囚われの身
「もし──」
不意に誰かの声がした。
その声で私の意識は微睡の淵から浮かび上がる。
ってなんか、デジャヴ。前もやったな、このくだり。
「あの、もし──」
誰かが私の体を小さく揺すっている。
けど、気づく。
その声はトリスのものでも、ロマのものでもない。
私を起こしにくるのはいつもその二人。
ベルなら『もう少し眠っていてもいい』って優しく言ってくれる。
そもそも二人とも、こんな「もし──」とか言って遠慮がちに体を揺さぶってきたりしない。
それに聞き馴染みのない声。
情報を総合して、私は結論づけた。
つまり、私はまだ夢を見てる。
体を揺さぶられているのも私の脳が感じているだけの幻。
じゃあ、まだ寝れるじゃん。
私は狸寝入りを決め込むことにした。
だって、夢だもん。
「巫女様お起きになってください」
声の主人は、より激しく揺さぶってくる。
うーん、しつこいなあ。
「どうしよう……、起きないと巫女様兄様に怒られちゃう、よね……」
困ったように、声のトーンが落ちた。小さな独り言。
んん? 兄様? 夢の割に妙に設定がなんかある。
私の知り合いに兄弟がいる人なんていたっけ……?
おかしいなと思った瞬間だった。
「巫女様! ごめんなさい!」
体の下のシーツが急に引っ張られて私の体もそれに巻き込まれる。
ズルッと体がズレて浮遊感を覚えた。
次の瞬間、思いっきり顔面を打ち付ける。
「いったあ!?」
私はベッドから落ちていた。と言うか、落とされた?
もう寝ていられなくて、顔を抑えながら体を起こすと──そこは牢屋だった。
洞穴のような剥き出しの岩肌に、黒々とした無骨な鉄格子。
粗末な金属のベッドフレームとうっすいマット。
シーツが私の下敷きになってクシャクシャになっている。
私、ここで寝てたの?
ここどこ? と私が混乱していると、後ろから声がした。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
そこには私の下敷きになっているシーツの端を掴んでいる火竜族の青年がいた。
赤い鱗に赤い目、蝙蝠のような翼。
体温が高くて肌けた服を好んでいるはずの火竜族にしては、品の良いシャツを襟元までしっかりボタンを留めている。
一言で言うなら、育ちが良さそう。
えっと、どなた?
私は寝ぼけた頭で困惑したまま見つめる。
すると、あ! と声を上げてその火竜族は自身の胸に手を当てた。
「自己紹介がまだでしたね。水の巫女様。お世話係をさせていただくことになりましたフロワと申します。お怪我ないといいんですが……。すいません、起こすのに乱暴な手段を取ってしまって」
簡単な自己紹介に加えて、申し訳なさそうに謝られる。
ああ、それは別に……。どう考えても起きなかった私が悪いし……。
「私はシャスカ。気にしないで」と右手をひらひらとさせてみる。
けど、目の前の育ちの良さそうな火竜族──フロワさんは、申し訳なさそうな表情を崩さない。
「いえ、それだけじゃないんです。この度は兄が無礼を働き、申し訳ありません」
そして、頭を下げられる。
あ、そうか。私、攫われたのか。
そのことに気がついて、寝ぼけた頭が冴えてくる。
『てめえは自分の心配をしろよなあ!』
私を庇って攻撃されたロエルガ様の付き人に駆け寄ろうとした私は、翡翠のような瞳の火竜族の戦士に思いっきりお腹を殴られて……。その後の記憶がない。
気絶しちゃったんだ、私。
お腹を摩ってみるけど、痛くはなかった。
……左手を動かして気づいたけど、左手に枷がつけられていた。
鈍重そうな黒光りする鎖が繋がった金属の枷。
鎖は壁にまで伸びて、私の身じろぎに合わせてジャラリと鳴った。
そのありようは決して逃さないぞという意思の表れのようにも思えて、ゾッとする。
今の今までぺこぺこと謝られてて忘れてたけど、大ピンチだ。
ただ、すぐにどうにかされるというわけでもなさそう。
フロワさんってお世話係までついてくれるみたいだし……。
ん? フロワさん、兄が無礼を働きって言った?
直近で、私に無礼を働いた火竜族……。
思い当たるのは、いまさっき思い浮かべた一人だけだった。
「え、あ、もしかして緑の目の人がお兄さん?」
「はい。兄はジェイドと言います」
予想は当たっていたみたいで、フロワさんはコクリと頷いた。
似ってない!!
だって、あのジェイドとか言うお兄さんはすごく乱暴だった。
でも、目の前のフロワさんは物静かで見るからに知的だ。
目の色だって全然違う。
というか、火竜族は普通赤目だ。
お兄さんは翡翠みたいな目。
緑の目をしているのは、風竜族のはずだった。
「……似てないでしょう?」
寂しそうに、フロワさんは笑って言った。
気まずくなってしまう。
「え、えっと……」
しまった。
顔に出てたのかな。私はペタペタと自分の顔を触った。
いま思えば失礼だったかもしれない。
兄弟で似てないこと気にしてるなんてありそうじゃない。
なんでそこに気を回さなかったの、私!?
バカバカバカ!
私は、内心で自分のことをポカポカと殴った。
そのまま焦っていると、フロワさんは小さく横に首を振った。
「いいんです、僕もそう思ってますから」
気にしてることにまで気を使わせてしまった。
うう……。こちとら攫われた身だけれど、ちょっと申し訳ない。
初手バッドコミュニケーションをかましてしまった。
前途多難だ。
私の牢屋生活は、こんな始まりだった。




