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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第三章 真実は泥水より苦く
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現人神という名の家畜

 私たちは風竜族の付き人の案内で長い廊下を歩いていた。廊下には沢山のドアがあって、多分、風竜族の個人の部屋だったりするんだと思う。

 時々、廊下をすれ違ったりドアから出てくる風竜族の人がいて、その度に驚いたような顔でこちらを見てくるけど、私は全く気にならなかった。

 私は念願の人間に会えると聞いて、舞い上がっていた。


「人間に会えるなんて夢みたい」


 私の声はいつもよりもずっとはしゃいだものになっているはずだ。

 自分でも分かる。声が弾んだものになっているし、何よりこの胸が弾んでいる。

 でも誰だって、ずっと自分だけ仲間はずれで同類とやっと会えるってなったら、私の切実さが分かると思う。

 私は胸の前で手を組んで左右に揺れていた。


「何を話そうかしら! たくさん話したいことがあって、まとまらないわ!」

「あんまり一気に喋っても困らせちゃうよ」


 トリスがあまりの私のはしゃぎっぷりに軽く笑いながら嗜めてくれる。

 確かに!


「そうね! ビックリさせちゃうよね! じゃあ、──やっぱりまずは自己紹介からよね!」

「それがいいと思う」


 トリスも私がどれだけ人間に想いを馳せていたのか知っているから、はしゃいでる私を嗜めはしても、一緒にニコニコしてくれている。

 私はそれからも廊下を歩きながら、トリスとどうしようこうしようと和気藹々と喋っていた。


「…………」


 ロマは人間に会うまでの道中ずっと黙りこくったまま、一言も喋らなかった。

 案内を任された風竜族の付き人の人はと言えば、口元に軽く握った手を当てながら、ロマと私たちへとオロオロと視線を往復させていた。何か心配事でもあるのかしら。

 思えば、いくつかヒントはあったのだと思う。

 引き返すためのヒントは、いつだって。

 そして、いくつかの扉と廊下を超えて、私たちは辿り着いた。


「……ここ、です」


 風竜族の付き人が、言いにくそうにしながら扉の前で案内を終えた。

 ロマは「案内ご苦労」と言って、扉のノブへと手をかけようとする。

 その前に付き人はロマに声をかけた。


「あの、差し出がましいのですが、……本当によろしいんですか」

「……ええ」


 ロマは心なしか重い空気を纏っているように見えた。

 重い空気を纏ったまま、短く端的に応える。

 私には、それが何に起因するのかよく分からなかった。


「……分かりました」


 ロマに頷かれて、付き人はすごすごと引き下がった。

 そして、ロマはドアノブに手をかける。


「……着きましたよ、シャスカ」


 部屋の中は暗かった。

 木漏れ日のような明かりが合った方舟の森の中や、照明があるラウンジ、廊下部分とは打って変わって、照明の類が見当たらない。

 ただ何かが中でぼんやりと黄緑色に光っていて、私はその光に誘われるように歩いていった。

 ここのどこに人間がいるんだろう。あちこちに視線を送って見渡してみる。

 けど、薄ぼんやりとした暗闇に黄緑色の光しか目に入らない。それがいくつも暗闇の中に浮かぶように並んでいる。随分と中は広いようだった。私が方舟に一番最初に乗り込んだ時に踏み入れた森のように。

 私は戸惑っていた。

 すると、その暗闇の中をカツカツカツと足音を踏み鳴らしてロマは迷いなく先に行ってしまった。

 そして、ロマはそのぼんやりとした黄緑色の光のすぐ側で立ち止まる。


「これが貴方たちが聞いたというロボットたちが語れなかった歴史のその先、本当の真実ですよ」


 ロマが振り返って腕を拡げて、暗闇をおぼつかないまま進む私を迎え入れた。

 ロマは後ろから黄緑色の光に照らされていて、顔が影になったようになって表情はよく伺えない。

 恐る恐る近づいていく。

 そして、段々と私の目にも光の正体が確かになって行く。

 ロマの後ろ。そこにあったのは──……。

 

「たま、ご?」


 そう、どう見ても卵だった。

 透明なガラスの卵の中に黄緑色の液体が満たされていて、その中に人間がいた。

 男の人だった。

 上半身は裸で、下半身は卵の台座に埋め込まれるようにして見えない。

 胸や背中に沢山の機械のような管を繋がれて、口を酸素マスクのようなものに覆われている(マルクのホログラム投影機で昔の人類は、大怪我や病気で命の危険がある際に治療の一環でこういったものを使うと知った)。

 私は状況が飲み込めないまま、卵に近寄ってその透明なガラスに触れた。

 けど、卵の中の人間は目を瞑ったまま、動いたりこちらに気づく様子はない。


「管に沢山繋がれて、これは……生きてるの?」

「ええ、ちゃんと生きてますよ。ほら、瞼を見てみてください。時々ぴくりって動くでしょう? 夢を見ているんですよ」


 確かに、ロマの言う通りよくよく見てみれば卵の中の人の瞼が動いていて、どうやら死んではいないようだった。

 けど、この人はどうしてこんな状態でいるんだろう。

 私には、まるで分からなかった。


「えっと、なにかこうしないといけない病気とか……?」


 私は、戸惑いながらロマに尋ねた。

 この人が特別なのかなと思った。なんかすごい大掛かりな装置みたいだし、こうでもしないと生きていけないのかなと思ったのだ。

 けど、どう見たって部屋の中にはズラーっと同じような機械がいくつも並んでいる。

 動物たちがいた森と同じような広い空間を埋め尽くすように。


「いえ、ここに収容されている人間はみな【こう】ですよ。そして、方舟の外に人間は一人もいません。全人類がここの方舟に収容されています。水の巫女であるシャスカ、貴方以外は。ほとんど陸地のない世界では人間は他の陸地の生物同様生きてゆかれませんからね、説明するまでもないかもしれませんが」


 こうって? 方舟の外に人間は一人もいません?

 私は明かされる真実に思考が追いつけなかった。

 そんな私を置いて、ロマがペラペラペラペラとまるで授業をするみたいに、言う。


「食物を口から胃に直接流し込まれ、排泄物や体液を自動で採取される。それが今の人類です。この機械は揺籃器と言って、産まれてから死ぬまで一生をこの機会の中で過ごすんです。この方舟では人間も管理・飼育・保護の対象なんですよ」


 今の人類? 何を言って──……。

 管理・飼育・保護?

 全ての言葉が、悪い冗談のようだった。けど、ロマはいつも冗談なんて言わない。

 戸惑う私を見て、ロマはニコリと笑う。


「ご安心を、彼らは揺籃器の機能で、みな一様にいい夢を見ているはずですよ」


 ロマは、なんでもないことのように言う。

 まるでそれが当たり前のこの世界の常識かのように。

 けれど、一転して。


「まあ、そんなものは虚妄なのですが」


 付け加えられたその言葉を、ロマは吐き捨てるように言った。

 それは明らかに人間を見下しているような、そんな口調で。

 しっかりとした敵意があった。

 私は弾かれたように、卵──揺籃器から視線を外してロマをキッと睨みつける。


「なんで、なんでよ! なんでこんな酷いことを人間にするの!」


 私はロマに掴み掛かった。まるで意味が分からなかった。

 人間がなんでこんな目に遭わなきゃいけないの!?

 けれど、ロマは冷めた眼差しで私のことを見下ろしながら私にされるがままにさせている。

 それはまるで『やれやれこんなこともわからないのですか』とでも言いたいかのように、憮然とした態度で。

 そして、ロマは語り出す。


「人は火を盗み、大罪を犯しました」


 それは最初から知ってる。

 人間のせいで、世界は一度滅びかけた。

 それを水の巫女が水の氾濫を起こしてどうにか食い止めた。これはマルクが教えてくれた。


「それだけではない、それよりも前に核戦争で星を滅ぼしかけたのです」


 その言葉に、マルクに見せてもらったホログラムの光景を思い浮かべる。

 核兵器の光が全てを呑み込んで、あんなに発展していた都市が一瞬で瓦礫の山になって。

 あんな光景絶対に繰り返しちゃいけない。

 ともすれば、ロマの言葉にある種の理屈があることに私は頭の中で薄々気づきつつあった。


「ですから、人間を自由にするわけにはいかないんです」


 そう言って、ロマは私が掴み掛かって腕に食い込ませた手の指を一つ一つ解いて行く。

 それは、とても優しい手つきで。けど、私には到底受け入れられるものじゃなかった。

 ですから? ですからですって? ロマの言葉を受け入れられない私は必死でロマの言葉を反芻する。

 人間は核戦争を起こして挙げ句の果てに原初の火の光を盗んだ。

 だから、そんなことを人間に二度と起こさせないために、卵の中で人間を眠らせる。

 ロマはこう言いたいのだ。

 理屈では分かる。

 けど。

 ……マルクはどう思うんだろう。これが正しいってマルクも言うんだろうか。

 マルクは私に『マルクは、人類の幸福を末長く願っております』と言ってくれた。

 けど、そのマルクはもういないのだ。私は首元のマルクからもらったホログラム投影機をそっと撫でた。

 項垂れる私を慰めるかのようにロマはポンと私の肩に手を置いた。


「よいではないですか。貴方や貴方の母君、そして子々孫々は水の巫女としてここの人間とは違った扱いを許されているのですから」

「え?」


 思わず揺籃器へと目を向けてしまう。

 私が目の前の機械に繋がれずに、これまで過ごしてこれたのは水の巫女だったからと暗にその言葉は言っていた。

 水の巫女じゃなかったら、私もあの中に……。

 私が視線を向けたコポコポと音を立てる揺籃器の中では、意識のないままただ液体の中で上半身をユラユラ揺蕩わせている人間の姿があった。

 それは、到底、生き物のあり方だとは私には思えなかった。


「いい訳ないじゃない……」


 私は肩を振るわせて声を絞り出した。

 自分だけ、自由でいたって。

 そんなの一人ぼっちだ。

 結局、私は人間に出会えても、ひとりぼっちのままだった。

 私は肩を震わせることしかできなかった。

 ……それでも、それでも一つだけロマに聞きたいことがあった。


「私の、お父さんもここにいるの……?」


 私の旅の目的。自分と同じ人間を探したいって目的の中には、自分の父親に会うことも含まれていて。

 私以外の全人類がこの方舟にいるっていうのなら、私の父親も死んでいないのならここにいるはずだった。

 ロマは私の問いに、ああ、と顎を摩りながら頷いた。


「それを知ってどうするんです? ええ、確かに種の持ち主はいるでしょうね。でも、向こうは夢の中。貴方が自分の子供だということも、子供を作ったという事実すら知らないですよ。それを父親と呼べます?」

「……そう」


 私にはもう何も言いたいことはなかった。

 私に父親はいなかった。

 この世界で、私に繋がりはなかった。

 同類がいなくて宙ぶらりんのようだと思っていた私は、本当にポツンと一人宙ぶらりんだったのだ。

 私はただただその事実を噛み締めていた。


「ふむ」


 ロマは、目の前の光景を受け入れられないでいる私に困ったような顔をして、顎に手を当てた。

 そして、少し考え込んで。


「この場では落ちつくものも落ちつきませんよね。一度、ラウンジに戻りましょうか」


 ロマはこの場では説得を諦めたのか。踵を返して、来た道を戻って行く。

 風竜族の付き人は、一度、こちらを心配そうに見た後、すぐロマについて行った。

 けど、私はまだこの場から動け出せそうになかった。


「シャスカ、行こ」


 気づけばトリスが私の手を引いていた。

 トリスは落ち込んでいる私の顔を覗き込んで、胸を痛めるように顔を強張らせている。

 トリスは私と一緒に傷ついてくれていた。

 トリスが私のことを心配してくれているのはわかった。けど、今の私にはトリスの思いやりに応える余力は残されていなかった。

 動こうとしない私に、トリスはグイグイっと引っ張る手に込める力を強くした。


「シャスカはここにいない方がいいよ」


 そう言って、トリスは無理矢理にでも私の手を引いて歩いた。

 私の足取りはどこまでも重いものだった。

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