火竜族の誇り
ベルは水の回廊の上を駆けながら、プロメテウスの中のアリーシャさんに声をかけ続けていた。
「君は巫女で、俺は騎士で。人間と、竜で。ずっと遠慮していた。
俺はずっと馬鹿だった。
アリーシャ、君のことが好きなら好きと言えばよかったんだ。
君が死んでしまって今更気づいても遅いんだ」
ベルは叫んでいた。
アリーシャさんに伝えたい言葉を。
そこには後悔ばかりが並んでいた。
やっぱり、ベルはアリーシャさんのことをずっと愛していたんだ。
私は、自分のことでもないのに胸が痛くなってしまう。
けれど、プロメテウスはベルの心情なんて考慮にはいれない。
アリーシャさんの元へと走るベルの行手を阻もうと、プロメテウスが操る目玉たちがベルの元へと集まっていく。
どうしよう。このままじゃベルが撃ち落とされてしまう。
なにか手はないかと思ったその時だった。
「させるもんか!」
トリスの声。
気づけばトリスが水の回廊を泳いでベルと並走しながらも、ロマと戦った時に使っていた魔法を展開していた。
空間にトリスの青い魔法陣が幾重にも浮かび上がる。
魔法陣の中心から青い光の粒が量産されて、その光の粒たちはプロメテウスの目玉たちを取り囲んだ。
ビット。人類の産んだ殺戮兵器。
トリスの操るビットたちがプロメテウスの操る目玉たちにつきまとって、水の光線で一つ一つ次々に破砕していく。やっぱりプロメテウスと言っても属性の相性は完全に無視できないみたい。水の攻撃は通ってる!
ベルの行手を阻もうとした目玉たちが一網打尽にされて、歓喜に沸いた。
けど。
「グゥッ」
見ればトリスが苦しげな呻き声をあげて、鼻血を垂らしている。
ビットたちも心なしか動きが悪くなって、撃墜し返されていた。
そうだ。トリスのビットを操る魔法は脳に負担がかかる。だから、館長さんには扱えなかった。
このままじゃトリスの脳が負荷で壊れてしまう。
なら。
私は、トリスの両肩に掴まってる両手に魔力を送り込む。
「癒しよ!」
トリスにしがみついたまま、全身から癒しの魔法を放出する。
トリスの体に負担が掛かるっていうのなら、私がそれを癒せばいい。
私が癒しの魔法でトリスをサポートすると、ビットたちの動きに滑らかさが戻った。そして、ベルの周りの目玉たちとの交戦を再開する。
トリスが展開するビットは粒で小ぶりな分機敏で数でも勝っている。
目玉たちは見る見るうちに数を減らしていった。
快進撃だった。
そうだ。二人でならプロメテウスにだって負けない!!
このまま順調にいくかと思われた。
けど、ギュンと目玉たちが一斉に私たちの方を向く。
その目玉たちは一様に悪意を募らせるように、私たちを睨みつけていた。
マズイ! ビットを操作しているのが私たちだって勘づかれた! 一個ならトリスと力を合わせて目玉からの爆撃は防げてた。
けど、一斉に目をつけられたら多分防げない。なら、館長さんの時と同じで避け続けるしか……!
私たちは飛びながら、視線を掻い潜るべく曲芸飛行のような進路を取る。
追い縋るように爆撃が続いていく。攻撃は撒けてる。けど、この間は流石にトリスもビットを操る魔法が満足に扱えない。
これじゃベルの援護ができない。
どうしたら……。
と、思ったその時だった。
「──炎よ! 我が翼に集え!」
私を乗せたトリスが泳ぐ水の回廊の側で炎の翼を持った誰かが庇うようにその翼を広げていた。
その炎の翼に爆炎が吸い込まれるようにして消えていく。
その背中は私には見覚えがあった。
牢屋から乱暴に連れ出されようとした私を庇ってくれた背中。
「フロワさん!?」
私が、驚いて声を上げると、育ちのよさげなシャツのボタンを襟元まで締めた火竜族──フロワさんは、振り返ってどこか緊張で強張らせていながらも微笑んだ。
「無事でよかったです、巫女様。これよりは火竜族の戦士もこの場に参戦させていただきたく馳せ参じました」
気づけば、水の回廊の周りに火竜族の戦士たちが飛んでいた。
その中には、包帯を巻いたボロボロの火竜族の戦士──ジェイドもいた。
ジェイドは、私に槍の穂先を向けながら不機嫌そうに口にする。
「勘違いするなよ。俺はお前たちを許したわけじゃない! このままプロメテウスにコケにされたままじゃあ終われないってだけだ!」
それだけ言うと、プイッと顔をそっぽに向けた。
タハハ……と言った感じで、フロワさんはお兄さんの言動に苦笑いする。
「兄様もああ言ってますし、お互いに色々と思うところはあるかと思いますが……、今はお互い呑み込みましょう」
火竜族の戦士たちが助けに来てくれたのは分かったし、それは全然いいんだけど!
私は気が気じゃなかった。
「そんなことより、フロワさん大丈夫なの!?」
この会話中もフロワさんは爆撃され続けてる。
バゴン! バゴン! バゴン! 今もひっきりなしに目玉たちからの集中砲火をフロワさんが喰らってる。けど、フロワさんはまるで効いていないかのように涼しい顔をしていた。
「大丈夫です。僕ならプロメテウスの攻撃ぐらい吸収できますから」
フロワさんが言う通り、どうやらフロワさんの炎の翼がプロメテウスの攻撃を全て吸収して無効化していた。それどころか攻撃を喰らえば喰らうほど、その炎の翼が大きく立派になっていく。
火竜族のリーダーっぽい振る舞いをするジェイドですら一撃で気絶させられたプロメテウスの攻撃を、フロワさんは自分のモノへとしていた。
それでもなんでそんなことができるの? と私が目を白黒させていると、フロワさんは申し訳なさそうに、目を伏せた。
「ああえっと、つまり、火竜族の現族長──火の原初の光に選ばれている使徒は僕なんです。ごめんなさい。秘密にしてたわけじゃないんですけど……」
使徒。つまり、その竜族で一番力がある人。
え? ジェイドじゃなくてフロワさんが!?
兄のジェイドに付き従っているように見えるフロワさんが、実は一番火竜族で偉いだなんて、意外だ。人は見かけによらない。竜だけど。
と、フロワさんと話し込んでいると、ジェイドが割り込んでくる。
「そんなことより! フロワ、使徒のお前の攻撃ならどうだ?」
「一応、やってみますか。──我が翼に集いし焔よ、我に仇なす者に、怨讐の刃を! 誅罰を下せ!」
フロワさんが兄に求められるままに頷いて魔法を唱えると、すぐに炎の翼から剣が飛び出るように次々と射出されて、それは豪雨のようにプロメテウスの巨体へと降り注いだ。
プロメテウスや、その周りの地表を夥しいほどの炎の剣が埋め尽くしていく。かと思えば、それら全てが一斉に爆発した。絨毯爆撃という言葉がピッタリだった。
それは見たこともないほどの大規模な攻撃魔法で、一見しただけでわかる。ロマやロエルガ様に匹敵する魔術行使だった。
けど。
「ダメみたいです。やっぱり同じ属性じゃ僕と同じで吸収されてしまう」
プロメテウスは未だ健在で。その巨体から相変わらず周りを飛ぶ竜たちに目掛けて光弾をばら撒き続けている。
「お前で歯が立たないなら、俺たちの取るべき行動は一つだな」
「ええ、兄様」
兄弟だけで通じ合っている。
なんだなんだとおもっていると、ジェイドは飛び上がって大声を上げた。
「火竜族総員、防御に回れ! フロワが吸引している間なら俺たちでも爆炎を防げる! 目玉たちを陽動しろ!」
「火竜族の誇りにかけて!」
火竜族の戦士たちはジェイドの号令に従って、敬礼のようにそれぞれが獲物を振り上げると、目玉たちと交戦しようと飛び去っていく。
それからもジェイドは号令を続けた。
今度は、プロメテウスの攻撃から逃げ惑い続けている風竜族と水竜族の戦士たちに向けて。
「水竜族の馬鹿ども、お前らは攻撃に回れ! お前らの攻撃でなければプロメテウスには届かん! 風竜族の馬鹿ども、そのままテレポートと探知で他の竜族の支援を続けろ! 火竜族の誇りにかけて攻撃は俺たちが防いでやる!」
ジェイドが不遜な態度を保ったまま、他の竜族に向けて号令をかけていく。
なぜ火竜族が仕切るんだと他の竜族は思っているだろうけれど、フロワさんの攻撃魔法を見た後だったし、それに何より火竜族は他の竜族を襲撃してきて、一番実戦経験があるからか、その分だけジェイドの指示は的確だった。
そして、逃げ惑うばかりだった竜族たちはジェイドという現場指揮の登場で統率の取れた動きを取りつつあった。
号令を取るジェイドに変わって、今度はフロワさんが私たちに向かって口を開いた。
「僕は、貴方たちと指揮をする兄様を守ります。そこの水竜の方、さっきの光の粒を操作する魔法はまだ使えますか?」
「……うん、行けるよ!」
フロワさんはトリスがやってることを、理解しているようで。
トリスは火竜族に対して想うところがあるのかちょっと複雑そうにしてたけど、呑み込んで応じてくれた。
「では、皆さんの援護をお願いします! 巫女様は癒しの力でサポートを続けてください!」
「分かった!」
私も、フロワさんの指示に元気よく応じて。
トリスはビットの操作を再開して、目玉たちを打倒していく。
一応、この場の態勢は建て直せている。
優勢にも思えていた。
余裕が出て、トリスもベルへの援護に回すビットを増やしていく。
それで気づいたのだろう。
「おい。地竜族のアイツはプロメテウスの周りでウロチョロして何してる?」
ジェイドはベルの方を顎をしゃくって示して、怪訝そうな顔をしている。
その視界の先では、ベルがプロメテウスの攻撃を捌きながら水の回廊の上を走っているところで。
「えっと、刀に土の原初の光を込めてて、それをプロメテウスにぶつけようとしてる。それでコアからアリーシャさんを……」
私はそこまで話してようやく気づいた。
そもそもプロメテウスの胸元にあったオレンジ色の宝石のようだったコアがどこにも見当たらない。その胸元には、プロメテウスが目覚めた時には見受けられなかった分厚い装甲を身に纏っていて。
アレは刀じゃ、多分切れない。
そして、さっきから水竜族の竜たちも余裕が出て本体に攻撃を仕掛けているけれど、そのどれもがプロメテウスに届く前に蒸発していた。向こうの攻撃を捌けるようになっても、こっちが攻撃を通せなきゃ意味がない。
まだまだ予断を許す状況じゃないみたいだ。
「このままじゃ、ジリ貧か。なんとかあの外殻を破壊しねぇといけねぇな」
私から話を聞いたジェイドが憎々しげにプロメテウスを睨みつける。
状況は未だ芳しくなかった。
「けど、現状私たちにとりうる方法でプロメテウスのあの巨体に攻撃を通す方法なんてないんじゃない……?」
どう見ても現状味方で一番攻撃力があるのがフロワさんだ。でも、フロワさんの魔法じゃプロメテウスに攻撃が通せない。
私たちの脳裏に万事休すという言葉が浮かびつつあった。
けど、そんな時だ。
(フォッフォッフォッ、そうとも限らんぞい!)
いきなり頭の中で声がした。
「え、ロエルガ様の声!?」
それは穏やかなのほほんとした声で。すぐにロエルガ様のものだって分かった。
私は慌てて辺りを見回す。けど、ロエルガ様の姿はない。
トリスや、フロワさんやジェイドもキョロキョロとしてるから、聞こえてるのは私だけじゃないみたい。
(失敬失敬、風竜族のテレパスの魔法じゃよ。風竜族の魔法は諜報、移動に適した基本的に便利なものが揃っておるのでのぅ)
そう言えば、私を探し出したのもロエルガ様の探知の魔法だったし、プロメテウスが目覚めてからも眉間に指を当てて他の風竜族の人と話し込んでいた。
(よく場を持たせてくれた。待っておれ、いまワシら風竜族が道を切り開いてしんぜよう)
そう言って、一方的にかかってきた通信魔法はすぐに切れた。
けど、その脳内に響いていた言葉にジェイドは怪訝そうな表情を浮かべている。
「寝ぼけてんのか、あのクソジジイ。相性で負けてる風竜族でプロメテウスに何かできるわけが──」
言いかけたジェイドに大きな黒い影が落ちて、ジェイドは途中で口噤んでしまう。
私たちが影に気づいて、見上げるとそこには方舟の船団が上空に並んで飛んでいた。そして、方舟の全てが船首をプロメテウスへと向けている。
ジェイドが意図を察して、あんぐりと口を開けた。
「あのクソジジイ、まさか方舟を全機ぶつける気か?」
私も、思わず息を呑んだ。
今になって気がついた。
方舟は風竜族の居住スペースも担っている。それをぶつけるということは、自らが属する竜族の全ての住居を対価にして、一撃を入れようとしているってことなんだ。
「正気か?」
「兄様、言ってる場合じゃない!」
フロワさんが慌てて、周りに呼びかける。
「皆さん──、避けて避けて!!」
辺りを飛んでいた竜族たちは、蜘蛛の子を散らすように方舟の進路から逃げていくのだった。




