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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
最終章 その地竜愚鈍につき
44/52

裁きの天秤

 方舟、そのラウンジ。

 ロエルガ様のテレポートの力で、私たちは無事にプロメテウスから逃げおおせたのだった。

 唐突に現れたっていうのに、私たちが現れたその場には待ち受けていたように出迎えがあった。


「シャスカ!」


 水色の柔和な顔つきの水竜族の男の子──トリスが私に抱きついてくる。


「ああ、よかった! みなさんおかえりなさい!」


 トリスに続いて、声をかけてくれたのは脇腹を抑えながら立っているロエルガ様の付き人だった。私を庇って、ジェイドに尻尾で打ち据えられた風竜族の人。

 私が何か礼を言う前に、ロマがずいっと彼の前に出た。


「貴方の力のおかげでシャスカを助け出すことができました」


 ロマは深々とロエルガ様の付き人に頭を下げた。けど、ロエルガ様の付き人は途端にオロオロと慌て出した。


「いえ、そんな……、私はロマ様を単身ロエルガ様のいる付近に飛ばしただけですし……、こんなの風竜族なら誰でもできますから」


 そういえば、ロマはロエルガ様とは別にやってきて、どうやって来たのか考えていなかった。

 どうやらロエルガ様の付き人がロマをあの場に送ってくれたのらしい。

 なら、この場のみんなの恩人だ。そんなに謙遜しなくたっていいのに……。

 

「いえ、貴方がいなければ火の氾濫がいまこの瞬間にも、──ぐぅっ」

「どうなさいました!?」


 ロマも私と同じように思ったのか、謙遜の言葉を口にしたロエルガ様の付き人に言葉をかける途中で、うめき出した。付き人さんは急なことで狼狽えている。

 あ! と、私は思い出す。

 そうだ、ロマはプロメテウスからの攻撃で手に酷い火傷をしてるんだった。

 見れば、ロマは痛みに険しい顔を浮かべながらも、自身の焼け爛れた利き手に自身で治療の魔法をかけていた。青い光が灯ったもう片方の手を翳していると、焼け爛れた手の皮膚組織がみるみるうちに戻って、元の藤色の鱗が生え揃った。

 ロマの魔法は、私の治癒の魔法より格段に強い力で。体に負担がかかったんじゃないかと思うけど、ロマは何度かふぅーふぅーとなにかしらの呼吸法をした後に息を詰めて、普段のロマに戻った。


「失礼しました。貴方のおかげで危機を脱することができました」

「え、あ、はい……」


 プロメテウスに負わせられた傷なんて元からなかったかのように急に平静になったロマのおかげか、ロエルガ様の付き人は謙遜をやめた。ぶっちゃけ、少し引いてた。

 さて。

 どうやら、いま方舟は火竜族の村から少し離れた上空に駐留しているみたいで。

 私たちは数日前にもいたログハウスじみたラウンジで、丸テーブルを囲んでいる。

 ロエルガ様はさっきから額に人差し指と中指を当てて、目を瞑っている。

 多分、風竜族の魔法で遠くにいる人ともしゃべれる魔法があったはずだから、色々、風竜族の竜たちと話しているんだと思う。

 私たちもこれからのことを話さなければならなかった。


「さて、プロメテウスをどう倒すかですが……」


 早速、ロマが口火を切った。

 ロマはこの話し合いをするために、プロメテウスを水牢の魔法で閉じ込めたのだった。

 けれど、その魔法はいつまでも続くわけじゃない。

 ロマは聖杯──水の原初の光の力を使った上で魔法を行使したから、すぐに魔法が切れるってわけじゃないだろうけど、ロマが作り出したこの時間のうちに、少なくともプロメテウスを止めるための作戦を立てて、準備をしないといけないのだ。

 ロマの声を聞いて、ロエルガ様が額から手を下ろしてこちらに意識を向けた。


「プロメテウスの自動防衛機構はどうやら元の四大至宝の天秤の力のようじゃのぅ」


 ロエルガ様が言う四大至宝というのは、水竜族ならロマの持つ聖杯、ベルの背負っていた聖櫃、風竜族ならいま私たちがいる方舟、そして火竜族の天秤のことだ。

 そして、火竜族の天秤は人間に盗まれてプロメテウスへと作り変えられてしまっている。

 神様から与えられた神器をよくもまあ罰当たりなことをするものだと思ってしまうけれど、いまはこの際どうでもいい。

 四大至宝はどれもすごい権能を持っている。なら、プロメテウスの元になった天秤はどんな力を持っているのか。

 私は、天秤のことを知らなかった。

 ロエルガ様が続けて、説明してくれるかなと私は期待していたんだけれど……。

 バン! と、大きな音がすぐ横で鳴って、私はビクリと肩を揺らしてしまう。

 音の源に視線を走らせれば、ロマが治療を終えたばかりの手を丸テーブルに叩きつけてロエルガ様のことを睨みつけていた。

 

「罪を測りとる力ですか。ならば、プロメテウスの意思は神の意思と?」


 私は何が何だかわからないままオロオロとしていた。トリスに目をやっても、トリスも私と同じで良くわかっていないのか、首を横にフルフルと振った。


「確かに竜神アストラはこの世界を見捨てて去って行きました。ですが、我々はきちんと教えを守ってきたではないですか! 神の御心に反することなど、私たちは使徒としてしたことなど……」


 ロマの声が途中から、弱々しくなっていく。

 それは長年信じていたものが打ち砕かれたように。


「人間は戦争ばかりを起こし、竜はそれに呆れ人間を導くのをやめてしもうた。それを我らが父は最後にワシに嘆いておった」


 ロエルガ様は言葉の途中で遠くを見るように、普段は糸のように閉じている目で、薄目を開けた。


「そして、やはりそれは今も変わっておらぬのじゃろう。我らが父にとっては、我々竜も人間と同じ罪人なのじゃよ」


 その言葉で方舟のラウンジは、重々しい空気に包まれた。

 けれど、それを打ち消すかのようにロエルガ様はパンパンと手を叩いた。

 一気に、ラウンジ中の視線がロエルガ様に集まった。


「そこでじゃ。さっきから風竜族の通信魔法で話しておったのじゃが、我々風竜族は方舟を手放そうと思っておる」

「は?」


 ロマが信じられないものを見るような目でロエルガ様を見ている。

 一瞬間が空いてから、ロマはツカツカと歩み寄ってロエルガ様に掴みかかった。そして、前後にガクガクと肩を揺さぶりだした。


「何を言ってるんですか!? 風の四大至宝ですよ!? 風の原初の光の器ですよ!?」

「まあまあ、落ち着きなさい。ロマや」


 ロエルガ様は、揺さぶられたままのほほんとした調子でロマを嗜めた。

 マイペースっぷりがすごい。

 次第に、揺さぶっているロマの方が疲れて、動きを止めた。

 

「プロメテウスを見て、分かったのじゃよ。我らが父は、ただ盲目的に教えを守ることを望んでいるわけではないのじゃ。

 それに、プロメテウス──火の原初の光を倒したいのであれば、同じ原初の光の力を使わねばならんのは道理じゃろう?」

「う!」


 ロマはロエルガ様の身もふたもない言葉に射止められたように、胸を押さえた。

 そんなロマを尻目に、ロエルガ様はベルにも声を掛けた。


「ベルもよいな」


 ベルはコクリと頷きながらも、渋い顔をした。

 それで私も「あ!」と、気づいた。


「それはいいんだが、聖櫃は……」


 ベルは言いにくそうにしながら、打ち明けた。

 

「プロメテウスを起動したところに置いてきた!?」


 ロマは、今度はベルに詰め寄って胸ぐらを掴んでガクガクと揺さぶっている。


「何してるんですか貴方!? 世界の礎たる至宝ですよ!?」

「すまない」


 ベルはそれだけ言って、ロマの好きなようにさせている。

 けど、ロマは気が済まないようで、ずっとベルのことを揺さぶり続けている。

 ここまで来ると、なんかもう逆に可哀想。

 でも、そもそもとしてベルが聖櫃を手放したのは、私がジェイドにプロメテウスの生贄にされようとしていたからであって、その後もプロメテウスが目覚めてしまったから聖櫃を回収する暇なんてものはベルにはなかった。


「ベルを責めないで、私を助けるためにだから」

「ぐっ!」


 私がベルを庇うと、ロマはこれ以上文句を言いようがないのか、顔をグチャグチャに歪めながら、やっとベルから手を離した。


「まぁまぁ、ちょいと取りにいく時間ぐらいあるじゃろうて」


 ロエルガ様が助け舟を出して、ほんわかした声音でロマを宥めてくれる。

 けど、すぐにロマの矛先はロエルガ様に向いた。

 キッと鋭い視線を向ける。


「ありますかねえ」

「なければ作るのじゃよ?」


 当たり前じゃろう? という顔をして、ロエルガ様はポンとロマの肩を叩いた。

 その場合、時間を作るのはロマだとでも言うように。


「簡単に言ってくれますね」


 ロマは、うーと獣のように唸りながらジト目でロエルガ様を睨みつけてから呆れるように眉間を指で摘んだ。ギャアギャアとロマは喚いてはいるけれど、いろいろなことがしょうがないことなのは、ロマもわかっているのだ。


「プロメテウスを倒す。その為に方舟を手放すまではいいとして……、それはつまり中にいる人間を解放するってことですよ。世界を壊した人間を野放しにするんですか?」


 ロマに言われて気がついた。

 風竜族が方舟を手放すってことは、卵のような機械に閉じ込められて眠って夢を見ている人間たちも解放されるってことなんだ!

 相変わらずロエルガ様はのほほんとした調子で、顎を擦り少し考え込んでいる。


「そうじゃのぅ、近くの島やニュムパエアに下ろすしかないのぅ」

「ちょっと!」


 これには堪らずロマは声を上げた。

 人間を封じ込めていたロマからすれば、ロエルガ様の言ってることはさっきからトンデモないことばかりなんだろう。


「水の巫女は火の氾濫をおさめた功績があります。その子孫ならば我々も丁重に扱い一定の自由を与えることは構いませんが、ですが他の人間など……! 戦争ばかり繰り返し、この星の生命を踏み躙るばかりではありませんか!」


 ロマはやっぱりこの期に及んでも、私以外の人間を解放することには反対みたいで。

 ロマにも考えがあることは分かっているけれど、それでもやっぱりロマの人間に対する嫌悪を目の当たりにすると、人間の私は悲しくなってしまう。その敵意はこの星の絶対的な加害者に向けるもので。

 そして、私はロマを説得する言葉をいまも持っていなかった。

 けど、今回は前回とは状況が違っているようだった。

 ロエルガ様は今度は私の横に立つとポンと私の肩に手を置いた。思わず顔を見上げると、ロエルガ様はそっと頷きながら微笑んだ。それはまるで、味方をしてあげようと言わんばかりで。

 それから、ロエルガ様はふと気がついた風を装って顎をさすりながら口にした。


「ロマや。火竜族も火の原初の光の力に手を伸ばしてしもうた。それはワシらや水竜族が満足に手を差し伸べてやらんかったからじゃろうて。

 そして、世界の存続のためとは言え、神の見放した世界を守る為に教えを破り我々もまた原初の光を使い、手放そうとしておるのじゃ。これでは竜が人間を管理する名目など立たんのではないかのぅ?」

「うぐっ!」


 ロエルガ様の素朴な疑問めいた正論が思いっきりロマの胸を貫いた。ロマが本日何度目かの呻き声を上げて、胸を押さえている。

 呻くロマに気づかれないように、ロエルガ様が私にそっとアイコンタクトをした。

 それはきっとワシに続きなさいという思し召しだった。

 私は、呻くロマに向かって、一歩前に出ながら願い出た。


「ロマ、私も人間としてお願い!」


 私は、マルクからもらった胸元に吊っているホログラム投影機をギュッと握りしめる。

 マルク、勇気を貸して!


「私、ロボットたちに人類の軌跡をつないでほしいってお願いされたの! 館長さんが歴史を残したのは人間が愚かなだけじゃないからだって、託されたの。だから、私が水の巫女としてきっと人間を導いてみせるから!」

「ほれ、水の巫女様もこう言うておられるぞ? 巫女と司祭は共に神の教えを敷くもの。司祭長殿が独断で決めてよいことではないんじゃないかのぅ? ん?」


 ロエルガ様は、ニコニコとしながら援護射撃をしてくれる。

 ロエルガ様が私のことを利用して、ロマの反論を封じていることはわかっている。それでも今は、肩に乗ったロエルガ様の手が何よりも頼もしかった。私も、ロエルガ様の口車に乗っかって、利用し返してロマに迫った。

 一歩、前に。


「ロマ、お願い!」

「ぐぬぬぬぬ、こんのたぬきジジイ!」


 ロマは怒りから咆哮した。怒髪天をつくように怒り狂ってワナワナと震えている。私越しに私の後ろのロエルガ様のことを思い切り睨みつける。ロマも私が利用されているだけなのは分かっているのだ。でも、反論する言葉はないようで。

 この場の勝敗は決した。

 それでもやっぱりロマは腹落ちし切ってはいないようで。

 しかめたままの顔を取り繕おうともしない。


「ロマや」


 優しい声で、ロエルガ様が呼びかける。すぐにロマはキッとまだ何か! と言いたげな視線をロエルガ様に向けるけれど、すぐに狼狽えるようにその表情が崩れた。

 ロエルガ様は、ただまっすぐにロマを見ていた。


「お主は常に自分を律し、善く善く生きようと常に心掛けておる。じゃがの、正しいだけではダメなのじゃよ。人間も、竜も、正しいだけでは耐えられぬのじゃ。清濁併せ呑む気概を持たねばならん」


 ロエルガ様の言葉にロマは気まずそうに俯いた。

 あのロマが他人から叱られてる! いつも私のことを説教するロマが!

 流石のロマも竜族全体をまとめ上げる最長老に嗜められてしまっては言葉がないようで。


「もうよいじゃろう、人間は十二分に罰を受けた。そしてワシら竜も罪を償う時がきたのじゃよ」


 ロエルガ様は、ロマに言い聞かせながらそっと顔を伏せた。

 ロマはと言えば、観念したように一度息を大きく吐いた。どうやら折れる心の準備がやっとできたみたい。


「分かりました、分かりましたよ! 人間を解放し、ニュムパエアや近隣の島々で保護することを承諾いたします! ええ、ええ! そもそも世界の危機ですからね、しょうがないですからね! ……ですが! 必要でなければ水の原初の光は手放しませんからね!」


 けど、ベルやロエルガ様と違って、ロマは相変わらず水の原初の光──聖杯を手放す気はないようで。立派な法衣の上から、懐を抑えている。多分、聖杯は渡しませんからねっていうアピール。


「……しょうがないやつじゃのぅ」


 ロエルガ様は顎に蓄えた髭を撫でながらやれやれと肩をすくめた。

 それからは、ロマとロエルガ様を中心に水竜族と風竜族総出で、プロメテウスの脅威にどう対抗するかの話し合いがなされていった。

 けれど、私はその話し合いの中で、少しだけ上の空だったように思う。

 なぜかって、それはもちろん。

 災厄の機神──プロメテウスが目覚めたという世界の危機のおかげで、この日、人類は囚われの身を離れたのだから。

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