史実の惨状
展示フロアを出て、長い廊下をマルク先導で歩いていく。
私は疲れを覚え始めていた。横を歩くトリスも表情が強張ってしまっている。
『少し休憩にしましょうか。皆さま、お疲れでしょう』
頭をクルリと回して振り向いて、マルクは壁に備えつけのベンチへと私たちを促してくれる。側に四角い機械が聳え立っている。
トリスと一緒にベンチに腰掛けると、途端にドッと疲れが出た。
体が重い。
「やっぱりショッキングな内容が続いたからかな……。疲れちゃった……」
「うん……」
トリスも力無く頷く。
正直、マルクがこのタイミングで休憩を言い出してくれてありがたかった。
で、私たちは休憩できてるんだけど……。
私たちにベンチを譲ってくれて、ベルは立ったままだ。
休まなくて平気なのかなと見上げていると、
「自動販売機があるな。マルク、ここの飲み物は──」
「ええ、防腐処理の魔法が掛けられております。飲食しても問題ないかと」
側の四角い機械──ジドーハンバイキ? に、ベルはお金を入れてポチポチと指で押す。
すると、ガコンガコンと音が二回鳴って、ベルは機械の下の方、押し戸みたいに開く箇所に腕を突っ込んでなにかを取り出した。
お買い物をしたのかな?
「自動でモノを売ってくれる機械? そういうのもあるんだ……」
感心して見ていると、ベルは買って来てくれたものを私とトリスに持ってきて渡してくれる。
「ヒャ、冷たい」
私は手渡されたそれを受け取って、冷たさから驚いてしまう。
途端にベルは『しまった』って顔をした。
「あ、すまない」
「ううん、驚いただけだから……、これは?」
ベルに謝られて、『気にしないで』と首を振りながら尋ねる。
手渡されたものは缶詰に似てる。
円柱の金属で、カラフルな水飛沫の絵が描かれてる。それでいて、すごく冷たい。
私の手の中で中身が揺れてチャポチャポ言ってる。
「炭酸飲料だ。スッキリする」
タンサンインリョー?
よくわからないまま、取っ手に指をかけてカシュっと開ける。
途端に甘い、けど、爽やかな匂いが鼻をくすぐった。
前にフォークがないって言って困らせたから、すぐに缶に直接口をつける。
「あ、美味しい」
一口飲んで、すぐに気に入った。
シュワシュワしててちょっと喉に刺激があるけど、甘くてスッキリする。
「こんなの飲んだことない」
私とトリスは、ニュムパエアでも基本的に水ばっかり飲んでいた。
たまにロマや大人たちが赤ワインを飲んでいて、ちょっと目を盗んで舐めたこともあるけど、それとも違う。
トリスも気に入ったのか、「おいしいね」ってニコニコしながら目を輝かせてる。
私たちが炭酸飲料にすっかり夢中になっていると、ベルとマルクが話し込んでいた。
「展示はまだ続くのか?」
どうやらベルはあとどれくらい展示があるのか確かめているようだった。
『ここから先は、ホログラム展示となっております。次で最後です』
「ホログラム?」
聞きなれない単語に口を挟んだ私にベルがすかさず補足を入れてくれる。
「立体的な映像だ。実際にその場にいるような体験ができる。確か水の魔法で幻を作る魔法があるだろう? それによく似ている」
「ああ、確か水分子を操作して光の屈折をどうたらこうたらする魔法ね」
「虹を作る魔法の応用だったっけ?」と、トリス。
はいはい、それは私も創れる。ロマに習った。
けど、その魔法は魔法の腕以外にも結構イマジネーション? 作る幻を思い浮かべ続ける想像力が必要で私は苦手。
幻を作ることはできてもぼんやりとしたものになったり、思い通りに動かせなかったりしてしまう。
一応できると上手にできるには、大きな差があるのだった。
なるほどねー、と私はフンフン頷いて新たな知識を咀嚼していく。
で、ホログラムがどういうものなのかは別にいいんだけど。
「…………むぅ」
ベルが島に来て以来の険しい顔をしていた。
そういや戦争の博物館とマルクから聞いた時も顔を顰めてたっけ。
「マルク、この子たちはまだ子供だ。あまり衝撃的なものを見せるのは──」
『ああ、そう、ですよね』
ベルが途中で言葉を濁すとマルクも察したように私やトリスの方を見て、カメラ横の顔の光を点滅させた。
心なしかションボリしているように見える。
多分、ホログラムは立体的な分だけ、これまでよりもっと衝撃的な体験になる。
二人は私たちにショックを与えてしまうかもって危惧してるんだ。
それはガラス細工を触るような、優しい扱いだ。
けど、そんなデリケートな子供の私にも考えがあった。
「私、大丈夫だよ」
「シャスカ」
炭酸飲料とベンチで一息つけたのもあって、気力は回復しつつあるし。
それでもベルが心配そうな顔で見てくるもんだから、私は一度ニコリと微笑んだ。
「大事なことなんでしょ? だったら、受け止めるよ。私、水の巫女だもん」
水の巫女として世界を担うつもりでいるのなら、目の前の現実をきちんと受け止めなきゃいけない。
ニュムパエアで巨漢の火竜族と戦った時に思い知らされた。
それに、人間のことならなんでも知りたい。
私は、ずっと自分以外の人間と出会うことを夢見てきた。
同じ人間が遺してくれたものなら、気になる。
「シャスカが行くなら僕も行きます!」
私の背を押すように、トリスはそっと手を握ってくれる。
うん、トリスがいてくれる。それに、気遣ってくれるベルとマルクもいる。
なら、きっと大丈夫。
しばらくベルはその場で考え込んだ。
けど、一度私の目を見て、私が静かに頷くと頷き返してくれた。
「分かった。でも、嫌な気分になったら二人ともすぐに外に出るんだ。いいな」
念を押すように、ベルは私たちに言い聞かせる。
「うん」
私とトリスは神妙に頷いた。
「行こう」
そして、私はトリスと手を繋いだまま立ち上がる。
もう缶の中身はすっかり空っぽになっていた。
十分休息はできた。
『では、空き缶はこちらに』
「うん、ありがとう」「ありがとうございます」
マルクは私とトリスの手から空になった缶を受け取ると、体の前の部分をパカッと開けて缶をしまい込んでしまう。
『さぁ、参りましょう』
先導が再開され、私たちは向かう。
そして、廊下の終点。
そこには大きなドアがあった。これまでと違ってドアのある壁がなんだか丸みを帯びている。
『この先、当時の戦争の記録を上映するドームとなっております』
マルクが重厚なドアを開け放って、『どうぞこちらへ』と中に促される。
マルクに誘われるまま、私たちはドームの中へと足を踏み入れるのだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
ドームの中では凄惨な光景が広がっていた。
いま私の目の前で大砲で体が吹き飛んでいった兵士がいた。
次の瞬間には、銃弾の雨に蜂の巣になって血煙を上げながら倒れていく人。
また次の瞬間には──。
勿論、ホログラムの立体映像で、幻。
現実の光景じゃない。
それは、なにかしらを喚きながら生き残ろうと銃を抱えて走っていく兵士が、私たちの体をすり抜けていくことからも明らかなんだけれど。
でも、マルクは記録って言ってた。だからこれは実際に起こったこと。
「…………っ」
私たちは、固唾を飲んでホログラムを見ていた。
幸いと言っていいのか、配慮されているのか、人が死ぬ瞬間は目まぐるしく流れていくけれど、死体をマジマジとは映さないから思ったより心労はない。
ただただパッパッパッと目まぐるしく場面が変わって、解説と共に人が死んでいく。
ある意味、戦場での命の軽さを指し示していた。
ふと気になって、横で腕組みしてホログラムを見ているベルに私は小声で尋ねる。
「(……なんでああ言った武器を使うの?)」
戦場を走る人たちは、大体みんな銃を手に持っていた。
装備や服装は色々時代によってまちまちだけれど、みんなあつらえたように。
けど、そもそも魔法を使えばいいんじゃない?
魔法なら、道具も準備もいらない。
実際、最初の方は魔法を使ってる人もいた。けど、後の時代になればなるほど減っていく。
私に合わせて顔を寄せて、ベルは小声で耳打ちする。
「(魔法の才がないものでも、ああいった道具なら使い方さえ覚えれば誰でも使えるからさ。人を殺したいだけなら魔法なんていらないんだ)」
「(……そっか)」
それは単純な答えだった。
高度に発展した技術は、魔法よりも平等に恩恵を与えた。
(……なら、それでよかったんじゃないのかな。祝福を奪い合わなくたって)
私はモヤモヤとしたものを胸に抱え始めていた。
ホログラムでは、それからも銃を撃ち合って銃弾に人々が倒れていく。
銃だけじゃない。
大砲、火炎放射器、機関銃、地雷、戦車、手榴弾、毒ガス、ミサイル、レールガン、ドローン、ビット。
聞いたこともないような武器の数々で、たくさんの人々が死んでいく。
魔法がなくたって、人間は色んな物を使って人間を殺す。
そして、ホログラムでは場面が変わった。
急に遠景の画面になった。どこかの都市が映し出されている。
都市は高度に発展して、天にも届きそうな建物がいくつも建ち並んでいた。
(なんなんだろう……)
訝しんで見つめていると、その都市は一瞬のうちに光に呑み込まれた。
それは、その光景は──……。
『っ! シャスカ様!』
トンと私の胸を押して、焦った表情を浮かべている水竜族の騎士。
私の近衛騎士。
私を庇って豪火に呑み込まれていくその姿が、私の中でホログラムと重なった。
胸からせり上がるものを感じて、私は口を抑えた。
口の中にさっき飲ませてもらったジュースを酸っぱくしたような味が広がる。
喉が焼けるような痛みに、私は涙目になりながらうずくまった。
「シャスカ!」
ベルはすぐに気づいてしゃがみ込むと、うずくまる私の背中を摩ってくれる。
「マルク、もう──」
腕を振って、ベルはホログラムを止めるように指示しようとする。
「待って、大丈夫!」
私はベルのその腕にしがみつくようにして待ったをかけた。
でも、ベルは心配の表情を崩さない。
「だが──」
「大丈夫だから」
ただ繰り返す。
水の巫女だから。……ううん、違う。
同じ人間がやったことだから、私は目を逸らしちゃいけない。
人間のいいところだけ見たいだなんて、そんなの虫が良すぎると思うから。
「……分かった」
それでベルも観念したのか、深く頷いて腕を下ろしてくれる。
私も自分の足でしっかり立ち上がる。
どうしても私は尋ねなければならなかった。知らなきゃいけない。
声を落とすことなく、私は真正面から問いかけた。
「何があったの」
目の前のホログラムでは、街の全てが壊されていた。
あんなに発展していた都市だったのに、いまや全てが瓦礫の山。
動くものは何もない。
あたりに黒い煙が幾重にも立ち昇っていた。やがて、街に黒い雨が降り注いだ。
直接映されなくたってわかる。そこには死の空気が充満していた。
その問いには、ベルじゃなくマルクが答えてくれた。
『核戦争が勃発したんです』
「核戦争……?」
またわからない言葉が出てきて、オウム返しをしてしまう。
ベルが頷いて補足してくれる。
「広範囲を光で焼き尽くし、大量の汚染物質を撒き散らしその土地を不毛の大地に変える核爆弾という兵器を各国が撃ち合ったんだ」
「なにそれ……」
一瞬、呆気に取られながらも私は声を荒げた。
「そんなの、ひどいじゃない」
そんな武器を使ったら、戦争が終わっても誰もその土地に住めなくなっちゃう。
それじゃあ戦争がいつまでも終わらないのと同じだ。
「……そうだな、ひどいことだ」
『ええ、もう二度と繰り返してはいけないことです』
口々にベルやマルクは賛同を示してくれる。
誰が見たってひどいこと。
なのに。
「なんで、そんなことしちゃったの?」
私の素朴な疑問。
けれど、今度は答えがなかった。
「……?」
私は首を傾げてしまう。
だって、誰がどう見たっていけないことだって分かるのに。
けど、この場ではマルクでさえも答えを持ち合わせていないようだった。
しばらく、重い沈黙が辺りを包んだ。
長い沈黙を切り裂いて、ベルが口を開いた。
「そうだな、強いて言うなら──」
そう前置きを入れて、ベルは口にした。
「魔法や科学の合いの子で瞬く間に技術が発展したんだ、この世界は」
それは数日見て回っただけでも、私は実感している。
ニュムパエアでは考えられないほど、人間社会はよく発展していた。
武器でさえそうだ。
人間たちが使っていた武器と比べてしまえば、竜が使う剣だとかの武器はおもちゃみたいなものに見えてしまう。
ベルの言葉を助け舟にしてマルクが言継いだ。
『ええ、ですがそれに応じた倫理観を育むにはその進歩はあまりにも早すぎるものでした』
早過ぎる発展に、人間自体が追いつけなかった。
やっちゃいけないことを平気で行って。
そして──……。
「旧世界の人類史は未だ千年しか経っておりませんでした。人類という種が産まれ千年で世界は滅びの危機を迎えたのです」
「千年……」
マルクの言葉に、私は呆気に取られてしまう。
呆気に取られたままの私を置いて、マルクは続けた。
『それからのことはシャスカ様もご存知でしょうか。人間は原初の光の一つである火の光を竜たちから盗み、【火の氾濫】が起き、対抗して水の巫女が【水の氾濫】を起こし制することでどうにか世界を救ったのです。その代わりほとんどの大地が水没し旧世界の文明は滅んでしまいましたが……』
まるで当たり前かのように、この世界の常識かのようにマルクは言う。
けど、一つだけ聞き捨てならないワードがあった。
「【水の氾濫】!?」
「え……? え……?」
とんでもないワードに、私はたまらず声を上げる。
横にいたトリスも戸惑った様子で上擦った声を漏らしていた。
『シャスカ様、どうかなさいましたか?』
私の驚きように、マルクは『はて?』と疑問符を浮かべる。
構わず、私はマルクに詰め寄った。
「水の巫女が【火の氾濫】を収めたってだけじゃないの? 水の巫女のせいで大地が沈んだって……、私そんなこと初めて聞いた!」
ロマは水の巫女が【水の氾濫】を起こしたなんて一言も言っていなかった。
『原初の光の氾濫は、二度と起こしてはならないのです』
ロマは何度も口酸っぱく私にそう言い聞かせていたのに……。
なのに、水の巫女も【水の氾濫】を起こしていたってどういうこと?
『……お前はどうせなにも知らねえくせに、一丁前な口を叩くものだなぁ』
あの巨漢の火竜族が、私を蔑むように見ていた理由。
その答えに、もう少しで手が届きそうだった。
私はマルクをガタガタと揺さぶった。平静でいられなかった。
揺さぶられているマルクは、助けを求めてベルへ頭のカメラを向けた。
『ベル様……?』
「この子たちは、まだ大人たちから詳しくは教えられていないんだ」
『ああ、なるほど……』
納得したかのように、マルクは声を落とした。
けど、私は納得できてない!
「ベルは知ってたの……?」
新たに矛先を向けられたベルは、観念するかのように口を開いた。
「ああ……。というより、君たちが色んなことを知らないことに驚いていた感じかな」
「知らなかったのは、私とトリスだけ……?」
マルクを揺さぶる手を止めて、私は項垂れて床ばかり見つめてしまう。
幸い、ホログラムの映像の主な内容は、さっきのが最後だった。
いまは、このホログラムの制作者の名前の羅列が天井へと昇っていくばかりだ。
最後に、マルクは付け加えた。
『──そして、この世界を創ったとされる竜神アストラは火の原初の光を人間に盗まれて以来、姿を隠し、二度と現れることはなかったと言われています』
その言葉を締めにして、ドームのホログラムは終わった。




