泥中の蓮
ベルとマルクは館長を守る歩兵たちとの戦闘を行っていた。
だが、先ほどまでとは打って変わって、歩兵たちは意図も容易くマルクの援護を受けたベルの刀によって薙ぎ払われていく。明らかに弾幕が薄い。
「二人が動いて、こちらへの攻勢が手薄になった」
当然、ベルも異変に気づきながら戦っていた。
そしてしばらく歩兵や館長の動きを観察して気づく。
「なるほど、ホログラムと泥で軍勢を再現できるとはいえ、複数の手勢に意識を割けるわけじゃあないのか」
ベルの目からは、今の歩兵や両腕の機関銃を連射している館長は飛んでいるシャスカやトリスたちにかかりっきりで、どうにもこちらに気が向いていないように見えた。
ベルとマルクの二人にあからさまな隙を晒し続けている。
館長だけならともかく歩兵たちまでも、となれば──。
「館長は歴史を識る者であっても軍師ではないということか」
いくら駒を作り出すことはできても、駒を動かすことにまで長けているわけではない。
「これなら!」
勝機を見出したベルは、確信を持って駆け出した。
一方その頃──。
私たちは、相変わらず水の回廊を飛び回って、館長さんの銃撃に追われ続けていた。
私はトリスの背中で何か突破口はないかと、ベルを真似て状況分析に努めた。
ふと青い光が星のように煌めいて瞬いているのが目に止まる。
マルクがさっき出していたビットだ。
ビットは銃を構える兵士に取り囲むようにして、そしてビット一つ一つから光線を射出した。その光線を浴びた泥の歩兵は、文字通り蜂の巣みたいに穴だらけになってグズグズになって崩れて倒れて泥に戻った。
「マルクのビットが歩兵一人一人を数十個で付き纏って撃ち抜いていく」
あまりの凄惨さに思わず口に出してしまう。
あんなのに狙われちゃったらただの人間はどうしようもないんじゃないかしら。
実際、あんなものが昔戦争で使われていたんだってことが信じられないけれど、目の前で起きていて。
その惨さを私はリアルタイムで実感していた。
「アレが兵器と人間の戦争……、ホログラムと同じだね」
私は胸元のマルクから貰ったホログラム投影機をギュッと掴んだ。
過去の人間たちは、どんなに怖かったんだろう。
その境遇を思うとやるせなかった。
「怖いね──って! 他人事に感じてる場合じゃないよ! 僕たちも機銃掃射されてるからね!」
トリスは焦りからかノリツッコミをしている。意外とまだ余裕がありそう。
トリスは私が幾つか同時に開いた水の回廊を翼でくるっと回りながら別の回廊に飛び移ったりすることで、どうにか撹乱して機関銃の弾丸の雨に追いつかれずに避け続けていた。私一人じゃ途中で飛び移れずに同じ水の回廊を流れていくことしかできないから、もし最初もっと早く泳げて一人で乗り切れていてもトリスがいなかったら今頃蜂の巣になっていたと思う。
けど。
「今はシャスカの魔法と僕の翼で追いつかれてないけど、これをずっとは無理だよ!」
トリスの泣き言はもっともで。いつまでもこんな曲芸みたいな芸当を続けられるわけもない。
トリスの体力が限界になる、その前に決着をつけなければいけない。
なんとかしなきゃ、と私が必死に頭を悩ませているとトリスが声を上げた。
「アレ? 機銃掃射が止まった?」
トリスの言葉に私も後ろを見てみると、私とトリスを追いかけるように撃ち込まれていた銃弾の雨が今は止んでいた。
私は、辺りを見渡して、すぐに気づいた。
「アレ見て!」
私は指を指す。その先ではベルが機関銃の銃撃を刀で捌き続けていた。
そして、いま私たちは完全にノーマークだった。
館長さんも歩兵たちも、ベルにかかりっきりだ。
「今度はベルに銃撃が向いてる」
「あ──、もしかして誰か一人にしか攻撃できない?」
トリスが思いついたようにポツリと言った。
それから考えをまとめるようにトリスはぶつぶつと呟き出す。
「群勢みんなに意識があるんじゃなくて、それを操る館長さんにしか意識がないんだよ、きっと。だから、誰か一人にしか意識を向けられなくて、いっぱいいるように見えてバラバラに動かれると全部に対処ができないんだ」
トリスの考えは確かに状況に合っていた。
色んな武器や歩兵を作れてもそれを上手に万全には動かせない。
私が幻を作る魔法を行使できても上手に幻を想像するのが苦手なのと同じだから、簡単に想像はついた。
傍証はまだある。
マルクが使えるビットが館長さんに使えないのも、きっとそういうことだ。
あんな複雑な動きをするものいくつも同時に操るなんて、生き物の頭で使いこなせるわけがない! だから、館長さんが色んなものを泥で創れるはずなのに、ホログラムの中でも一番新しいものじゃなくて、ちょっとだけ古い武器ばっかり使ってるんだ。
きっと、トリスの言ってることは多分正しい。
なら。
「トリス」
「うん」
私とトリスは顔を見合わせる。
きっと、同じことを考えていた。
「今がチャンス!」
「突っ込むよ!」
その言葉を皮切りに、私たちは姿勢を低くして館長さん目掛けて一直線に飛び込んだ。
私たちの勝機は、ベルが館長さんの気を引いてくれている今しかない! 水の回廊のアーチを捻じ曲げて、館長さんの元へ直行できるようにする。
急に動きを変えた私たちに反応して、館長さんが私たちの方を見た。
館長さんはベルへ向けていた両腕をまた私たちの方へと向けようとする。
「機関銃がこっちを向くよ!」
トリスが報告してくれる、けど、それはもう織り込み済み!
私はとっくにもう魔力を練り上げていた。
「その前にこっちから攻める! ──穿て! 水蛇! 砲身をそのまま縛りあげて!」
その言葉と共に、魔力で生成された蛇を模した水が私とトリスを狙おうとした砲身に巻きついてその動きを止めた。回り出そうとした砲身が無理にでも回ろうとする度にギチギチとその力を増して締め上げる。単純に力が強いだけじゃ絶対に抜け出せない、水蛇はそういう魔法。
私は得意になって、へへん! と鼻を鳴らした。
「これで両腕は封じた。いくらすごい兵器でもこっちを狙えないなら意味ないもんね!」
「ナイスシャスカ!」
トリスの声も希望が見えて、はしゃいだものになっていた。
そして、私たちは回廊の終点へと辿り着く。
「回廊を出て、館長さんの前に着地するよ! 衝撃に備えて!」
水の流れに乗ったまま回廊を飛び出して、私たちは館長さんのいる壇上そのすぐ側までやってきた。前方に歩兵の姿はなかった。みんなベルたちの方にさっきまでいたから、向かってくるにしても距離があった。
「シャスカ走って!」
「うん! ありがとうトリス!」
私は勝利を確信して、トリスの背から飛び降りて間髪入れずに駆け出した。
魔力を足に回して一気に加速する。
(行ける! このまま行けば──!)
けど。
「シャスカ! 止まって!」
トリスの声が飛んで、私は咄嗟に後ろに飛び退いた。すると、さっきまで私がいたところにパシパシパシと軽い着弾音が続いて赤い絨毯の床が爆ぜて捲れた。
「銃撃!?」
どこから撃たれてるのかと思えば、前だった。
ボタリ、ボタリ、と今まさに泥が上から落ちてきて、落ちてきたかと思えば兵士になって、こちらに銃を構えて、その銃口を向ける。
「歩兵が……」
「僕たちの到着に合わせて、歩兵を生成したんだ!」
トリスが悔しそうにしながらも私を庇うように前にでて、水の障壁を張ってくれる。
でも、このままじゃ私たちは一歩も動けずにいずれ歩兵たちの銃で蜂の巣になる運命だった。
「あともうちょっとなのに……!」
私は歯噛みする。後一手が足りなかった。
そして、悪い話がもう一つある。
(水蛇ももう保たない)
魔法の効力が切れかかっているのを感じた。
たとえ力で強引に魔法を突破できないとしても、私が魔法を保つ集中力と魔力を維持できるかは別問題だ。
水蛇が切れた瞬間、館長さんの両腕の機関銃が私とトリスを容赦なくズタズタにするだろう。
きっとトリスや私の魔法じゃ、歩兵の銃撃は防げても館長さんの銃撃は防ぎ続けられない。
(ここまで来て、ダメなの? 私はまた何もできないの……?)
水蛇が弾けて、もうダメだと悔しさから涙ぐみそうになった、その時──。
「──大丈夫、俺が道を切り拓く」
頭上から頼もしい凛とした低い声。私はその声をもうよく知っていた。
その声はベルのものだった。
気づけば、ベルは高く宙返りするように跳躍していて、その手にはいつも腰に携えている刀。
その刀が眩いほどに白く光っていて、その刀をベルは鞘に徐々に収めながら目を閉じていた。そして刀身が全て鞘に収まって眩い光も収まって消えたかと思えば、同時にキンと鍔鳴りの澄んだ音がして。それが何かの完了の合図だったのか、次の瞬間、ベルは目をカッと見開いた。
「大地よ、海よ、空よ、割れろ!!」
そして鞘に収めた刀を一瞬で振り抜いて、閃光が走った。
その神聖な魔力を帯びた斬撃が、刀の先にあるもの全てを吹き飛ばした。猛烈な光量で可視化された斬撃に、私たちの前に立ち塞がった歩兵、どころか館長さん、グランドホールの赤い絨毯の床や天井までもが切り裂かれて、崩れていく。天井に大きく開いた風穴から光が差した。
館長さんも同じ斬撃を喰らったはずだけれど、その泥でできた不定形な体は瞬く間にその体を寄せ集めて再生した。単純な威力が高いだけの攻撃じゃ倒せないみたい。水蛇と同じだ。
館長さんは急いで泥の両腕をまたウネウネと動かして機関銃を作ろうとしていた。
でも。
(今の刀の一振りで……!)
私の前に道ができていた。抉り取られたグランドホールの床をそのまま走っていけば、今度こそ館長さんの元に辿り着ける!
「ベル!」
堪らず助けにやって来てくれたその頼もしい黒い竜の騎士の名前を呼ぶ。
ニュムパエアの式典の日から、いつだってベルは私のことを助けてくれた。
「後ろからの銃撃は俺が防ぐ! 浄化を!」
ベルは、刀を構えて私の後ろについてくれる。
けど、私のことを守ってくれるのはベルだけじゃなかった。
『私達も加勢します!』
『人間を絶対にお守りしろ! その身を盾にするんだ!』
聞き覚えのある勇ましい号令。とても聞き取りやすい造られた声。
それはロボットたちのもので。
気づけばベルだけじゃなく、いつのまにかどこからか現れたロボットたちがその身を盾にしてベルが作ってくれた道の脇を固めてくれていた。
ロボットたちはベルを追ってきた泥の歩兵たちから容赦なく銃撃されてカンカンカンと軽い跳弾する音を響かせているけど、大丈夫なんだろうか。
『街の皆さん!?』
ベルを追って遅れてやってきたマルクも思わぬ加勢にビックリしていた。同じロボットのマルクが呼んでくれたのかと思ったら、どうやら違うらしい。
「街のみんなが、どうして……」
そもそもなんでここに私たちがいるのを知っているのだろう、と。
そう口走った私は、「あ──」と気づく。
『差し支えなければ、本日のご予定などお聞きしても?』
『今日、博物館ってところ行ってみようと思うの』
毛布を返しにいった時に博物館に行くのだと私が街のロボットに伝えたのだった。
それを知った街のロボットたちが助けに来てくれたんだ。
私は感極まって泣きそうになってしまう。けど、その涙はまだ流すには早かった。
「シャスカ、頼む!」
「──うん!」
ベルの言葉に力強く頷いて。
私は、万感の想いを胸に秘めて、駆け出した。
ベルがこじ開けてロボットたちが保ってくれている道をひた走る。
みんなが繋いでくれた道。
もう恐れるものはなにもなかった。
そして、私は館長さんの元に辿り着いた。
泥でできた丸みを帯びた体が、頭を持ち上げてこちらをじっと見下ろしている。
動く様子はなかった。作りかけだった両腕の銃は作りかけのまま投げ出されているように地面に垂れていた。それは、何かを待っているようでもあった。
私は胸元からぶら下げたマルクからもらったホログラム投影機を掲げて、館長さんによく見えるようにした。
そして私は館長さんに伝えたかったことを一つ一つ訥々と話しかけた。
「館長さん、ありがとう。これまでずっと頑張ってくれて」
私がここまで必死の思いで辿り着いたのは、館長さんを倒すためじゃない。
弔うためだ。
なら、言うべき言葉は決まっていて、迷うことはなかった。
式典のために練習した祝詞を詠むように、それは淀みなく私の内側から湧き上がって発せられた。
館長さんも私を拒むことなく、私の言葉に耳を傾けてくれている、と思う。
館長さんはさっきまでとは打って変わって、なにか敵意を見せたり抵抗する様子はなかった。
「私、ちゃんと受け取ったよ」
私の手の中でスティック状のホログラム投影機が鈍く光っている。
私はこの島に来て、この博物館に来て、たくさんのことを知った。
島に来る前の私は、本当になにも知らなかった。きっと、今だって知らないことの方がずっと多い。けど、知らないってことを知ることができた。
「戦争がすごい怖いってよく分かった」
ニュムパエアでのこともそうだし。
この博物館のホログラムでもそう、そして、館長さんとの戦い。
その全てが私に刻まれていた。
もうこんなこと絶対に繰り返させたりしないから。
その想いを私は言葉に込めた。
「だから、もう大丈夫だよ。安心してゆっくり休んで」
その言葉と共に私は練り上げた浄化の魔法を解き放った。
世界が私から放たれる光で白く染まった。




