人類の軌跡
私から光が収まるともう館長さんの姿はなかった。ただただ私の視界には伽藍とした壇上の空間があった。
後ろを見渡してもあんなにいたはずの歩兵は一人もいない。
みんなも集まって来ていて、真っ先にベルが駆け寄って来てくれる。
「終わった、か」
そして、天井を指差した。
私もそこに目を向ける。そこには初めから何もなかったように、何の跡もなかった。
「天井の魔力の塊も散ったようだ」
夥しいほどの魔力がより集まって造ろうとしていた悪魔の兵器は見る影もなくて。
ベルの言葉に私はヘナヘナとその場に座り込んだ。
核爆弾が爆発しなくて済んでホッとして気が抜けてしまったのだ。あんなもの絶対に爆発させちゃいけない。
「──よかったぁ。ロボットたちもみんな大丈夫?」
私の頭の中にあったのは、私の走る道を守るために盾になってくれたロボットたちだった。
一番、被害を被っているとしたら彼らだ。
気になって、集まって来たロボットたちに確認を取ると、一番近かったロボットが応えてくれる。
『ええ、ロボットですから泥の銃弾ぐらいでは』
そうは言うけれど、ロボットたちはみんな泥まみれの泥んこで。
よく水で洗い流さなきゃいけなさそうだった。
けれども、みんな無事みたいで、誰も彼も壊れた様子はない。
「そっか、よかった」
どうやらこの場で怪我をしているのは誰もいないみたい。
私はそっと胸を撫で下ろした。
けど、そんな大団円の空気をぶち壊しにする声が一つ。
「よかったじゃないよ! 無茶しすぎだよ! いきなり飛び出して行ってビックリしたよ!」
トリスだ。
トリスがプリプリ怒っている。トリスはベルの手を引いて私の前に立たせた。
「ベルさんからも何か言ってよ! このままじゃあシャスカ命がいくつあっても足りないよ!」
トリスが言っているのは、きっと私がベルの作ってくれた岩の盾から飛び出した時のこと。
ベルはトリスの言葉に一度大きく頷くと、一歩前に出て怖い顔を作ると私の顔の前に人差し指をピッと立てた。
「……そうだな。シャスカ思いつきで何かするならまず周りの者に相談してからしなさい。今回はたまたま上手く行っただけだ」
「……はい」
それはその通りで。
トリスに背に乗せてもらって水の回廊を飛んでいる間、トリスがいなかったら私は無事じゃ済んでいなかっただろうって瞬間が何度もあった。
トリスが私の無茶にすぐに気づいて駆け出して追ってきてくれたから、私は死ななかっただけなんだ。
「ごめんなさい」
私はシュンとしながらも素直に謝った。
本当に、申し訳ないと思ってる。
せめてトリスとはちゃんと相談するべきだった。
気分は、祝勝ムードからすっかりお通夜だ。
でも、ベルの言葉はそれだけで終わりじゃなかった。
「──だが、君の勇気がみんなを救ったことも事実だ。ありがとう」
ベルが付け加えてくれた言葉に私はパッと顔をあげる。
ベルはさっきとは打って変わって優しそうな顔で微笑んで、私の肩を労うようにポンと叩いた。
「ベルさん! 甘いよ!」
トリスは両腕を振り下ろして異議を唱えていたけど、「トリスも頑張ってくれた。ありがとう」とベルに言われるとすっかり大人しくなってしまった。
トリスもトリスでベルから褒めてもらったら嬉しくて堪らないのだ。
もちろん、私も。
私たちは、ようやく心から勝利を喜べるようになったのだった。
そして、そんな私たちに一台のロボットが近づいてくる。
マルクだ。
マルクはトリスやベルにそれぞれ一礼を済ましてから、私に深く頭を下げるように体を傾けた。
『マルクも感謝申し上げます。館長を浄化するだけでなく、あのような言葉をおっしゃっていただき、きっと館長も積年の思いが晴れたことでしょう』
あのような言葉っていうのは、私が館長さんに伝えたことだろう。
もっと上手くいうこともできたかもしれないけど、少なくともあの瞬間私が館長さんにかけられる言葉はアレだった。私は、その礼を受け入れるように一度頷くと膝を払いながら立ち上がった。
「ねぇ、マルク」
私はずっとマルクに尋ねたいことがあった。
「マルクやこの街のロボットたちはどうして人間に優しいの?」
マルクは私の言葉に不思議そうに私を見上げた。カメラ横の顔の光が点滅している。
ずっと前から思ってた。
あまりにも、ロボットたちは優し過ぎた。
ロボットたちに初めて会った日の夜は、ベルが『彼らも嬉しいんだ。久々の人間に会えて』って言ってたから、そういうものかと納得してしまったけれど。
今日のことがあって、改めてそれだけじゃない気がした。
もしかするとマルクは館長さんが作った人類の軌跡を私に託したかったのかもしれないけど。それならマルクは人間の歴史もとっくに知っているはずだ。
人間の暗い歴史を。
「だって、人間はこの世界を壊しちゃったんだよ。神様からも見捨てられちゃって」
そう。マルクは言っていた。
人間が戦争ばかりを引き起こして、火の氾濫を起こして、世界は神から見放された。
竜神アストラはこの世界に姿を見せなくなったって。
「愚かだとか、呆れたりとかしないの?」
神様さえも見放したのに、どうしてロボットたちは人間を見放さないんだろう。
マルクは私をじっと見るようにカメラの奥を小さくしたり大きくしたりした。
それから私に一歩分そっと近づいた。
『神は泥を捏ねて人間や竜を作ったと言いますよね』
私とトリスは頷く。
それはロマから習ったことにもあったから。
『人間や竜は創造主を蔑んだりはしないでしょう? であるならば、なぜ我々機械が人間を愚かと蔑むことができましょう。もし人間が愚かなだけだとするのなら、館長が必死に歴史を後世に伝えようとはしなかったはずです』
そして、マルクは体の側面から腕を出すと私の手を取った。
無機物で、固くて体温なんてないはずなのに、その手はしっかりと私の手を優しく包み込んだ。
『シャスカ様、どうか人類の軌跡を繋いでください。そうしていただければ我々ロボット一同嬉しく存じます』
その言葉にロボットたちは頷くようにみんながみんな一斉に体を揺らした。
『マルクは、人類の幸福を末長く願っております』
私は、私たち人類は、こんなにもロボットたちから愛されていた。
胸から熱いものが込み上げて、ついついみんなの前で涙ぐんでしまいそうになる。
けど、いつまでもはそうしていられないみたいだった。
急にゴゴゴゴとあたりから地響きが鳴り出して、私は体勢を崩しそうになる。
地面が揺れている?
急なことで、涙もすっかり引っ込んでしまった。
戸惑う私の前で、相変わらずマルクは平静を保っていた。
『さて、そろそろですね』
マルクはまるで分かっていたかのように、言う。
それは初めから定められていたかのように。
『魔物であった館長がいなくなった今、この博物館は魔力を失い崩壊を始めます。お気をつけて、お帰りください』
まさかの真実をマルクが口にする。
博物館が崩壊する!?
「なんだって!?」
トリスが素っ頓狂な声をあげて、飛び上がった。
ベルも最初面食らったように一瞬目を見開いたけど、すぐに元の顔に戻って腕をバッと振った。
「すぐに避難しよう! 落ち着いて、でも急ぐんだ!」
「う、うん」
ベルの冷静な指示に戸惑いながらも従おうとして。
でも私はすぐに気づいた。
ロボットたちが動き出す様子がない。
「マルクもみんなもなにしてるの!?」
焦る私とは対照的に、マルクは冷静に言葉を発した。
『我々も館長と共に、その役目を終えます。元より我々はここに人間を導くために今日まで生きながらえてきたのです』
それは。
その言葉は。この場で死ぬつもりだと言ってるんだと頭が理解して、できなくて、したくなくて、私は取り乱した。
「一緒に行こうよ!」
けど、マルクはじっと私を見るばかりで動こうとしない。
他のロボットたちも。
なんで。
なんでよ。
私はすっかり訳が分からなかった。
せっかく館長さんを弔うこともできたのに!
『……シャスカ様は優しい方ですね』
その声音はとても柔らかな声音で。けれど、それだけで優しい拒絶の意味が含まれていることに私は気づいた。
マルクは首を振るように左右に頭を小刻みに回した。
『ですが、博物館がなくなり次第この街の伝柱からの魔力供給はなくなります。魔力がなくなれば私たちは機能を停止する他ありません。ならば、最期は我々はこの街の最後の住人である館長と共にいたいのです』
だから、この博物館で一緒に死ぬんだと、マルクがそう言いたいのは分かった。
でも、何もこのまま瓦礫に呑み込まれる必要はないはずで。
「だけど──」
なおも渋る私の腕を誰かがガッと掴んだ。
思わず振り返るとベルが静かに首を振っていた。その琥珀色の眼は深い悲しみを讃えていて。私が吐き出そうとしていた言葉の続きを飲み込ませた。
「シャスカ、一緒にいさせてあげよう」
「──分かった」
私は、苦渋を舐めるようにして、ロボットたちの決断を受け入れた。
私は最後にロボットたちを見ると、みんな一斉に頷いてくれた。
「────っ」
私は後ろ髪引かれる思いを振り払って、踵を返すと一目散に駆け出した。
ベルも先導して走ってくれる。
「早く早く──!」
トリスはグランドホールに入ってきた時の扉を開けて私たちを待ってくれていた。
そこからは無我夢中で私たちは博物館の館内を入り口目指して走り続けた。
シャスカたちが走り去った後。
ロボットたちはその背中が視界から消えた後も、その方角を見つめ続けていた。
一台、また一台、崩落に飲み込まれて、ロボットたちはその姿を消していく。
『前を向いて走ってください。決して振り返らずに』
その中でもマルクはその最後まで言葉を口にしていた。
『貴方方に幸多からんことを──』
マルクは瓦礫に飲み込まれるまで、シャスカたちへと祈りを捧げ続けていた。
私とトリス、ベルの三人は無事に博物館を抜け出して。
倒壊の余波を避けるために、ベルは博物館の前に停めておいたバイクに私たちを乗せて距離を取った。
そして。
立派な宮殿のようだった博物館は、ズズンという重い音を立てて沈み込んでいく。
どんどん砂の城が崩れるように、跡形もなく壊れて砕けてなくなっていく。
後には瓦礫しか残らなかった。
それを最後まで私たちは見届けていた。
目に焼き付けて、絶対に忘れないように。
その間、私はギュッと胸元のマルクにもらったホログラム投影機を握りしめていた。




