親の心子知らず
ロマは悠然と私たちの横を通り過ぎて前に立ったかと思えば、プロメテウスに向けて手をかざした。
すると、私たち全員が一つの水のドームで覆われた。ロマの魔法が外界から私たちをしっかりと遮断していた。ロエルガ様もテレポートで水のドームの中へと入ってくる。
そして、水のドームの周りで爆発が巻き起こった。
プロメテウスからの攻撃だ。
ものすごい轟音が続いて、けれどロマのバリアは一切びくともしていない。
相性で有利とは言え、ベルの防御魔法ですらいとも容易く打ち破られたっていうのに、ロマのバリアはプロメテウスの攻撃を完全に防いでいた。
それからもプロメテウスの攻撃は続いていたけれど、全て無駄に終わった。
やっぱり相性の差っていうのは大きいみたいで。属性で勝っているロマならこのままプロメテウスのことをなんとかできるかもしれない。さっきプロメテウスの攻撃を避け続けていたロエルガ様に抱いていたような期待を、今度はロマに抱き始めていた。
けど、そんな時だった。
プロメテウスは目での爆撃が通用しないと見るや否や、体勢を変え始めた。
さっきまでは視線だけで攻撃していたからか、姿勢を変えずにいたけれど、橋の上に上半身を乗り出して口をガパリと開けた。
それは絶対に良くないことをする兆候だった。
プロメテウスの大きく開いた口元に魔力がどんどん集まっていく。口の前に魔力による光が次第に肥大化していく。やがてそれは、一瞬のうちに凝縮されて迸った。
プロメテウスの口から熱線が放たれた。
一点に収束されたその熱はこれまでの爆撃によるものとは、まるで比べ物にならない。
水のドームのバリアが一点集中で突破を試みる熱線に歪んで、ロマは咄嗟にそこに手を翳して魔力で補強する。
攻撃は防げてる。明らかにタメを経て繰り出された大技すらもロマは防いでみせている。
けれど、水のドームのバリアを張りつづけるロマが苦しげな呻き声をあげた。
「ぐっ、流石にプロメテウスの本気の攻撃を完全に防ぐのは私でも厳しいですね……」
見れば、その表情は苦しげに歪んでいた。
翳している方の腕をもう片方の腕で必死に支えている。
そこまで追い込まれているロマの姿を見るのは、私は初めてだった。
「ロマ」
「……シャスカ、無事でよかった。怖かったでしょう」
ロマは私を責めるでもなく、とても優しい声音をしていた。
それは名前を呼んでしまった私を安心させるように作った声音で。
私はたまらずずっとロマに言いたかったことを口にした。
「ずっと我儘ばかり言ってごめんなさい」
フロワさんに苦言を呈された時からずっと謝りたかった。
ロマにだって考えがあるのに、ロマはいつだって私のこと守ろうとしてくれてたのに。
そういうの全部無視して、私は私から見たロマの悪い部分にしか目を向けていなかった。
謝られたロマは、一瞬黙りこくって。
対峙するプロメテウスから視線を逸らさないで振り返らないまま、ポツリポツリ喋り始めた。
「……私はアストラの使徒ですから。世界の均衡を守ることが最優先で、水の巫女を導くのが私の役目なのです。それが生まれた意味で、存在する意義で。ですから、努めて余計な感情を挟まないよう水の巫女とは接してきたつもりです」
ロマの言う通り、ロマはずっと私に厳しかった。
だから、私はずっとロマが苦手で。
でも、火竜族に攫われて、それだけじゃなかったはずだって思い知らされた。
「私はシャスカ貴方のことを水の巫女としてとしか大切にしてきませんでした。それを貴方が煩わしく思うのも当然です。ですから、私のことなど嫌っても構わないのです。憎んでもいいし、恨んでもいい。貴方にはその権利と資格がある。シャスカ、貴方が謝る必要はなにもないんですよ」
ロマは、私のことを許してくれていた。
ロマは、全てを受け入れてくれていた。
でも、いまはそんなことはどうでもよかった。
バリアを維持するために翳しているロマの手が焼けついて爛れていく。
式典の場でも嗅いだ、肉の焦げるような嫌な匂いがバリアの中を充満していた。
「ロマ、手が……」
私たちを守るためにロマは手酷い傷を負っていた。そして、プロメテウスの口から放たれる熱線が徐々に収まっていく。
ロマは厳しいと漏らしながらも、私たちのことをどうにか守り切ったようだった。
「このくらいのやけどすぐ治ります」
そう言って、ロマは私から隠すように爛れた手をもう片方の手で覆った。
でも、今すぐに治療をしなければいけないはずだった。
けれど、時間がそれを許してくれない。
「ロマや、第二射が来るぞい!」
ロエルガ様の言葉の通り、プロメテウスは大きく開けた口の前にまた力を集めていた。
今は第一射目を完全に防ぎ切ったからか、エネルギーを集めるのにまだ時間がかかっているみたいだけれど、すぐに次のがやってくる。
「分かっています!」
ロマはロエルガ様に噛みつくように、返事をした。
「それよりロエルガは皆を連れてテレポートでさっさと逃げてください!」
そして、叱咤するようにロエルガ様に指示を飛ばした。
皆を連れて? ロマの言葉はまるで自分が含まれていないかのような物言いで。
そうだ。ロマは式典の時も一人残って戦っていた。
ロマはジェイドにジャミングのせいで集団戦が苦手って言われてたから、もしかすると一人で戦う癖があるのかもしれない。
「……それをしたらお主はどうするつもりなんじゃ?」
ロエルガ様が私と同じ懸念を抱いていたようで、言葉にしてくれる。
ロマはなにを当たり前のことを聞くのかと不機嫌そうに返事した。
「私はここで一人残ってプロメテウスを抑え込みます。差し違えてでも止めてみせますから、ご安心を」
「では、断る」
ロエルガ様はキッパリと言った。
これには、流石にロマは顔色を変えた。
「はぁ!? なに言ってんですか!」
まさか断られるとは思っていなかったのか、ロマはロエルガ様のことを意味がわからないって顔で見ていた。
「時に、ロマや。なぜお主は死ぬかもしれない時にも本心を話さんのじゃ」
「さっきからなにを言って……、そんな場合じゃないでしょう! あれ見えてますか!?」
ロマはプロメテウスを指差した。いまこうして言い合いをしている間にも、もうすぐエネルギーが溜まり切るだろう。
けれど、ロエルガ様はどこ吹く風のように、まるで頓着する様子がなかった。
「しょうがない奴じゃのぅ」
「ちょっと!」
ロマの文句をガン無視しながらロエルガ様は私の方を向いた。
ロエルガ様は、立派に髭を蓄えた顎を摩りながら「実はのぅ……」と前置きを置いて喋り始めた。
「お主たちを水竜族ではなく、方舟で風竜族が迎えに来よったのはのぅ。この高慢ちきなロマがの、ワシにの何度も何度もずーっと頭を下げてきよって泣きついてきたんじゃよ。『子供たちを助けて欲しい』との」
ロエルガ様は楽しそうに告げ口をするように、ニコニコとしながら私に口を滑らした。
当のロマは、後ろでこいつ信じらんねえ……! ってすごい顔をしてロエルガ様の事を睨みつけている。
ロエルガ様の告げ口は続く。
「それはそれはずっとオロオロしていたものじゃったよ。さすがにワシも見ておられなくて、腰を上げざるを得なくてのぅ。ワシの風の探知の魔法でお主らを見つけた時は狂喜乱舞しておったよ。
さながら、実の子供の無事がわかった時のようにの」
最後に、ロエルガ様は私に向かってニコリと微笑んだ。
「じゃから、この男にとって其方は『使命』だけではなかったんじゃないかのぅ」
ロマにとって、私は、使命だけじゃなかった……?
思いもしなかった言葉に、私は戸惑ってしまう。
だって、ずっとロマは意地悪だった。方舟の時だってそうだったし、一緒にニュムパエアで暮らしていた時だって──。
けど、思わず見たロマの顔は、真っ赤になって震えている、見たこともないような表情で。
ロエルガ様の言葉が真実だと実感するには十分だった。
「なんで全部話しちゃうんですか!?」
「お主が賢ぶって巫女様に自分の気持ちを話さないからじゃろ?」
ロマに責め立てられても、ロエルガ様は悪びれずに片眉を上げてみせる。
そして、ニヤリと笑った。
「さてロマや、いまここでお主が死んだら水の巫女様は一生もんのトラウマじゃぞ」
ロエルガ様の言葉に、ロマは目を大きく見開いた。
ロエルガ様は私の心を人質にとって、ロマに迫っていた。
「死ぬことは許さん。気張ってプロメテウスの攻撃を防ぎきるんじゃぞい?」
「こんの、たぬきジジイ!」
ロマは怒りから咆哮した。けれど、それすらもロエルガ様は楽しげに愉快そうに笑った。
「フォッフォッフォッ」
そして、プロメテウスから熱線のニ射目が飛んでくる。ビカリと顔の前で凝縮された光が迸って。
すかさず、ロマはその全てを燃やし尽くす熱線に向けて手を翳し、水のドームを魔力で補強した。
私たちを覆う水のドームのバリアは、水蒸気をモクモクと立てながらプロメテウスの口から迸る猛烈な熱線を受け止め続けていた。辺りの地形が融解して、全てがガラス質になっていく。
ロマがいなければ、私たちはとっくのとうに灰と化してチリになっていたことだろう。
頼みの綱はロマだった。
他の私たちはみんな無力で、ロマに負担が一手に集中していた。
「ぐぅっ!」
苦しげな声を漏らしながら、それでもロマは水のドームのバリアに手を翳して、防御を保つことをやめない。
翳した手がドンドンと焼け爛れて皮が捲れていく。
旅してる間、私のこと守ってくれるベルのこと、もしもまだ見たことのないお父さんがいたらこんな感じなのかなってずっと思ってた。
でも、私が父と呼ぶべき人は、最初からずっと側にいてくれていたのかもしれなかった。
今も、目の前に。
私は、涙ぐんで震える声でその名前を呼ぶ。
「ロマ……」
ロマは水のドームのバリアを張りながら、私の方へ一度視線を送って私の顔を見た。
いつもしっかり固めてあるオールバックの髪も今は乱れて、額に髪がいくらか垂れていた。
その表情は痛みに歪んでいる。
私はそんなロマをギュッと襟元を掴んで見ていることしかできない。
そして、ロマは観念するように眼を閉じた。
「……しょうがない、これを使いたくはなかったのですが」
そう言って、空いている方の手で懐を弄ると取り出したのは黄金の盃──聖杯だった。
そうだ、ロマはいつも聖杯を携帯していた。
そして、聖杯は水の原初の光の器。
ロマは顔の前に聖杯を持ってくると、念じるように祈りを捧げた。
「神よ、お赦しください。──聖杯よ! 力を!」
そして、盃を天へと掲げる。
途端に、聖杯から魔力が溢れ出す。
プロメテウスのものとは、別の、けれど、同等の力を持った至宝。
「プロメテウスと同格のこれならば!」
打倒し得ることも敵うと、ロマは聖杯の魔力を練り上げる。
私たちを守る水のドームが急激に肥大していく。それは、プロメテウスの巨体をも超える大きさへと一瞬で広がって、熱線を完全に跳ね除けた。
そして、裏返る。
「閉じろ! 水牢!」
ロマの声に応じるように裏返った水のドームがアメーバのようにプロメテウスの全身を取り込んだ。そして、そのまま宙へと浮かんでいく。
水の玉にプロメテウスの火山ほどの巨大な体が、押し込められてぷかぷかと浮かんでいた。
あんなスケールのものを水の中に閉じ込めてしまうなんて、私には到底できそうもなかった。
水の中に閉じ込められたプロメテウスは何もできないでいるようだった。
「プロメテウスの攻撃を押し返し、水球にプロメテウスを閉じこめおったか。聖杯──水の原初の光の力もあるとはいえ、さすがロマじゃよ」
ロエルガ様はプロメテウスを抑え込んだロマを手を叩いて褒め称えている。
けれど、反面、ロマにはその賛辞に反応する余裕はなさそうだった。
「くぅっ……、ぜぇ、はぁ……。これ、で、みんなで撤退し今後の作戦を立てる時間ぐらいは作れたはず、です」
ロマは全力を出し切ったのか、荒く肩で呼吸している。
けれど、すぐに息を詰めて、姿勢を正すと腕を前にバッと突き出して私たちに指示をした。
「逃げますよ!」
「みなワシにしっかり掴まるんじゃ!」
今度こそロマの指示に応えて、声を上げるロエルガ様にみんなで一斉に掴まって。
ロエルガ様はテレポートの力を使って、この場から私たちを連れ出した。
水牢に閉じ込められた災厄の機神──プロメテウスだけを、火山のカルデラに残して。
次回予告
シャスカの代わりにベルの背負っていた棺で眠っていたアリーシャの聖体を贄にして遂に目覚めた災厄の機神プロメテウス。どうにかロマの持つ聖杯の力で一時的に封じ込めたものの。状況は芳しくはなかった。
このままではこの星は火の氾濫により燃え尽きてしまう。そんな折に竜族の長老であるロエルガシズナは一つのある提案をする。
プロメテウスを止めるために奔走するシャスカは、プロメテウスを制御しきれず打ちひしがれるジェイドを前にして、何を語るのか。アリーシャを守ることができず死を望み続けるベルの手を取れるのか。
最終章 その地竜愚鈍につき




