風の方舟
歴史博物館での出来事からある程度経った頃。
私たちはベルに習って釣りをしていた。
コーツーセーリ? を行っていたという、水面から顔を出している三つ枠の信号機の上に三人仲良く並んで座って糸を垂らす。
ロボットたちがいなくなって寂しくなってしまったところもあるけれど、こうしてベルに色んなことを教わるのは楽しかった。
……ベルの旅の目的については、あれ以降、触れないようにしていた。
きっとベルにとっても踏み込まれたくない話だと思うし、私とトリスからなにか言えることもなかった。
あの晩、寝て起きてからは、ベルはそんなことお首にも出さずに振舞ってくれている。
そんなこんなで、私たちの旅はとても充実しているのだった。
途中、別の島にも立ち寄ったりもしながら、ロボットたちがいたこの島を拠点に生活を送っていた。
始まりのあの日、燃えているニュムパエアから命からがら逃げ出した時からは考えられないほど、平穏な日々を過ごしてる。
「さすがに数週間も経つと旅にも慣れるね」
そう言いながら、トリスは魚を一匹釣り上げた。
トリスはロマの授業の時も優等生だったけれど、こんなところでも優等生だ。ベルに習ったことをすぐものにしてしまう。
トリスの横に置いてある魚のカゴは、あとちょっとでいっぱいになってしまいそう。
対して、私のカゴはまだ空っぽ。
まだ一匹も釣ることができていないのだ。
「トリスと違って上手に魚釣れないや」
私は釣竿を揺らす。
同じ棒と糸にちょっとしたかぎ針をつけた釣竿を使ってるのに、どうしてここまで差がついてるのかしら。
と、唸っていると。
「それそれ」とトリスは私の釣竿を指差した。
「シャスカはそうやってせっかちに釣竿揺らしちゃうからだよ」
端的で率直な指摘に「うぐっ」となりながら、私は釣糸を引き上げた。
勿論、糸の先に魚の姿はなし。
はあ……、と私はため息を吐いた。
「私もトリスやベルみたいにお魚釣ってご飯用意したいんだけどなー」
これじゃあ、役立たずもいいところだ。
人類の軌跡を背負うって大見得切ったのに、この体たらく……。
自分が情けなくなってしまう。
「コツを掴めば釣れるようになるさ」
ポンポンと慰めるように、ベルは私の肩を叩いた。
ベルのカゴは、とっくのとうに満杯だ。
あっという間に自分のカゴをいっぱいにした後、ベルは私たちが釣りをするのを見守ってくれている。
待つことが魚釣りで重要なら、ベル以上に適任は見つかりそうにない。
「うーん」
私がベルほどの腕前になるまで、どれぐらいかかるんだろうか。
どれだけ大人になっても無理な気がする……。
憮然としたまま、もう一回私が再チャレンジしようとした、その時。
「あ!」という声と共に、トリスが空を指差した。
「なんかこっちに来てない?」
「本当だ」
トリスの言葉に顔をあげると、青空に黒い点が浮かんでいた。
黒い点は、少しずつ大きくなっていく。
トリスの言葉通り、こっちに向かってきているようだった。
近づいてくる内に、その全容が明らかになっていく。
「アレは……、空に浮かぶ舟?」
それは間違いなく舟だった。帆を張って、木造で。
ただ、それは尋常じゃなく巨大だった。
水上都市ニュムパエアやこの島よりも大きいんじゃないかってぐらい。
そんな巨大な舟が空に浮いて、こちらに向かってきていた。
「……風竜族の方舟だな」
ベルの言葉で、思い出す。
ロマの授業で習った。風竜族は方舟で暮らしていて、この星の色んな生き物たちを管理飼育している。そして、方舟で育てて採れた食材をニュムパエアに卸してくれて、水竜族からは海産物を渡すことで交易が成り立っているんだとか。
……知識を反芻することに忙しくて、この時の私は気づいていなかった。
「…………っ」
すごく怖い顔をして、ベルが方舟を睨みつけているのを。
一方、その空飛ぶ舟の中では、ある人物が窓の外を眺めていた。
法衣を身につけた藤色の竜。
翼を持たない、そのスラリとした姿は水竜族のもの。
「シャスカ、トリス。遂に見つけましたよ」
水竜族の司祭長──ロマは、窓の外を見て二人の名前を口にした。
そのままジッと窓の外を眺め続けていた。
次回予告
空飛ぶ方舟で迎えにきたロマによってベルとシャスカたちの絆は引き裂かれ、二人が失意の淵に沈み込む中、立ち上がったのはシャスカの従者であるトリスだった。トリスは残酷な現実を突きつけるロマに、ただ一人立ち向かう。
第三章 現実は泥水よりも苦く




