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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
最終章 その地竜愚鈍につき
46/52

君に贈る花

 聖櫃は無事だった。

 ジェイドとフロワさんと別れてから、すぐに聖櫃は見つかった。

 と言うのも、プロメテウスの熱線によって地形がめちゃくちゃに荒らされて全てがガラス質になっていたはずなのに、聖櫃の周りだけ無事でなんともない。そこだけ無事なもんだから変に目立っていた。

 プロメテウスが目覚めてからと言うもの、休火山だったはずの火山が目覚めて、カルデラの中心部は溶岩が煮えたぎっている。新しい火山口が開いたのらしい。

 聖櫃が火口に飲み込まれていなくてよかった。

 私たちはガラス化した白磁の橋に足を取られないように、気をつけて聖櫃へと進んだ。

 聖櫃はただそこにあるべきもののように鎮座していた。

 なににも侵されず、壊されず、傷つけられず。ただ静かに。

 聖櫃……、これが土の原初の光の器。

 私やトリスがその威光に呆気に取られていると、ベルは聖櫃を前にして、刀をその棺の前に突き刺した。


「聖櫃よ、頼む。力を貸してくれ」


 ベルが聖櫃に呼びかける。すると、聖櫃が光り輝いて、その光が少しずつ少しずつベルの刀へと移っていく。

 元々強い祝福の力を込められていた白い刀だったけれど、土の原初の光の力が移っていくほど、刀自体が強く光り輝いていく。

 そして、光が完全に移ると聖櫃はその役目を終えるように、暗く沈黙した。


「──ありがとう」


 そう言って、ベルが地面から刀を引き抜いて掲げると刀身が強く光り輝いて辺りを強く照らす。

 まるで光り輝く星のように。


「これが土の原初の光」

「これで、プロメテウスを倒せるね!」


 トリスがはしゃいだ声を上げる。

 プロメテウス自体を抑え込められるほどのロマの聖杯に、プロメテウスからの攻撃すらも寄せ付けない聖櫃の力を持ったベルの刀。これだけの代物があるのならプロメテウスをどうにかできるかもしれない。

 ベルも、刀を鞘に収めながらトリスの言葉に頷いた。


「ああ。俺はこのままプロメテウスのところに向かう。二人はロエルガの付き人が待っているところに戻るんだ」


 そう、本来の手筈はその通りだ。

 ロマやロエルガ様が、子供の私とトリスを危険に晒すつもりなんてないことを私は知っている。ベルが聖櫃を回収しにいくのだって、実は無理を言ってついてきたのだ。回収したらすぐに帰って来なさいって。けど、私もトリスもその言いつけに従う気はなかった。

 なぜなら、私たちにとってはプロメテウスを倒すなんてことは、通過点でしかないんだから。

 私とトリスはベルの前を遮るように立った。


「二人とも……、どうしたんだ。早く、帰るんだ」


 不審がるベルに、私は問いかけた。


「ね、ベル。ベルはまだ死にたい?」


 私の唐突な問いに、ベルは目を見開いた。

 ベルは、私のせいでアリーシャさんを失った。

 そして、これから土の原初の光の力を使い果たしてプロメテウスを倒すんだ。それはつまり、聖櫃はもう力を取り戻すことはないってことで。

 プロメテウスを倒して、アリーシャさんの亡骸を取り戻しても聖櫃の力で亡骸を保存し続けることはもう叶わない。

 ベルはもう旅を辞めなければいけないのだ。アリーシャさんと共に死に場所を探す旅を。


「シャスカ、俺は生きていてもいいんだろうか」


 ベルは私とトリスの意が汲めたのか、ポツリと心情を漏らした。

 それは私やトリスがやっと聞けたベルの本音だった。


「一番大切な人がいなくなった世界で、守るはずだった彼女自身に守られて一番大切な人を守れなかった俺なんかが──」

「生きてていいに決まってるよ」


 言い淀んだベルの言葉を、私は繋げた。

 私は、アリーシャさんのことをよく知らない。

 ベルにとってとても大切な人だったってことしか分からない。

 けど、ベルの言葉一つだけでも言えることはある。


「だって、アリーシャさんはベルを守ったんだもん。それはベルに生きてて欲しかったからだよ」


 ベルは、私の言葉にまた目を見開いた。

 そう、ベルはこんな簡単なことすら長い旅の間に分からなくなってしまっていたのだ。

 私はベルの手を取った。


「私の近衛騎士は私を守って死んじゃった」

「彼は立派だったな」


 ベルの言葉に小さく頷きながら、彼とも手を繋いだなということを思い出す。


「ベルの手、冷たい。ガサガサしてる」


 ベルの手を掴んだまま親指で摩ってみる。節くれだって、傷だらけのゴツゴツとした感触が伝わってきて、私は、はにかむようにちょっと笑う。

 そのままいろんなことを思い起こす。


「ニュムパエアで初めて手繋いで逃げた時のこと覚えてる? あの時も冷たい手だって思った。怖い人なのかなって最初は思ってた」


 そう。ベルのこと最初は信用してもいいのかすら分からなかった。

 だって、地竜族だし、ブスッとしてるんだもん。


「けど、この手がガサガサしてるのはいっぱいたくさん傷ついて来たからだよね、一生懸命ベルが生きてきたからだよね」


 傷のある手は、いっぱい働いた働き者の手。

 ベルがたくさんの悲しみを抱えてきた証だった。


「私の騎士の手すごく温かかったの、式典の入場の練習の時私がちょっと緊張して握る力強めたら、すぐ同じぐらいの力でしっかり握りかえしてくれて、すごく優しい手だった」


 全然違う手の感触を感じながら、懐かしむ。

 あの騎士がいなければ、私はいまここにいなかった。


「あの日からずっと私あの竜のこと考えてた」


 けど。


「私ね、彼のこと全然知らない。

 名前も、どんな性格だったのかも、何が好きだったのかも」


 そう。私は彼のことを知らない。

 だから。


「私は彼のこと知りたいなって思う。今更かもしれないけれど」


 そして、私はベルに向かって微笑んだ。

 同じ傷を持ってるベルになら、きっと通じると思った。

 ううん、通じて欲しい。


「守られた私たちは、守ってくれた人たちの分まで生きていかなきゃいけないんじゃないかな」


 私たちは、私たちの命に責任がある。


「それに私は、ベル、貴方に私たちと一緒に生きて欲しい」

「僕も」


 私の言葉に続いて、トリスもベルの手に手を重ねた。


「一緒に生きていきたい」


 全ては、この一言を伝えるために。

 私とトリスは、ギュッとベルの手を掴んだ。

 ベルの手を決して離さないように。

 ベルは、しばらく重ねられた手をじっと見つめていた。

 それから顔を上げると、そっと、私、そして、トリスの方を見た。


「プロメテウスから攻撃を受けていた時、シャスカやロマたちが話しているのを見ていて、気づいたことがあるんだ」


 どのことだろう? と、私が不思議がっていると、ベルがほほえんだ。


「本当の気持ちは賢ぶらず伝えなきゃいけないんだな」


 ああ、とその場にいた私は分かった。

 私はロエルガ様が告げ口するまで、私はロマのことを誤解しているところがあった。

 そして、ベルはまっすぐに火の神殿へと目を見据えた。

 それは、プロメテウス──アリーシャさんのいる方向だ。


「俺は、アリーシャに伝えたいことがある。手伝ってくれるか」


 私とトリスはパッと顔を輝かせてお互いに顔を見合わせた。

 ベルが初めて私たちを頼りにしてくれた。

 答えは決まっていた。


「喜んで」

「僕も援護するよ!」

「ありがとう、二人とも」


 そうと決まれば、早速プロメテウスの元へ向かわなくっちゃ。

 けど、そう意気込む私たちの前に近づいてくる足音が一つ。


「話は聞きましたよ」


 それはオドオドとした顔つきの、腰の低い風竜族の人。

 ロエルガ様の付き人だった。聖櫃を回収するのを待ってもらっていたんだけど、遅いから探しに来ちゃったんだろうか。


「あ、付き人さん……」


 ロエルガ様の付き人は、ロマから私やトリスを連れて帰ってくるように言い含められていた。だから、このまま私たちが行くのを許してくれないはずだ。

 どうしようと思った、その時だった。


「私が戻ってロマ様とロエルガ様に伝えてきます。貴方方のその責任は私が取ります。とは言え、全てが終わったらロマ様からお叱りを受けるのは覚悟してくださいね」

「え?」


 それはまるで咎めようとしてるんじゃなくて、むしろ反対で。

 今までのオドオドしていた付き人さんからしたら、取りようもない行動だったから。

 私やトリスも呆気に取られてしまう。

 それを察したのか、付き人さんは一つ頷いた。


「本当はよくないと思います。いつもなら止めました。でも、私は方舟で狼狽えてばかりで少しも助けになってあげられませんでしたから。それに……、世界が滅んじゃうかもしれない瀬戸際ですから、したいようにするのが一番後悔しないのかなと、だから、今回だけ特別ですよ」


 付き人さんは、方舟での出来事を気にしてくれているようだった。

 私は、ずっとこの人のことを頼りない人だと思っていたけれど、ジェイドから庇ってくれたり、ロマをテレポートで助けに向かわせてくれて、指揮を取るのに忙しいロエルガ様に代わって、聖櫃を取りに行く私たちについてきてくれて、自分の判断でプロメテウスにまで送り届けようとしてくれてる。

 この人にだって当たり前の善性があった。

 きっと、皆、そうなんだ。


「それに私がテレポートで皆さんをそのまま送りつけた方が話が早いですもんね。私は戦えませんし、それぐらいしかできませんけど……」


 こんな時でも、付き人さんはオドオドとして謙遜するのをやめない。

 だから私は、飛びつくように付き人さんの手を取った。


「ううん、それぐらいなんかじゃない! すっごく助かる! ありがとう!」


 ロエルガ様の付き人は最初は虚を突かれたように驚いて目を見開いていたけれど、頷いてすぐに顔を綻ばせてくれた。

 初めて見せてくれたその笑顔は、すごくいい表情だった。


「では、向こうへ送りますね」


 付き人さんに促されるままに、私とトリス、ベルは三人で固まる。


「絶対に、三人揃ってただいまを言ってくださいね。いってらっしゃい、ご武運を!」

「いってきます!」


 私たちは付き人さんの力で最終局面へと臨むのだった。

  

  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 私たちは、テレポートで飛んできたせいで視界が切り替わるラグを頭をブンブンと振りながら払いのける。

 ロエルガ様の付き人の力で飛んだ先では、水竜族と風竜族の兵士たちによる決死の交戦が行われていた。

 石の柱が立ち並び、風が弾き荒ぶ野晒しとなった神殿の空間を柱を縫って飛び回りながら竜たちは交戦していた。

 けれど、それはプロメテウス本体に向けて、じゃなかった。

 戦場には黒い球状の目玉が大量に浮いていた。

 それは悪意を持って、神殿上の空間を疾駆する。

 どう見てもプロメテウスの指揮下にあるそれは、憎悪の籠った眼差しを空を飛ぶ水竜族や風竜族の兵士たちに向けていた。そして、視界の先で巻き起こる爆炎。あの黒い目玉たちもプロメテウスと同じように見るだけで任意の場所を爆炎できるみたいだった。

 プロメテウスはと言えば、空中を飛ぶ竜たちへ向けて口元から細かい光弾を撒き散らしながらも、背中から目玉のような子機を今も飛ばし続けている。

 悍ましい物量だった。

 これらを相手にしながら水竜族と風竜族の兵士たちはお互いにお互いを守りながら、時間を保たせてくれていたみたいだ。

 テレポートしてきたばかりで戦況を確認することに努めていた私たちだったけれど、空を飛ぶ黒い目玉のうちの一つも突如現れた私たちに気づいたみたいで。

 こちらに向けて悪意ある視線を向ける。


「トリス、一緒に!」

「うん!」


 掛け声に合わせて、二人で水の障壁を張る。

 その直後、爆撃がやってくる。

 轟音が響いて。


「……っ!」


 思わず顔を腕で庇っていた。

 けど、私たちは無事だった。

 目の前に聳え立つ水の壁はビクともしていない。

 私一人じゃ、プロメテウスの攻撃を防ぐのは無理でも、トリスと二人なら防げる……!

 私たちにもこの場でやれることがあるみたいだった。

 私たちを攻撃した目玉は私たちに気を取られている間に、他の水竜族の人の攻撃で撃ち落とされていた。

 いまのところ他に私たちに目をつけている目玉はいない。

 今のうちにやるべきことをやらなきゃいけない。

 ベルは地竜族だから、風竜族と違って空を飛べない。

 だから、プロメテウスまでの道を誰かが作ってあげなければいけないのだ。

 なら、誰がその道を作るのか。

 そんなの、決まってる。


「トリス」

「うん!」


 詳しく言わなくても、トリスは私に合わせてくれる。

 私たちは、ベルをアリーシャさんの元へ送るためにここまで一緒に来たんだ。


「──開け、水の回廊! この者を望む場所へ送り届けて!」


 私の声に呼応するように水のアーチが火山の上の暗雲立ち込める空に幾重にも伸びていく。

 プロメテウスの周りを囲むように、どれだけだって走っていけるように。


「走って、ベル!」


 ベルはコクリと頷くと、私とトリスが作り上げた水の回廊の上に飛び乗った。そして駆けていく。

 ふと水の上をどうやって走っているのかと思えば、気づけばあたりに花びらが舞っていた。それはたくさんの花々で。

 見れば、ベルが走っていく先々、水の回廊から花が咲いていく。

 ベルは脚に魔力を込めて、花を咲かせることで足場としているようだった。


「綺麗」


 張り巡らされた水の回廊のアーチにたくさんの花弁が咲き誇っては、散っていく。もしかすると、その花のうちのどれかはアリーシャさんが好きな、ベルが弔いのために探し求めた花なのかもしれなかった。

 戦場だっていうのにこの空間を舞い散る花々は儚いけれど、ううん、儚いからこそ、幻想的な光景だった。


「見惚れてる場合じゃないよ! 僕たちも!」


 トリスの声にハッとする。いけないいけない。気が緩んでた。

 見れば、トリスが翼を広げて後ろ手に手を差し出している。乗れってことだ。


「うん、行こう!」


 私が元気よく応えてトリスの背中に飛び乗ると、トリスは水の回廊へと飛び込んだ。

 三人で旅を始めたから。

 最後まで、三人で戦い抜くんだ!

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