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水没世界より 〜棺の竜 花の咲くらむ〜  作者: 世鷹イチゾウ
第三章 真実は泥水より苦く
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再会

 青空をバックに、遠くに見えていた空を征く船団。

 それがどんどんと近づいてくるにつれて舟だと気づいた瞬間から、私たちは釣りを切り上げて水面にポツンと浮かんで座り場所にしていた三つ枠の信号機の上からそそくさと立ち退いた。

 そのまま船団が降りて来ても巻き込まれないような位置に陣取って、私たちは固唾を飲んで船団の動向を見守る。

 船団のその一つ、先頭を取っていた方舟がゆっくりと私たちの前に降り立って、湖のように水没した廃墟区画のその水面に細波を立てながら静かに着水した。その大きさから相当な質量があるはずなのに、空飛ぶ方舟を操縦しているのは丁寧な船長なのか、それとも風の原初の光を秘めているという神器のためか、必要以上に水面を荒らすことはなかった。

 私たちが見守る中、木製の方舟のハッチが開いてそこから魔法の光でできたタラップ(えっと船に取り外しできる上り下りができる階段とかハシゴのことだよ)が降りてくる。そして、風竜族の竜人たちがゾロゾロと降りてきた。タラップを踏みしめるたびに緑色の魔法陣が光ってそこを踏み締めるものの体重をしっかりと支えた。

 風竜族の竜人たちは、ロマやトリスと同じ水竜族やニュムパエアを襲撃した火竜族のような鱗とも、地竜族のベルのような殻に覆われた体とも違って、フワフワの毛に覆われた体に僧衣のようなものを身に纏っている。飛ぶのが苦手だったり、翼を持っているかどうかも個体差になる水竜族と違って、みんながみんな立派な鳥のような大きな翼を持っていた。

 風竜族の竜人は普段は空に住んでいるから、みんな寒さに強い体をしていて、その上で全身に体毛があるからゆったりとした衣服を好んでいるんだってロマに聞いたっけ、と思っていたら、舟から降りてくる風竜族に混じってよく見知った顔が混じっていることに私はすぐに気づいた。


「ね、アレって……」

「うん」


 トリスも「間違いない」と頷いてくれた。

 気づいたのは向こうも同じだったみたいで。私たちと目が合ってからは、すぐに駆け寄ってくる。いかにも高位そうな法衣が乱れるのも構わずに。

 藤色のスラリとした翼のない水竜族の竜人。いつも眉根に皺を寄せた目つきの悪い眼差しにモノクルをかけて、オールバックに白髪を固めたいかにも陰険そうな顔つきのその竜人のことを私やトリスが見間違えるはずもなかった。


「二人とも、迎えに来ましたよ!」


 ロマだった。ロマは小走りで走って来て、いきなりしゃがみ込んだかと思うと私とトリスを一度に両腕で抱きしめた。思ったより強い力でギュッと抱きしめられて苦しく思いつつも、私も思わぬ再会につい喜色ばんだ声をあげてしまう。


「ロマ! 無事だったんだ」


 私が最後に見たロマの姿は、水の障壁を張って私やベルを庇って火竜族の戦士と今にも戦おうとするところで。

 あの時は、火竜族の襲撃で目の前で騎士が死んじゃって気が動転していて、ロマも死んじゃうって思い込んでいたっけ。

 本当に無事でよかった。

 

「水竜族が真正面から戦って火竜族に後れなど取るわけないでしょう?」


 ロマは一度、体を離して安心させるようにかニコリと笑った。


「二人こそ、無事でよかった。──貴方も本当にありがとうございます。二人を守ってくれて」

「いや俺は当然のことをしたまでだ」


 ベルへのお礼もそこそこに、またロマは私たちのことをギュッと抱きしめた。それはまるで親が子供を腕でかき抱くかのような所作で。

 ……私、ロマのこと勘違いしてたのかもしれない。

 ずっと厳しく躾けられてて、嫌味っぽくて、ネチネチしてて、言ってることは正しくても、ロマのことどうも好きになれなかった。けど、いま私たちのことを抱きしめているロマはどう見たって、ずっと私たちの身を案じてくれていたことを示していて。

 私は、どうしていいか分からなかった腕の行き先を、そっとロマの背に回した。

 ロマの抱擁を受け入れて、そのままギュッと目を瞑っていると──。


「よかったよかった。無事再会できおって」


 声がした。年老いた、でも穏やかな声音。

 その声で私は瞑っていた目を開いて、ロマも私とトリスを抱きしめるのをやめてそっと立ち上がる。

 声の方に顔を向けると、見るからにお爺ちゃんな風竜族の竜人がいた。

 風竜族の他の人たちと同じもふもふの黄緑の体毛に覆われた体に僧衣を身に纏って、それでいて口元に立派な長ーい髭を蓄えて、糸のように細い目で柔和にニコニコ微笑んでいる。一言で言うのなら好好爺と呼ぶのが相応しいと思う。けれど、その人は腰が曲がっているなんてこともなくてシャンと背を伸ばしていた。

 側にツバのない帽子を被った風竜族の竜人が控えていて、多分、付き人だ。それだけでも地位が高いことが伺える。けど、それがなくたって地位が高い竜だってことは分かる。

 私はその竜人のことを知っていた。知らない人はきっと竜や竜に連なるものでいやしない。


「ロエルガ様……」


 ロエルガシズナ。

 風竜族、引いては四竜族全ての竜族を統括する、竜人の中でもっとも偉いとされている、その人だった。

 私はあまりのビッグネームの登場に、シパシパと瞬きを繰り返してしまう。

 ロエルガ様は、それを見て何かおかしいのか喉をクックッと鳴らして笑った。すごく愉快そうだ。


「フォッフォッフォッ。驚いているようじゃの。なぁにワシはちぃとばかり歳をとった耄碌したジジイじゃよ。そんなに緊張せずともよいよい」


 どうやらロエルガ様には全部モロバレだったみたいで。

 そんなに顔に出ちゃってたのかな。

 私は、照らいからペタペタと自分の頬を触った。


「(こら、他の族長の御前ですよ。シャンとなさい)」


 そんな私の様子を見咎めたロマに耳打ちで叱咤されて、私は気を引き締めた。

 そうだった。ついロエルガ様が優しげだったから、うっかりしてた。

 私は精一杯姿勢を正した。今更かもしれないけど。

 ロエルガ様は相変わらずニコニコしている。よく笑うお爺様だ。


「さ、こんな外で長話もなんじゃしの。舟に入りなさい。積もる話もあるじゃろうて」


 ロエルガ様は、どうやら舟に迎え入れてくれるようだった。

 そしてロエルガ様は舟の方に振り返って、その振り返り際、私たちの再会を前にして手持ち無沙汰そうにしていたベルに声をかけた。


「地竜の、そなたも来なさい」

「……ああ」


 ベルは静かに頷いて、どうやらベルも私たちと一緒に方舟へと向かってくれるのらしい。

 よかった。私は、内心ホッとした。

 ここでベルはもう用が済んだと判断していなくなっちゃうかもしれないと思ったから。

 だって、ベルは成り行きで私を助けてこれまでずっと一緒にいてくれたんだもん。

 まだベルと一緒にいたかったし、それにまだ私は旅をしなきゃいけないから。

 私の旅にはベルがいて欲しかった。


「では、皆さまこちらにどうぞ。あ、その乗り物は格納庫に収容するようこちらで手配するのでそのまま大丈夫ですよ」

「ああ、助かる」


 ベルはロエルガ様の付き人に言われるままバイクを任して(その時に荷台にゆわえた棺を背負ってた)、私の後ろについてタラップを登る列に並んだ。

 そして、私たちは風竜族の至宝。空を飛ぶ方舟に乗り込むのだった。

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