襲撃
式典は順調に執り行われていた。
いまはロマが前座のスピーチを披露しているところだ。
私は宮殿の玄関ホールに控えている。
すぐ側には私に仕える水竜族の近衛騎士が並び立っている。この式典のためにあつらえられた彼の儀礼の鎧は、透かし彫りの意匠がとてもオシャレで立派だ。
ロマのスピーチが、かすかにきこえてくる。
ロマのことだから露台のお立ち台で流暢に長話をしてるに違いない。
聞かされる側からすればたまったもんじゃないけれど、私にとってはいい時間稼ぎだ。
もしかしたら偉い人の話が長いのってそういう意味もあるのかもね、なんて余計なことを考えて気を紛らわせていると、
「大丈夫だよ、シャスカあんなに練習してたもん」
後ろで控えてくれているトリスが、そっと私の背を押した。
私は静かに頷き返した。
トリスはいつもこうして私が緊張していたりすると声をかけてくれる。
その優しさにどれだけ救われてきたか私には数えきれない。
と、ここで中庭の式場の方から盛大な拍手が沸いた。
ロマのスピーチが終わった合図だ。私は側の水竜族の騎士と目配せをし合う。
出番だ。
「さ、シャスカ様」
水竜族の騎士が私の手を取って先導してくれる。
その手が温かい。
予行演習で何度か手を繋いだ。
……トリスが私の従者にならなかったら、本当はこの竜が私の従者をしてくれていた。
あまり喋ったことがなくて、どんな竜かも分からない。
(この竜はどんな気持ちで私と手を繋いでくれているんだろう?)
扉が開け放たれると、来賓の方々の視線が一斉に突き刺さる。
(いつも通りやればいいの、大丈夫よシャスカ)
口の中をカラカラにしながらも、しずしずとした歩調を意識して引かれた赤い絨毯の上をすまし顔でただただ練り歩く。
ロマのいる露台の真正面、中庭の定位置へと辿り着くと、水竜族の騎士の手を離れ、一歩前に出た。
「────すぅ」
一礼を済まし、深く息を吸う。
何度も諳んじたこの世界を祝福する祝詞を詠みあげようとした、その時だった。
「火竜族だ!」
誰かが大きな声で騒いで、私は出鼻をくじかれる。
火竜族?
その声に私はつい辺りを見渡してしまう。
式場の来賓の幾人の竜が宙を指差していて、その指の先を辿る。
見れば、晴天の雲ひとつない空をバックに、赤い竜がいた。
いつの間にいたのだろう。
赤い鱗、曲がりくねったツノ、コウモリのような翼。
その瞳は翡翠のように煌めいていた。
「火竜族、初めて見た」
それに、ただの火竜族じゃない。
服装は皮でできた黒いジャケットを羽織ってこれまた黒いズボンを履いている。
ラフな格好だけれど、その手には槍を握っている。
「火竜族の戦士がなんでここに?」
私の呟きで、水竜族の騎士が構えを取った。
式場から一斉に視線を集めながら、まるで式典の主役にでもなったかのように火竜族は腕を振る。
「火竜族が苦しんでる間も、水竜族はよくもまあ呑気に式典なんてやってやがる」
式典の会場をその翡翠のような瞳で忌々しげに見渡すと、槍を持った腕を振り上げる。
「それも火を盗んだ人間を現人神だなどと祀りあげて、それがどれほど火竜族にとって虫唾が走るものか。お前らには分からんだろうなあ?」
槍先にポッと炎が点ったかと思えば、それはギュンギュン回りながら膨れ上がった。
「──すべて灰燼と化せ」
その言葉を皮切りに火球は一気に肥大化して、そして、火竜族は槍を振り下ろした。
「っ! シャスカ様!」
ガシッと腰を掴まれる。
咄嗟のことに何が何だかわからないまま、私は浮遊感を覚える。
その時に見た光景は、すべてがゆっくりと動いて私の網膜に焼きついた。
さっきまで私がいた場所に迫る大きな業火。
そして、そこには私を投げ飛ばした水竜族の騎士が焦った表情を浮かべていて──。
「え」
そんな声を上げる暇もなかった。
目の前で、業火が爆散した。
熱と衝撃に堪らず腕で顔を庇う。そして、吹き飛ばされる。
ゴロゴロと地面を転がって、身体中を強かに打つ。
でも、怪我はしなかった。
身につけてる法衣にかかっている沢山の加護が守ってくれていた。
法衣が加護で白く光っている。
転がっている間に口の中に砂が入ったのか、ジャリジャリとして不快。
けど、そんなことはどうでもいい!
私はバッと体を起こす。
さっきまで私たちがいたところに急いで視線を走らせる。
跡には何も残っていなかった。
誰も、いなかった。
肉が焦げるような嫌な匂いが辺りに広がっていて、叫び声、戸惑い逃げていく竜たちの声や遠くの方でもなにかが爆発するような音が耳に届いていた。
気づけば辺りに水竜族が何人か倒れている。
「うぅ……」
みんな衣服が焼けついていたり煤に塗れて、呻いている。
私みたいに加護で守られていなかった竜たちは余波で怪我をしていた。
「チッ、怒りで加減を間違えたか。まぁいい、近衛が庇ってくれたようだからな。だが、もう側で守ってくれる者はいないぞ」
宙に浮かんだままの火竜族は吐き捨てるように悪態をつくと、また私に槍を向ける。
けど、私はまだ混乱していて。
「なんで、嘘。だって、さっきまで……」
だって、いるべき竜がいなかった。
私をこの場まで手を引いて連れてきてくれた。
さっきの炎から私を守ってくれた。
お礼を言わなきゃいけない、のに──。
なのに。
どこを探しても、中庭の地面にただ焦げ跡が残っているばかりで。
私は呆然としてしまっていた。
まるで世界が色を失ってしまったかのようだった。
「シャスカ! 防御を!」
その声に、私はハッと現実に意識を引き戻される。
誰かが必死に私に呼びかけていた。
ロマだった。
露台から飛び降りたロマは、遠くから私に向かって手を伸ばしながら叫んでいた。
さっきの爆発で思ったより吹き飛ばされていて、ロマとは距離があった。
(ロマの声。防御? そうだ。身を守らなきゃ。でも、こんなの。こんなの、ロマの授業じゃやったことない)
呆けていたのが悪かったのか。
いまから防御の魔法を練り上げようにも、火竜族の槍にはもうすでに次の炎が渦巻いていて──。
「あ──」
もう間に合うわけがないと私には分かってしまった。
「シャスカ!」
ロマの悲痛な声。
「もう遅い!」
それを掻き消すような嘲りの声と共に、炎は私に向かって容赦なく放たれた。
何もできないまま、私は顔を腕で庇って目をギュッと瞑った。




