歴史の守護者のなれ果て
ドームには出入り口が二つあるみたいで私たちは入ってきた方とは別の方から、ドームを後にした。
また長い廊下が続いている。ホログラムが展示の最後って言ってたけどこの廊下はどこに繋がっているんだろう。そう心のどこかで思う気持ちはあったけれど、それどころじゃなかった。
ホログラムを観終わって、半ば放心しながら私とトリスは歩いていた。
まだ色んなことを呑み込むには時間が必要そうだった。
正直ショックだった。内容もそうだし、ロマから沢山授業をされたのに私とトリスはきっと色んなことを教えてもらってない。ロマが知らないはずないもの。
それはもしかするとベルみたいに私やトリスを気遣ってのものかもしれないけど。
でも、私は裏切られたような気分だった。
とは言え、知れてよかったとも思う。
人間を探す旅の第一歩に、人間の歴史を知れたことは大きな一歩だったと思う。
それに、ロマにだってニュムパエアに帰った時に聞けばいいんだ。
……ロマは、きっと無事だよね。
そんなことをグルグル考えていると、先導するマルクが口を開いた(えっと、マルクに口はないんだけどね)。
『お客様に折り入ってお願いしたいことがあります』
顔を上げると、マルクのカメラが私の方を見ていた。
『特にシャスカ様』
「私?」
名指しされたものだからつい自分を指差してしまう。
『ええ、どうか館長を弔ってもらいたいのです。巫女であるシャスカ様ならば、できるのではないかと』
「館長さん?」
確か……、マルクに名前をつけてくれた人って一番最初に言ってた。
それに館長ってことは、この博物館偉い人ってことなんだろうけど。
弔ってってことは、もう亡くなってるんだよね。
私は巫女だから祈りを捧げるぐらいのことはできると思うけど……。
『ええ、この歴史博物館を最期まで管理していた館長です。核戦争、そしてそれまでの歴史を編纂し、後世にお遺しくださったのです。今、お見せしたプロジェクションがそれです』
さっきのホログラムの終わり際に流れてきた立体的な文字の中にきっと館長さんの名前もあったんだろうな。
そして、館長さんのおかげで私はいろんなことを知れた。
マルクは一歩分、前に出て円柱の体の側面から腕を出すと私に向けて何かを差し出してきた。
『シャスカ様、これを』
私は何も考えずに素直に差し出されたものを受け取った。
それは銀の短い棒に見えた。ちょうど手にすっぽりおさまってしまうくらいの小さな銀の棒。棒の先端に黒い丸、ロボットのカメラのようなものがついていて、何かしらの機械なんだってことは伺える。それに銀の鎖が通っていて、首に掛けられそうだった。
「これは?」
『スティック型携帯ホログラム投影機です。先ほどのプロジェクションの他に、この博物館が所蔵するすべての展示のデータファイルが込められています。貴方様が魔力を込めればいつでも半永久的にお使いになれるはずです』
そう言って、マルクは礼をするように体を傾けた。
『どうか、大切にしてください』
「そんな、すごいものもらっていいの……?」
それはつまりこの博物館の全てを携帯してもいいっていうのと同義で。
そんなホイホイ渡していいものじゃないんじゃないのとも思う。
『いえ、機械自体は無料配布の代物ですから、旧文明ではありふれた量産品です。お気になさらず。むしろ、これを館長が作成以来、今日まで誰にも渡せずにいたのが、マルクは無念でしょうがなかったのです』
そっか、文明が滅んでしまったのなら、これを渡す相手もこれまでいなかったってことなんだ……。
誰にも見られない、来るあてもない客をここでずっとずっと待ち続けるより、次にやってきた誰かに全てを託した方がいいって館長さんは判断したのかもしれない。
館長さんが託してくれたものの全てがいま私の手の中にあった。
なら。
私は、マルクから貰ったばかりのホログラム投影機を首に掛けた。
「ねえベル、ここまでよくしてもらったんだし……、それに私、館長さんに会いたい」
「ああ、構わない」
ベルも快諾してくれる。ベルは水竜族でもないのに私の我儘を聞いてもらってばっかりだ。
ニュムパエアに戻る時になったら、たくさんお礼しないと。
せめて今は言葉だけだけど。
「ありがとう」
『マルクからもありがとうございます』
マルクも私に続いて、私たちにお礼を言った。
そして、私たちを先導するように廊下を進んでいく。廊下は最終的には私たちが最初にいた入り口のロビーへと繋がっていて、その直前に階段があった。マルクが階段の脇に止まったかと思うと、そちらへ私たちを促した。それは今までの数段で終わってしまうフロアを繋ぐ階段と違って長く伸びていて、地下へ地下へと続いている。階段は、足元が暗くならないようにか。誘導灯が敷かれている。そして、階段の先は立派な重厚な両開きの扉へと続いていた。それは、ホログラムを上映するドームのドアよりも立派だった。
『館長はこの博物館の所蔵する講堂の一つ、中央グランドホールにいらっしゃいます』
「中央グランドホール……?」
どうしてそんな所に? 疑問に思いながらも、私たちはゾロゾロと先導するマルクについて歩いた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「広いね」
『ここは講演などが行われる場所ですから』
中央グランドホールはこれまでのマーモリウムのツヤのある床と違って、赤いフカフカの絨毯が敷かれていて私たちの足音をよく吸収した。講演が行われる場所だから余計な音はさせないようにっていう計らいなんだと思う。天井も音が反響しないようにかすごく高い。
そして中央グランドホールにはたくさんの座席があった。どの座席もしっかりした造りをしていた。階段状に多くの列を並べて中央に向けてズラーっと並んでいる。
そして、座席に座った観客の視線が向かうだろう先。中央グランドホールその中心部、壇上に、いた。
「これが館長さん……?」
『ええ』
マルクは短く肯定を示す。だけど、私の戸惑いは晴れない。
「でも、これって……」
私は言い淀む。
だって、それは巨大な体をしていたから。
ちょっと小さな建物ぐらいの大きさはある巨体が、広いはずの壇上を占拠していて。その体からとめどなく青黒い泥が流れて、その澱みが辺りに滞留している。下半身はない。床から直接上半身が生えて、糸の切れた人形のように項垂れている。
明らかに人ではなかった、そしてそれは、その体の色は昨日の夜に見た魔物たちによく似ていて──。
『館長は魔物になってしまったのです』
魔物になってしまった?
その言葉にマルクへと私たち三人は視線を向ける。
マルクは謝るように体ごと頭を深く傾けた。
『騙すような形になってしまい、申し訳ありません。ですが、お願いします。マルクでは何度やっても、館長を倒すことができませんでした』
その声は機械やロボットの作られた聞き取りやすい声なのに、震えていて、マルクにとっては切実なお願いだってことはすぐに分かった。
『このようなこと、お客様に危害が及ぶかもしれないことをお客様に願うのはロボットとして、失格だと存じております。ですが、館長があまりに哀れでならないのです。もう長い間、自我をなくしたまま人を待ち続けているのです』
そして、マルクは事情を全て話してくれた。私はマルクが私たちを騙したとは思っていなかった。だって、こんなことどうしたって言い出しにくいでしょう。
「ベル」
私が縋るような声音でベルを見上げると、ベルは頷いて腰の刀に手をかけながら前に出た。
「……倒せばいいんだな?」
念を押すように確認を取るベルに、マルクは深く頷くように体を傾けた。
『はい、お願いします』
「心得た」
ベルは倒す気満々みたいで。
私は慌ててマルクとベルに声を掛けた。
「でも、いいの? 元は館長さんなんでしょう?」
マルクは言ってた、自分に戯れに名前をつけてくれたって。
つまり、名付け親で。マルクにとっては大切な人なわけで。
いくら魔物になってしまっているとしても、マルクの前で倒すっていうのは……。
けど、マルクは首を振るように半球体の頭を左右に小刻みに交互に回した。
『ああなってしまっては館長が一番お辛いでしょうから、どうかもう眠らせてあげてください。人の死には弔いが必要なのです』
そして、マルクはまた頭を下げた。
『どうか、どうか……』
マルクは痛々しい声でそれだけを繰り返した。
「…………そうだな」
ベルも沈痛な表情を浮かべながら頷いた。
ベルは棺を背負って旅をしているから、何か思うところがあったのかもしれない。
ベルがそのまま刀を鞘から抜き放つと途端に、館長さんは動きを見せた。
泥でできた起伏のない体をぐっと持ち上げて、顔を上げた。
目はない。おそらく顔に当たる所がぼんやりと光っている。
けど、私には分かった。
こっちを見てる……!
『敵意を感知されました』
「客のままであったなら、見逃してくれるということか」
ベルは向こうもこちらを認識しているというのに、冷静に状況を分析している。
確かに、ベルが刀を抜くまではピクリとも動いてなかった。
マルクもベルと同じように、館長に向き合うように前に出た。
『館長は人類の軌跡を誰かに託すために、自ら魔物になったのです。だからこそ、この博物館は今もなお十全に機能し続け、街へ向けて伝柱を通して魔力を供給しているのです』
その言葉にハッと気づいた。
この博物館は綺麗だった。
綺麗すぎた。ずっと昔に文明が滅んでいたっていうのに。
ベルが博物館に入って不思議がってたのもそれだったんだ。
けど、今ならわかる。
魔物になった館長さんが自分の魔力でずっとこの博物館を守ってたんだ。
『ですが、それももう終わらせないとなりません』
マルクの声はもう震えていなかった。
そこにあったのは、決意で。
戦いが始まろうとしていた。
「大地よ。大地の子らを守る盾を!」
ベルは戦うにあたってまず最初に刀を地面に突き刺した。
ベルの呼びかけに応じて、私やトリスを守るように岩が辺りに立ち並ぶ。私の周りだけじゃない、グランドホールの色んなところに岩が生えていた。
私を式典の場で火竜族の炎から守ってくれた時と同じ魔法。地竜族の防御魔法だ。
「シャスカ、トリス。二人とも危ないからその陰に隠れていなさい」
「分かった。──水の加護よ、この者を護り給え!」
私は防御魔法のお返しにベルに水の巫女の加護を与える。
火に対して絶対の耐性と水の中で活動できることが主な効果で、後は多少の攻撃を緩和したりちょっとした怪我なら立ち所に直してしまう程度の魔法だけど、ベルの強さならきっと役に立ててくれる。
「ベルも気をつけて」
「ありがとう」
ベルと私は頷き合って、ベルは岩陰から飛び出して一直線に館長さんに向けて駆けていく。それにマルクが続いた。
館長さんは、それに対して、ウネウネと両腕を伸ばしていた。枝分かれした細胞の仮足のようなそれは、徐々に明確な輪郭を持ち始めていく。
『攻撃が来ます!』
「両腕が武器に変わってく。アレは──」
私たちの目の前でそれは完成した。
館長さんの泥でできた腕が、銃になっていた。それも、ただの銃じゃない。
いくつもの砲身を繋げて回転しながら砲身の先にあるもの全てを薙ぎ払うそれは、ホログラムの中で見たものだった。
『連装機関銃です。気をつけて!』
マルクが叫びを上げる、と、同時にそれは猛烈な勢いで回転して唸り声を上げた。
その砲身からひっきりなしに銃弾を吐き出した。
ベルが立ち止まって咄嗟に刀で銃弾を弾き返す。一つだけじゃない、その全てを。
ベルは銃弾の雨を刀を猛烈な速さで動かしてその全てをいなしていた。
それはもう間違いなく達人の剣捌きで。
すごい、間違いなくすごいんだけれど。
でも、ベルは銃弾の雨を刀で弾き返すのに精一杯で、その場に縫い止められたようにそれ以上前に進むことができないみたいだった。それどころか銃弾の衝撃を受け続けて、徐々に徐々に後退させられて行く。
ベルは一度飛び退いて、自分が作った岩の遮蔽の一つに身を隠すと刀にこびりついている青黒い泥を人差し指と中指で刀身を挟んでピッと拭いとる。
「本来の銃弾ではなく、魔力を帯びた泥の塊だな」
ベルは冷静に状況分析を口にした。どうやら銃弾のように見えたそれはあくまで泥のままではあるのらしい。
「俺は地竜だ、アレぐらいの攻撃が通るわけはない。
だが──」
そう言い淀むベルの前で、それは現れた。
ボトリボトリと館長さんの周りの天井から泥の塊がいくつも落ちてきて、それは形を形成していく。
瞬く間にそれは人の姿になって、銃を構えた。
それは、その姿は──。
「さっきのホログラムに出てた人たち!?」
そう、ホログラムで何度も何度もその命を散らした兵士たちだった。
ベルも苦々しく顔を歪める。
「泥をこねて、ホログラムを再現できるのか」
戸惑う私たちに、いつの間にかベルと同じ遮蔽まで戻ってきていたマルクが補足説明をしてくれる。
『当博物館は館長が魔物になってでも維持させたものです。当然、この博物館全体が館長の手足そのものです。ホログラムを己が権能で実体化させることなど造作もないでしょう』
「万物の創造。魔物の強さは生前の想いの強さに比例する。館長はこれほどまでに……」
マルクの説明は、館長さんの力の強大さを語っていた。ベルも何か思うところがあるのか視線を落とした。
けど、マルクの話は悪い話ばっかりじゃなかった。
『マルクがサポートします。お客様だけに戦わせるつもりはありません』
そう言って、マルクの両脇から青い光がいくつもいくつも飛び出した。
それにも見覚えがある。
「ホログラムで見たビットだ……」
トリスが思い出すように口にしたそれは、ホログラムの中で見せられた武器の中で確か一番新しい兵器だった。
私は驚いてつい声を上げてしまう。
「マルクも戦えるの!?」
街のロボットたちも魔物と戦っていたけれど、武装らしい武装なんてなかった。
ただ頑丈な体で攻撃を受け止めて腕で殴りつけるだけ。
けど、マルクの周りには青い光の粒がマルクを守るようにフヨフヨと漂っている。
マルクは他のロボットたちとは明らかに一線を画していた。
博物館にいるマルクに必要なものだとは到底思えなかった。
私の驚愕の声にマルクは種明かしをしてくれる。
『館長の力は私にも及んでおりますので、館長がいる間だけは館長と同じ力をほんの少しだけ私も扱えるのです。そして私は機械なおかげか館長が扱えないビットを扱えます』
「頼もしいな」
助力を得られてベルの顔も少しだけパッと光が差すように明るくなった。
けど。
私はベルやマルクが岩の遮蔽に隠れている間に、館長さんが天井に向けて腕を掲げて何かしていることに気づいていた。
「ねぇ、あれ見て」
私は館長さんの腕の先、見上げた視線の先を指差す。
私の言葉にみんなが一斉に上を見る。
その高い天井にはさっきまでなかったものが形成されつつあった。
「夥しいほどの魔力が天井で渦巻いて何かを形成しようとしてる……」
私の言葉の通り、禍々しい青黒い魔力がそこに滞留して、何かを為そうとしていた。
間違いなく、邪悪な何かを。
それは徐々に明確に形を表して私は気づいた。
「あれは、ホログラムで見た。核爆弾?」
そう、それは都市を破壊し尽くした猛烈な光が、都市を襲う前に一瞬チラッと見えたものによく似ていた。流線型のそれ。
『勿論、魔力と泥の模造品です。本物の核爆弾には及びません。ですが──』
見上げて言い淀むマルクの言葉を、ベルが繋いだ。
「このまま膠着状態だと、ドカン! か」
ドカンって調子めかしてベルは言うけれど、そんな軽い調子じゃきっとすまない。
言葉の軽さとは裏腹に、ベルの顔にまた影がさしているのもそれを物語っている。
「時間制限があるというわけだ」
そう言って、岩の遮蔽から館長の様子を伺うベルの前で、今もなお歩兵たちは量産されていく。その歩兵たちはひっきりなしにこちらに向けて銃を撃ち込んできていた。
「急がないとまずいが、歩兵や機関銃に邪魔されて館長まで辿り着けそうにないな」
そして、ベルは歯噛みする。
「この弾幕をどうにかできればいいんだが」
どうにも私たちに立ち塞がっている困難は強固なもののようだった。
止むことのない銃声が私たちの耳にこだましていた。




