火竜族の誇り
水の回廊の上を駆けながら、ベルはプロメテウスの中のアリーシャさんに声をかけ続けていた。
「君は巫女で、俺は騎士で。人間と、竜で。
姿が違うからとずっと遠慮していた。
俺は馬鹿だった。
アリーシャ、君のことが好きなら好きと言えばよかったんだ。
君が死んでしまって今更気づいても遅いんだ」
そこには後悔ばかりが並んでいた。
「やっぱり、ベルはアリーシャさんのこと……」
ベルの境遇を想うと、胸が痛くなる。
聞いてるだけの私でさえこれなら、ベルは……。
けれど、プロメテウスはベルの心情なんて考慮にはいれない。
アリーシャさんの元へ向かうベルの行手を阻もうと、プロメテウスが操る目玉たちは続々とベルの元へと集まっていく。
「どうしよう。このままじゃベルが……」
なにか手はないかと思った、その時だった。
「させるもんか!」
トリスの声。
気づけばトリスが水の回廊をベルと並走しながらも、ロマと戦った時に使っていた魔法を展開していた。
空間にトリスの青い魔法陣が幾重にも浮かび上がる。
魔法陣の中心から青い光の粒が量産されて、光の粒たちはプロメテウスの目玉たちを取り囲んだ。
ビット。人類の産んだ殺戮兵器。
トリスの操るビットたちがプロメテウスの操る目玉たちにつきまとうと、水の光線で一つ一つ次々に破砕していく。
水の光線に撃ち抜かれた目玉は、浮力を失って地面へと落下していった。
「トリス、やれてるよ!」
プロメテウスでも、属性の相性は無視できないみたい。
目玉たちが一網打尽にされていく毎に、私の胸は歓喜に沸いた。
けど。
「グゥッ」
見れば、トリスが苦しげな呻き声をあげて鼻血を垂らしている。
ビットたちも心なしか動きが悪くなって、撃墜し返されていた。
そうだ。トリスのビットを操る魔法は脳に負担がかかる。
だから、館長さんには扱えなかった。
……なら。
私は、急ピッチで魔力を練り上げる。
丹田に力を込めて、そこから魔力が全身に行き渡るようにイメージする。
「癒しよ!」
トリスにしがみついたまま、全身から癒しの魔法を放出する。
青色の魔力感応光が私から迸る。
その光はトリスのすべてを癒しているはずだった。
「シャスカ!」
癒しの魔法を受け取ったトリスが、私の名前を呼んだ。
「私が全力で癒すから! トリスはそのままベルの援護してあげて!」
「分かった!」
トリスが勇ましく頷くと、ビットたちの動きに滑らかさが戻った。
ベルの周りの目玉たちとの交戦を再開する。
トリスが展開するビットは粒で小ぶりな分機敏で数でも勝ってる。
目玉たちは見る見るうちに数を減らしていく。
快進撃だった。
「トリスと二人でならプロメテウスにだって負けない!!」
「うん! このまま全部倒しちゃおう!」
私たちは調子づいていた。
けど、ギュンと目玉たちが一斉に私たちの方を向く。
目玉たちは一様に悪意を募らせて私たちを睨みつけていた。
「マズイよ! 目玉たちに勘づかれた!」
「さすがにこの数は……」
一個ならトリスと力を合わせて目玉からの爆撃は防げてた。
けど……、一斉に目をつけられたら、多分、防げない。
「一旦、本気で飛ぶよ! 舌噛まないように気をつけて!」
トリスは爆炎の視線を掻い潜るべく曲芸飛行のような進路を取る。
博物館で館長さん戦った時と同じ、水の回廊を翼で渡り移って撹乱する。
私たちを追い縋るように爆撃が続く。
ビリビリと爆発の衝撃で空気が揺れるのを頬で感じるけど、どれも直撃はしなかった。
だけど。
「これじゃベルさんの援護ができない……!」
トリスは苦々しい表情で歯噛みする。
そう、流石にいまの状況でベルの援護まではできない。
私もトリスの背中にしがみつくので必死だ。
「どうしたら……」
と呟いたその時だった。
「──炎よ! 我が翼に集え!」
私たちの側で炎の翼を持った誰かが庇うようにその翼を広げていた。
その背中は、私には見覚えがあった。
牢屋から乱暴に連れ出されようとした私を庇ってくれた背中。
「フロワさん!?」
私が驚いて声を上げると、シャツのボタンを襟元まで締めた育ちの良さげな火竜族の青年──フロワさんは、振り返って顔を緊張で強張らせていながらも微笑んだ。
「無事でよかったです、巫女様。これよりは火竜族の戦士もこの場に参戦させていただきたく馳せ参じました」
気づけば、水の回廊の周りに火竜族の戦士たちが飛んでいた。
その中には、包帯を巻いたボロボロの火竜族の戦士──ジェイドの姿もある。
ジェイドは、私に槍の穂先を向けながら不機嫌そうに口にする。
「勘違いするなよ。俺はお前たちを許したわけじゃない! このままプロメテウスにコケにされたままじゃあ終われないってだけだ!」
それだけ言うと、プイッと顔をそっぽに向けた。
タハハ……、とフロワさんはお兄さんの言動に苦笑いする。
「兄様もああ言ってますし、お互いに色々と思うところはあるかと思いますが……、いまはお互い呑み込みましょう」
火竜族の戦士たちが助けに来てくれたのは、全然いいんだけど!
私は気が気じゃない。
「そんなことより、フロワさん大丈夫なの!?」
だって、この会話中も爆撃は続いてる。
ひっきりなしに目玉たちからの集中砲火をフロワさんが喰らっていた。
爆炎が止まない。
だけど、フロワさんは全く意に介せず涼しい顔をしていた。
「大丈夫です。僕ならプロメテウスの攻撃ぐらい吸収できますから」
見れば、フロワさんの炎の翼が爆炎をすべて吸いこんでいる。
それどころか攻撃を喰らえば喰らうほど、炎の翼が大きく立派になっていく。
ジェイドですら一撃で気絶させられたプロメテウスの攻撃は、フロワさんにとっては燃料でしかないようだった。
「なんで、平気なの?」
私が目を白黒させていると、フロワさんは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ああえっと、つまり、火の原初の光に選ばれている使徒は僕なんです。ごめんなさい。秘密にしてたわけじゃないんですけど……」
「え? ジェイドじゃなくてフロワさんが!?」
「あはは……僕は、あんまり威厳があるようには見えないですよね」
フロワさんは、頬を掻きながら笑う。
あ、またやっちゃった。
初対面の時もこうして失礼をしたんだった。
「ごめんなさい」
「いいえ、慣れてますから」
謝ると、フロワさんはすぐに流してくれた。
それにしても、お兄さんのジェイドに付き従っているフロワさんが、ねぇ。
意外だ。
人は見かけによらない。竜だけど。
私とフロワさんが話し込んでいると、ジェイドが割り込んでくる。
「そんなことより! フロワ、使徒のお前の攻撃ならどうだ?」
「一応、やってみますか。──我が翼に集いし焔よ、我に仇なす者に怨讐の刃を! 誅罰を下せ!」
フロワさんがジェイドに求められるままに頷いて魔法を唱えると、炎の翼から剣が次々と射出される。
炎の剣は豪雨のようにプロメテウスの巨体へと降り注いだ。
プロメテウスや、周りの地表を埋め尽くしていく。
かと思えば、一斉に爆発して爆風が渦を巻くと、一つの炎の柱となって天を割いた。
「これが使徒の力……!」
あまりの強大な魔術行使に私は息を呑んだ。
けど。
「ダメみたいです。やっぱり同じ属性じゃ僕と同じで吸収されてしまう」
フロワさんは、静かに首を横に振る。
魔法の炎の柱が消えてもなお、プロメテウスは未だ健在で。
その巨体から相変わらず周りを飛ぶ竜たちに目掛けて光弾をばら撒き続けている。
「そんな、あの攻撃でもダメなの……?」
私は舌を巻く。
対して、火竜族の兄弟は最初からわかっていたのか気にしていなかった。
「お前で歯が立たないなら、俺たちの取るべき行動は一つだな」
「ええ、兄様」
兄弟だけで通じ合っている。
なんだなんだと思っていると、ジェイドは飛び上がって大声を上げた。
「火竜族総員、防御に回れ! フロワが吸引している間なら俺たちでも爆炎を防げる! 目玉たちを陽動しろ!」
「火竜族の誇りにかけて!」
火竜族の戦士たちはジェイドの号令に従ってそれぞれが得物を振り上げると、飛び去っていく。
それからもジェイドは号令を続けた。
今度は、プロメテウスの攻撃から逃げ惑う風竜族と水竜族の戦士たちに向けて。
「水竜族の馬鹿ども、お前らは攻撃に回れ! お前らの攻撃でなければプロメテウスには届かん! 風竜族の馬鹿ども、そのままテレポートと探知で他の竜族の支援を続けろ! 火竜族の誇りにかけて攻撃は俺たちが防いでやる!」
ジェイドが不遜な態度を保ったまま、他の竜族に向けて号令をかけていく。
なぜ火竜族が仕切るんだと他の竜族は思っているだろうけれど、フロワさんの攻撃魔法を見た後だったし、他の竜族を襲撃してきて実戦経験があるからか、その分だけジェイドの指示は的確だった。
ジェイドという指揮官の登場で、逃げ惑うばかりだった竜たちも統率の取れた動きを取り始めつつあった。
号令を取るジェイドに変わって、今度はフロワさんが私たちに向かって口を開く。
「僕は、貴方たちと指揮をする兄様を守ります。そこの水竜の方、さっきの光の粒を操作する魔法はまだ使えますか?」
「……うん、行けるよ!」
フロワさんはトリスがやってることを、理解しているようで。
トリスは火竜族に対して想うところがあるのかちょっと複雑そうにしてたけど、呑み込んで応じてくれた。
「では、皆さんの援護をお願いします! 巫女様は癒しの力でサポートを続けてください!」
「分かった!」
フロワさんの指示に、私は元気よく応じる。
トリスはビットの操作を再開して、目玉たちを打倒していく。
一応、この場の態勢は建て直せている。
優勢にも思えていた。
余裕が出て、トリスもベルの援護に回すビットを増やしていく。
それで気づいたのだろう。
「おい。地竜族のアイツはプロメテウスの周りでウロチョロして何してる?」
ジェイドはベルの方を顎をしゃくって示して、怪訝そうな顔をしている。
その視界の先では、ベルがプロメテウスの攻撃を刀で捌きながら水の回廊の上を走っていた。
「えっと、刀に土の原初の光を込めてて、それをプロメテウスにぶつけようとしてる。それでコアからアリーシャさんを……」
そこまで話して、ようやく気がついた。
そもそもプロメテウスの胸元にあったオレンジ色の宝石のようなコアがどこにも見当たらない。胸元に目を凝らすと、プロメテウスが目覚めた時にはなかった溶岩が冷えて固まったかのような分厚い装甲を纏っていた。
多分、アレは刀じゃ切れない。
さらに、悪い話は続く。
「クソッ、俺たちの攻撃でも届いていない! 蒸発させられている!」
水竜族たちのぼやく声が聞こえた。
見れば、余裕が出た水竜族たちが水の球を飛ばしているけれど、どれもプロメテウスに届く前に蒸気になっていた。
向こうの攻撃を捌けても、こっちが攻撃を通せなきゃ意味がない。
「このままじゃジリ貧か。なんとかあの外殻を破壊しねぇといけねぇな」
ジェイドは、憎々しげにプロメテウスを睨みつける。
状況は未だ芳しくなかった。
「けど、現状私たちにとりうる方法でプロメテウスのあの巨体に攻撃を通す方法なんてないんじゃない……?」
現状味方で一番攻撃力があるのがフロワさんだ。
フロワさんの魔法でさえも、プロメテウスに攻撃が通せない。
私たちの脳裏に万事休すという言葉が浮かびつつあった。
けど、そんな時だ。
(フォッフォッフォッ、そうとも限らんぞい!)
いきなり頭の中で声がした。
「え、ロエルガ様の声!?」
それは穏やかなのほほんとした声で。すぐにロエルガ様のものだって分かった。
私は慌てて辺りを見回す。けど、ロエルガ様の姿はない。
トリス、フロワさん、ジェイドもキョロキョロしてるから、聞こえてるのは私だけじゃないみたい。
(失敬失敬、風竜族のテレパスの魔法じゃよ。風竜族の魔法は諜報、移動に適した基本的に便利なものが揃っておるのでのぅ)
そう言えば、私を探し出したのもロエルガ様の探知の魔法だったし、プロメテウスが目覚めてからも眉間に指を当てて他の風竜族の竜と話し込んでいたっけ。
(よく場を持たせてくれた。待っておれ、いまワシら風竜族が道を切り開いてしんぜよう)
そう言って、一方的にかかってきたテレパスはすぐに切れた。
脳内に響いていた言葉に、ジェイドは怪訝そうな表情を浮かべている。
「寝ぼけてんのか、あのクソジジイ。相性で負けてる風竜族でプロメテウスに何かできるわけが──」
言いかけたジェイドに大きな黒い影が落ちて、ジェイドは途中で口を噤む。
私たちが影に気づいて見上げると、方舟が上空を飛んでいた。
方舟は船首をプロメテウスへと向けている。
ジェイドは意図を察して、あんぐりと口を開けた。
「あのクソジジイ、まさか方舟をぶつける気か?」
私も息を呑んだ。
方舟は風竜族の居住スペースも担っている。
それをぶつけるということは、風竜族の住居を対価にして一撃を入れようとしているってことなんだ。
「正気か?」
「兄様、言ってる場合じゃない!」
慌てて、フロワさんは周りに呼びかける。
「皆さん──、避けて避けて!!」
蜘蛛の子を散らすように、竜たちは方舟の進路から逃げていくのだった。




