選択の刻
私は、今まさに会いたかった人物の登場に前に乗り出した。
「ベル、何でここに!?」
ベルに思わず駆け寄ろうとして、思いっきり手枷の鎖をジェイドに引かれた。
忘れていた。いまの私に自由はないんだった。
鎖がジャラリと鳴って、私のいまの立場を思い出させた。
「騒がしいなと思っていたが、そういうことか」
ジェイドは私の後ろに回り込んで羽交締めにして納得するように頷いている。
ジェイドが言っているのは、私が牢から出た時村の方で何か騒がしかったことだと私も気づいた。
アレはきっと、ベルが助けに来てくれてたから騒がしくなってたんだ。
そして、ベルは今まさに私の元までやってきて、ジェイドに私を離せと口にしたのだった。
けれど、ジェイドが素直にはいそうですか。と、頷くわけもなくて。
「いやなこった。こいつにはこれからプロメテウスの強制起動キーになってもらう」
ジェイドは当初の目的を果たそうと、振り返って私を突き落とそうと私の背に手をかけようとする。
けれど、その前にベルは声を張り上げた。
「人間の巫女の魔力が必要なんだろう!」
「あん?」
ジェイドは、怪訝そうな顔をしながらも、顔だけ向けてベルの言葉に耳を傾けている。
「なら、巫女の魔力なら他にある!」
そして、ベルは背負っていた棺をドンと横に立てて置いた。
それは、ベルが旅の間ずっと背負っていた棺。
ベルの大切な人が眠っている棺だった。
「この聖櫃に納められているのは、土の巫女アリーシャの聖体だ!」
ベルのその言葉で、私の横のジェイドは目の色を変えた。
勢いよく私ごと、ベルの方へ振り返った。
「何? 聖櫃だと?」
「ベル、ダメ! それは──」
咄嗟に大切な人なんでしょうと言おうとした言葉を、私の背に回ったジェイドの大きな手で遮られてしまう。
「お前は黙ってろ」
私は口を封じられて、物が言えない。
けど、どうにかしてベルに伝えないといけなかった。
アリーシャさんを私の身代わりになんかしちゃいけない!
私はジェイドの拘束を解こうともがくけれど、たくましい火竜族の戦士の腕力にたかが人間の小娘が敵うわけはなかった。
ジェイドは私の抵抗をモノともせずに、ブツブツと呟きながら考え込んでいた。
「なるほど、するってぇと。それでもプロメテウスの強制起動は可能。こいつと交換することが可能ってわけだ」
あくまで必要なのは巫女の魔力。さっきもジェイドは私の態度に不思議がって脅す時に私の生死は問わないって言ってた。
だから、もう亡くなっているアリーシャさんでもプロメテウスを起こすことはできるのだろう。
「確かに、その棺からは強い力を感じる。プロメテウスと同等だ。それだけの力を持っているんなら聖櫃だっていう言葉も、それに安置されてるのが大地の巫女アリーシャ姫だってのもあながち嘘じゃあないんだろう」
「なら!」
ジェイドは淡々と考えをまとめていた。色々と納得している様子で。
このままベルの提案に乗るかと思われた。ベルも私とアリーシャさんを交換しようと声を掛けて急かしている。
けど、ジェイドはその翡翠の瞳に嗜虐心からくる暗い炎を浮かべた。
そして、ほくそ笑む。
「だが、わざわざお前との交渉に乗って危ない橋を渡ってやる《《義理》》もないんでな」
ジェイドはわざわざ義理って言葉を強調した。
その悪意に、思い起こされる。
式典でベルはジェイドに『なぜニュムパエアに地竜がいる!』と問い掛けられて『襲撃者に答える義理はないな』って応じてたことをなぜだか鮮明に思い出した。
今になって行われた意趣返しだった。
ジェイドは聞く耳持たないと、そのまま橋から私の体を放り投げた。
ベルは咄嗟に私に向かって手を伸ばした。
「待て!」
「あばよ」
そして、私は橋の終点で待ち受けるプロメテウスのコア部分へと身を投げ出される。
浮遊感。
このまま落ちていけば、私はコアに取り込まれるのだろう。
ああ、せっかくベルが助けに来てくれたのに……。ごめんなさい。
私は、全てを諦めて目を閉じた。
けど。
ガシリと誰かが落ちていく私の手を掴んで、私は宙にぶら下がった。
私の手を掴んで繋ぎ止める人なんて、この場には一人しかいなかった。
「ベル」
私が目を開けると、ベルが必死の表情で片腕で私の手を掴んでいた。
ベルはもう片方の腕で橋に刀を突き刺して、どうにかぶら下がっていた。
私が放り投げられて落ちるまでの短い瞬間に駆け寄ってきてくれたんだ。
私はたまらず涙ぐんでしまう。全部、諦めてたはずなのに、ベルが必死に私の命を繋ぎ止めてくれて生きたいと思ってしまう。
「待っててくれ、いま引き上げる!」
そして、ベルは私の手を掴んでいる腕に力を込めて、言葉の通り私を引き上げようとしてくれる。けど、そこに影が落ちた。
ジェイドだ。
ジェイドは橋の上から、ぶら下がっている私たちを見下ろしている。
「ふん。間に合ったか。褒めてやるよ。さすが騎士様だ」
気に食わなさそうに鼻を鳴らしながらも、手を叩いてベルを褒め称えている。
褒めてはいるけれど、こもっている意図は思いっきり皮肉だった。
「お前アレだろ? 土の巫女アリーシャの筆頭近衛騎士、風竜族から巫女を守れなかった騎士様ってわけだ」
「っ!」
ジェイドの容赦のない言葉のナイフに、ベルは顔を歪めた。
ベルの心の柔らかなところを思い切りザクザクと抉って、ジェイドは愉快そうに顔を歪めた。
「今度は守れてよかったな。その頑張りに免じて土の巫女で妥協してやるよ。地竜も火竜と同じで割を食ったよしみだ」
ジェイドはさっきから勝手な事ばかり言っている。
けど、ベルに好き放題言って満足したのか。ぶら下がっている私たちのことは、どうやら見逃してくれるようだ。
「……これで、これで火竜族は救われるんだ」
独り言をブツブツと呟きながらジェイドは私たちの視界から消えて、ベルの背負っていた棺を取りに行った。
その間に、ベルは片腕で私の体を引き上げて自分の首に私を抱きつかせると、両腕の力を使ってどうにか橋の上に這い上がった。
私は、息を吐く間も無く、ベルの肩に手を掛けた。
「ベル、あの棺。アリーシャさんが!」
「いいんだ」
ベルは私の言葉に静かに首を振った。
けど、私は納得できなかった。
「よくないでしょ!」
だって、ベルはあの棺の中の人のために、アリーシャさんのためにずっと旅をしてきたんだ。
私はベルの装備に視線を走らせる、傷だらけの利き手の反対側を守る肩当て鎧。
鎧や鎧の外套がボロボロになる程、長い年月ベルが彷徨った証だった。
その終わりがこんな形なんて、いいわけがない!
声を荒げた私を、一番傷ついているはずのベルがギュッと抱きしめた。
「命より大事なものなんてない。死者を生者よりも優先するなんてあってはならないんだ」
その声音は悲しいほどに優しい、柔らかなものだった。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……」
私のせいで、ベルはアリーシャさんを奪われてしまった。
私は罪悪感に苛まれて、一番辛いはずのベルの胸の中で泣きじゃくっていた。
けど、いつまでもそうはしていられないようだった。
「さあ、プロメテウス! 世界を書き換えろ! 今度は水の時代じゃなく火の時代を興すんだ!!」
私たちが話し込んでいる間にジェイドはアリーシャさんをコアに埋め込んだようで、飛んでプロメテウスの顔の前に陣取ると命令するように声を掛けている。
けれど、プロメテウスは聞こえていないのか動く様子がない。瞼を閉じたままうんともすんとも言わない。沈黙を保っている。
「プロメテウス、どうした? 動け!」
起き上がるはずなのに一向に動こうとしないプロメテウスに、ジェイドは焦れたような声をあげている。
「起動したはずだ、なぜ動かない!」
ジェイドは焦りを見せ始めていた。ジェイドからすれば、プロメテウスは火竜族を苦しめるこの世界を根本から変える最後の希望で。
縋るように、ずっと呼びかけつづけている。
私は気づいていた。さっきから橋が微細に揺れていることを。
多分、おそらく橋よりもっと下の方から何か大きな力が込み上げ始めている。
それは少しずつ少しずつ確かに大きくなっていく。
ジェイドは空中にいるからか、なにも気づかずに必死にプロメテウスに声をかけるのに夢中だ。
「アレは……、不味い!」
その様子を伺っていたベルが何かを気取って、顔を強張らせた。
それと、同時にどこからか声がした。
「兄様、逃げて!!」
その声はフロワさんのもので。声の方を見上げると、フロワさんが翼をはためかせて宙に浮いていた。
いつの間にか来ていたフロワさんが、焦ったようにジェイドに向かって手を伸ばしていた。
その表情が、私に何かを想起させる。
『──全て灰燼と化せ』
『っ! シャスカ様!』
それは、旅の間も何度かリフレインした、式典を行ったあの日、私の騎士がジェイドの放った業火に飲み込まれていく姿。
私の手を何度も引いてくれた人の死んでいく姿。
そんな私の視界の端で、プロメテウスの両目が一際大きな光を放った。
それは災厄をもたらす兵器が完全に目覚めたことの証だった。
そして、その目がギョロリとジェイドを見た。機械であるはずなのに、それはまるで生き物のように意思を持っているように感じられた。
その眼差しには、煮凝りのような嫌悪、悪意、憎悪があった。
「──ダメ!! 水の加護よ!」
プロメテウスの視線に悪寒を感じた私は咄嗟にジェイドに加護を与えた。
火に対する絶対の耐性と、攻撃を緩和し、ちょっとした傷なら癒してしまう水の巫女の加護を。ジェイドの体が水の膜に包まれる。
その次の瞬間。
炸裂した。
プロメテウスの目から何かが迸って、ジェイドの体が火だるまに包まれる。
「な、なぜ俺を……、俺は、守り手だぞ」
そして、プロメテウスの攻撃を受けたジェイドは煙を上げながら空から落ちていく。
「兄様!!」
途端に、フロワさんが叫ぶように声を上げながら、飛んで行ったかと思えば、落ちていくジェイドのその体を空中で受け止めた。
「兄様! 兄様!」
フロワさんが、空中でジェイドの体を揺すって声をかけ続けている。
けれど、意識を失ったのか。フロワさんの腕の中でジェイドはダラリと手足を垂らしたままだ。
「う……、ぐぅっ……!」
意識を失ったまま、痛みにうめいてるみたいで、どうにか死んではいない様子だった。
どうやら最悪の事態は免れたようだった。
(今度は咄嗟にできた)
私はジェイドに咄嗟に加護をかけて守れたことで、ほっと胸を撫で下ろした。
それでいて、罪悪感にも苛まれていた。
(……ごめんなさい。貴方を殺した仇なのに)
撫で下ろした手でそのまま襟元をギュッと掴む。
どうして、式典のあの日同じことをできなかったんだろう。
同じことをあの日できていれば──……。
けど、今はそんなことを考えてる場合じゃない!
私は、後悔を振り払って、顔を上げる。
このままじゃ二人が危ない。私は叫んだ。
「フロワさん、お兄さん連れて逃げて!」
「っ! ……恩に着ます、巫女様。巫女様もどうか逃げて!」
私の声を聞いたフロワさんは、弾かれるようにこっちを見て、いろんな感情がないまぜになった表情を浮かべながら、一度礼を済ますと私にも逃げるよう言ってくれる。
それからフロワさんは何かの魔法で翼に炎を纏うと一目散に炎の軌跡を残しながら飛び去って行った。プロメテウスの攻撃が追いすがるように、空中に唐突な爆発を何度も起こしていたけれど、フロワさんの飛ぶスピードが早くて全部当たっていなかった。フロワさんは無事逃げられたようだ。
それが確認できた私たちも逃げようとベルが手を引いて走ってくれる。私もそれに合わせて魔力を足に回した。
けど、この場にフロワさんとは入れ違いの様に人影が現れる。
「ベルや、何があった! 無事か!?」
それはロエルガ様で。風竜族の権能であるテレポートで事態に気付いてこの場にやってきたみたいだった。
けど、ロエルガ様の出現と同時にプロメテウスはロエルガ様の方へギュンと顔を向けた。
そして、悪意に満ちた眼差しをロエルガ様へと走らせた。
「ロエルガ様こっち来ちゃダメ!」
私が叫びを上げる頃には、ロエルガ様がいたはずの空間に爆炎が上がっていて。
爆炎が収まると、ロエルガ様は跡形もなかった。
「嘘……」
私は、口元抑えて唖然としてしまう。
そんな私の上の方で愉快そうな笑い声がした。
「フォッフォッフォッ、こりゃ驚いた」
ロエルガ様だった。
驚いたと言いつつ、ロエルガ様は相変わらずニコニコとしていて動じていない。
「テレポートの権能がなかったら、やられておったわい」
ロエルガ様は、プロメテウスの攻撃をテレポートで躱していたみたいだった。
私はほっと胸を撫で下ろす。そうよね、ロエルガ様ほどの人がそんな簡単にやられるわけない。
それからも、プロメテウスの攻撃をロエルガ様はずっと避け続けていた。
急に現れる爆炎、どうもプロメテウスは見ただけで任意の空間を爆破できるみたいで。けれど、ロエルガ様はテレポートを連続で使用して、全ての攻撃を軽くあしらってしまっていた。
あのロエルガ様なら、いくらプロメテウスでもなんとかしてしまえるかもしれない。
私はこのピンチにもロエルガ様に希望を見出していた。
けれど、避け続けているロエルガ様が次第に焦りを浮かべ始めていた。
「ワシ独りならば避け続けられるのじゃが──」
ロエルガ様が言い淀んで、その意味はすぐにわかった。
プロメテウスがロエルガ様に攻撃が当たらないとみるや否や、次に狙いを定めるのは──残りの私たちだ。
プロメテウスは、さっきから橋を駆け続ける私たちの方へと目を向ける。
私の手を引いて走ってくれてるベルは、プロメテウスに目をつけられて顔を歪めた。
「流石に、このまま逃してはくれないか。照準がこっちに向いたな」
ベルは冷静に分析しているけど、私は焦っていた。
ジェイドは私が授けた水の加護があったし、火を司る火竜族だった。
なのに、火だるまになって意識を失ってしまった。
「どうしよう。私の加護じゃ防ぎきれてなかった」
そして、どう考えても私たちの走る速さは魔法の翼で飛んでいったフロワさんより遅いし、ロエルガ様のようにテレポートも使えない。
逃げきれない。
私の懸念はベルも思い至っていたようで、私の焦る言葉にベルは頷いた。
「俺の防御魔法を重ねがけしよう」
そして、ベルは立ち止まると、翻って刀を鞘から抜いて地面に突き刺した。
岩による防御陣が、プロメテウスから私たちを隠すように積み上がっていく。
私も、防御陣、そしてベルと私自身に水の加護を授けた。
これまでの旅の間でベルの防御魔法が破られたことはない。
だから、今回もきっと大丈夫、そう思った時だった。
派手な爆発音、そして衝撃。
ガラガラと音を立てて崩れていく岩の壁。
私が加護を掛けたベルの防御陣は、プロメテウスの一睨みで簡単に壊されてしまった。
そして、岩の壁がなくなって、視界が開けた。
同時にプロメテウスの視界を遮るものは、なにもなくなってしまった。
もう私たちを守るものはなにもなかった。
プロメテウスの悪意に満ちた瞳に射抜かれて。
もうダメだと思った、その時だった。
「──いくら地竜の防御魔法でも属性の相性が対等な土で、プロメテウスの攻撃を防げるわけがないでしょうに」
後ろから呆れたような声。その声はすごく聞き覚えのある声で。
ザッザッと私たちの横を人影が通り過ぎていく。
「下がっていなさい。私が全員守ります」
そこにいたのは──。
藤色のスラリとした水竜。立派な法衣に、いつも不機嫌そうに歪められた目にモノクルをかけて、白髪をオールバックで撫でつけて固めている。
私がその竜を見間違えるはずなんてなかった。
「ロマ!?」
私は思いもしなかった真打の登場に驚愕の声を上げた。




