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あの、ガラス玉を押し込められたのなら

 これは、方舟が迎えに来る前、私たちが島を巡っていた時のある一幕。


 私たちの前には湯煙を上げる温泉が広がっていた。

 縁を岩が囲んで、温泉の中にも岩がなだらかな面を上にして敷き詰められていて、そこにこんこんと湧き出している薄黄緑色したお湯がたっぷりと溜まっている。手を差し入れてみると、ちょうど気持ちいいぐらいの温度でサラッとしてる。卵が腐ったようなちょっと鼻につく嫌な匂いがするけれど、私ことシャスカの、水の巫女の力が教えてくれる感じ、体を癒してくれる効能があるみたい。

 間違いなくこの温泉は人工の手が加わっていて、入浴のために作られているんだってのはわかった。

 辺りを見渡せば硬そうな植物の衝立(初めて見た植物だったけど、竹って言うんだって、ベルが教えてくれた)が立っていて、温泉の出入り口から木造の建物の中に戻って、別の入り口から向こうを覗いてみると、同じような温泉があった。


「男女で分かれているんだ」


 背の高い黒い竜の騎士──ベルが衝立の向こうを確認していた私を追って来て声を掛けてくる。

 公共の浴場というのは、大抵こういう男女に分かれた造りをしている、とも。

 なるほどね。

 私と、私の従者の水竜族の男の子──トリスが住んでいた水上都市ニュムパエアは、水資源が豊富だ。海上に浮かんだ都市と言っても、そこに住んでいる水竜族は水の浄化の魔法が使えるから生活用水に困る可能性は一切皆無で。個人用のお風呂というものがどのお宅にも備えつけられている。

 だから、公共の浴場というものは私もトリスも初めて目にしたのだった。


 私たちは、立ち寄った島を散策がてら色々と歩き回って、野宿できる休める場所を探していたところ、山の麓になにやら立て札を見つけたベルがこの温泉を内包している館まで連れて来てくれて、この温泉を見つけたの。


 ただ公共の浴場といっても、衝立と岩が敷き詰められているだけ。館があるのに、わざわざ温泉だけ屋根もない屋外に晒されている。

 

「せっかくだ。入ってみないか?」


 ベルが提案した。ここまでわざわざ連れて来てくれたのだし、温泉に入るのが目的だったんだろう。

 さっきも言ったように、この温泉は浸かっても大丈夫なことは水の巫女の力で確認できてる。放置されていると言っても、こんこんと湧き出す温泉に汚れは洗い流されてるみたいだった。よしんば汚れてても浄化の魔法で洗ってしまえばいい。

 でも、屋外で裸を晒すことには、少しの抵抗があった。

 ただ、この世界は水の氾濫で滅んだ世界だ。この島だって温泉が湧くほどの火と水と土の力が合わさってなんとか水没することを逃れているみたいで。だから、いまこの島にはおおよそ私たち以外の存在はいない。少なくとも、上陸してからというものこの島では誰とも会っていなかったし、この館にも誰もいなかった。

 それに──……。

 私とトリスは顔を見合わせる。私とトリスは以心伝心するかのように目配せをしあって、


「うん!」

 

 声を合わせてコーラスした。

 屋外にあるお風呂は新鮮で、私もトリスも興味津々だったのだ。

 

 ────────

 ────

 ──

 

 で、温泉に入ったのはいいんだけれど……。

 

「ベルさん着痩せするんですね」

「そうなのか、自分じゃあよく分からないんだが……」

「わぁ、カッコいい!」

「そ、そうか?」

「はい! すごい実用的な体って感じで……、筋肉あるのによく締まってて」


 竹の衝立の向こうから、楽しげにはしゃぐトリスの声が降ってくる。あっちは男二人でワイワイしてる。

 話題は、ベルの体についてみたいだ。

 騎士の、それも肉弾戦特化の地竜族のベルのことだから、すごい逞しい体しているんだろうなっていうのは見なくてもわかるけど。でも、実際に目にするのと情報だけ知っているっていうのは違うわけで。

 反面、向こうとは打って変わって私は女湯で一人ポツンとしてて、ちょっと寂しい。

 ううん、すっごい寂しい!

 いや、しょうがないんだけどね? 三人の内、私一人だけが女なんだし。

 私はいま脱衣所にあったタオルを巻いて温泉に浸かっている(ベル曰く本当は良くないらしいんだけれど、私たち以外に人がいないから好きにするといいって)。

 温泉自体は気持ちがいい。あったかい温泉がぽかぽかとしながら、頭が外気で冷やされて爽快で。これならいつまでも入っていられそう。

 けど。

 私は辛抱たまらなくなって、衝立の向こうにいる二人に向かって声を掛けた。


「ベルー、トリスー! 私もそっち行っていー?」


 一か八か、頼み込んでみる。

 二人なら、いいよって言ってくれるんじゃないかと期待した。


「ダメに決まってるでしょ!? なに言ってんの!?」


 すぐにトリスの『信じられない!』って感情がこもった非難の声が飛んでくる。

 ダメでした、残念。期待撃沈。

 けれど、私はまだ諦めない。


「私、裸見られても二人なら別にいいよー?」

「ダメだよ、ふしだらでしょ!!」


 そうれはそうなんだけれど、二人となら絶対そんないけないことにはならないだろうに。

 それに、だ。


「男の子って女の子の裸とか覗きたがるものなんじゃないのー? 喜んでよ!」

「僕たちは竜でシャスカは人間だし、人間同士でも普通は見ないよ! 仮に見たかったとしてもだよ! 覗きなんて最低な男の風上にも置けない、いっちばん卑怯な男がやることだよ!」


 トリスはより一層声を荒げた。

 言い過ぎじゃない……? いや、至極真っ当な倫理観だけど。

 でも、いまこの時に限ってはその倫理観は私の敵だった。

 ……いや、いつもトリスには優等生然として嗜められてるから、限ってもないかもしれないけど。

 まあ、そんなことはどうでもよくて!


「いいじゃない! 竜と人間なんだし、気にならないでしょ!」

「気にしてよ! ロマ様にはいつも似たようなこと言われて怒ってたでしょ!」


 トリスが言ってるのは、旅を出る前のニュムパエアにいた頃、私のお目付役であるロマがいつもノックとかしないでいきなり部屋に入ってくる時のことだ。

 けど、それとこれとはちょっと事情が違うじゃない。


「あれは部屋に入ってくる時にノックもお伺い立てたりもしないからだし! 私は真正面から頼んでるじゃない!」


 中々、トリスは折れてくれない。

 ちょっと私はいじけつつあった。声もトーンが落ちてしまう。


「それに、女の私から言ってるんだよー? なら、よくない……?」


 そう、女側である私がいいと言っているのだ。

 もしも逆なら大問題だけれど。普通、不利益を被る側が言っているのだ。だから、なんとか押し通せないかと思ったんだけれど……。

 次に聞こえたのは、トリスの男の子の声じゃなくて、凛として低い大人の男性の声だった。

 ベルだ。


「シャスカすまないんだが……、俺はアリーシャ以外の異性の裸を見るつもりはないんだ。だからその、混浴は控えてもらえると助かる。寂しい想いをさせてすまない」


 一途!

 この場での一番の年長者が、一番純なことを言っていた。

 それに一人でお風呂に浸かっている私を慮る言葉まで添えてある。

 パーフェクトな大人の対応だった。

 けど、だからこそ!


「ベル、それはズルい!」

「え」


 ベルはまさかの返しに戸惑った声をあげたみたいだった。

 私はそのまま続ける。


「ベルがアリーシャさんを引き合いに出したら、私引き下がるしかないもん! ズルい!!」


 だって、そうじゃん!

 長年想って、弔うために遺体が収まった棺を背負って旅をし続けてるような、忠義に厚い騎士から愛されている女の人を引き合いに出されたらまるで勝ち目がない!!


「ムチャクチャなこと言って、ベルさん困らせないの!!」


 トリスの至極まっとうなツッコミが衝立の向こうから飛んでくる。

 それから温泉を出るまで、トリスと私の言い合いはギャーギャーと続いた。

 温泉は、変わらず気持ちがよかった。


 ……言い合っているおかげか。ちょっと寂しさは紛れた。


  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 温泉から上がって脱衣所で脱いだ服を身につけると、館の屋外の木製の屋根と屋根の下にベンチがある休憩所(東家って言うんだって、ベルに教えてもらった)で、私たちは涼んでいた。

 もう空は日が暮れていて、すっかり辺りも暗くなっている。

 夜空にはおっきな月が顔を覗かせていて、朴を撫でる夜風が熱った体にちょうどよかった。

 ベルは、「ここで待っていってくれ」と言い残して、どこかに行ってしまった。

 ベルがいなくなったことをいいことに、隣に座っているトリスの肩をチョンチョンと(つつ)いた。


「で、トリス」

「なに」


 私に声をかけられて、トリスは私に耳を寄せてくれる。


「ベルの体はどんなだったの?」

「まだそれ引っ張るんだ……」


 トリスは一度呆れたようにジトーッとした目で私を見た。

 だって、気になるし……。普段、ずっと一緒にいる人の体って気にならない? もっと言えば、私たちは旅の間寝食も魔物との戦闘も一帯となってこなす運命共同体なわけだし。

 しょうがないとでも言うかのように、はぁと一度ため息を漏らしてから、トリスは私をチョイチョイと手招きをした。今度は私がトリスに耳を寄せる。

 ナイショの少しセンシティブな会話になるから、小声で囁き合う。


「(カッコよかったよ。筋肉があるのに引き締まっててよく絞られてて、太ももとか木の幹みたいに筋が張っていて、騎士って体あんなに鍛えるんだなって)」

「(ロマとどっちが凄かった?)」

「(え、そりゃあベルさんの方かな。ロマ様も体鍛えてはいるけど、あそこまで筋張ってないもん)」


 なるほど。7、8歳ぐらいまで一緒にお風呂に入ってた記憶の中のロマから筋肉量マシ脂肪を減らしてっと。

 頭の中で思い浮かべていると、トリスがまた呆れたような表情を浮かべた。


「シャスカ……、あんまりそういうのよくないと思うよ?」

「だって、私だけ仲間ハズレで寂しかったんだもん」


 別に、本当に本当の意味でベルの裸が見たいわけじゃない。

 でも、トリスが楽しそうだったから、羨ましかっただけなのだ。

 そうこうしていると、


「シャスカ、トリス」

「ベル」「ベルさん」


 ベルが戻ってきた。鎧は身につけてないで、上は肌着にタオルを首にかけている。その両手にはなにか液体の入ったビンを手にぶら下げていた。


「ラムネ──炭酸飲料が館の自動販売機で売っていた。みんなで飲もう」


 自分の裸を話題にされてたことなんてつゆも知らないまま、ベルは透明なガラスのラムネのビンを東屋のベンチに一旦置いて、一本ずつ手に取ると、ビンの先っぽに手のひらを押し当ててグッと力を入れた。

 すると、ポンという小気味のいい音を立てて、ビンから中身がシュワシュワと溢れ出してくる。そのビンをタオルで拭ってから、ベルは私とトリスに一本ずつ手渡してくれる。ビンがよく冷えていて、ひんやりとして気持ちがいい。

 私は受け取ったビンをしげしげと眺めた。

 不思議な形をした細長いビンの中で透明なガラス玉がカラカラと音を立てている。中に入っている飲み物もビンと同じで透き通っていて涼やかだ。

 そして、ベルが自分の分のビンも開けて私の隣に座ったのを確認して、私とトリスはラムネのビンに口をつけた。

 甘くて泡が口の中でピリピリとする液体が口に広がる。

 けど、途中から口の中にビンの中身が入ってこなくなる。

 まだ、中身は全然残ってるはずなのに。


「ん、これうまく飲めない……」


 見れば中のガラス玉が飲み口につっかえて、出てこなくなってしまっているみたいだった。

 横を見るとトリスも同じみたいで、不思議そうにビンを揺らしている。カラコロと澄んだ音がした。

 すぐに気づいて、ベルが教えてくれる。


「ああ、ここのくぼみに※ビー玉──ガラスの玉を引っ掛けるといい。そのためのくぼみなんだ」


 なるほど。ベルが教えてくれたみたいにビンのくぼみにビー玉? を引っ掛けると飲み口を塞がれることなく飲めるようになった。

 よくできてるものなのね。

 気を取り直して甘くてシュワシュワする炭酸飲料が入浴で乾いた体を潤していく。博物館で飲ませてもらってからというもの、私もトリスもこれが大好きだ。それにしたって、お風呂上がりの炭酸飲料はより一層格別だった。

 ベルは、本当にいろんなことを知っている。それだけ世界のいろんなところを旅したんだろうけれど。

 ずっと独りで。

 触発されて、ふと私は温泉で私だけ仲間外れだったことを思い出していた。


「性別とか、色々関係なく仲良くできたらいいのにな」


 つい、ポツリと独り言のように口にしてしまう。

 私がトリスやベルと同じで男の子だったりしたら、もっと壁を感じたりせずに仲良くなれてたのかな。もっと言うと、私も人間じゃなくて竜だったら──。


「仲良くはできてるさ」

「ベル」


 私は、ベルの言葉に顔を上げた。

 ベルは私がお風呂でのことを気にしていることを察したのか、私の頭をポンポンと優しく撫でた。


「確かに性別や種族や年齢や容姿、いろんなことが違って気にしなくちゃいけないことはあるけれど、俺たちはいま一緒にいれているよ」


 そして、ベルは月明かりに照らされながら私に向かって微笑んだ。

 泣きたくなるぐらい、儚い綺麗な微笑みだった。


「それだけでいいんだ」

「それだけでいい……、そっか。そだね」


 それはもしかすると、ベルがアリーシャさんと過ごしているうちに手に入れた哲学なのかもしれない。

 その微笑みには、確かな傷跡が見えた。

 それと同時に、だからこそ優しい言葉なんだとも思った。

 いまは私もその言葉に甘えることにして、少しだけベルのその逞しい体に体を寄せた。


 いつか私もベルに優しい言葉をかけられたらいいな。

 そう思いながら、私は月を見上げてラムネを楽しみながら夜風に当たっていた。

 

  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


『ベルー、一緒にお風呂入りましょ!』


 ベルは、以前にもシャスカ以外の女性から似たようなことを言われたことがあったのだった。

 ボンヤリと夜風に当たりながら、ベルは思い返していた。

 それが誰かと言うと──、


 ────────

 ────

 ──


 これは、ありし日のこと。

 土の巫女の神殿。その回廊でベルは言葉を尽くしていた。


「アリーシャ、君は女性なんだから俺と一緒にお風呂なんか入っちゃダメだ!」

「えー、いいじゃない!」


 そう言って、嗜めるベルの前で頬を膨らませる栗毛色の髪を持つ人間の女性は、土の巫女──アリーシャなのだった。


「ダメだ。俺は騎士で君を守るのが仕事なんだ。そういうのは侍従の者とするものだ」


 ベルはアリーシャの言葉を断固として受け入れるわけにはいかなかった。

 男女の節度は保つべきであるし、主従の関係を保つためにも、だ。

 ムッツリとベルは憮然とした表情を作り上げる。

 これには、アリーシャも観念するかに思われた。事実、アリーシャもうんうんと頷いている。


「そう! そうね! 貴方は私の騎士だものね!」

「わかってくれたか」


 納得してくれたかとホッとベルは胸を撫で下ろす。

 けれど、そうは問屋が下さなかった。

 安心するベルを前にして、アリーシャはニヤリといたずらっ子のように笑う。そして、指を一本顔の横で立てるとそのままバッとベルに指を突きつけた。


「じゃあ、土の巫女として命じます。お風呂に入る私を側で警護なさい!」


 それは命令だった。


「アリーシャ!?」


 まさかの言葉にベルは慌てふためいた。

 そして、巫女を守る騎士として土の巫女直々に「守れ」と、そう言われてしまっては、断る術もなくて。

 土の巫女としての職権濫用もいいとこだった。

 

  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 大地の神殿。その大浴場。

 土の巫女のために誂えられた浴場は広く、そして浴槽には色とりどりの花弁が浮かべられ、かぐわしい艶やかな香りが浴場に広がっていた。

 ベルは、この浴場で場違いにも鎧を着たまま風呂椅子に腰掛けて、入り口の方へと体を向けて、ムッツリと瞼を強い意志で力を込めてギュッと瞑っている。

 けれど、浴場に浮かべられた花々の匂いが鼻をくすぐるたびに、唾を飲んで喉を鳴らしてしまうのは生理的な体の反応なのだろうか。

 ベルは、この瞬間、一生で最大の自制心を問われていた。


「ベル、ちゃんと私行衣(滝行などの際に着る白い服のこと)を着てるからこっちを見ても平気よ?」

「ダメだ!」


 アリーシャ本人から許可が降りても、断固としてベルは応じなかった。


「もう、堅物なんだから」


 揶揄うようにアリーシャは笑う、けれど、ベルとしては笑い事ではなかった。


(何も考えるな。何も考えるな。何も考えるな。何も……以下略)


 必死で心を平静に努めようと、ベルは胸の内で繰り返し自身に言い聞かせ続けていた。

 けれど、アリーシャはそんなこと知る由もない。アリーシャの揶揄うような問いかけが続く。


「でも、私のこと見てないと私を守れないんじゃないかしら?」


 一瞬、間が空いた。

 答えにくいものを答えるように、ベルは重々しく口を開いた。


「……いま君を見てしまったら、俺は君を襲ってしまうかもしれない。君は、綺麗だから」


 ベルはそんな自分のことを騎士失格だと思いながらも、素直な心のうちを白状した。

 自身も、肉欲を持つ獣なのである、と。

 自身を、抑えるのに精一杯なのである、と。

 それは真剣な言葉で。アリーシャの揶揄うようだった言葉がついに止んだ。

 一瞬の静寂が帳を張って。

 そして、アリーシャはザパァっと水音を立てながら大浴場の湯船から抜け出すと、ペタペタと足音を立てながら浴場の床を歩く。そして、風呂椅子に腰掛けて背を向けているベルの背中に背中を預けた。ベルはと言えば、地竜族の背中を段々に覆う殻が行衣越しでもアリーシャの人間の女性の柔肌を傷つけてしまわないかとおっかなびっくり頭を悩ませていた。

 ややもして、アリーシャはまた口を開いた。


「ベル」

「?」

「私のこと、自分からさえも守ろうとしてくれて、ありがとうね」


 アリーシャのその声音は、とても柔らかなものだった。

 告げられた感謝の言葉で、背中と共に信頼を預けられていることに気づいて、ベルはゆっくりと瞼を開けて天井を仰ぎ見ながらそれに応えた。


「……俺は君の騎士だから」

「うん」


 いつもの言葉。

 ベルは、アリーシャの言葉にはいつだって『俺は君の騎士だから』と答えてきた。

 いろんな想いに、蓋をしながら。


「ベル。私ね、ちゃんと分かってるからね」

「?」


 ベルが何を言われているのか分からずに疑問符を浮かべるものだから、アリーシャはクスリと笑った。


「いいの、ベルは分からなくても私が分かってるから」


 そう言って、アリーシャは立ち上がってそそくさとベルの前に回り込む。

 当然、行衣に濡れ透けて張りつき浮かび上がるアリーシャのシルエットが、視界にいきなり飛び込んできてベルの網膜に焼き付いた。

 センシティブな不意打ちに、ベルは慌てふためいて体勢を崩して風呂椅子からずり落ちた。尻餅をついてしまう。それは土の巫女を守るこの国一番の騎士にしては、情けないような姿で。


「あ、アリーシャ!?」


 ベルの気遣いを全て台無しにしながらも、赤面して咄嗟に顔を覆うベルの前でアリーシャは花のように笑った。

 

 これはありし日のこと。

 ベルとアリーシャが密かな恋心を胸に秘めていた頃のこと。

 燃え上がるはずだった、燃える前に灰になってしまった恋のお話。

※注釈

 ビー玉とは、本来、ラムネビンの蓋の規格に合わないガラス玉のことを指し、ラムネビンの蓋となるガラス玉は正確にはエー玉と呼びます。

 分かりやすさ重視でビー玉と嘘を書きました。

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