プロメテウス
空飛ぶジェイドの肩に担がれて、私は運ばれていた。
牢を出る時、村の方が騒がしかったけれど、ジェイドは気にも留めずに私を担ぎ上げた。
ジェイドにとって、これからやることが最優先事項なんだろう。
「もうすぐ着く。そのままジッとしてろ」
どうやら、ジェイドは火山の頂上を目指している様子だった。
上へ上へと、立派な翼でどんどん登っていく。
空には暗雲が立ち込めている。
まるで私の行く末を暗示しているみたいで、私はそっと目を逸らした。
俯瞰して辺りを見渡すと、火竜族の領域には三つのロケーションがある。
私たちが元いた麓の村は、二つの火山に挟まれていた。
片方の山の頂上には白磁の神殿。白い大きな岩の柱が立ち並んでいる。
アレは、きっと巫女の住まう場所。水竜族で言う宮殿に相当するもの。
てっきりそこに向かうのかと思ったら、ジェイドはもう片方の火山の頂上へと向かっていた。
そこはカルデラになっていて、火山そのものがまるで巨大な台座のようだった。
その中心に向けて神殿のものと同じ白磁の石でできた幅の広い橋がかかっている。
ジェイドは橋に静かに降り立つと、翼を畳んで私をそっと下ろした。
そして、橋の先。
そこに、いた。
(機械でできた翼のない竜? 人?)
それは途方もなく巨大なロボットのように思えた。
けれど、規模感がこれまで見てきたロボットたちとまるで違う。
橋の上からは胸や頭の上半身部分しか見えないけれど、その部分だけですら一つの建物ほどの大きさだ。
私の想像通りなら、このロボットの全容は、いま私たちが立っている火山ほどの大きさを誇るんじゃないだろうか。
……このロボットが、人間に造り替えられた火の原初の光の器。
「これが、プロメテウス……」
そのスケールに圧倒された私は、思わずその名を口にした。
【火の氾濫】を起こす契機となった、災厄の機神。
今は項垂れるようにしてその巨大な頭を垂れているけれど、このロボットをこれから叩き起こすのだ。
私の命を薪にして。
「これからお前をあのコアに埋め込む。多少の時間なら問題はないだろうが、火の氾濫が起きるまで稼働させるからな。十中八九、お前はコアの中で燃え死ぬだろうさ」
ジェイドは、私を脅しつけるように言葉を重ねた。
ジェイドが言うコアというのは、多分、プロメテウスの胸元のオレンジ色の宝石のような部分だと思う。
あそこに入って、私は死ぬことになる。
ジェイドからすれば、人間が死ねば気分もいいんだろう。
けれど、それ以上にその声音は自分たちの救済を信じて疑わない希望が滲んで弾んでいた。
「…………」
「怖いか? ざまあないぜ、人間」
私が黙りこくっているからか、ジェイドは誤解しているようだ。
私が気にしているのは、死ぬことじゃない。
「……それで火竜族は救われるの?」
私の問いにジェイドは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ああ? そうだ。これで俺たちは救われるんだ」
「そっか」
なぜだか、私はフッと笑う。
自分でも乾いた笑みがこぼれて驚いた。
それを見て、ジェイドは不愉快そうに顔を歪めた。
「なに考えてるか知らねえが、変なことするなよ? 別にお前の生死はどうだっていい。コアに埋め込む前にいますぐ殺してやってもいいんだからな」
脅されても、どうでもよかった。
(私の命で火竜族が救われるなら、それでもいっか)
私はもうとっくに色んなものを諦めてしまっていたのだ。
助かろうと思う気持ちが欠片も湧いてこない。
だって。
水竜族は、私のこと水の巫女としか見てくれなかったし。
人間も方舟に囚われていた。
そもそも人間のせいで世界が滅茶苦茶になったから、私はこんな目に遭っている。
諦める理由なら幾らだってあった。
生きたいと思う意思は、完全に挫かれていた。
(ああでも)
強いて言うなら一つだけ。
ほんの一つだけだけど、心残りが思い浮かんだ。
(最後に、ベルとトリスにもう一度会いたかったな──)
けど、その二人はいない。
「ほら、歩け」
ジェイドは後ろに回ると、私をせっついた。
一歩、また一歩。
私の死が近づいてくる。
やがて、橋の終点へと辿り着いてしまった。
「じゃあな、せいぜい役目を果たせ」
最後に、ジェイドは私に声を掛ける。
いまにも私は突き落とされようとしていた。
その時だった。
「その子を離せ!」
聞き覚えのある声がした。
凛として低い、旅の間いつも頼りにしていた黒い竜の騎士の声。
(──え?)
思わず私は振り返る。私の後ろにいたジェイドも続いた。
そこには──、いままさに最後に会いたいと思い描いていた二人の竜の一人。
ベルが立っていた。




