歴史の守護者のなれ果て
ホログラムを観終わって、長い廊下を半ば放心しながら私は歩いていた。
まだ色んなことを呑み込むには時間が必要そうだった。
正直ショックだった。
内容もそうだし、ロマに色んなことを教えてもらってなかった、その事実が。
ロマが人間の歴史を知らないはず、ない。
もしかすると、それは大人の気遣いってのものかもしれないけど。
でも、私は裏切られたような気分だった。
とは言え、知れてよかった。
人間の歴史を知れたことは大きな一歩だ。
それに、ロマにだってニュムパエアに帰ってから聞けばいいんだ。
……ロマは、きっと無事だよね。
そんなことをグルグル考えていると、先導するマルクが言葉を発した。
『お客様に折り入ってお願いしたいことがあります』
顔を上げると、マルクのカメラが私の方を見ていた。
『特にシャスカ様』
「私?」
名指しされたものだからつい自分を指差してしまう。
『ええ、どうか館長を弔ってもらいたいのです。巫女であるシャスカ様ならば、できるのではないかと』
「館長さん?」
確か──、マルクに名前をつけてくれた人。
私は巫女だから祈りを捧げるぐらいのことはできると思うけど……。
『ええ、この歴史博物館を最期まで管理していた館長です。核戦争、そしてそれまでの歴史を編纂し、後世にお遺しくださったのです。いま、お見せしたプロジェクションがそれです』
さっきの中に、館長さんの名前もあったんだろうな。
円柱の体の側面から腕を出すと、マルクは私に向けてなにかを差し出してきた。
『シャスカ様、これを』
なにも考えずに、私は差し出されたものを受け取った。
それは銀の短い棒に見えた。
大きさとしては、ちょうど手にすっぽりおさまってしまう。
棒の先端に黒い丸、ロボットのカメラのようなものがついていた。
銀の鎖が通っていて、ペンダントの代わりになりそう。
「これは?」
『スティック型携帯ホログラム投影機です。先ほどのプロジェクションの他に、この博物館が所蔵するすべての展示のデータファイルが込められています。貴方様が魔力を込めればいつでも半永久的にお使いになれるはずです』
そう言って、マルクは礼をするように体を傾けた。
『どうか、大切にしてください』
「そんな、すごいものもらっていいの……?」
すべての展示のデータファイル。
つまり、この博物館そのものみたいなものじゃないかしら。
そんなホイホイ渡していいものじゃないんじゃ……。
『いえ、機械自体は無料配布の代物ですから、旧文明ではありふれた量産品です。お気になさらず。むしろ、これを館長が作成以来、今日まで誰にも渡せずにいたのが、マルクは無念でしょうがなかったのです』
そっか、これを渡す相手もこれまでいなかったんだ……。
来るあてもない誰かをここでずっとずっと待ち続けるより、次にやってきた誰かに全てを託した方がいいって館長さんは判断したのかもしれない。
館長さんが託してくれたものが、いま私の手の中にあった。
なら。
私は貰ったばかりのホログラム投影機を、首に掛ける。
「ねえベル、ここまでよくしてもらったんだし……。それに館長さんに会いたい」
「ああ、構わない」
ベルも快諾してくれる。
いつもベルには我儘を聞いてもらってばっかりだ。
ニュムパエアに戻る時になったら、たくさんお礼しないと。
「ありがとう」
『マルクからもありがとうございます』
私に続いて、マルクも私たちにお礼を言った。
そして、私たちを先導するように廊下を進んでいく。
長い廊下は最終的には入り口のロビーへと繋がっていた。
その終点手前に階段があった。
マルクが階段の脇に止まると、そちらへ私たちを促した。
階段は地下へ地下へと続く。
足元が暗くならないようにか、誘導灯が灯っている。
階段の先には、重厚で立派な両開きの扉が待ち受けていた。
『館長はこの博物館の所蔵する講堂の一つ、中央グランドホールにいらっしゃいます』
「中央グランドホール……?」
どうしてそんな所に?
疑問に思いながらも、先導するマルクについて私たちはゾロゾロと階段を降りるのだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「広いね」
『ここは講演などが行われる場所ですから』
中央グランドホールはこれまでのマーモリウムのツヤのある床と違って、赤いフカフカの絨毯が敷かれて私たちの足音をよく吸収した。講演が行われる場所だから余計な音はさせないようにっていう計らいなんだろう。
天井も音が反響しないようにかすごく高い。
中央グランドホールにはたくさんの座席があった。
どの座席もしっかりした造りをしていて、階段状に多くの列を並べて中央に向けてズラーっと並んでいる。
そして、座席に座った観客の視線が向かうだろう先。
中央グランドホールその中心部。
壇上に、いた。
「これが館長さん……?」
『ええ』
マルクは短く肯定を示す。だけど、私の戸惑いは晴れない。
「でも、これって……」
私は言い淀んでしまう。
だって、それは巨大な体をしていたから。
ちょっと小さな建物ぐらいの大きさはある巨体が、広いはずの壇上を占拠していた。その体からとめどなく青黒い泥が流れて、その澱みが辺りに滞留している。下半身はない。床から直接上半身が生えて、糸の切れた人形のように項垂れている。
明らかに人ではなかった。
その体色は、昨日の夜に見た魔物たちによく似ていて──。
『館長は魔物になってしまったのです』
魔物になってしまった?
その言葉にマルクへと私たち三人は一斉に視線を向ける。
マルクは謝るように体ごと頭を深く傾けた。
『騙すような形になってしまい、申し訳ありません。ですが、お願いします。マルクでは何度やっても、館長を倒すことができませんでした』
その声はロボットの作られた聞き取りやすい声なのに、震えていた。
『このようなこと、お客様に危害が及ぶかもしれないことを、お客様に願うのはロボットとして失格だと存じております。ですが、館長があまりに哀れでならないのです。もう長い間、自我をなくしたまま人を待ち続けているのです』
そして、マルクは事情をすべて話してくれた。
マルクが私たちを騙したとは、私たちの誰も思っていなかった。
だって、こんなことどうしたって言い出しにくいでしょう。
「ベル」
私が縋るような声音でベルを見上げると、ベルは頷いて腰の刀に手をかけながら前に出た。
「……倒せばいいんだな?」
念を押すように確認を取るベルに、マルクは深く頷く代わりに体を傾けた。
『はい、お願いします』
「心得た」
ベルは倒す気満々みたいで。
私は慌ててマルクとベルに声を掛けた。
「でも、いいの? 元は館長さんなんでしょう?」
マルクは言ってた、自分に戯れに名前をつけてくれたって。
つまり、名付け親。
いくら魔物になってしまっているとしても、マルクの前で倒すっていうのは……。
けど、マルクは首を振る代わりに半球体の頭を左右に小刻みに交互に回した。
『ああなってしまっては館長が一番お辛いでしょうから、どうかもう眠らせてあげてください。人の死には弔いが必要なのです』
そして、マルクはまた頭を下げた。
『どうか、どうか……』
マルクは痛々しい声でそれだけを繰り返した。
「…………そうだな」
沈痛な表情を浮かべながら、ベルは頷いた。
棺を背負って旅をしているベルには、思うところがあるのかもしれない。
ベルがそのまま刀を鞘から抜き放つと、途端に、館長さんは動きを見せた。
泥でできた起伏のない体をぐっと持ち上げて、顔を上げる。
目はない。おそらく顔に当たる所がぼんやりと光っている。
けど、分かる。
こっちを見てる……!
『敵意を感知されました』
「客のままであったなら、見逃してくれるということか」
ベルは冷静に状況を分析している。
確かに、ベルが刀を抜くまではピクリとも動いてなかった。
ベルと並び立って、マルクも館長に向き合うように前に出た。
『館長は人類の軌跡を誰かに託すために、自ら魔物になったのです。だからこそ、この博物館はいまもなお十全に機能し続け、街へ向けて伝柱を通して魔力を供給してロボットたちを動かしているのです』
その言葉にハッと気づいた。
この博物館は綺麗だった。
綺麗すぎた。ずっと昔に文明が滅んでいたのに。
博物館に入った時も、ベルは不思議そうに首を捻っていた。
いまならわかる。
魔物になった館長さんが、この博物館を守ってたんだ。
『ですが、それももう終わらせないとなりません』
マルクの声には、決意がこもっていた。
そして、戦いが始まる。
「大地よ。大地の子らを守る盾を!」
戦うにあたって、まず最初にベルは刀を地面に突き刺した。
ベルの呼びかけに応じて、私やトリスを守るように岩が辺りに立ち並ぶ。
グランドホールの至る所に岩が生えていた。
私を式典の場で火竜族の炎から守ってくれた時と同じ魔法。地竜族の防御魔法だ。
「シャスカ、トリス。二人とも危ないからその陰に隠れていなさい」
「分かった。──水の加護よ、この者を護り給え!」
私は防御魔法のお返しにベルに水の巫女の加護を与える。
火に対して絶対の耐性と水の中で活動できることが主な効果で、後は多少の攻撃を緩和したりちょっとした怪我をしても立ち所に直してしまう程度の魔法だけど、ベルの強さならきっと役に立ててくれる。
「ベルも気をつけて」
「ありがとう」
私と頷きあうと、ベルは岩陰から飛び出して館長さんに向かって駆けていく。
マルクもベルに続いた。
対して、館長さんはウネウネと両腕を動かしている。
枝分かれした細胞の仮足のようなそれは、徐々に明確な輪郭を持ち始めていく。
『攻撃が来ます!』
「両腕が武器に変わっていく。アレは──」
ベルの視線の先で、それは完成した。
館長さんの泥でできた腕が、銃になっていた。
それも、ただの銃じゃない。
いくつもの砲身を繋げて回転しながら砲身の先にあるものすべてを薙ぎ払うそれは、私たちがホログラムの中で見た──。
『連装機関銃です。気をつけて!』
マルクが叫びを上げると同時に、それは猛烈な勢いで回転して唸り声を上げた。
その砲身からひっきりなしに銃弾を吐き出し続ける。
ベルは立ち止まって咄嗟に刀で銃弾を弾く。
銃弾の残骸が、ベルの脇に降り積もっていく。
銃弾の雨を刀を猛烈な速さで動かして、ベルはその全てをいなしていた。
私の目から見ても間違いなく達人の剣捌き。
だけど。
ベルは銃弾の雨を刀で弾き返すのに精一杯だ。
その場に縫い止められたように、それ以上前に進むことができない。
どころか、銃弾の衝撃で徐々に徐々に後退させられて行く。
たまらず一度飛び退いて、ベルは自分が作った岩の遮蔽の一つに身を隠すと、刀にこびりついている青黒い泥を人差し指と中指で刀身を挟んでピッと拭いとる。
「本来の銃弾ではなく、魔力を帯びた泥の塊だな」
指にまとわりついた青黒い泥を眺めて、ベルはつぶやいた。
どうやら銃弾のように見えたそれは、あくまで泥のままではあるのらしい。
「俺は地竜だ。コレぐらいの攻撃が通るわけはない。だが──」
そう言い淀むベルの前で、それは現れた。
ボトリ。ボトリ。
館長さんの周りの天井から泥の塊がいくつも落ちてきて、形を成していく。
瞬く間にそれは人の姿になって、銃を構えた。
それは、その姿は──。
「さっきのホログラムに出てた人たち!?」
そう、ホログラムで何度も何度もその命を散らした歩兵たちだった。
ベルも苦々しく顔を歪める。
「泥をこねて、ホログラムを再現できるのか」
戸惑う私たちに、いつのまにかベルと同じ遮蔽に身を隠しているマルクは補足する。
『当博物館は館長が魔物になってでも維持させたものです。この博物館全体が館長の手足そのものです。ホログラムを己が権能で実体化させることなど造作もないでしょう』
「万物の創造。魔物の強さは生前の想いの強さに比例する。館長はこれほどまでに……」
マルクの説明は、館長さんの力の強大さを語っていた。
ベルも視線を落とした。
けど、マルクの話は悪い話ばっかりじゃなかった。
『マルクがサポートします。お客様だけに戦わせるつもりはありません』
マルクの両脇から青い光が、いくつもいくつも飛び出した。
それにも見覚えがある。
「ホログラムで見たビットだ……」
トリスが口にしたそれは、ホログラムの中で見た武器の中で確か一番新しい兵器だった。
つい、私は声を上げてしまう。
「マルクも戦えるの!?」
街のロボットたちも魔物と戦っていたけれど、武装らしい武装なんてなかった。
ただ頑丈な体で攻撃を受け止めて腕で殴りつけるだけ。
けど、マルクの周りには青い光の粒がマルクを守るようにフヨフヨと漂っている。
他のロボットたちとは明らかに一線を画していた。
その力が博物館にいるマルクに必要なものだとは到底思えない。
私の驚愕の声にマルクは種明かしをしてくれる。
『館長の力は私にも及んでおりますので、館長と同じ力をほんの少しだけ私も扱えるのです。そして、私は機械なおかげか館長が扱えないビットを扱えます』
「頼もしいな」
助力を得られて、ベルの顔も少しだけ明るくなった。
けど。
私は気づいていた。
こうしている間にも、館長さんは天井に向けて腕を掲げてなにかしている。
「ねぇ、あれ見て」
私は館長さんの腕の先、見上げた視線の先を指差す。
私の言葉にみんなが一斉に上を見る。
その高い天井には、さっきまでなかったものが形成されつつあった。
「夥しいほどの魔力が天井で渦巻いて何かを形成しようとしてる……」
禍々しい青黒い魔力がそこに滞留して、なにかを為そうとしていた。
間違いなく、邪悪ななにかを。
それは徐々に明確に形を表して私は気づいた。
「あれは、ホログラムで見た。核爆弾?」
そう、それは都市を破壊し尽くした猛烈な光が都市を襲う前に一瞬チラッと見えたものによく似ていた。流線型のそれ。
『はい。勿論、魔力と泥の模造品です。本物の核爆弾には及びません。ですが──』
見上げて言い淀むマルクの言葉を、ベルが繋いだ。
「このまま膠着状態だと、ドカン! か」
ドカンって調子めかしてベルは言うけれど、そんな軽い調子じゃきっとすまない。
言葉の軽さとは裏腹に、ベルの顔に影がさしている。
「時間制限があるというわけだ」
そう言って岩の遮蔽から館長の様子を伺うベルの前で、いまもなお歩兵は量産されていく。
生まれ落ちた歩兵たちは、ひっきりなしにこちらに向けて銃を乱射し続けた。
「急がないとまずいが、歩兵や機関銃に邪魔されて館長まで辿り着けそうにないな」
ベルは歯噛みする。
「この弾幕をどうにかできればいいんだが」
どうにも私たちに立ち塞がっている困難は強固なもののようだった。
止むことのない銃声が私たちの耳にこだましていた。




