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人類の軌跡

 光が収まると、館長さんの姿はどこにもなかった。

 ただ伽藍とした壇上の空間だけがある。

 後ろを振り返っても、あんなにいたはずの歩兵は一人もいない。

 そうこうしていると、みんなが集まって来た。

 真っ先にベルが駆け寄って来てくれる。


「終わった、か」


 そして、天井を指差した。

 私も目を向ける。


「天井の魔力も無事に散ったようだ」


 模造されようとしていた悪魔の兵器は見る影もなく消えていた。

 私はヘナヘナとその場に座り込んだ。

 気が抜けてしまった。

 あんなもの絶対に爆発させちゃいけない。


「──よかったぁ。ロボットたちもみんな大丈夫?」


 次に私の頭の中にあったのは、盾になってくれたロボットたちだった。

 一番、被害を被っているとしたら彼らだ。

 集まるロボットたちに確認を取ると、一番近いロボットが応えた。


『ええ、ロボットですから泥の銃弾ぐらいでは』


 そうは言うけれど、ロボットたちはみんな泥まみれでグチャグチャだ。

 よく水で洗い流さなきゃいけなさそうだった。

 でも、みんな無事みたい。誰も彼も壊れた様子はない。


「そっか、よかった」


 そっと胸を撫で下ろした。

 けど、そんな大団円の空気をぶち壊しにする声が一つ。


「よかったじゃないよ! 無茶しすぎだよ! いきなり飛び出して行ってビックリしたよ!」


 トリスだ。

 トリスはベルの手を引いて、私の前に立たせた。


「ベルさんからも言ってよ! このままじゃあシャスカ命がいくつあっても足りないよ!」


 ベルはトリスの言葉に一度大きく頷くと、私の顔の前に人差し指をピッと立てた。


「……そうだな。シャスカ思いつきで何かするならまず周りの者に相談してからにしなさい。今回はたまたま上手く行っただけだ」

「……はい」


 トリスがいなかったら死んでいた瞬間が何度もあった。

 トリスが慌てて追ってきてくれたから、無事に済んだだけ。

 機関銃に追われて飛び回って、さすがの私も身に染みて実感していた。


「ごめんなさい」


 シュンとしながらも、素直に謝る。

 トリスには、せめてちゃんと相談するべきだった。

 気分は、祝勝ムードからお通夜だ。私はすっかり肩を落としてしまう。

 そんな私の肩に、ベルはポンと優しく手を置いた。


「?」


 思わずベルを見上げると、さっきとは打って変わってベルは微笑んだ。


「──だが、君の勇気がみんなを救ったことも事実だ。ありがとう」


 ベルが付け加えてくれた言葉に、私はパッと表情を明るくさせる。


「ベルさん! 甘いよ!」


 トリスは両腕を振り下ろして異議を唱えていたけど、「トリスも頑張ってくれた。ありがとう」とベルに言われると、すっかり大人しくなってしまった。

 トリスもベルから褒めてもらったら嬉しくて堪らないのだ。

 もちろん、私も。

 ようやく心から勝利を喜べるようになったのだった。


『皆さま──』


 勝利を分かち合う私たちに一台のロボットが近づいてくる。

 マルクだ。

 トリスやベルにそれぞれ頭を下げてから、マルクは私にも頭を下げて深く体を傾けた。


『マルクも感謝申し上げます。館長を浄化するだけでなく、あのような言葉をおっしゃっていただき、きっと館長も積年の思いが晴れたことでしょう』


 その礼を受け入れて一度頷くと、私は膝の汚れを払って立ち上がった。


「ねぇ、マルク」

『はい』


 ずっとマルクに尋ねたいことがあった。


「マルクやこの街のロボットたちはどうして人間に優しいの?」

『どうして、とは?』


 マルクは私を見上げた。カメラ横の顔の光が点滅している。

 前から思ってた。

 あまりにも、ロボットたちは優し過ぎる。

 マルクやロボットたちは、人間の歴史のことだってよく知っているはずだ。

 人間の暗い歴史を。


「だって、人間はこの世界を壊しちゃったんだよ。神様からも見捨てられちゃって」


 そう、マルクは言っていた。

 人間が争いあうばかりか【火の氾濫】まで起こして、世界は神から見放された。

 竜神アストラは、この世界に姿を見せなくなったって。


「愚かだとか、呆れたりとかしないの?」


 神様さえも見放したのに、どうしてロボットたちは人間を見放さないの?

 私をジッと見つめたまま、マルクはカメラの奥を小さくしたり大きくしたりした。

 そして、私に一歩分そっと近づいた。


『神は泥を捏ねて人間や竜を作ったと言いますよね』

「うん」


 私は、素直に頷く。

 それはロマから習ったことにもあったから。


『人間や竜は創造主を蔑んだりはしないでしょう? であるならば、なぜ我々機械が人間を愚かと蔑むことができましょう』


 そして、体の側面から腕を出すと、マルクは私の手を取った。

 無機物で固くて体温なんてないはずなのに、その手は私の手を優しく包み込んだ。


『シャスカ様、どうか人類の軌跡を繋いでください。そうしていただければ我々ロボット一同嬉しく存じます』


 その言葉に、ロボットたちは頷くようにみんながみんな一斉に体を揺らした。


『マルクは、人類の幸福を末長く願っております』


 私は、私たち人類は……。

 こんなにもロボットたちから愛されていた。

 胸から熱いものが込み上げて、ついみんなの前で涙ぐんでしまいそうになる。

 けど、いつまでもはそうしていられないみたいだった。

 急にゴゴゴゴとあたりから地響きが鳴り出して、私は体勢を崩しそうになる。


「じ、地面が揺れてる?」


 急なことで、涙もすっかり引っ込んでしまう。

 戸惑う私の前で、相変わらずマルクは平静を保っていた。


『さて、そろそろですね』


 分かっていた口振りだった。

 まるで初めから定められていたかのように。


『魔物であった館長がいなくなり、この博物館は魔力を失い崩壊を始めます。お気をつけて、お帰りください』


 まさかの真実をマルクが口にする。

 博物館が崩壊する!?


「なんだって!?」


 トリスが素っ頓狂な声をあげて、飛び上がった。

 ベルも最初面食らって一瞬目を見開いていたけれど、すぐに元の顔に戻ると、腕をバッと横凪に振った。


「すぐに避難しよう! 落ち着いて、でも急ぐんだ!」

「う、うん」


 ベルの冷静な指示に戸惑いながらも従おうとして。

 すぐに気づいた。

 ロボットたちに動き出す様子がない。


「マルクもみんなもなにしてるの!?」


 焦る私とは対照的に、マルクは冷静に言葉を発した。


『我々も館長と共にその役目を終えます。元より我々はここに人間を導くために今日まで生きながらえてきたのです』


 それは、その言葉は。

 この場で死ぬつもりだと言ってるんだと頭が理解した。

 けど、したくなかった。


「一緒に行こうよ!」


 必死に呼びかける。

 でも、マルクはジッと私を見るばかりで動こうとしない。

 他のロボットたちも。


「なんで。なんでよ……」


 すっかり訳が分からなかった。

 せっかく館長さんを弔うこともできたのに!


『……シャスカ様は優しい方ですね』


 とても柔らかな声音だった。

 けれど、そこに拒絶の意味が含まれていることは明白だった。

 マルクは首を振るように左右に頭を小刻みに回した。


『ですが、博物館がなくなり次第この街の伝柱からの魔力供給はなくなります。魔力がなくなれば私たちは機能を停止する他ありません。ならば、最期は我々はこの街の最後の住人である館長と共にいたいのです』


 だから、この博物館で一緒に死ぬんだ、と。

 そう言いたいのは分かった。

 でも、なにもこのまま瓦礫に呑み込まれる必要はないはずで。


「だけど──」


 なおも渋る私の腕を誰かがガッと掴んだ。

 思わず振り返ると、ベルが静かに首を振っていた。


「シャスカ、一緒にいさせてあげよう」


 その琥珀色の瞳は深い悲しみを讃えていて。

 私が吐き出そうとしていた言葉の続きを飲み込ませた。


「──分かった」


 苦渋を舐めるようにして、ロボットたちの決断を受け入れる。

 最後にロボットたちを見ると、みんな一斉に頷いてくれた。

 すっかり彼ら特有のボディランゲージが理解できるようになっていた。


「────っ」


 後ろ髪引かれる思いを振り払って踵を返すと、私は一目散に駆け出した。


「こっちだ」


 ベルも先導してくれる。


「早く早く──!」


 トリスはグランドホールの扉を開けて私たちを待ってくれていた。

 無我夢中で、私たちは走り続けた。

 

 シャスカたちが走り去った後。

 ロボットたちはその背中が視界から消えても、その方角を見つめ続けていた。

 一台、また一台。

 崩落に呑み込まれて、ロボットたちはその姿を消していく。


『前を向いて走ってください。決して振り返らずに』


 中でも、マルクは最後まで言葉を口にしていた。


『あなた方に幸多からんことを──』


 瓦礫に飲み込まれるまで、シャスカたちへと祈りを捧げ続けていた。

 

 私、トリス、ベルの三人は無事に博物館を抜け出して。

 倒壊の余波を避けるため、ベルは博物館の前に停めておいたバイクに私たちを乗せて近くの高台にまで距離を取った。

 そして。

 博物館は、ズズンという重い音を立てて沈み込む。

 砂の城が崩れるように、跡形もなく壊れて砕けてなくなっていく。

 最後まで私たちは見届けた。

 目に焼き付けて、絶対に忘れないように。

 その間、私はホログラム投影機をギュッと握りしめていた。

 

 後には、瓦礫しか残らなかった。

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