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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第四章 全ての憎悪の行き先
36/57

これからの事、これまでの事

 シャスカが囚われの身になっている頃。

 風竜族の空飛ぶ方舟、そのラウンジでは竜たちが丸テーブルに顔を突き合わせていた。

 トリス、ロマ、ロエルガシズナ、そして、ベルだ。


 事態に気づいたベルが方舟に舞い戻ったところ、甲板ではロマが一人複数の火竜族相手に大立ち回りをしているところだった。

 トリスと負傷した風竜族の付き人を庇い、ロマは攻勢に出れずにいた。

 そこに駆けつけたベルやロエルガシズナが加勢することで事態の鎮圧が図られた。

 火竜族以外の地竜族、水竜族、風竜族の強者が手を合わせ、一気に戦況をひっくり返した。

 火竜族に勝ち目はなく、いまは捕縛されて風竜族の兵に尋問されている。

 幸いなことに死人は出さなかった。出なかったではなく、出さなかったである。

 重傷者はいたが、ロマが回復魔法を使うことで峠を越えられなかった者はいなかった。

 いまはたまさか、時間を作ってここにいる。


 襲撃から半日以上経っていた。もう朝日が登ろうとしている。

 議題は、もちろん此度の火竜族の襲撃。

 そして、シャスカがさらわれたことについて、だ。

 口火を真っ先に切ったのは、ロマだった。


「言うまでもないでしょうが、今回の火竜族の襲撃の目的はシャスカでしょうね」

「うむ」「ああ」


 至極当然と言うようにロエルガシズナは頷いて、ベルも続く。

 恐る恐る、トリスは手を挙げた。


「……なんでシャスカが狙われなきゃいけないんです?」


 一人だけ事の次第が分かっていないトリスのために、ロマが口を開いた。


「人間が火の原初の光を盗んだことは覚えていますね?」

「はい」


 ロマとは確執が残っているが、いまはそんなことを言っている場合ではない。

 トリスは素直に頷いて、続きを促した。


「その際、人間の──、それも巫女の魔力でしか火の原初の光を扱えないように()()してしまったんですよ」

「加工?」


 思いもよらなかった単語に、トリスは目を見張る。


「魔力認証鍵だ」


 ベルの補足に、トリスは内心ああと手を打った。

 それはベルが旅の中で教えてくれたこと。

 ベルと旅の間に乗せてもらったバイクにもついている、魔力認証鍵。

 機械が魔力で持ち主を識別するセキュリティ機能だった。


「じゃ、じゃあ火竜族はシャスカに火の原初の光を使わせようとしてるってことですか?」


 ロマは首肯する。


「おそらく」

「なんの、ために?」


 では、火の原初の光を使って何をしようとしているのか。

 下手すれば、星そのものを焼き尽くしてしまいかねないというのに。

 この問いには、ロエルガシズナが答えた。


「火竜族は火の原初の光を使うて、また火の氾濫を起こそうとしておるのじゃよ。その為に水の巫女様を糧に、災厄の機神──プロメテウスを目覚めさせようとしておるのじゃ」

「プロメテウス……」


 トリスには聞きなれない単語だった。

 口振りからして、とても嫌なものであることはアリアリと感じていた。

 プロメテウスの名が出てからというもの、ラウンジには重い沈黙が横たわる。

 現状は、それだけ芳しくないようだった。

 このまま時が過ぎてゆくのかとトリスが思った、その時だった。

 席を立ったベルが、扉に向かって歩いて行く。

 ロエルガシズナは、見咎めてその背中に声を掛けた。


「ベルや、待ちなさい。どこに行くつもりじゃ?」

「決まっている。シャスカを助けにいく。この場で話し合っていてもしょうがない。俺はあの子に謝らなきゃいけない」


 ベルの返事は淡々としていたが、その声音には憤りがあった。

 火竜族か、それともシャスカを見捨てた自分にか。

 なおも歩みを止めない。

 ロエルガシズナは、続けて疑問を投げかけた。


「連れ去った火竜族の場所は分かっておるのか?」

「…………」


 その一言でベルの足が止まった。

 居ても立っても居られなかったのらしい。

 ベルは当てもないまま飛び出そうとしていたのだった。


「言わんこっちゃない」


 ロエルガシズナはやれやれと肩をすくめた。


「ワシが風詠みで正確な位置を探し当て、水の巫女様の元まで連れて行ってしんぜよう。此度のことはワシに責任がある故な」


 責任があると口にしたロエルガシズナは、まずロマに頭を下げた。ベルの見送りに出ていたばかりに、自身の竜族を他の族長に守らせ、そのせいで巫女を奪われたのだ。

 そして、続けてベルにも頭を下げた。


「ベル、お主にも時間が必要じゃったろうにの。急かしてすまんかった」


 それは族長室での一件のこと。

 ロエルガシズナに『棺か子供たちかどちらかを選ばなければならない』と問い詰められ、そのせいでベルはシャスカに応えてやることができなかった。

 けれど、ベルはロエルガシズナの言葉に首を横に振る。


「いや、ロエルガの言うことはもっともだった」


 そして、自身の胸に手を当ててゆっくりと噛み締めるように、自分の考えを口にした。


「俺は行きずりとは言え、死ぬつもりの旅に子供たちを巻き込んでしまった。俺はいつかは選ばなきゃいけなかった。それを見ないフリをし続けてきたんだ」


 そして、ベルはトリスに視線を移すと頭を下げた。


「トリス、すまなかった」


 けれど、トリスはすぐにベルの元まで駆け寄って顔を上げさせる。


「……僕も、シャスカも、巻き込まれたなんて思ってないですよ。それどころか、ベルさんになら巻き込まれてよかったんですよ」


 もう十二分にトリスとベル、そしてこの場にいないシャスカは絆を繋いでいたのだった。


「……きちんと分かっているのなら、よいよい」


 やりとりを見守っていたロエルガシズナは、ベルに優しく微笑んだ。

 そして、ベルとロエルガシズナは視線を交わす。

 目が合うと自然と頷き合った。

 自分たちでシャスカを助けようと二人は通じ合っている。

 けれど、そこに割って入る声が二つ。


「シャスカを取り戻しに行くのなら私も行きます」

「僕も」


 ロマやトリスもシャスカの救援に向かうと申し出た。

 ベルやロエルガシズナよりも二人の方がシャスカとの付き合いは長い。

 彼らが申し出るのも当然だろう。

 けれど、ロエルガシズナは水竜族の二人に手で制して待ったを掛けた。


「いや、主らは後から来なさい」


 水竜族の二人は、これには何故という表情を隠さなかった。

 けれど、ロエルガシズナにも訳があった。


「まず、ロマには負傷者の治療に専念してもらいたいのが一つ。それに、その子はまだ御飯を食べておらんじゃろうて」


 それは優しい声音で。トリスの調子を慮るものだった。

 方舟にやってきてから、トリスはお茶にしか口をつけていない。

 ゆっくりと食事を摂る暇なんてものはこれまでなかった。

 指摘されて意識が向いてしまったからか、トリスの腹の虫が「そうだそうだ!」とでも抗議するかのようにキュルルルと鳴った。

 トリスは恥ずかしさから、サッと自分のお腹を抑えた。

 お腹を空かせた孫を見るお爺様よろしく、ロエルガシズナはニコリと微笑んだ。


「せっかくロマがご馳走をワシらに用意させたんじゃ。ゆっくりご飯を食べてから来なさい。大丈夫、水の巫女様はワシとベルできっと救い出してみせようぞ」

 

  ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 私がこの牢屋に来てから二日目の朝。

 私はすっかり大人しくしていた。

 前日、牢屋からどうにか脱獄できないかなあと思っていろいろ牢屋の中を調べて回ったけど、抜け出せそうな場所はなかった。

 当然よね、簡単に抜け出せちゃったら牢屋の意味ないもん。

 せめて手枷がないのなら、お世話係だっていうフロワさんを不意打ちしてどうにかできるかもしれないけど。

 手枷があって動きが制限されている状態で自分より年上の竜族を打倒できるとも思えない。

 だから何かあった時のためにも体力を温存しようと無駄な足掻きをするのは控えた。

 とは言え、何もしていないのも暇なもので。

 幸いなことに取り上げられていなかったホログラム投影機の映像を見ながら、ぼんやりしていた。

 すると、牢屋の外、洞窟のようになっている剥き出しの岩肌を踏み締めて近づいてくる音がした。

 慌ててホログラム投影機を切る。

 多分、あんまりいい印象は持たれないだろうから。

 

「巫女様、お食事をお持ちしました」


 フロワさんが食事の乗った鈍色の盆を持ってきてくれたみたいだった。

 私は牢屋のベッドに腰掛けて、牢屋の鍵を開けて入ってくるフロワさんを迎え入れる。

 けれど、ベッド横のサイドテーブルにコトリと置かれた食事を見ても気分はちっとも浮き上がらない。


「今日も、豆のスープと硬いパン……」


 そう。フロワさんが持ってきてくれたのは、ほとんど味がしない少しだけ色づいたお湯に数個の豆が浮いただけのスープと呼んでもいいかも分からない代物と、硬くて黒色をしたパンだった。

 そのままじゃ噛みちぎれないから、このスープのようなものにパンを浸して食べるの。

 けど、正直美味しくない。味のついたスープならまだしもほぼお湯の液体に硬いパンを浸して、柔らかくなって食べれるようになっても、べちゃべちゃで。

 美味しい訳がなかった。

 昨日の晩にだされたご飯もこれで。

 攫ってきた相手に出す食事なんてこんなものでいいだろうと思ってるのかもしれないけど、あんまりじゃない?

 しょぼくれた顔を隠さずに、私は食事の載った盆に手を伸ばした。

 その様子をジッと見ていたフロワさんが、ゆっくりと重い腰をあげるように口を開いた。


「…………すみません、巫女様。巫女様が恨めしいからそんな粗末なお食事を出してるんじゃないんです。いまの火竜族にはそれぐらいしか出せるものはないんです」

「え」


 思わず鈍色の盆の上の食事に視線を走らせる。

 ほとんど無味の具が豆数粒のスープと硬い黒色パン。

 ひもじいにも程があると思っていた食事。

 もしかして、火竜族もこんな食事を摂ってるの?


「巫女様はここに来るまでの間気絶していてご存知ないかと思うのですが、火竜族の村は火山地帯のふもとにあるんです」

「そうなの? 自然の大地のほとんどは水没したって聞いたんだけど……」


 人工の大地が島となって残っているって、ベルは言ってた。

 自然の大地は水の氾濫で沈んでしまったって。

 フロワさんは私の疑問に頷いた。


「ええ、ですから火竜族は火の結界を張ることで押し寄せる水を蒸発させて、どうにかここら一帯の水没を免れているんです。ただ……火の結界を維持するのも限界で、畑も年々耕作面積が減っていってしまって、これでもなけなしの食糧なんです」


 思ったより火竜族が陥っている状況はよくないものらしい。

 本来は、攫ってきた相手に出す食糧も惜しいのかもしれない。

 火竜族の現状を飲み込めた私に、フロワさんは続けた。


「ですから、水の巫女様として崇められ祀られ食事を水竜族に用意されてきた貴方にとっては口に合わないのもしょうがないとは存じますが、我慢なさってください」


 その言葉には言外の棘が混じっていた。冷ややかな声音で。

 物静かなフロワさんに苦言を呈されたのだと気づいて、私はハッとした。

 そりゃあそうだ。

 数少ない食料を嫌な顔されて食べられたら誰だって気分が悪い。


「あ……、ごめんなさい」


 私が謝ると、謝られたことに傷ついたような表情を浮かべてフロワさんは俯いた。


「いいえ、僕も大人気なかったです」


 何故だかフロワさんまで謝り出した。

 お互い気まずい時間が流れる。

 しょうがないので、私は黙々と出された食事に手をつけた。

 なけなしの食材。

 そう知らされてありがたく頂戴するけれど、やっぱりそれでも美味しくはない。

 どうしても過去の食事と比べてしまう。

 ベルが旅の間食べさせてくれた、レーションや缶詰、炭酸飲料、釣った魚の焼き魚。

 どれも新鮮な体験であると同時に美味しくて、旅の楽しみだった。

 ニュムパエアにいた時だって栄養をきちんと考えられた食事が時間にはテーブルに用意されていた。

 ロマがいつも食事を手配して、授業の合間にオヤツだっていつも準備してくれて──。

 ふと、ロマのことを思い返す。

 ロマは、私を水の巫女としてしか見ていなかった。

 それに、人間のことだって卵のような機械に閉じ込めて、夢を見せて意識すら奪っている。

 ロマのこと許せない。

 だけど。


『貴方たちのために風竜族の方に頼んでちゃんとご馳走だって用意してあるんですよ』


 迎えに来るのに、ロマは美味しいご飯を用意してくれてた。

 方舟で火竜族に襲われた時、魔法でみんなを守ってくれた。

 式典でジェイドに襲われた時だって、自分だけ残って私とベルを逃がしてくれた。

 迎えに来てくれた時は、法衣が乱れるのも構わずに駆け寄ってギュッと抱きしめてくれた。

 それも全部嘘だった? 本当に本当にそう思う?

 私の自問自答は、わざわざ答えを考えるまでもなかった。

 優しさや思いやりがロマにだってあった。

 それに──。


(私、いつも誰かにご飯を用意してもらってた)


 一度も私は自分の力で満足な食料を手に入れたことなんてない。

 釣りも満足に一人でできない。

 食料のあるところもベルがいないと分からない。

 挙げ句の果てに、攫われた火竜族にまで嗜められた。

 身勝手な我儘ばかり口にしていたことに、やっと気がついた。

 ロマのこと詰ったけど。

 少なくとも、水の巫女としてずっと守られていた。

 大事にされた上で我儘を口にしていた。


『なによ! 私が水の巫女だから祝詞を読んでほしいだけでしょ!』


 式典の日の朝、私は小言を言うロマに言い返した。

 その時、ロマは目を見開いて固まっていた。

 きっとロマは傷ついてた。

 でも、私はロマのことを省みたりしなかった。

 それだけじゃない。

 ロマに度々酷いことを言ったし、他の人より雑に扱っていた。

 ……私、ずっとロマに甘えてたんだ。


「ロマ、ごめんなさい……」


 届かない独り言の後に口にした豆のスープは、昨日より塩辛かった。

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