再会
青空をバックに、遠くに見えていた空を征く方舟。
こっちに向かってきていると気づいた瞬間から、私たちは釣りを切り上げてそそくさと立ち退いた。
方舟が降りて来ても巻き込まれない位置に陣取って、私たちは固唾を飲んで方舟の動向を見守る。
ゆっくりと方舟は私たちの前に降り立つ。
水没した廃墟区画のその水面に細波を立てながら、静かに着水した。
相当な質量があるはずなのに、必要以上に水面を荒らすことはなかった。
私たちが見守る中、方舟のハッチが開き、魔法の光の板でできたタラップが降りてくる。
そして、方舟から降りて来るのは風竜族の竜人。
風竜族の竜人は、フワフワの毛に覆われた体に僧衣を身に纏っていた。
翼を持っているかどうかも個体差になる水竜族と違って、立派な鳥のような大きな翼を生やしている。
舟から降りてくる風竜族に混じって、よく見知った顔を見かける。
「ね、アレって……」
「うん」
トリスも「間違いない」と頷いてくれる。
向こうも私たちに気づいてるみたいで、タラップを降りてすぐに駆け寄ってくる。
藤色のスラリとした翼のない水竜族の竜人。
モノクルをかけて、オールバックに白髪をカッチリと固めている。
私やトリスが見間違えるはずもなかった。
「二人とも、迎えに来ましたよ!」
ロマだった。
小走りで走って来たかと思えば、私とトリスを一度に両腕で抱きしめた。
思ったより強い力でギュッと抱きしめられる。
苦しく思いつつも、私も思わぬ再会につい喜色ばんだ声をあげてしまう。
「ロマ! 無事だったんだ」
式典が火竜族に襲われた時、ロマは一人残って私とベルを逃がしてくれた。
本当に無事でよかった。
「水竜族が真正面から戦って火竜族に後れなど取るわけないでしょう? 二人こそ、無事でよかった」
ロマは一度体を離して、ニコリと笑った。
私の後ろに立っているベルに気づいて、ロマは丁寧に頭を下げた。
「貴方も本当にありがとうございます。二人を守ってくれて」
「いや、俺は当然のことをしたまでだ」
ベルへの礼を済ますと、またロマは私たちのことを掻き抱く。
……私、ロマのこと勘違いしてたのかもしれない。
ずっと厳しく躾けられて、嫌味っぽくて、ロマのことどうも好きになれなかった。
けど、いまのロマはどう見たって私たちの身を案じてくれていた。
さっきだって、服が乱れるのも構わずに駆け寄ってきてた。
どうしていいか分からなかった腕の行き先を、私はそっとロマの背に回した。
ロマの抱擁を受け入れて、そのままギュッと目を瞑っていると──。
「無事再会できおって、よかったよかった」
声がした。年老いた、でも穏やかな声音。
その声で私は瞑っていた目を開いた。
ロマも私とトリスを抱きしめるのをやめて、そっと立ち上がる。
声の方に顔を向けると、見るからに長老めいた風竜族の竜人がいた。
モフモフの黄緑の体毛に覆われた体に僧衣を身に纏って、それでいて口元に立派な長ーい髭を蓄えて、糸のように細い目で柔和にニコニコ微笑んでいる。
一言で言うのなら──好好爺って単語が相応しいと思う。
けれど、腰が曲がっているなんてこともなくてシャンと背筋が伸びている。
側にツバのない帽子を被った風竜族の竜人が控えていた。
風竜族で長老めいた竜。
となれば、この世界で知らない者はきっといない。
「ロエルガ様……」
ロエルガシズナ。
風竜族、引いては四竜族全ての竜族を統括する大長老。
竜神アストラに最初に生み出された最も旧き竜。
あまりのビッグネームの登場に、私はシパシパと瞬きを繰り返してしまう。
ロエルガ様は、それを見て喉をクックッと鳴らして笑った。
すごく愉快そうだ。
「フォッフォッフォッ。驚いているようじゃの。なぁにワシはちぃとばかり歳をとった耄碌したジジイじゃよ。そんなに緊張せずともよいよい」
どうやらロエルガ様には全部見透かされちゃったみたいで。
そんなに顔に出ちゃってたのかな。
照らいから、私はペタペタと自分の頬を触った。
「(こら、他の族長の御前ですよ。シャンとなさい)」
ロマに耳打ちで叱咤されて、私は気を引き締める。
そうだった。つい、うっかりしてた。
私は精一杯姿勢を正した。今更かもしれないけど。
ロエルガ様は相変わらずニコニコしている。
よく笑うお爺様だ。
「さ、こんな外で長話もなんじゃしの。舟に入りなさい。積もる話もあるじゃろうて」
どうやら方舟に迎え入れてくれるみたいだ。
ロエルガ様は方舟へ振り返ると、腕を広げて私たちをタラップへ促した。
振り返り際、私たちの再会を前にして手持ち無沙汰そうだったベルに声をかける。
「地竜の、そなたも来なさい」
「……ああ」
ベルは静かに頷いた。
ベルも一緒に方舟に乗ってくれるのらしい。
よかった。私は、内心ホッとした。
だって、ベルは成り行きでずっと一緒にいてくれたから。
まだベルとお別れしたくない。
「では、皆さまこちらにどうぞ。あ、その乗り物は格納庫に収容するようこちらで手配するのでそのまま大丈夫ですよ」
「ああ、助かる」
ロエルガ様の付き人さんにバイクを任して荷台の棺を背負うと、ベルも私の後ろについてタラップを登る列に並んだ。
風竜族の至宝──方舟に私たちは乗り込むのだった。




