歴史博物館
起きた私たちは簡単に朝食を済ませて、早速、出発することにした。
出発する直前に私は三人分の毛布を集めて浄めの魔法をかけると畳んでロボットに持っていった。せっかくの上等な毛布だから汚しちゃ申し訳ないし。
ロボットたちは私たちより早起きみたいで、朝の通りで各々仕事をしているみたいだった。
「おはよう。ありがとう毛布」
そして、一番最初に出会ったロボットにずいっと毛布を差し出す。
ロボットは私から毛布を受け取ると、礼をするかのように体を前に傾けた。
『これはこれはご丁寧にありがとうございます』
「ううん、こっちこそありがとう。すごく暖かったよ」
『それはそれは……』
簡単に会話を交わす。昨日の時点では戸惑いも多くてベルに頼ってしまったところもあったけれど、ロボットたちが基本的に善意であることが分かってからは、ニュムパエアの人たちと変わらないように話すことができた。
『差し支えなければ、本日のご予定などお聞きしても?』
「今日、博物館ってところ行ってみようと思うの」
訊かれたことに素直に受け答えする。
最初に出会ったロボットが是非って言ってたし喜んでくれるかなって。
でも、毛布を受け取ったロボットは顔を上げてじっと見つめるかのように、頭のカメラを私に向けた。
もしも人間や竜だったら神妙な顔つきになっていたんじゃないかな。
そんな静かな間があった。
『そうでしたか……。どうかお気をつけて』
「うん? うん。ありがとう。行ってくるね」
お気をつけてという言葉にちょっと引っ掛かりを覚えながらも頷いた。
ベルが説明してくれた博物館にそんな危険そうなニュアンスはなかったから。
けど、ロボットたちがいるとはいえ、廃れてしまった街だし、魔物だって出るんだ。
よく考えてみれば不思議なこともなかった。私はそう勝手に頭の中で納得した。
手を振って簡単にお別れの挨拶を済ませてベル達のところに戻ると、ベルとトリスはもうバイクに着いていて準備は万端のようだった。
「毛布、返してきたよ」
「よし、行こうか」
私もすかさずバイクに乗り込む。
そして、腕を振り上げた。
「出発進行!」
私が元気よく掛け声をあげるとベルはフフッと笑ってくれる。
「シャスカ、バイク好きになってるね」
「だって、早くて楽なんだもん」
トリスと軽口を叩きながら私は今日の冒険に胸を膨らませた。
今日は何を知ることができるんだろう。
ベルは思い切りハンドルを握り込むとバイクのエンジンを蒸して、それに呼応するようにバイクが唸りを上げた。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
元々、見えていた場所だったし、博物館まではすぐだった。
ボロボロの道路や水没した箇所をバイクで浮かび上がって、通り抜けて私たちは辿り着いた。
「ここが博物館……」
バイクから降りた私は博物館の入り口の前に立って、全貌を見渡した。
それは私が住んでいて式典を取り行ったニュムパエアの白亜の宮殿にも似て、荘厳な雰囲気を醸し出していた。大きな石柱に支えられた立派な入り口でもって、私たちを出迎えている。
他の街の廃墟とは明らかに違う。
早速、私たちはゾロゾロと中へと入っていく。
「中、すごい綺麗だね」
「灯りもついてる」
私とトリスは館内の入り口入ってすぐそこを興味津々に眺めて回った。私の知ってるこの街の建物──スーパーマーケットとは全然様子が違ったから。
博物館の床も壁も、どこにもひび割れなんてない。綺麗そのもので。それどころか床とかツヤがある見たこともない白い素材だ(マーモリウムって言うんだってさ)。踏んだ感じすごいツルツルしてる。そして壁や天井で柔らかな光を灯す明かりが私たちの来訪を歓迎していた。
中の気温も少しだけ涼しいぐらいのすごい快適な温度で、建物の中だっていうのに外よりも清浄な空気だった。
「……施設が稼働しているようだな」
ベルも私たちの後ろをついて回りながら、不思議そうにしている。
「他はすごい荒れ放題なのにここだけ無事なんてことあるんだね」
ロボットたちがここだけはきちんと管理してくれてるのかなとか、なんの気はなしに口にした言葉だった。
「ふむ」
ベルは顎に手を当てて、何かを考え込んでいた。
どうしたんだろうと思っていると、博物館の奥の方が何やら騒がしかった。
そっちに視線を向けると、ロビーなのか受付と書かれた立札が乗った白いカウンターがあって、その奥に扉が続いている。
しばらく待っていると、扉が勢いよく開け放たれた。
『もしかして、お客様ですか!?』
「あ、ロボットだ」
トリスが真っ先に気づいて、声をあげる。
扉から飛び出してきたのは、トリスの言う通りロボットだった。
街のロボットたちと同じ形状、円柱状の体に半球体の頭が被さるように乗っかっている。
そんなロボットが慌てた口調で側面から出した両腕をアワアワと振り乱している。
他のロボットたちより感情表現が豊かみたいだった。
「こんにちは」
慌てて奥から飛び出してきたロボットに、私はゆっくりと挨拶をした。
『あ、はい。こんにちは。本日はお越しいただきありがとうございます。私目はマルクと申します』
慌てていたロボットは気を取り直したのか、私の挨拶にピッと姿勢を正して自己紹介をしてくれる。
今までロボットたちと何回か会話を交わしたけれど、名前を持っているロボットは初めてだった。
「名前があるの?」
『はい。館長が戯れに名付けてくださったのです。【Museum Relic Keeper】(後でベルから教わったけれど【博物館の遺物を保つ者】って意味らしい)の頭文字を文字ってマルクだそうです』
どうやらマルクの主人は気さくな人だったのらしい。
私だったら……、やっぱりロボットに名前をつけるかな。呼ぶのに名前があった方がいいし、なにより名前がないと味気ない気がするもん。
さて。
名乗られたからには。
「へぇ、いいね。私はシャスカ。よろしくねマルク」
私は自分の胸に手を置いてにっこりと微笑む。
自己紹介は、コミュニケーションの基本よね。
「僕は、トリス」
「俺は、ベルだ」
私に二人も続いて。
私たちは口々に簡単に自己紹介を済ました。
「シャスカ様、トリス様、ベル様ですね」
マルクはそれぞれの方を向いて確認を取るように、名前を復唱する。
それが済むと、私たちをぐるりと見回した。
『本日は、皆様はどうしてここに?』
「えと、街のロボットにここに是非って」
私は素直に口にした。
一番最初に出会ったロボットは、どうしてもここにきて欲しそうな口振りだった。
それに……。こっそりベルの方をチラッと見る。
ベルが一生懸命博物館の説明してくれた、し。
『ああ……、街の私の同胞が紹介なさってくださったのですね』
マルクは納得したのか、半球体の頭のカメラ横の光を点滅させながら頷くように体を揺らした。
今度は、ベルが尋ねた。
「ここはなんの博物館なんだ?」
そういや博物館は学術的な資料を見ることができる施設なんだっけ。
なんの学問の博物館なんだろうとベルの問いでやっと私も疑問に持ったのだった。
そんな私たちの疑問にマルクはうやうやしく答えた。
『ここは世界の歴史博物館でございます。特に──人間の戦争史について、です』
「戦争……?」
その単語に、ベルは眉を顰めていた。険しい顔つきをしている。
何かまずいのかな……?
『さ、皆様。もしよろしければ、このマルクが館内をご案内します』
けれど、その問いを口にする前にマルクは案内する気満々で先に行ってしまう。
私もせっかく来たんなら博物館を見てまわりたいし、ベルの反応は気になるけど一先ずついて行くことにした。
ゾロゾロと数段しかない階段を登って、フロアに上がるとそこには色んな展示物が安置されていた。
『まずこの世界の歴史をおさらいしましょうか』
マルクはそう言って、フロアの入り口すぐの展示に向かって行く。
『この世界には原初の光という竜神アストラから授かった大いなる恩寵があったことはご存知ですね』
マルクの言葉は、ロマからもう耳が腐るほど習ったことだった。
この世界にはアストラっていう白い竜の神様がいて、その姿に似せて竜を作った。
そして、その竜たちに人間を任せて、世界を見守っているんだって。
竜神アストラの絵は宮殿にもあった。トーガっていう布を巻いただけのような古臭い服を着た均整の取れた体つきのすっごいハンサムな白い竜、そんな見た目のいい白い竜がいくつも絵に描かれて飾られていた。この宇宙の全てを司っているっていう神様の割には結構ちょこちょこ世の中に手を出して顔を出している神様で、いろんな絵が描かれてる。
水の巫女として式典で祝詞をあげるはずだった私からすれば、もう初歩の初歩のようなことだ。
だから、その言葉はなんの気はなしに放った言葉だった。
「うん。私、水の巫女だもん」
別に、それを誇示しようとかそういうんじゃなくて、ただの事実の開陳で。
でも、それはこの世界に住む者にとってはやっぱり特別なことみたい。
『なんと! それはそれは……』
マルクは驚いたかのような声を上げると、ジーッとカメラの目で私を見つめた。
さっき毛布を返したロボットもこんな感じだったっけ。
そんなに見つめられちゃうと恥ずかしいな、とも思いつつ、世界を管理し預かる水の巫女だからしょうがないのかなとも思う。
『水の巫女様をご案内できるとは……、このマルク光栄でございます』
声がうやうやしさを増して、マルクは深く体を傾けた。
多分、ちゃんと体があったら傅かれてるんじゃなかろうか。
私は、そんなつもりはなかったからちょっと慌てて顔の前で両手を振った。
「いやそんな畏まらなくていいよ、そんな大したものじゃないし」
私からすればたまたま生まれついただけ、だし。
『いえいえそんなことはありませんよ』
けど、マルクは私の謙遜をやんわりと受け流してしまう。
そういうんじゃないのに!
でも、なんか無理に否定するのも嫌味っぽい!
私は少し逡巡して折れることにした。
えへへ、と頬を掻いて照らってみせる。
さて。
私の余計な一言で話が脱線してしまった。マルクが気を取り直して博物館の案内を再開してくれる。
『では、僭越ながら説明を続けさせていただきますね。──その四つの光のおかげでこの世界は大いなる繁栄を遂げていたのです』
マルクの機械の手で促された先には、ガラスのケースに収められた幾つかのミニチュアがあった。
水の光を模したミニチュアでは、豊富な海産資源や綺麗な水。
火の光を模したミニチュアでは、炎やそれを利用した金属加工の様子。
風の光を模したミニチュアでは、空とさまざまな天気や季節の風景。
土の光を模したミニチュアでは、豊かな森や動物たち。色んな農作物や家畜たち。
そして、それぞれの光に対応する器の模型も並んでいる。原初の光にはそれを象徴するシンボルがあって、それを使うことで原初の光の恩寵を引き出すことができる。ということは、私は元から知っていた。
水なら聖杯、火なら天秤、風なら方舟、土なら聖櫃。
どれも神様から与えられた神器なだけあって荘厳な飾りつけで、神々しさがある。
聖杯は司祭長であるロマがいつも携帯しているから見慣れている。金の盃だ。やっぱりアレはすごいものなのねって感心して眺めていて、そこで私は気づく。土の原初の光の器である聖櫃、黒をベースに飾りでありながら要所要所を頑丈そうに補強している白金が特徴の棺。それがベルの今も背負っている棺にすごくよく似ているというか全く同じ造りをしていることに。
気になってこっそりベルの様子を伺う。
ベルはジッと展示を黙りこくって見つめていた。
なにを考えているのか、分からなかった。
それからもマルクは施設の展示についての色々な解説をしてくれた。
順々に巡って、それから壁に何か動いている絵(絵を写してるのはモニターで、動いている絵は映像って言うんだって)を見るためのスペースに通される。そこの備え付けの白い椅子にちょこんと座って、私たちはその映像を眺めた。
そこに流れている映像は、人間の社会が四つの加護の恩恵をより合わせてすごい勢いで発展していく姿だった。すごい勢いで高い建物が建って、ロボットたちが作られて、街が整備されていく。そして気づく。それは私たちがベルにバイクに乗せてもらって巡った、所々水没した荒れ果てた街の元の姿だった。
その街ではたくさんの人間がロボットたちと一緒に幸せそうに暮らしていた。
今のこの街とはかけ離れた幸せそうな世界だった。
当然私は思う。どうして今の有様になっちゃったのか。
その疑問の答えはすぐにやってきた。
『──ですが、争いが起きました』
「争い?」
マルクは私の疑問に応える代わりに、振り返って手を差し向けた。
マルクの促す先には、また数段の階段があって別のフロアが広がっていた。促されるままにそのフロアに上がると、さっきまでのフロアとは雰囲気がまるで違う。さっきまでのフロアは原初の光の恩恵を説明した、なんていうか希望の溢れることを説明しているフロアだったけれど、でもこのフロアは……。
一言で言うなら、物騒。
新しいフロアに踏み入って一番最初に目に入ったガラスケース。そこには武器を持って向かい合うたくさんの人間たちのミニチュアがあった。
間違いなく殺し合おうとしている姿だった。他に、壁にはいろんな武器が掛けられて展示されている。剣、槍、槌、斧、弓、取っ手のついた黒い長い棒状の何か(銃って言うんだって)。それぞれが武骨な姿に冷たい光沢を誇っていた。
展示の物々しさに呆気に取られている私とトリスを置いてマルクの説明が続く。
『原初の光、その加護を授かれる土地を人類みなで奪い合ったのです。その歴史こそがこの世界の人間の歴史の全てと言ってよいでしょう』
「え?」
私はてっきり原初の光の加護はみんなが一様に受け取れるものだと思っていたから、驚いて声をあげてしまう。だって、神様の加護なんでしょう?
戸惑う私に、ベルが補足説明をしてくれる。
「それぞれの土地で巫女と竜が原初の光を守っていたから、そこに近い土地ほどやっぱり加護の恩恵を強く受け取りやすかったんだ。逆に遠い土地ほど……、な」
ああ、距離的な問題で。
それはすごく単純な答えで。単純な答えな故にどうしようもない答えのように聞こえた。
ベルは濁したけれど、原初の光から遠く離れた土地は、恩恵を授かれないと同義で。
授かれないのならどうするか。
その答えが目の前にあった。
色んな武器を手に取って、血眼になって振り下ろしたり突きつける姿。
────殺してでも奪い取る。
それがかつての人間の多くが選び取った選択肢だった。
私は、ゴクリと息を呑んだ。
いまになって、私はとんでもないことを知ろうとしているということに、ようやく思い至ったのだった。
そのフロアには他にもたくさんの展示があって、マルクは逐一解説してくれた。
ただ、どうして戦争が起こったとか、どんな戦争だったか、どんな武器を使っていたのかは違っても、本質的なところはなにも変わっていないようにも見えた。
それはまるで人間の本質が昔からなにも変わっていないのだと突きつけられているようでもあった。




