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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第三章 真実は泥水より苦く
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覚醒

 泣き止んだシャスカの目の前で、仕切り直しを終えたトリスとロマの戦いが再度始まろうとしていた。

 立ち上がれないほどに傷ついていたというのに、光の柱が収まる頃にはトリスの傷は全快していた。そして、立ち上がりロマと向き合うトリスは、以前とはまるで違う表情を浮かべていた。しっかりと前を見据え、胸を張り、大人とも対等に渡り合おうと背筋を伸ばしている。その表情からは子供特有の甘えが消えていた。

 男子三日見なければ刮目して見よとよく言うが、トリスには三日もいらないようだった。

 それほどまでにトリスはロマの目からも見違えていた。


「立ち上がったことは、称賛します。あれだけやられてなお戦意がくじけていないことも。けれど、まさかこの私に勝算があるとでも言うんですか?」


 ロマはこの場の主導権を握ろうと先手を取って舌戦を仕掛けた。

 その煽るようでもある言葉にトリスは静かに首を振った。

 トリスの心は軽い挑発ぐらいではもう揺らがなかった。


「勝算なんて呼べるほどのものはないです」

「なら──」


 言いかけたロマをトリスは手で制した。


「だから、僕は僕の全てをロマ様にぶつけます」


 トリスは静かに言い放つ。それで会話は終わりだった。

 百聞は一見に如かずと言わんばかりに、トリスはこれ見よがしに魔力を練り上げる。ロマはそれに対して構えをとった。

 そして、そんなロマを取り囲むようにして四方八方、夥しい数の青い魔法陣が浮かび上がる。

 その魔法陣の中心では、ロマは知る由もないが以前マルクが館長との戦いで使用していたビットに酷似した青い光の粒が形成されつつあった。


「大量の魔法陣が展開? これは──」


 思考の途中で、ロマはその場を飛び退いた。

 ピュンという妙な音がして自分が元いた場所へ何かが射出されたからだ。

 それは水ではあった。後に水溜まりが残っている。けれどもっとよくよく着弾点を見てみれば、甲板に穿たれたような跡が残っていて。光の粒から射出された水はそれだけの威力があることの証左だった。そして、その光る粒は今にもどんどん量産されつつあった。


「魔法で精製された宙に浮いた光の粒がひっきりなしに私を狙い撃ち続ける。魔力の塊を精製し、標的指定を維持し続け、定点から魔力を標的に向けて射出し続ける。それ自体は簡素な魔法です。──それが一つだけなのであれば」


 ロマは次第に数を増していく攻撃を避けながらブツブツと分析を口にした。

 けれど、どう見たって宙に浮かぶ魔法陣のその数は一つなんかではなくて、軽く数えても数十は優に超えていた。

 しまいには数十にも及ぶ魔法陣から生成された光の粒が一斉にロマを追い立てるように囲んだ陣形を保ちながら、常に中心に位置するロマ目掛けて水の光線を一斉に放ち始めた。ピュンという妙な音がひっきりなしに鳴り響いて、ロマは歩を止めずに動き回り続けることを余儀なくされる。


「これは古の機械による自動防衛機構に似て、────旅の思い出から着想を得ましたか。……なるほど、旅をして見聞を広めるというのも案外無駄じゃあないみたいですね」


 そして、追い立てられているというのに、なぜだかロマはさっきまでの憮然とした表情から打って変わって笑みを浮かべていた。それはとても好戦的な悦びを伴うかのような笑みで。


「面白い、実に面白い」


 そして、そんな好戦的な笑みを浮かべたかと思えば、一気にギュンと加速して、ビットを置き去りにした。ビットたちはその動きに猟犬のように追従して回る。

 けれど、それがロマの狙いだった。

 ロマは自分の後をビットたちが追ってきていることを確認すると、急ターンするように振り返った。

 その手には魔力が光を灯していた。


「ですが、全て薙ぎ払えばいいだけのこと!」


 その言葉と共に魔力の光を灯した手を横凪に振れば、それに呼応するように水の波がビットの群れを襲った。宙を薙ぎ払う津波が追ってきたビットの群れを飲み込んでいとも容易く全滅させる。


「その程度では私には届かない──」


 ロマは降り注ぐ水飛沫の中、勝ち誇るように宣った。

 けれど、


「まだだ!」


 トリスの声に応じて魔法陣が再度空間を埋め尽くした。そして、最初の時よりも早く光の粒が生成されていく。


「!」


 そのあまりの速さにロマすらも目を見張る。


「ビットを瞬時に再展開、それにさっきよりも多い」


 ロマの言葉の通り、その魔法陣の数は夥しいほどのもので。

 甲板上のトリスとロマがいる一帯を完全に覆い尽くしていた。

 まるで星空が甲板に降りてきたように、空間が煌めいている。

 けれど、その光の一粒一粒が、世界崩壊前の旧文明の最新兵器と同じ力を持っていた。

 ざっとロマは辺りを見回した。


「百は優に超えていますか。いい! 実にいいですよ!」


 ロマは再起する前とは打って変わってトリスを褒め称えた。それは心からの賞賛で。


「これはこれは──血湧き肉躍るじゃあないですか!」


 ペロリと舌なめずりを溢して、またロマは疾駆する体で縦横無尽に甲板を動き回った。


「ビットを壊したところで無駄、ならば、近接戦闘に切り替えるのみ!」


 そして、加速したままトリスへと向かう。ビットたちが阻むように弾幕を張るがそれをいともたやすく掻い潜り、まるで障害としていなかった。


(速……!)


 と、トリスが思った瞬間にはロマはもうトリスに肉薄していて、腰を入れて蹴りを叩き込もうとする。その最中、ビットがロマに向けて放水を撃ち込んだ。


「おっと!」


 済んでのところで、ロマは飛び退いて蹴りはあらぬ方向に逸れていく。

 ロマはそのまま隙を消すように連続してバク転するようにアクロバットな動きをしながら、追従するビットの射撃から逃れ続けていた。

 対して、トリスは混乱していた。

 蹴りを叩き込まれかけたあの瞬間から怖気が走っていた。

 蹴りは直撃はしなかったものの、そのし損じた一撃だけでトリスの近くで予備に待機していたビットが余波で叩き壊された。それに、自分も蹴りの余波で体勢を崩しかけていた。

 あんなものまともに直撃したらひとたまりもない。

 それはさっきまでの魔法と違い、確実な必殺の一撃だった。


「なんで、魔法より蹴りの方が威力高いんだ!?」


 トリスがまるで意味がわからないと困惑の声を上げた。

 その声に、おや? と不思議そうにロマは立ち止まった。

 ロマの動きが止まったことで、トリスも一度ビットの射撃を中断させた。種明かしをしてくれるなら聞いた方が、戦いを優位に運べると判断したからだ。

 

「ああ、言ってませんでしたか。私、魔法より格闘の方が得意なんですよ」


 トリスもシャスカも初耳だった。

 いつも二人の魔法の訓練はロマが担っていて、そんな様子を二人の前でロマがお首にも出したことはなかった。

 どんな魔法であろうと二人の前で実演して見せていたのに。

 そんな二人の前でロマは疑問に応えた。


「魔法は、魔力量がとびっきり多いだけで実は精密なコントロールは苦手なんですよ。司祭長としてはお恥ずかしい限りで、あまり話したくないことだったんですけど」


 ロマは見るからに気恥ずかしそうな素振りで頬に手を当てて恥じらっている。

 ともすれば、らしくない弱点に微笑ましくも思えるのだが、そうも言っていられない。

 緊張から唾を呑むトリスの前で、ロマはその表情を変えた。

 それはまるで妖艶な花弁が花開くように。


「でも、そんなことはもうどうでもいいんです」


 もうどうでもいい?  言っている意味がわからないとトリスは眉を顰めた。

 そんなトリスの前で、ロマは嗤った。


「さぁ、続きをしましょう」


 そして、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のように瞳を輝かせている。


「こんな愉しいこと終わらせてしまうなんてもったいないでしょう?」


 続きを求めるロマは好戦的な笑みを浮かべていた。うっとりと目を細めてにんまりと歪む口元に手をやって隠している、が、竜族の突き出たマズルに大きく裂けた口は到底隠しきれていない。その表情は普段のつんけんしているロマからは想像もできない仕草で。


「ああ……、ロマ様の悪い癖だ」


 それを見た風竜族の付き人が帽子の上から頭を掻きむしると、ぼやくようにポツリと呟いた。

 シャスカが視線を向けると、それに気づいた付き人は気を利かせて補足した。


「ロマ様、普段はしっかりしているように見えて、自分の実力を発揮できるチャンスがあれば逃したくない人なんですよ……。昔はヤンチャしてたというか、元々好戦的な人というか……、シャスカ様の面倒を見るようになって大人しくなってたんですけど……、多分、ちょうどいい遊び相手が現れて嬉しいんだと思います……」


 そして、風竜族の付き人は掻きむしって乱れた帽子を抑えて、オロオロと目を泳がせていた。


「シャスカ様は危ないですから私と一緒にここでジッとしてましょうね。ね」


 彼はさっきからずっとこうで、当事者で子供のシャスカよりも落ち着きがない。シャスカはとっくのとうにこの付き人は頼りにならないと踏んでいた。


「トリス……」


 シャスカは激化するトリスとロマの戦いをじっと見守っていた。

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