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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第三章 真実は泥水より苦く
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棺か子供たちか

 一方、その頃。

 ロエルガシズナに連れられたベルは風竜族の族長室へとやってきていた。

 族長室は書斎も兼ねているのか。壁を埋め尽くすような本棚と共に、大きな執務机があった。その机にも何冊か本や書類の類が載っている。

 部屋に入った二人は席に座ることなく、ベルは机の前で所在なさげに立ち尽くし、ロエルガシズナはベルの後ろで腰に手を回してウロウロと歩いていた。

 ロエルガシズナは、ウロウロとしたままおもむろに口を開いた。


「ベルや、久しぶりじゃの」


 風竜族の族長、ロエルガシズナから話しかけられてもベルは重い沈黙を保ったままだった。

 けれど、ロエルガシズナは気にする素振りを一切見せずに、言葉を連ねた。


「……火の氾濫が起き、そして風竜族が大地の神殿に攻め入って以来、じゃの」

「っ!」


 ベルはわかりやすく体を強張らせた。

 思った通りの反応が返ってきたので、ロエルガシズナはついフフッと笑みをこぼすもすぐに表情を引き締めた。


「ワシのことが憎いかえ?」

「……しょうがないことだとは分かっている、つもりだ」


 ベルは顔を歪めながら、ずっと沈黙を保っていた口を開いた。


「火の氾濫を抑えるため水の氾濫を起こす必要があった。そのためには水の力を抑える土の力を弱らせる必要があった」


 だから。


「土の巫女は殺されなければならなかった──」


 ベルは努めて平静を装って、まるで読んだ本の内容をそのままなぞる時のように言葉を吐き出した。

 その搾り出すような言葉をロエルガシズナは引き継いだ。


「──じゃがのぅ。世界を救うためじゃったと言い訳をするつもりはないのじゃよ」


 そして、おもむろにベルに近づくと手を取って自身の胸、左胸へと導く。その先ではロエルガシズナの心臓が脈打っていた。ベルはロエルガシズナが何がしたいのか分からずに、戸惑っている。

 そんなベルを慈しむように、ロエルガシズナはニコリと笑いかけた。


「ワシを殺して其方が満足するのであればこの命喜んで差し出そうぞ。愛していたのじゃろう?」


 そして、ロエルガシズナはベルの背負う棺へと目を向ける。


「その棺に眠る、主君を」


 その言葉にベルは一瞬目を見張って、それから思い切り目を瞑って歯を食いしばったかと思えば、その手を勢いよく振り払った。

 激しく走った後かのように、ベルは肩で大きく息をしながら自分の胸に手を当てて、必死で自分を押さえている。けれど、その呼吸はいつまでも荒いままだ。抑えられるわけもなかった。


「……俺が本当に憎いのは、アリーシャを守れなかった俺だ」


 荒い呼吸のまま紡いだ言葉は、自分に言い聞かせるような声音で。


「長い間旅をして、それぐらいのことは分かっている、つもりだ」


 見えない何かに噛み付くように、先ほどよりも大きく顔を歪めているベル。

 その姿に、ロエルガシズナは憐れむような視線を落とした。


「だから、死にたいのじゃろう?」

「っ!」


 ベルは体を大きく震わせた。

 それは図星をつかれたと白状しているようなものだった。


「魔法を使わずとも、目を見れば分かろうて」


 ロエルガシズナは目を閉じ小さく首を振った。

 そして、一度、意を決するかのように大きく息を吐いた。


「ならば、お主のためにもあの子供達のためにもワシは言わなければならないことがある」


 そして、小さく付け加えた。


「どの口がほざくのかということも分かってはおるのじゃがの」


 自嘲めいた言葉を添えて。

 それで前置きは終わったのか、ロエルガシズナの纏っていた雰囲気が変わる。

 族長室の空気がピンと張り詰めた。


「あの子たちと今後も旅を続けるつもりかの?」

「……あの子たちが望むのであれば」


 ベルとしては、あの子たち──シャスカとトリスが旅に同伴することを拒む理由はなかった。

 子供たちがついていきたいというのなら、一緒にこれから旅をしてもいいと思っていた。

 けれど。


「死に場所を探す旅に子連れでどこへ行こうというのかね」

「っ!」


 ロエルガシズナが突きつけた言葉に、今日何度目かのベルの息が詰まった。

 その問いは、核心だった。


「そんな旅に子供たちを巻き込むでない!」


 ロエルガシズナという風竜族の族長は、いつもは柔和に微笑んでいるその顔をこの時ばかりは険しく歪めた。喝を入れるようにその声はよく通って、ビリビリと辺りの空気を震わせる。

 そして、先ほどまでの柔和な空気とは打って変わって、遠慮なくベルに詰め寄った。


「お主は、その棺か。あの子供たち。どちらかを選ばなければならん」


 それは、ベルが考えることを避け続けていた問いだった。

 一緒に旅をし続けるのであれば、いつかは絶対に鉢合わせる問いで。今はまだいいだろうと先延ばしにしていた問いだった。

 問いは続く。


「それともあの子供たちも共に死地に連れて行こうと言うのではあるまいな?」


 ロエルガシズナはギロリと普段は糸のように細くなっている目をしっかりと開けてベルを睨め上げる。


「そういうわけじゃ──」

「では、お主はあの棺を捨てられると言うのじゃな?」


 咄嗟に否定しようとしたベルを遮るような矢継ぎ早の応答。

 それはいい加減な答えも、言い訳も許さなかった。


「あの子たちを責任を取って守り、育むことができると言うのじゃな?」


 確認を取るように、何度も念を押すように、尋ねられたその問い。

 それに、ベルは、


「…………」


 何も答えることができなかった。

 子供たちの前では大人として振る舞えていたのに、ロエルガシズナの前ではベルは叱られている子供同然だった。


「その沈黙が答えじゃよ」


 ロエルガシズナは、一度一歩引きながらベルの示した【答え】に残念そうに首を振った。

 そこにあったのは、そうでなければよかったのにという失望だった。


「死体の鮮度を聖櫃の力を使うてまで保って、なんになる。巫女様を眠らせてあげなさい。死者にいつまでも甘えてはならぬ」


 そこまで言い切ると、ロエルガシズナは深く息を吐いた。

 そして、説教の時間は終わったと言わんばかりに、その声音を柔らめた。


「……すまんの。巫女様を奪ったワシら風竜がこんなことを其方に言うのは酷なことは分かっておる」


 それは心からの謝罪で。ロエルガシズナは深く頭を下げた。

 その言葉にベルは沈黙を保ったまま首を横に振ることしかできなかった。

 ロエルガシズナの言葉が正しいことを、誰よりもベルが一番わかっていた。

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