襲撃
式典は順調に執り行われていた。
司祭長であるロマ主導の元、パレードや聖杯(水の原初の光の器なんだって)のお披露目、そして、前座のスピーチをロマがいま披露しているところだ。私たちは、これから宮殿の中庭に出向いて巫女として来賓の方々に簡単な挨拶と祝詞を詠むために玄関ホールに控えているところ。私たちというのは、巫女である私と側で私と並び立つようにピシッと立っている水竜族の近衛騎士のことだ。この式典のためにあつらえられた立派な鎧を身につけたこの人と共に私は中庭に歩いていくのだ。
外からロマのスピーチの声がかすかにきこえてくる。
きっと、ロマのことだから宮殿の露台(バルコニーのこと、私の部屋のよりもっと立派で大事な時に使われるものだからそれっぽい言い方の方がいいかなって)のお立ち台に立って、流暢に長話をしてるに違いない。それは聞かされる側からすればたまったもんじゃないけれど。
でも、次の出番を控えている私にとっては心の準備を整えるいい時間稼ぎになってくれて助かってるところも少しあった。
もしかしたら偉い人の話が長いのってそういう意味もあるのかもねなんて、余計なことを考えて気を紛らわせていると。
「大丈夫だよ、シャスカあんなに練習してたもん」
後ろで控えてくれているトリスが、私の背を押してくれる。
トリスは式典には出番はないけれど、こうして側についてくれている。
私は静かに頷いて、それに応えた。
トリスはいつも私が緊張していたりすると声をかけてくれて、その優しさにどれだけ救われてきたか私には数えられない。
と、ここで中庭の式場の方から拍手が聞こえた。
ロマのスピーチが終わった合図だ。私は側の水竜族の騎士と目配せをし合う。
出番だ。
予行演習は何度か行ってある。言葉を交わさなくてもこれぐらいの意思疎通はできた。
「さ、シャスカ様」
水竜族の騎士が私の手を取って先導してくれる。
その手が温かい。予行演習も含めて何度か手を繋いだけれど、この人と手を繋いでいるとどうしても思ってしまうことがある。
本当は、トリスが私の従者にならなかったら、私の従者をしてくれていたはずの人。
私はあまり喋ったことがないし、今も必要以上のことは黙ったままで。私にはどんな人かも分からない。
この人は何を思っていま私と手を繋いでいてくれているのだろうか、と──。
私はその手に導かれるままにゆっくりと歩を進めた。
扉が開け放たれると、来賓の方々の視線が思いっきり突き刺さっていく。
(いつも通りやればいいの、大丈夫よシャスカ)
私は内心緊張しながらも、しずしずとした歩調を意識して引かれた赤い絨毯の上をすまし顔でただただ練り歩く。そうして中庭のちょうど真ん中より手前、ロマのいる露台のちょうど前の定位置へと辿り着くと、水竜族の騎士の手を離れ、私はそこから更に一歩前に出た。
「────すぅ」
一礼を済まし、深く息を吸って、何度も諳んじた水竜たちを、この世界を祝福する祝詞を詠みあげようとしたその時だった。
「火竜族だ!」
誰かが大きな声で騒いで、私は出鼻をくじかれてしまう。
火竜族?
その声に私はつい辺りを見渡してしまう。式場の来賓の幾人の人らが宙を指差していて、その指の先を辿る。
見れば、晴天の雲ひとつない空をバックに、そこには赤い竜がいた。
いつの間にいたのだろう。
寒冷色の体色であることが多い水竜族と違って、赤い鱗に覆われて、曲がりくねったツノ、そして、コウモリのような翼、その瞳は翡翠のように煌めいていた。
「火竜族、初めて見た」
このニュムパエアは水竜族の聖地だから。基本的には水竜族しかいない。
時々風竜族の人は見かけるけど、風と水は対等だし、お互いにお互いの苦手な火や土に対して対処ができるから、風竜族の人は特別。
だから、火竜族の竜人がニュムパエアにいる、なんてことは普段あり得ないことなのだ。
それに、ただの火竜族じゃない。服装は皮でできた黒いジャケットを羽織ってこれまた黒いズボンを履いているラフな格好だけれど、その手には槍を握っていて、背中にももう一振りの槍を吊っている。つまり、武装していた。
アレは……火竜族の戦士?
「火竜族の戦士が何でここに?」
私の呟いた疑問にそれを聞いていた水竜族の騎士が構えを取った。
式場の一斉の視線を集めながらも、まるで式典の主役にでもなったかのようにその火竜族は腕を振った。
「火竜族が苦しんでる間にも水竜族はよくもまあ呑気に式典なんてやってやがるものだ」
そして、式典の会場をその翡翠のような目で忌々しげに見渡すと槍を持った腕を振り上げる。
「それも火を盗んだ人間を現人神だなどと祀りあげて、それがどれほど火竜族にとって虫唾が走るものか。お前らには分からんだろうなあ?」
その槍先にポッと炎が点ったかと思えば、それはギュンギュン回りながら次第にその大きさを増していく。
「──全て灰燼と化せ」
その言葉を皮切りに火球は一気に肥大化して、そして、火竜族は槍を振り下ろした。
「っ! シャスカ様!」
トンと胸を押される。
咄嗟のことに何が何だかわからないまま、勢いよく私は突き飛ばされる。
私が突き飛ばされるがままに見た光景は、ゆっくりスローモーションのように見えた。
さっきまで私がいたその位置に迫る大きな業火。
そして、そこには私を押し退けた水竜族の騎士が焦った表情を浮かべていて──。
「え」
そんな声を上げる暇もなかった。
私の目の前で、業火が爆散した。熱と衝撃に堪らず腕で顔を庇う。そして、吹き飛ばされる。
ゴロゴロと地面を転がって、身体中を強かに打って、でも怪我はしなかった。炎の直撃は免れたし、身につけてる法衣には沢山の加護がかけられているから。転がっている間に口の中に砂が入ったのか、ジャリジャリして不快だった。
けど、そんなことはどうでもいい!
私はバッと体を起こす。
さっきまで私たちがいたところに急いで視線を走らせる。
跡には何も残っていなかった。
誰も、いなかった。
何か肉が焦げるような嫌な匂いが辺りに広がっていて、叫び声、戸惑い逃げていく人たちの声や遠くの方でも何かが爆発するような音が耳に届いていた。
気づけば辺りに水竜族の人が何人か倒れていて。私みたいに加護で守られていなかった人たちは余波で怪我をしていた。
「チッ、怒りで加減を間違えたか。まぁいい、近衛が庇ってくれたようだからな。だが、もう側で守ってくれる者はいないぞ」
宙に浮かんだままの火竜族は吐き捨てるように悪態をついたかと思えば、また私に槍を向けた。
けど、私はまだ混乱していて。
「なんで、嘘。だって、さっきまで……」
だって、いるべき人がいなかった。
私をこの場まで手を引いて連れてきてくれた人。
さっきの炎から私を押し退けて守ってくれた人。
お礼を言わなきゃいけない、のに──。
なのに。
どこを探しても、中庭の地面にただ焦げ跡が残っているばかりで。
私は呆然としてしまっていた。
まるで世界が色を失ってしまったかのようだった。
「シャスカ! 防御を!」
その声に、私はハッと現実に意識を引き戻される。
誰かが必死に私に呼びかけていた。
誰かと思えばロマだった。
ロマが必死の形相で露台から飛び降りて、遠くから私に向かって手を伸ばしながら叫んでいた。
私はさっきの爆発で思ったより吹き飛ばされていて、ロマとはだいぶ距離があった。
(ロマの声。防御? そうだ。身を守らなきゃ。でも、こんなの。こんなの、ロマの授業じゃやったことない)
呆けていたのが悪かったのか。今から防御の魔法を練り上げようにも火竜族の槍にはもうすでに次の炎が渦巻いていて──。
「あ──」
私にはもう間に合うわけがないとわかってしまった。
「シャスカ!」
ロマの悲痛な声。
「もう遅い!」
それを掻き消すような火竜族の声と共に、火竜族の槍に灯った炎が私に向かって容赦なく放たれた。
私は何もできないまま迫る業火の前に顔を腕で庇って目をギュッと瞑った。




