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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第四章 全ての憎悪の行き先
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火竜族の窮状

 時間は少し巻き戻り。

 ベルたちが、シャスカを助けにやって来る前のこと。

 

 私の使用済みの食器が載った盆を下げて戻ってきたフロワさんは、おもむろに口を開いた。


「巫女様。今日、巫女様は兄に連れて行かれると思います」


 それだけ言うと、フロワさんは壁から手枷の鎖を外してくれる。

 相変わらず手枷はついたままだけれど、気持ちが楽になる。

 用が済んだのか、フロワさんは牢屋の中に自分用に用意した椅子に座って、同じく持ってきた本を紐解いた。


「ねぇ」


 声を掛けると、フロワさんは本へと落としかけていた視線をすぐに私の方へと引き上げた。

 私には聞きたいことがあった。


「火竜族はどうして、私を攫ったの?」


 ここに来てから、なに一つ分からないままだった。

 これから自分がどうなるかぐらい知りたい。

 私の目をまっすぐに見てフロワさんは頷くと、パタンと本を閉じた。


「……そうですね。巫女様には知る権利があると思います」


 椅子から立ち上がったフロワさんは、椅子に本を静かに置くと、私に向き直る。


「すいません、真正面から話すとなるといたたまれないところがあるので……隣に腰掛けさせてもらってもいいですか?」

「ああ、それは全然」


 はにかむフロワさんに応じて、私は腰掛けていたベッドの片側に寄る。


「失礼しますね」


 断りを入れて、フロワさんは私に当たらないように翼をたたんでから空いたスペースに腰を下ろした。

 緊張しているのか、座ると同時に長く息を吐いている。


「僭越ながら、お話しさせていただきます。巫女様」


 そう前置いて、フロワさんの長い話が始まった。


「まずどこから話しましょうね……。そう、僕たち火竜族はなにが正しいのか分からなくなってしまったんです」

「正しい……?」


 私が相槌を打つと、なぜかフロワさんは微笑んで頷いた。


「僕たちの父、ガズールは火竜族の族長でした。父は火竜族を必死にまとめあげようとしていました。どんなに食料が少なくても力を合わせればきっとなんとかなる。だから、いがみ合ってはいけない。こんな時だからこそ譲り合わなきゃいけない、と」


 ガズール様は、どうやら真っ当な指導者だったのらしい。

 そりゃあ竜族の長なんだもん。ロマやロエルガ様みたいな立派な竜に決まって──。

 アレ? そんな立派なお父様はいまどこに? 

 助け合いの精神を持つ人が指導する火竜族だったら、他の竜族を襲ういまの火竜族のありようは許さないんじゃないかしら。

 ……それに、族長でしたってフロワさんは言った。

 過去形だった。

 まさか。

 嫌な想像が思い浮かんで顔を上げると、フロワさんと目が合った。


「ですが、父はあろうことか同胞である火竜族に誅殺されました」

「なん、で……?」


 族長なのに、同じ火竜族に殺された?

 訳がわからない。


「父のやり方が気に食わない方々がいたんです。父は食糧生産を行っている風竜族と宥和政策を取っていました。その一環として、父は風竜族の女性と婚姻を結び、子を成しました。それが兄と僕です」

「フロワさんとお兄さん?」

「ええ。そうして繋がりを持てば風竜族の援助を期待でき、また風竜族からしても族長が娶った相手の竜族を裏切るような真似はしないだろうという打算があったんでしょうね。ほら、風竜族からすれば火竜族は相性が悪いですから」


 フロワさんは淡々と喋っていた。

 なるほど。

 お兄さんが風竜族のような緑の目をしているのは、お母様の血が色濃く出たのね。

 フロワさんたちは火竜族と風竜族の架け橋になる存在だったんだ。

 ……でも、現実はそうはいかなかった。


「お父様のやり方が気に食わない方々っていうのは?」

「火竜族の元老院……、つまり高齢の諮問機関が火竜族にはいたんです。火竜族は他の竜族と違い、お偉方の代替わりがあるんですが……、先代の火竜族の族長の方々が口を出してくるんです」

「じゃあ、役職を退いても変わらず偉いまんまってこと?」


 それって族長はすごい大変なんじゃない?

 私の素朴な疑問に、フロワさんは「その通りです」と笑ってくれた。

 よかった。私の頭はちゃんと回ってるみたい。

 話は続く。


「元老院の方々は常日頃から『火竜族は誇りを取り戻さねばならん!』と息巻いていました。というのも、火竜族は人間に火の原初の光を盗まれましたから、他の竜族に対して負い目があったんです。ですから、『風竜族との宥和政策などではなく、もっと火竜族単独で抜本的な政策を行え』と父ガズールにずっと迫っていました」

「火竜族単独で抜本的な政策……?」


 具体性のない言葉に、ついオウム返ししてしまう。

 よく分からない……。

 フロワさんは苦笑しつつも、どこか嬉しそうに何度も頷いた。


「タダの無茶振りですよ。元老院の高齢の方々にも別に推し進めたい策なんてなかったんです。他の竜族から原初の光を守れなかった落ちこぼれと見下されてると思い込んで、半狂乱になっていたんですよ」


 半狂乱。

 でも、それは元はと言えば、私たち人間が火を盗んだせいだ。

 ……人間がやらかしたことが、ここでも牙を剥いていた。


「その上で風竜族から施しを受けて、プライドを保てなかったんです。実際に戦えば簡単に組み伏せられるはずの風竜族から施しをもらうなんてあの老いぼれどもは許せなかったんですよ! 自分たちの竜族が飢えで苦しむとしても!」


 途中から、フロワさんは吐き出すように言葉を紡いでいた。

 さっきまで老いぼれなんて言い方はしていなかった。

 フロワさんには似つかわしくないその語彙に、私は息を呑んだ。

 穏やかな人が本気で怒る様を、私は初めて見た。


「そして、父ガズールは辛抱効かなくなった元老院の方々の手によって、殺されました。会合に出ろと出向いた先で騙し討ちされて。リンチでした。四方から囲まれて殴られて。……娶った母と一緒に」

「そんな……」


 リンチされて死ぬなんて、族長の最期に相応しいわけがなかった。

 我が事でもない私ですらいたたまれない。

 ……話しているフロワさんは、いまどんな気持ちなんだろう。


「僕と兄は帰りが遅い両親を心配して会合の場に出向いて……、そこで僕たちは両親の死体を見つけました。そして、元老院の方々は次に僕と兄を殺そうとしました。僕は気が動転して腰を抜かしてしまって……、けど、兄は咄嗟に魔法を使って応戦したんです。そして、兄は元老院の奴らを全員その場で粛清しました」

「同じ火竜族同士なのに……、どうして……」


 フロワさんは、私の呟きに目を閉じて小さく首を横に振った。


「……父は、母を庇うようにして覆い被さって死んでいました。宥和政策で婚姻した二人でしたけど、そこに確かに愛はあったんだと思います」


 さっきからずっとフロワさんは、襟元をギュッと掴んでいる。

 掴んでいるシャツが破けそうなほど、引っ張られて深く皺ができていた。


「ですが、風竜族からすれば裏切りですよね。嫁ぎに出した者を殺されたんですから。たとえどんなに兄が元老院の奴がやったんだって言っても風竜族からすれば関係ありません。火竜族は風竜族からの援助を打ち切られました。……それからはもう地獄の日々でした。火竜族同士で殺し合い、奪い合い。飢えて、火竜族同士で肉を喰らい合い──」


 そこでフロワさんは言葉を切って、目を閉じた。

 思い出したくないものを見たくないと拒絶するみたいに。

 私は呆気に取られて、もう何も言えなかった。

 フロワさんが口を開く度に、最悪を最悪で塗り返されていく。


 『……お前はどうせ何も知らねえくせに、一丁前な口を叩くものだなぁ』

 

 巨漢の火竜族が、蔑んで私を見ていた理由もいまならわかる。

 私は、なに一つ誰の気持ちも汲み取れていなかった。

 言葉をかけてあげたいのに、フロワさんにかけるべき言葉が見つからない。

 それでも、フロワさんは語ることを止めなかった。


「族長がいなくなって、もう火竜族は行き着くところまで来てしまったんです。だから、兄は決断したんです。他の竜族や同胞から罵られようと、原初の光の力を使って今度こそ火の時代を築くんだって」

「原初の光の力?」


 ……色々、火竜族がどういう状況かの話を聞いてきたけれど、これまで私が攫われたことについては話に出てこなかった。

 私の疑問の声にフロワさんは頷いた。


「ええ、それが巫女様が僕たちに攫われた理由です」


 フロワさんは人間に盗まれた火の原初の光がいまどういう状況で、それを利用するためには私のような巫女の魔力が必要なことを話してくれた。

 そして、その際に私の命は危険にさらされるということも。

 ようやく私はすべてを知ることができたのだった。

 長い話をしたフロワさんは、脱力してベッドに手を突いて何もない虚空を見つめていた。


「水竜族も風竜族も自分たちのことで手一杯なのは僕はよく分かっています。世界の均衡が崩れてしまっているのだから当然です。でも、それが分かったからといって自分たちの苦しみを受け入れることはできない」


 私に言っているのか独り言なのか、私には分からなかった。

 けど、次の瞬間。

 フロワさんはベッドから立ち上がって私に向かって傅くと、私の手を取ってそっと額を当てた。

 まるで赦しを乞いて懺悔するかのようだった。


「巫女様。こんな残酷な世界で救われたいと願うことは、悪いことでしょうか」


 その問いに、私はなにも言えなかった。

 そこには、切実さだけがあった。

 火竜族は、それだけの苦しみをもう味わっていた。

 塗炭とたんの苦しみを。

 私なんかが、なにかを言っていいはずがなかった。


「たとえどんなに罪深かったとしても、僕は兄を一人にはできません。ごめんなさい、巫女様。どうか火竜族のために犠牲になってください」


 フロワさんの声は震えていた。

 フロワさんは私に傅いたまま、そのまま動かない。

 一向に顔を上げようとしないフロワさんを見つめながら、私は頭の中で考えていた。


(私はこの竜たちに何をしてあげられるんだろう……)


 そんな思考が頭を過っていた時だった。

 牢屋の扉が錆びついた軋むような音を立てて、開け放たれた。

 フロワさんが、そっと立ち上がる。


「おい。出ろ、時間だ」


 牢屋に入ってきたのはフロワさんの兄、ジェイドだった。

 方舟や式典でのことが頭を過って、私は体を強張らせてしまう。

 ジェイドはズカズカと牢屋の中に入ると、私の手枷の鎖に手を伸ばした。

 そして、力任せに引く。


「キャ」


 無理やり吊り上げられるようにして立たされて、私は思わず声を上げてしまう。

 ジェイドは構わず、私の左手首を捻り上げる。


「痛い!」


 私は痛みから悲鳴を上げた。

 けど、ジェイドはやめてくれない。ギリギリと締め上げ続けている。

 骨が軋んで、いまにも折れてしまいそうだった。

 

「兄様、待って。乱暴にしないであげて」


 フロワさんが、慌てて私とジェイドの間に割って入ってくれた。

 ジェイドはパッと手を放した。

 解放されてその場に崩れ落ちた私は、おずおずと見上げる。

 フロワさんが、腕と翼を広げて私のことを庇ってくれていた。

 けれど、ジェイドは片眉をあげて怪訝なものを見る目つきをしている。


「フロワ。お前、これから殺す奴に優しくしてどうするんだ」


 ジェイドの言葉にハッと肩を揺らして、フロワさんは俯いた。


「……だけど、無駄に傷つけたり苦しませる必要もないじゃないか」

「あるさ」


 ジェイドは、庇われている私を指差した。

 指差して、眉間に皺が深く刻まれるほどに思い切り睨みつける。


「こいつは人間だ。火を盗んだものたちの末裔だ。拷問したっていいくらいだ」


 ジェイドは、まさしく憎い仇を見る目で私を見ていた。

 この世の全ての不幸の元凶はお前だ、とその目が言っていた。

 けれど、それをフロワさんは翼で遮った。


「兄様! 巫女様は望んでもいないのに、その命で火竜族を救わされるんだよ! 丁重に扱って!」


 フロワさんは語気を強めて言い放つ。

 火竜族の元老院を老いぼれと蔑んだ時でさえ、ここまでではなかった。

 ……私がこれから死ぬことには変わりはないのだろうけど、それでも、フロワさんは私のために怒ってくれていた。

 弟からの糾弾には弱いのか、フロワさんに捲し立てられてる間呆気に取られたような表情を浮かべて、ジェイドはそれが済むとやれやれと肩をすくめた。


「……よかったな、人間。俺の弟がこの上なく優しくて理性的で口が回って。それだけの理由で五体満足のまま死ねるんだ。弟に感謝しろ」


 最後に歯軋りをしてしゃがみ込むと、今度は私の手枷の鎖を余裕を持たせて引いた。


「オラ、歩け!」


 鎖を持ったまま、ジェイドはがなり立てる。

 フロワさんのおかげで直接の扱いはだいぶマシになった。

 私は恫喝にビクッと肩を揺らしながらも、立ち上がって素直に命令に従う。

 牢屋を出て、引かれるままにトボトボと歩き出す。

 自らの処刑の場を目指して。


  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 シャスカたちが牢屋を去った後、フロワは一人その場に残っていた。


「…………兄様」


 フロワは、襟元をギュッと掴んで俯いていた。

 けれど、少しして顔を上げると、自らも牢屋を出てシャスカたちの後を追うのだった。

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