現人神という名の家畜
私たちはロエルガ様の付き人さんの案内で長い廊下を歩いていた。
廊下には沢山のドアがある。
時々、廊下をすれ違ったりドアから出てくる風竜族の竜と顔を合わせた。
その度に彼らは驚いたような顔でこちらを見てくる。
けど、私は全く気にならなかった。
だって、念願の人間に会えるんだもの!
「まさか人間に会えるなんて夢みたい!」
歩いている間、私はずっと浮かれっぱなしだ。
自分でも分かる。
声が弾んで、体も自然に揺れてしまう。
よそ様にお邪魔していなければ、きっとスキップを踏んでいた。
「なにを話そうかしら! たくさん話したいことがあって、まとまらないわ!」
「あんまり一気に喋っても困らせちゃうよ」
あまりの私のはしゃぎっぷりに、トリスは軽く笑いながら嗜めた。
確かに!
「そうね! ビックリさせちゃうもんね! じゃあ、──やっぱりまずは自己紹介からかな!」
「それがいいと思う」
私がどれだけ人間に想いを馳せていたのか知っているから、嗜めはしてもトリスも一緒にニコニコしてくれてる。
それからも、私はトリスと二人で和気藹々と喋っていた。
「…………」
道中ずっと黙りこくったまま、ロマは一言も喋らなかった。
案内を任された付き人さんはと言えば、口元に軽く握った手を当てて、ロマと私たちへオロオロと視線を往復させている。
なにか心配事でもあるのかしら?
浮かれて、私はあまり気にも留めなかった。
……思えば、ヒントはあった。
引き返すためのヒントは、いつだって。
そして、いくつかの扉を越えて私たちは辿り着いた。
「……ここ、です」
付き人さんは、言いにくそうにしながら扉の前で案内を終えた。
ロマは「案内ご苦労」と言って、扉へ手をかけようとする。
「ま、待ってください」
咄嗟に付き人さんは、ロマに声をかけた。
顔を真っ赤にしている。
「あ、あのっ、差し出がましいのですが、……本当によろしいんですか? だって、この子は……」
チラリと私の方を見て、付き人さんは俯いた。
「……ええ」
心なしか、ロマは重い空気を纏っているように見えた。
重い空気を纏ったまま、短く端的に応える。
私とトリスには、それが何に起因するのかよく分からない。
「……分かりました」
ロマに頷かれて、付き人はすごすごと引き下がる。
引き下がる時に、私に向けてなにかを口走ったように見えた。
(…………ごめんなさい?)
確かめる間もなく、今度こそロマはドアノブに手をかける。
最後の扉は押し開かれた。
「……着きましたよ、シャスカ」
部屋の中は暗かった。
木漏れ日が溢れる方舟の森や、照明があるラウンジや廊下部分とは打って変わり、照明の類は見当たらない。
ただ、中で何かがぼんやりと黄緑色に光っていた。
光に誘われるように、私は歩いていく。
「ここに人間が……?」
あちこちに視線を送って見渡してみる。
薄ぼんやりとした暗闇に黄緑色の光しか目に入らない。
いくつも暗闇の中に浮かぶように並んでいる。
随分と中は広い。
動物たちを管理・飼育・保護する方舟の森と同じように。
「えっと……」
私は戸惑っていた。
すると、ロマは私の横を通り過ぎて行く。
暗闇の中をカツカツと足音を踏み鳴らして、迷いなく先に行ってしまう。
そして、ロマは黄緑色の光のすぐ側で立ち止まった。
「これが貴方たちが聞いたというロボットたちが語れなかった歴史のその先、本当の真実ですよ」
振り返って腕を拡げる。
暗闇をおぼつかないまま進む私を迎え入れた。
後ろから黄緑色の光に照らされていて、ロマの表情は陰になってよく見えない。
「ロマ……?」
恐る恐る、私は近づいていく。
そして、段々と私の目にも光の正体が確かになって行く。
ロマの後ろ。そこにあったのは──……。
「たま、ご?」
そう、どう見ても卵だった。
透明なガラスの卵の中に黄緑色の液体が満たされている。
その中に人間がいた。男の人だった。
上半身は裸、下半身は卵の台座に埋め込まれてよく見えない。
沢山の管を繋がれて、口を酸素マスクに覆われている。
「なに、コレ……」
状況が飲み込めないまま、私は近寄ってガラスの卵に触れた。
中の人は目を瞑り、こちらに気づく様子はない。
「管に沢山繋がれて、これは……生きてるの?」
「ええ、ちゃんと生きてますよ。ほら、瞼を見てみてください。時々ピクリって動くでしょう? 夢を見ているんですよ」
ロマに言われてよくよく見てみれば、中の人の瞼が動いていた。
どうやら死んではいないみたい。
……けど、この人はどうしてこんな状態でいるんだろう。
「えっと、なにかこうしないといけない病気とか……?」
戸惑いながら、ロマに尋ねた。
この人が特別なのかなと思った。なんかすごい大掛かりな装置みたいだし、こうでもしないと生きていけないのかなと思ったのだ。
でも。
部屋の中には、ズラーっと同じような機械がいくつも並んでいる。
動物たちがいた森と同じ広い空間を埋め尽くすように。
「いえ、ここに収容されている人間はみなこうですよ。そして、方舟の外に人間は一人もいません。全人類がここの方舟に収容されています。水の巫女であるシャスカ、貴方以外は。ほとんど陸地のない世界では人間は他の陸地の生物同様生きてゆかれませんからね、説明するまでもないかもしれませんが」
「……え?」
こうって? 方舟の外に人間は一人もいません?
明かされる真実に思考が追いつけない。
そんな私を置いて、まるで授業をするみたいにロマは説明を続けた。
「食物を口から胃に直接流し込まれ、排泄物や体液を自動で採取される、それが今の人類です。この機械は揺籃器と言って、産まれてから死ぬまで一生をこの機械の中で過ごすんですよ。この方舟では人間も管理・飼育・保護の対象なんです」
今の人類? 何を言って──……。
管理・飼育・保護?
全ての言葉が、悪い冗談のようだった。でも、ロマはいつも冗談なんて言わない。
戸惑う私を見て、ロマはニコリと笑う。
「ご安心を。彼らは揺籃器の機能でみな一様にいい夢を見ているはずですよ」
ロマは、なんでもないことのように言う。
まるでそれが当たり前のこの世界の常識かのように。
けれど、一転して。
「まあ、そんなものは虚妄なのですが」
付け加えられたその言葉を、ロマは吐き捨てるように言った。
明らかに人間を見下しているような、そんな口調で。
しっかりとした敵意があった。
私は弾かれたように卵──揺籃器から視線を外して、ロマを睨みつける。
「なんで、なんでよ! なんでこんな酷いことを人間にするの!」
私はロマに掴み掛かった。
「人間がなんでこんな目に遭わなきゃいけないの!?」
けれど、ロマは冷めた眼差しで私を見下ろしてされるがままだ。
それは『やれやれこんなこともわからないのですか』とでも言いたげな、憮然とした態度。
そして、ロマは語り出す。
「人は火を盗み、大罪を犯しました」
人間のせいで、世界は一度滅びかけた。
水の巫女が【水の氾濫】を起こしてどうにか食い止めたのだ。
「そもそも、それよりも前に核戦争で星を滅ぼしかけたのです」
その言葉に、ホログラムで見た光景を思い浮かべる。
光が全てを呑み込んで、発展した都市が一瞬で瓦礫の山になった。
絶対に忘れちゃいけないと深く胸に刻みつけた光景だ。
ともすれば、ロマの言葉にある種の理屈があることに私は頭の中で薄々気づきつつあった。
「ですから、人間を自由にするわけにはいかないんです」
ロマはニコリと笑うと、掴み掛る私の指を一つ一つ解いて行く。
それはとても優しい手つきだった。
けど、私には到底受け入れられるものじゃない。
私は必死でロマの言葉を反芻する。
人間は核戦争を起こして挙げ句の果てに火の原初の光を盗んだ。
だから、卵の中で人間を管理する。
ロマはこう言いたいのだ。
理屈では分かる。
けど。
『マルクは、人類の幸福を末長く願っております』
……マルクはどう思うんだろう。これが正しいってマルクも言うんだろうか。
でも、マルクはもういない。
私は胸元のホログラム投影機をそっと撫でた。
項垂れる私を慰めるかのように、ロマはポンと私の肩に手を置いた。
「よいではないですか。貴方や貴方の母君、そして子々孫々は水の巫女としてここの人間とは違った扱いを許されているのですから」
「え?」
思わず揺籃器へと目を向けてしまう。
私が目の前の機械に繋がれずにこれまで過ごしてこれたのは、水の巫女だったからと暗にその言葉は言っていた。
「水の巫女じゃなかったら、私もこの中に……?」
コポコポと音を立てる揺籃器の中では、意識のないままただ液体の中で上半身をユラユラ揺蕩わせている人間の姿があった。
それが同じ人間のあり方だとは、私には思えなかった。
「いい訳ないじゃない……」
私は肩を振るわせて声を絞り出した。
自分だけ、自由でいたって。
そんなの一人ぼっちだ。
結局、私は人間に出会えても一人ぼっちのままだった。
私は肩を震わせることしかできない。
……それでも、それでもまだ一つだけロマに聞きたいことがあった。
「私の、お父さんもここにいるの……?」
私の旅の目的。
自分と同じ人間を探す旅がしたいって夢の中には、自分の父親に会うことも含まれていた。
私以外の全人類がこの方舟にいるのなら、私の父親も死んでいないのならここにいるはずだった。
私の問いに「ああ」と顎を摩りながら、ロマは頷いた。
「それを知ってどうするんです? ええ、確かに種の持ち主はいるでしょうね。でも、向こうは夢の中。貴方が自分の子供だということも、子供を作ったという事実すら知らないですよ。……それを父親と呼べます?」
「……そう」
私には、もう言いたいことはなかった。
私に父親はいなかった。
どんなに足掻いたって、私はこの世界で最初から独りだったのだ。
ただただその事実を噛み締めていた。
「ふむ」
黙り込んだ私を見つめて、ロマは顎に手を当てて考え込む。
ややもして。
「この場では落ちつくものも落ちつきませんよね。一度、ラウンジに戻りましょうか」
ロマはこの場では説得を諦めた。踵を返し来た道を戻っていく。
「…………っ」
こちらに視線を向けるも、付き人さんはなにも言わずにロマについて行った。
大人たちは私を置いて去っていく。
けど、私はまだこの場から動け出せそうになかった。
「シャスカ、行こ」
気づけば、トリスが私の手を引いていた。
落ち込んでいる私の顔を覗き込んで、顔を強張らせている。
トリスだけは、私と一緒に傷ついてくれていた。
「…………」
けれど、トリスの思いやりに応える余裕は、いまの私にはなかった。
無言で微動だにもしない。
できない。
それでも、トリスは辛抱強く私の手を引いた。
「シャスカはここにいない方がいいよ」
そう言って、無理矢理にでも私を引きずるように歩いた。
私の足取りはどこまでも重いものだった。




