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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第四章 全ての憎悪の行き先
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最強の竜

 ベルとロエルガシズナは、火竜族が住まう火山地帯の麓までやってきていた。

 ロエルガシズナはまず方舟の甲板に出、目を閉じ、風を詠むと、すぐにシャスカの居場所を割り出した。

 それからの道中は、それほど時間はかからなかった。

 と言うのも、風竜族にはある力がある。

 風竜族の権能の一つであるテレポート。それを短距離間で連続使用することで、風竜族は単純な速さ以上の高速移動を可能にする術を心得ていた。その魔法を使うことで風竜族は世界各地どこへでも自由に行くことができる。風竜族の特権だった。

 もちろん、風竜族族長であるロエルガシズナも、その力を十全に扱える。ロエルガシズナは共に救援に出るベルに微笑みかけながら、その手をゆっくりと取って、風竜族としての本領を発揮した。

 テレポートの瞬間ごとに目まぐるしく視界が切り替わるので、運ばれているベルからすれば溜まったものではなかったが、ベルは運ばれている間じっと目を閉じることで対応した。

 そして、無事、二人は火竜族が住まう村の入り口前までやってきたのだった。

 山肌の岩影に隠れながら、二人は辺りの様子を伺っていた。


「ここが火竜族の村じゃの」


 ロエルガシズナの言う通り、村の出入り口であろう場所に門番がこれまた二人立っている。

 彼らは若い。まだ大人になったばかりではないのかと思われる年頃で。装備を身に纏うと言うよりは着られている。

 そんな者が村の警備に駆り出されている。

 それだけならばまだ血気盛んな若者が村の警備を買って出たのかもしれないとも言えるのだが……。

 けれど、二人ともどことなくやつれている様子だ。それだけじゃない、門番二人の後ろに覗く村の様子もどことなく寂れている。

 村の様子をその目で見たロエルガシズナは訳知りなのか、ポツリと溢した。


「火の結界で水没を免れておるが、年々その土地は縮まり続けておる。結界を維持する魔力も民も、もう足りんのじゃろうて」


 それは火竜族の窮状を憐んでいるようで。

 だが、ベルにいたっては火竜族の現状など今はどうでもよかった。

 敵である火竜族のことより、攫われたシャスカを救うことの方が先決だ。

 ベルが岩陰から様子を伺ってみたところ、警備はそこまで厳重には見えなかった。

 左右に分かれて挟撃するカタチで不意打ちなりをすれば、すぐ済むだろう。

 打ち合わせをしようとベルはロエルガシズナに声を掛けた。


「どうする?」

「もちろん、正面突破じゃよ?」

「え」


 まさかの答えに、ベルは固まってしまう。

 けれど、その間にロエルガシズナはノコノコと村の入り口を守るように立っている門番たちに顔を見せに行くかのように悠然と歩いて行ってしまう。

 呼び止める間もなかった。

 当然、村の入り口を守っていた火竜族の戦士たちはすぐに気づいて、すかさず武器を抜き放って武器をロエルガシズナに向けた。片方は長剣で、もう片方は槍だ。

 剣を持った方の火竜族の門番が血相を変えて、声を上げた。


「止まれ!! 火竜族の村に風竜族がなんのようだ!!


 けれど、ロエルガシズナは気にする様子もなくまるで挨拶をしに来たかのように、表情を変えない。


「なんじゃ、せっかく来たのに。そんな怒らんどくれ」


 まるで本当に用がないけど散歩に来た爺様のように、ロエルガシズナは口を尖らせて見せる。

 攫われたシャスカを助けに来たというのに、まるで自然体だった。

 その堂々たる様、そして、長老めいた容姿に槍を持った方の火竜族の門番が気づいた。


「コイツ……っ! ロエルガシズナだ! 襲撃のお礼参りに来やがったんだ! 警鐘を鳴らすぞ!」


 片割れの言葉に、剣を持った火竜族の門番は思わず二度見をして、それにロエルガシズナは普段糸のように閉じている目を開けてまでウインクをして見せた。

 一瞬、剣を持った火竜族は固まったが、すぐに我に返った。


「な!? 敵襲! 敵襲だ!」


 二人の火竜族の門番は大慌てで、大声を上げながら門に備え付けに釣鐘の紐を引く。

 すると、何か伝達する仕組みでもあるのか村の奥、中心部の方からも大きな鐘の音が鳴り、続々と村の家々から飛び出して最初から武器を抜き放ち警戒を高めた火竜族の戦士たちが集まってくる。

 大事になってしまった。というか、ロエルガシズナが大事にした。

 ベルはどうしたものかと岩陰から出れずにいた。

 風竜族の族長だから、何か考えがあるのだろうが……。

 けれど、ベルにはロエルガシズナの真意を測ろうにも、堂々と姿を表したロエルガシズナの行動は突拍子もつかなすぎて、理解が及ばなかった。


「フォッフォッフォ、たまには本気を出さないと腕が鈍ろうて鈍ろうて」


 けれど、相変わらずロエルガシズナは楽しそうだ。

 それがどうにもおちょくっているように見えたのらしい。

 剣を持った火竜族の門番が、激昂して切り掛かった。


「こんのクソジジイ!」

「元気が良くてよろしいのぅ」


 火竜族の両腕の力を込めて勢いよく振り下ろした剣を、ロエルガシズナは微笑んだまま人差し指と中指の二本で挟んで受け止める。無造作に行われた真剣白刃取りに、剣を振り下ろした火竜族の門番はポカンと顎を外したように驚いている。ロエルガシズナはその見るからに唖然とした様子が愉快なのかクククと喉を鳴らした。そして、悪戯っ子のように微笑む。


「じゃがまあ、その程度の太刀筋では簡単に剣を取って投げ飛ばせてしまうの?」


 ロエルガシズナがそう言うや否や。


「なぁ──?!」


 火竜族の剣士の視界は急にぐるりと反転したことだろう。握った剣を軸にしてクルッと体が回った。

 そして。

 思い切り背中から魔力を乗せた風と共にゴシャッという音を立てながら地面に叩きつけられて、剣士の火竜族は一撃で気絶した。基本的に投げ技というのは、床材なりになにかしらクッションがなければ危険極まる一撃必殺のもので。それを屋外で更には魔力で強化されたのだから、まともに喰らってしまってはひとたまりもない。

 同僚を意図も容易く戦闘不能にさせられて、槍を持った火竜族も同僚の仇を取ろうと勇猛果敢に槍を突き出した。


「てめぇ!」


 けれど、その槍の穂先が憎き相手を捉えることはなかった。

 ロエルガシズナは槍の一突きをコマのように回りながら受け流し、火竜族の背中側に回り込むと、トン! と背中に触れるように裏拳を当てる。それだけで槍を持った火竜族の体は猛烈な勢いで吹き飛んで顔面から地面に勢いよく叩きつけられた。そして、門番は二人とも意識を失った。

 攻防合わせた無駄のない最小限の動きでロエルガシズナは、火竜族の戦士二人を倒してしまった。

 続々と駆けつけつつあった火竜族の戦士たちの歩みも鈍くなっていく。

 あからさまな規格外の特記戦力を前にして、ざわめき立つ火竜族の戦士たちの前でロエルガシズナはチョイチョイと手のひらを動かした。それはまるでかかってきなさいとでも言うようで。

 けれど、火竜族の戦士たちは動き出せなかった。

 誰が、自分から動いて今の二人の二の前になりたいと言うのか。


「来ないのか、つまらんのぅ……」


 では、こちらから出向こうとロエルガシズナは悠然と歩いていく。

 そんな中、集まってきていた火竜族の戦士の中の一人が叫び声を上げた。

 

「うぁああああああああああ!!」


 叫び声を上げながらも、魔力を練り上げ、火球を手に灯すとそれをロエルガシズナへと投げつけた。

 狂乱による行動だったためか。ロエルガシズナがなにもしなくとも明後日の方向へと飛んでいってしまったが、それを見た火竜族の戦士たちは顔を見合わせると頷きあった。

 そうだ。自分たちは火竜族だ。なにも勝てない相手に肉弾戦で戦う必要はない。風竜族には相剋で勝っている魔法で戦えばいい。

 周りの火竜族の戦士たちも、先陣を切った一人に倣って次々と魔法の炎を灯した。

 炎が燃え上がるボッという音が連続して巻き起こって。

 そして、一斉に投げつけた。

 投げつけられた思い思いの火球が、ロエルガシズナ目掛けて雨のように降り注ごうとした。

 その時だった。

 ロエルガシズナは、体毛と同じ黄緑の立派な翼を広げた。体も覆い隠せるほどの全長を誇るその大きな翼がはためくと一陣の風が巻き起こった。その風はどんどんと渦を巻いて、本来ロエルガシズナにぶち当たるはずだった火球の軌道を上へと反らしていく。


「相剋で有利だからと甘く見たのじゃろう? まだまだ若いものには負けはせぬよ」


 格の違いを見せつけながら、余裕綽々に宣ってみせるロエルガシズナ。

 けれど、今回は門番の二人のように激昂するような火竜族の戦士は誰もいなかった。


「主らの炎などガズールに比べれば火の粉よ。風の一吹きでかき消してしんぜよう」


 事実、火竜族の起こす炎の全てをロエルガシズナの巻き起こす風は巻き取って、空へと散らして掻き消していく。

 肉弾戦も、本来有利であるはずの魔法でさえも敵わない。

 火竜族の戦士たちは、絶句したまま固まっていた。皆が皆、自らが放った炎が何も成すことなく巻き上げられていくのを見上げて放心していた。

 どうも戦意を挫けたらしいとロエルガシズナは判断して、振り返った。


「さ、ベル。ここはワシに任せて行きなさい」


 そして、ロエルガシズナは後ろに隠れているベルに向けて、振り返ると手を差し出した。

 つまり、ロエルガシズナは警備を全て自分一人に向けて、探知で探し当てたシャスカの居場所までテレポートでベルを送りつけようとしているのだと、やっとベルにも察しがついた。

 岩陰に隠れたまま出ていく機会を失っていたベルは逡巡したが、いまの戦闘を見た限りでも雑兵如きでは仮に相剋で勝っていてもロエルガシズナの敵ではない。

 それに、ベルはシャスカに謝らねばならなかった。

 方舟で、泣きかけながら声を震わせて呼び止める彼女を見捨てて置いていってしまったことを。

 ならば、ここはお言葉に甘えてロエルガシズナに任せてしまうのが得策だと。


「感謝する!」


 ベルは指示に従って岩陰を飛び出して駆け出し、ロエルガシズナの手を取って、手を取った瞬間にこの場から消え失せた。

 ベルを無事にこの場から送り出したロエルガシズナは、役目を果たせたと安心するかのように一度静かに息を吐いた。

 そして、一人残され決死の覚悟で武器を握り締める火竜族たちの視線の中心に立ちながらも、なおも微笑んで見せた。


「ふふふ、こういうセリフ一度言ってみたかったのじゃよ。長生きはするもんじゃのぅ」


 それはとてもウキウキとした口調で。

 ロエルガシズナは続々とこれからも集まり増え続けるたくさんの火竜族の戦士たちを前にして、いつものように愉快そうにニコニコとしていた。

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