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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
最終章 その地竜愚鈍につき
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裁きの天秤

 ロエルガ様の力で、私たちは無事にプロメテウスから逃げおおせたのだった。

 方舟、そのラウンジ。

 私たちが現れたその場には、待ち受けていたように出迎えがあった。


「シャスカ!」


 水色の柔和な顔つきの水竜族の男の子──トリスが私に抱きついてくる。


「ああ、よかった! みなさんおかえりなさい!」


 トリスに続いて声をかけてくれたのは、ロエルガ様の付き人さんだった。

 私を庇って、ジェイドに尻尾で打ち据えられた脇腹をいまも抑えている。


「あ、えっと──」


 私がお礼を言う前に、ロマが彼の前に出た。


「貴方のおかげで、シャスカを助け出すことができました」


 ロマは深々と付き人さんに頭を下げた。

 慌てて、私もそれに続く。

 すると、付き人さんは途端にオロオロと慌て出した。


「いえ、そんな……、私はロマ様を単身ロエルガ様のいる付近に飛ばしただけですし……、こんなの風竜族なら誰でもできますから」


 そういえば、ロマはロエルガ様の後にやってきていた。

 どうやら付き人さんがロマをあの場に送ってくれたのらしい。

 なら、この場のみんなの恩人だ。

 そんなに謙遜しなくたっていいのに……。

 

「いえ、貴方がいなければ【火の氾濫】がいまこの瞬間にも、──ぐぅっ」

「どうなさいました!?」


 言葉の途中で、ロマはうめき出した。付き人さんは急なことで狼狽えている。

 あ! と、私は思い出す。

 そうだ、ロマは手に酷い火傷をしてるんだった。

 見れば、ロマは痛みに険しい顔を浮かべながら、自身の爛れた手に治療の魔法をかけていた。青い光が灯ったもう片方の手を翳していると、焼け爛れた皮膚組織にみるみるうちに元の藤色の鱗が生え揃う。

 急激な再生で体に負担がかかったはずだけど、ロマは何度かふぅーふぅーとなにかしらの呼吸法をし息を詰めると、普段のロマに戻った。


「失礼しました。貴方のおかげで危機を脱することができました」

「え、あ、はい……」


 ロマの勢いのせいか、付き人さんは謙遜をやめた。ぶっちゃけ、ちょっと引いてた。

 さて。

 どうやら、いま方舟は火竜族の村の近くの上空に駐留しているみたいだ。

 数日前にもいたログハウスじみたラウンジで、私たちは丸テーブルを囲む。

 ロエルガ様はさっきから額に黄緑色の魔力感応光を纏った人差し指と中指を当てて、目を瞑っている。

 口がブツブツと動いているから、魔法で風竜族の竜たちと話しているんだと思う。

 私たちもこれからのことを話さなければならなかった。


「さて、プロメテウスをどう倒すかですが……」


 早速、ロマが口火を切った。

 この話し合いをするために、ロマはプロメテウスを水牢に閉じ込めた。

 けれど、その魔法はいつまでも続くわけじゃない。

 この時間のうちに、作戦を立てて準備をしないといけないのだ。

 ロマの声を聞いて、ロエルガ様は額から手を下ろしてこちらに意識を向けた。


「プロメテウスの自動防衛機構はどうやら元の四大至宝の天秤の力のようじゃのぅ」


 ロエルガ様が言う四大至宝というのは、水竜族ならロマの持つ聖杯、ベルの背負っていた聖櫃、風竜族ならいま私たちがいる方舟、そして、火竜族の天秤のことだ。

 火竜族の天秤は、人間にプロメテウスへと作り変えられてしまった。

 四大至宝はどれもすごい権能を持っている。

 なら、プロメテウスの元になった天秤はどんな力を持っているのか。

 ロエルガ様が続けて、説明してくれるかなと私は期待していたんだけれど……。

 バン! と大きな音がすぐ横で鳴って、私はビクリと肩を揺らしてしまう。

 隣で、ロマが治療を終えたばかりの手を丸テーブルに叩きつけていた。

 

「罪を測りとる力ですか。ならば、プロメテウスの意思は神の意思と?」


 私には何が何だかわからない。

 トリスに目をやっても、トリスも首を横にフルフルと振った。


「確かに竜神アストラはこの世界を見捨てて去って行きました。ですが、我々はきちんと教えを守ってきたではないですか! 神の御心に反することなど、私たちは使徒としてしたことなど……」


 ロマの声が途中から、弱々しくなっていく。

 それは長年信じていたものが打ち砕かれたように。


「人間は戦争ばかりを起こし、竜はそれに呆れ人間を導くのをやめてしもうた。それを我らが父は最後にワシに嘆いておった」


 言葉の途中で、ロエルガ様は普段糸のように閉じている目をそっと開けた。

 その目は、遠くを見ていた。


「そして、やはりそれは今も変わっておらぬのじゃろう。我らが父にとっては、我々竜も人間と同じ罪人なのじゃよ」


 その言葉で方舟のラウンジは、重々しい空気に包まれた。

 けれど、それを打ち消すかのようにロエルガ様はパンパンと手を叩いた。

 ラウンジ中の視線が、ロエルガ様に集まった。


「そこでじゃ。さっきから風竜族の通信魔法で話しておったのじゃが、我々風竜族は方舟を手放そうと思っておる」

「は?」


 ロマが信じられないものを見るような目でロエルガ様を見ている。

 一瞬間が空いてから、ロマはツカツカと歩み寄ってロエルガ様の肩に掴みかかった。前後にガクガクと肩を揺さぶっている。


「何を言ってるんですか!? 風の四大至宝ですよ!? 風の原初の光の器ですよ!?」

「まあまあ、落ち着きなさい。ロマや」


 ロエルガ様は、揺さぶられたままのほほんとした調子でロマを嗜めた。

 マイペースっぷりがすごい。

 次第に、揺さぶっているロマの方が疲れて、動きを止めた。

 

「プロメテウスを見て、思い出したのじゃよ。我らが父は、ただ盲目的に教えを守ることを望んでいるわけではないのじゃ。それに、プロメテウス──火の原初の光を倒したいのであれば、同じ原初の光の力を使わねばならんのは道理じゃろう?」

「う!」


 ロエルガ様の身もふたもない言葉に射抜かれたように、ロマは胸を押さえた。

 そんなロマを尻目に、ロエルガ様はベルにも声を掛けた。


「ベルもよいな」


 コクリと頷きながらも、ベルは渋い顔をした。

 それで私も「あ!」と、気づいた。


「それはいいんだが、聖櫃は……」


 言いにくそうにしながら、ベルは打ち明けた。

 

「プロメテウスを起動したところに置いてきたぁ!?」


 ロマは、今度はベルに詰め寄って胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶっている。


「何してるんですか貴方!? 世界の礎たる至宝ですよ!?」

「すまない」


 ベルはそれだけ言って、ロマの好きなようにさせている。


「すまないって貴方ねえ!」


 けど、ロマは気が済まないようで、ずっとベルのことを揺さぶり続けている。

 ここまで来ると、なんかもう逆に可哀想。

 でも、そもそもとしてベルが聖櫃を手放したのは、私がジェイドにプロメテウスの生贄にされようとしていたからだ。その後も、プロメテウスが目覚めて、聖櫃を回収する暇なんてものはベルにはなかった。

 私は、ベルとロマの間に割って入る。


「ベルを責めないで、私を助けるためにだから」

「ぐっ!」


 ロマは顔をグチャグチャに歪めながら、やっとベルから手を離した。


「まぁまぁ、ちょいと取りにいく時間ぐらいあるじゃろうて」


 ロエルガ様がほんわかした声音でロマを宥めてくれる。

 けど、すぐにロマの矛先はロエルガ様に向いた。

 キッと鋭い視線を向ける。


「ありますかねえ」

「なければ作るのじゃよ?」


 当たり前じゃろう? という顔をして、ロエルガ様はポンとロマの肩を叩いた。

 その場合、時間を作るのはロマだとでも言うように。


「簡単に言ってくれますね」


 ロマはジト目でロエルガ様を睨みつけると、それから眉間を指で摘んだ。


「プロメテウスを倒す。その為に方舟を手放すまではいいとして……、それはつまり中にいる人間を解放するってことですよ。世界を壊した人間を野放しにするんですか?」

「────え?」


 ロマに言われて気がついた。

 風竜族が方舟を手放すってことは、卵のような機械に閉じ込められて眠って夢を見ている人間たちも解放されるってことなんだ!

 相変わらずロエルガ様はのほほんとした調子で、顎を擦り少し考え込んでいる。


「そうじゃのぅ、近くの島やニュムパエアに下ろすしかないのぅ」

「ちょっと!」


 堪らずロマは声を上げた。


「水の巫女は【火の氾濫】をおさめた功績があります。その子孫ならば我々も丁重に扱い一定の自由を与えることは構いませんが、ですが他の人間など……! 戦争ばかり繰り返し、この星の生命を踏み躙るばかりではありませんか!」


 やっぱりこの期に及んでも、ロマは私以外の人間を解放することには反対みたいだ。

 ロマにも考えがあることは分かっているけれど、それでもロマの人間に対する嫌悪を目の当たりにすると、人間の私は悲しくなってしまう。

 その敵意は、この星の絶対的な加害者に向けるもの。

 そして、私はロマを説得する言葉をいまも持ちあわせていない。

 けど、今回は前回とは状況が違っているようだった。


「お困りのようじゃの?」


 ロエルガ様は今度は私の横に立つと、ポンと私の肩に手を置いた。

 思わず顔を見上げると、ロエルガ様はそっと頷いて微笑んだ。

 それはまるで、味方をしてあげようと言わんばかりで。

 それから、ロエルガ様はふと気がついた風を装って顎をさすりながら口にした。


「ロマや。火竜族も火の原初の光の力に手を伸ばしてしもうた。それはワシらや水竜族が満足に手を差し伸べてやらんかったからじゃろうて。そして、世界の存続のためとは言え、教えを破り我々もまた原初の光を使い手放そうとしておるのじゃ。これでは竜が人間を管理する名目など立たんのではないかのぅ?」

「うぐっ!」


 素朴な疑問めいた正論が思いっきりロマの胸を貫いた。

 ロマが本日何度目かの呻き声を上げて、胸を押さえている。

 呻くロマに気づかれないように、ロエルガ様が私にそっとアイコンタクトをした。

 ワシに続きなさい。

 呻くロマに向かって、私は一歩前に出る。


「ロマ、私も人間としてお願い!」


 マルクからもらったホログラム投影機をギュッと握りしめる。

 マルク、勇気を貸して!


「私、ロボットたちに人類の軌跡をつないでほしいってお願いされたの! 館長さんからも、託されたの。私が水の巫女としてきっと人間を導いてみせるから!」

「ほれ、水の巫女様もこう言うておられるぞ? 巫女と司祭は共に神の教えを敷くもの。司祭長殿が独断で決めてよいことではないんじゃないかのぅ? ん?」


 ロエルガ様は、ニコニコとしながら援護射撃をしてくれる。

 私のことを利用して、ロエルガ様がロマの反論を封じていることはわかっている。

 それでも今は、肩に乗ったロエルガ様の手が何よりも頼もしかった。

 ロエルガ様の口車に乗っかって、私も利用し返してロマに迫る。

 もう一歩、前に。


「ロマ、お願い!」

「ぐぬぬぬぬ、こんのたぬきジジイ!」


 ロマは怒りから咆哮した。怒髪天をつくように怒り狂ってワナワナと震えている。

 私越しに私の後ろのロエルガ様のことを思い切り睨みつける。

 ロマも私が利用されているだけなのは分かっているのだ。

 けれど、反論はないみたいだ。

 ロマはそっぽを向いて、この場の勝敗は決した。

 それでもロマは腹落ちし切ってはいないのか、しかめたままの顔を取り繕おうともしない。


「ロマや」


 優しい声で、ロエルガ様が呼びかける。

 すぐにロマはまだ何か! と言いたげな視線をロエルガ様にキッと向けるけれど、狼狽えるようにしてその表情は崩れた。

 ロエルガ様は、ただまっすぐにロマを見ていた。


「お主は常に自分を律し、善く善く生きようと常に心掛けておる。じゃがの、正しいだけではダメなのじゃよ。人間も、竜も、正しいだけでは耐えられぬのじゃ。清濁併せ呑む気概を持たねばならん」

「……っ」


 ロマは気まずそうに俯いた。

 あのロマが他人から叱られてる! いつも私のことを説教するロマが!

 流石のロマも竜族全体をまとめ上げる最長老に嗜められてしまっては、形なしのようだ。


「もうよいじゃろう、人間は十二分に罰を受けた。そしてワシら竜も罪を償う時がきたのじゃよ」


 ロエルガ様は、ロマに言い聞かせながらそっと顔を伏せた。

 ロマはと言えば、観念したように一度息を大きく吐いた。

 折れる心の準備がやっとできたみたい。


「分かりました、分かりましたよ! 人間を解放し、ニュムパエアや近隣の島々で保護することを承諾いたします! ええ、ええ! そもそも世界の危機ですからね、しょうがないですからね! ……ですが! 必要でなければ水の原初の光は手放しませんからね!」


 ロマは、立派な法衣の上から懐を抑えている。

 多分、聖杯は渡しませんからねっていうアピール。


「……しょうがないやつじゃのぅ」


 ロエルガ様は顎に蓄えた髭を撫でながらやれやれと肩をすくめた。

 それからは、ロマとロエルガ様を中心に、水竜族と風竜族総出でプロメテウスの脅威にどう対抗するかの話し合いがなされていった。

 その話し合いの中で、私は少しだけ上の空だった。


 この日、人類は囚われの身を離れて自由になったのだった。

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