僕は君だけの剣
二人の竜の戦闘は長引いていた。
甲板を縦横無尽に走り回るロマを、たくさんのビットがひっきりなしに追い回す。
けれど、決定打を与えられずにいた。
一撃も当たらないのだ。
(水竜族なのに……!)
トリスは、舌を巻く。
ロマが自分と同じ水竜族と思えなかった。
水竜族は水の中でこそ真の実力が発揮できる。
だから、地上や空中戦においては、他の竜族に遅れを取るのが世の常だ。
けれど、ロマに至ってはそんな常識が当てはまりそうにない。
そのスラリとした体を前傾姿勢を保ったまま、機敏に動いて、ビットの光線の合間を塗って、こちらに蹴りや拳の衝撃波を飛ばしてくる。
衝撃波だけで、トリスを吹き飛ばし、トリスの周りに浮いているビットさえも粉砕せしめてみせる。
全てが、規格外だった。
けれど、トリスは臆することもなく思考を回していた。
(ビットに自動的に狙ってもらうだけじゃダメだ。ビットの攻撃が追いついてない! 全部避けられる。……なら、僕自身も攻撃をしないと)
トリスは次の手を打つ。
ビットがロマを追いすがるように射撃を続けて攻撃が当たらないのであれば、今度はロマがどの方向に動くかを予想して、ロマが使っていた波で空間を薙ぎ払う攻撃魔法を先に置いておく。
すると、ロマは感心するように目をぱっと輝かせて、評価を口にした。
それはまるで生徒の作品に講評を入れる教師のように。
「いい発想です! ビットでの自動射撃に加え、自身でも偏差で弾幕を貼り、波状攻撃。これだけの多彩な攻撃手段を織り交ぜて戦えるのなら遠距離戦において問題はないでしょう! 魔術戦において貴方は一種の高みへ上り詰めました!」
ロマはトリスにこれまでに与えたことのない高評価を与えた。
一瞬、気が緩みそうにもなるが、トリスは咄嗟に気を引き締めた。
そんなトリスに恩師からの言葉は続く。
「貴方はこれまでシャスカに守られるだけの貴方でした。ですが、シャスカを守ると覚悟を決めたいまの貴方ならば! 認めましょう! 貴方は私に比肩しうる水竜なのだと、貴方をシャスカの従者に選んだ私の目に狂いはなかった!」
波状攻撃に晒されているというのに、ロマの顔は晴れやかなものだった。
それは出来の悪い教え子がやっとその才能を開花させたことを喜ぶ教師のもの。
それから、ニヤリと笑う。
教師の顔から一転、表情が好敵手を討ち取る悦びに染まった。
「ですが! 私の方がずっと早い!」
宣言通り、ロマは夥しいビットの射撃やトリス手ずからの攻撃を掻い潜りながら、またもトリスに肉薄してみせる。
そして、拳を振りかぶる。
その拳はまっすぐにトリスのその頬を捉える、──はずだった。
「ここだ!」
それすらもトリスは読めていた。
拳が届く、その瞬間。
ほんの数センチ。あと数センチのところでシールドを張っていた。
ビットとビットが繋がって、ビットを頂点とした幾何学な図形の光の板。
それは方舟に乗り込む際に使用した光のタラップによく似ていた。
物理的実体を持った光が、ロマの拳を阻害して主人の身代わりとなった。
「ビットを繋いでシールドですって!?」
まさか大量のビットを頭の中で操作していて咄嗟に別の魔術が使えるわけもないと鷹を括っていたロマは、現れたシールドに驚愕の声をあげる。
「これが最後の奥の手!」
トリスは鼻血を流しながら、腕を振りかぶった。
脳味噌をビットごとに分割して使うという暴挙に、脳が耐えられずに悲鳴を上げていた。
(僕はどうなったって構わない……!)
シャスカを泣かしたロマに一発ぶち込まないと気が済まなかった。
それでいて、トリスの頭は冷静に思考を組み立てていた。
(館長さんとの戦闘で学んだ! 防御は攻撃を通すために使うんだ!
館長さんみたいに守るだけ、迎撃するだけじゃ勝てない。
ベルさんみたいに、シャスカが浄化する隙を作ったり、防御をするのは次の攻撃を通す布石を打つため)
だから──、
「一撃だけ防げればいい!」
それは、トリスの旅の結晶だった。
ロマの拳をシールドは弾け飛びながらもその威力を吸収する。
トリスの頬を打ち抜くはずだった拳は、少しだけ逸れて頬を掠った。
チリッとした痛みを頬に感じながら、トリスはもう怖気づかなかった。
(拳を振り切ってる。次の攻撃にはワンテンポが必要)
トリスの目の前で、ロマは大きな隙を晒している。
(作り上げたこの隙に全力を叩き込む!)
トリスは、この機を逃すまいと練り上げた魔力の全てを解放した。
「ロマ様! これで終わりです!」
その声と共に、翼を広げ後ろに飛びのきながら凡そ百にも及ぶビットから極太のビームのような放水をロマへと向けて四方八方から一斉に射出する。
濃密な魔力が甲板に迸った。




