葉を叫んで、走っている……?」
目の前の光景は、あまりにも世界の存亡の危機に瀕しているという状況にそぐわない様子で。
「これ世界の危機なんですよね……?」
ロマは思わずロエルガシズナに確かめてしまう。
「世界の危機なんかより愛が大事、それが正しい。馬鹿には敵わないのじゃよ、ロマや」
「ええ、大変ひどく実感しているところですとも」
ロエルガシズナもおやおや……といった調子で言うものだから、ロマはストレスからくる疼痛で眉間を抑えた。
どいつもこいつも緊張感がなさすぎる!
けれど、ふとロエルガシズナは思いついたように口にした。
「プロメテウスの中にいるのがアリーシャ様なのであれば、案外一番効果的かもしれん」
ロエルガシズナは、ベルとアリーシャが好き合っていたことを知っていた。
実際に、二人の間を裂いたのは自身であったから。
けれど、ロマは呆れるように嘆息吐いた。
「もう亡くなっておられるでしょうに」
「それでも、きっと届くじゃろうて」
その声音はとても柔らかなものだった。
ロマはまるで奇異なものを見るように、目を見開いてロエルガシズナを見た。
「ロエルガ……、貴方意外とロマンチストですね」
「知らんかったのか?」
ロエルガシズナは惚けて返した。
二人はそのまま、馬鹿男が愛のためにひた走るのを見守っていた。




