未練を残す者たち
空が暮れて、すっかり辺りが暗くなる頃。
私たちは駐車場の場所を借りて寝る支度をしていた。
私は人生初の野宿というものにワクワクしていた。
私が寝そべって見上げる空は、昼頃の曇天だった空とは打って変わって。雲の切れ間から煌めく姿を覗かせていた。勿論、ニュムパエアでも星空を眺めたことはある。
けど、屋外で地面に寝そべって星空を眺めるなんてことはなかった。
横を見れば、ベルが焚き火の世話を焼いてくれている。
ベルは旅の荷物からいくつか道具を取り出してあっという間に火をつけてくれて、暖を取れるようにしてくれた。私やトリスが地面に敷いて寝そべっている布もベルが用意してくれたものだ。
パチパチと炎が爆ぜる音を聞いているとだんだんと眠くなっていく。
「お外で星を見ながら眠るなんて初めて。焚き火をこうして眺めるのも」
「そうか」
ベルはぶっきらぼうにだけれど、微睡んでいる私の独り言のような言葉もきちんと拾って頷いてくれる。私は旅の途中だというのに、まるで家の中でベッドに潜り込んでいるかのような安心感を覚えていた。
「ニュムパエアを出る時はどうなるかと思ったけど、案外、楽しい」
もっと命からがら逃げ出して、食べるものにも困ったりだとか、そういう旅になる可能性だって考慮していた。
けど、思ったより世界は優しくて、ご飯も食べれたし、新しい出会いにも恵まれた。
それもこれも全部、ベルのおかげだ。
こっそり盗み見る、焚き火の世話を黙々とし続ける黒い竜の背中は大きくて、頼もしい。
もしも。
もしも私にお父さんがいたのならベルみたいだったりしたのかな、なんて。
「それはよか──」
私の心境を知らないベルは言葉の途中でいきなりバッと立ち上がると、側に停めたバイクに立て掛けていた刀を手に取った。ベルは辺りを警戒しているようだった。
「ベル?」
ベルの急な様子の変化に、眠い目を擦りながら私とトリスは体を起こして辺りを見回す。
気づけば、辺りに何かが集まってくる気配がした。足音はない。けれど、魔力の微細な流れが徐々により濃くなっていく。それが少しずつ何かのカタチをなしていく。
「魔物だ」
「魔物?」
おうむ返しの私の疑問に、ベルが鞘から刀を抜きながら応えてくれる。
「人の無念がそこに焼きついて生じる化け物だ。ここは元々は数多くの人間の生きていた土地だからああいった手合いもいるんだ」
そう言えば、ロマの授業で聞いたことがある。
無念な想いを抱えたまま死んだ魂がその土地に焼きついて害をなすことがある、って。
だから、巫女は祈りを捧げることで土地を浄化する。それもかつての巫女の勤めだったって。
「そっか。魔物じゃなくて元の人間に会いたかったな」
人間に会いたかったって言う気持ちももちろんあるけれど。
それ以上に。
元は人間とは言え、魔力がより集まって異形の姿になっていくそれは、同じ人間だとは到底思えなくて。
それもこれも無念を抱いて死んだからと言うのなら、死後も苦しみ続けてるわけで、その事実がどうしようもなく物悲しかった。
それを全て込めた吐露だった。
「……そうだな」
私の零した言葉に、ベルは一度寄り添うように頷いてくれる。
ベルは、いつだって私の気持ちを拾い上げてくれる。
「シャスカ、トリスはここに。倒してくる」
それから私とトリスを置いて魔物たちと戦いに行ってしまおうとする。
私は慌てて立ち上がった。
「私も戦えるよ。みんなで行こうよ」
もう戦うことは怖くはなかった。トリスが火竜族に傷つけられた姿を見て、知った。戦えないで失ってしまうことの方が今はずっと怖い。
それに魔物たちを浄化するのもかつての巫女の勤めだって言うのなら、水の巫女である私にだってできることがあるはずだから。トリスも私の言葉にうんうんと頷いてくれる。
けど、それには及ばないと言うようにベルは小さく首を振りかけて、
「だが──、待て。これは囲まれてるか」
すぐにハッと気づいて顔を歪めた。
その言葉に私も気づく。焚き火の周りはたくさんの青白い影がいろんな形を成したものにすっかり囲まれていた。
それは、四つ足の獣だったり、鳥のようでもあったり、私と同じ人の形をしていたり。
これが全部魔物……!
青白い魂の残滓で構成された半透明な生き物たちは、私たちにむき出しの憎悪を向けていた。爪や牙が私たちを八つ裂きにしようと四方八方から向けられている。
どうして私たちのことがそんなに恨めしいのか、なんてわからないけれど。
そうなり果ててしまった姿は、どうしようもなく憎悪に染まりきっていた。
「すまない、シャスカ。トリス。共に戦ってもらえるか。この数では流石に俺一人では君たちを守りきれないかもしれない」
ベルは魔物たちから目線を逸らさないまま、申し訳なさそうに声を落としている。けど、私もトリスも気にするわけなんてなかった。
「ベルさんが気にすることじゃないです!」
「私は最初からそのつもり! みんなで戦お!」
私はやる気満々に体中に魔力を巡らせた。
いつだってみんなの支援と浄化の魔法を打って魔物たちの無念を晴らせるように。
この人たちを怨嗟の淵から救えるように。
トリスも私に倣って戦えるように構えて、さぁ戦闘が始まる。
と、思った。
けど。
『いいえ、それには及びません』
無機質な、でも、とても聞きやすい声がした。
「──え?」
その言葉に振り返るとたくさんのロボットたちが並んでいた。
この街のどこにいたのかと思うほど、ズラーっと並んでいるロボットたち。その数は焚き火に釣られた魔物たちの数を優に越していた。
私たちが急なロボットたちの登場に驚いていると、ちょうど真ん中の位置に陣取っているその中の一つが前に出て、腕を上げた。
『人間をお守りしろ!』
それは、号令だった。最初にロボットと会話した時と違って、畏まった口調は消え失せていた。
ロボットたちが呼応して一斉に腕を上げる。
『我らが創造主に絶対に危害を加えさせるな!』
号令をかけたロボットが腕を下ろすと、彼らは魔物たちへと殺到した。
勇ましい号令にロボットたちがみんな一斉に果敢に魔物に向かっていく。
「わぁ……、袋叩きだ」
呆気に取られたようにこぼしたトリスのいう通り、ロボットたちは魔物たちを囲んで、側面から生えた腕でポカポカと殴りつけていた。魔物たちもロボットたちに攻撃し返してたりするけれど、ロボットたちはどうも頑丈に作られているみたいでびくともしていなかった。攻撃が全て弾かれていた。まるで火竜族の攻撃をほぼガン無視していたベルみたいだった。
私たちは唖然としたまま、魔物たちとロボットたちの一方的な戦いを見つめていた。
「こんなにロボット達がいたんだ……」
勝敗はあっという間にロボットたちの勝利ですぐに決した。
倒された魔物たちは人魂のような青白い火の玉のようにゆらめきながら光になって夜空へと散っていく。私が巫女として浄化の魔法で祓う必要はなさそうだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ありがとう。貴方たち」
戦いがあらかた終わったみたいなので折を見て、すぐ側にいたロボットに声をかけた。
するとすぐに私の方を向いて畏まった口調で喋ってくれる。
『いいえ。ロボットとして当然のことです』
「そうなの?」
私の疑問にロボットは自分の胸に手を当てて頷くように体を前に傾けた。
『ええ、我々は貴方方人間に奉仕するため生を受けましたから』
つまり、ロボットたちは近衛騎士とかトリスみたいな従者って考えていいのかな。
けど、主人だからって従者に感謝しちゃいけない謂れなんてものはない。
私は、トリスにだって、私を守って死んじゃった騎士にだってお礼が言いたい。
勿論、魔物から守ってくれたロボットたちにも。
「それでも、ありがとう」
『恐悦至極にございます』
二度目の感謝は、素直に受け取ってもらえた。
『では、本日はごゆっくりお休みください。お眠りの際も周りを警備ロボットに巡回させておきますので、ご安心を』
その言葉に辺りを見渡すと、ロボットたちがそれぞれ会話をしながら辺りを動き回っている。警備をしてくれているのか頭の上に赤くグルグル回って辺りを照らしているもの(パトランプって言うんだって)を頭に乗っけては半球状の頭をゆっくりと回しながら辺りを警戒していた。
厳重な警備体制だった。
「すごい」
私が感心しながら視線を戻すと、ロボットは一度礼をして行ってしまう。
「ばいばい」
会話が終わって、私は小さく手を振ってその背を見送った。
さて、魔物が襲って来て騒がしくなってしまったけれど、寝るところだったのだ。
寝直そうと寝床に戻ろうとすると、後ろから声をかけられる。
『もし』
「あれ、まだ何か?」
振り向くと毛布を差し出してきているロボットがいた。
その毛布は見るからにフカフカそうで、新品同様に毛が綺麗に生え揃っている。
『もしよろしければこちらを──』
見れば、トリスやベルの方にも同じように毛布を勧めているロボットたちがいた。
貸してくれるってことだろうか。
「毛布? いいの?」
『はい、勿論』
じゃあお言葉に甘えて、毛布を受け取る。
ふわふわでスベスベで、感激して、受け取ったその場で毛布を撫でてしまう。
肌触り最高、つい顔が綻んでしまう。
……けど、こんないい毛布、野宿で使っちゃっていいのかしら。汚れちゃいそう。
嬉しい反面、気遅れしてしまいそうにもなる上等な毛布だった。
『では、これにて』
用が済んだ途端、毛布を差し出してくれたロボットたちもどこかに行ってしまう。
引き止める間もなかった。
「あ、行っちゃった」
「すごいね、至れり尽くせりだ」
トリスの言葉通り、至れり尽せりだった。
出会ったばかりの私たちにこんなに尽くしてくれて、なんだか悪い気がしてしまう。
そりゃ私は水の巫女で水竜族から尽くされることには慣れているけど、でも、ロマから厳しく接されたり、水の巫女としての責務がある。言ってしまえば、ある種のギブアンドテイクが成り立っているはずで。けど、ロボットにはそれが当てはまらない。
「こんなにしてもらっていいのかな」
私が気にして口走った言葉をベルはすぐに拾ってくれた。
「彼らも嬉しいんだ。久々の人間に会えて」
人間に会えて嬉しい。
ベルの、その言葉は少し分かるような気がした。
人間に飢えている私も自分と同じ人間がいたら、色々してあげたくなっちゃうかもしれない。
そして、ということは、ロボットたちもきっと人間の居場所は知らないということも分かった。知っていたら一緒にいようとするもんね、きっと。
「ご厚意に甘えよう」
「うん」
私はベルの言葉に安心して、遠慮することはやめて毛布にくるまった。
肌触りから想像した通り、軽くて暖かくて寝心地がいい。
「星、綺麗だね」
「ね」
「ああ」
私たちは毛布を被って、口々に頭上に広がる夜空の感想を口にした。
魔物たちとロボットたちが戦っている間に、雲の大きな切れ間に差し掛かったのか、満天の星空が広がっていた。駐車場の広い空間だから、星空を遮るものは何もない。
廃墟の所々水没した都市で見る満天の星空は、どこまでもどこまでも広がる空に星のレースを飾りつけて煌めいて止まない。
人がいなくなってしまった都市だけれど、だからこそ最高のロケーションだった。
「明日、せっかくだし早速博物館? ってとこ行こっか。ロボットたち助けてくれたし」
「そうだね、いいと思う」
「俺も構わない」
トリスとベルが私の提案に乗ってくれる。
「じゃあ、決まり!」
全会一致で意見が通った私は明日からの冒険に胸を躍らせる。
そんな明日からの予定にはしゃぐ私を宥めるようにベルが穏やかな声音で言う。
「なら、今日は早く眠らないとな」
「はーい」
甘えたように間延びした声で返事する。私はもうすっかりベルに打ち解けてしまっていた。
さて。
ベルにも言われたことだし、と私は目を閉じた。
明日もきっと今日みたいに楽しいことがいっぱいある。
そのワクワクを今は抑え込んで胸いっぱいに詰め込んだ。きっと、今日はよく眠れそう。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そして、私たちは毛布に包まって安心して眠ったのだった。
ニュムパエアから逃げて来た夜とは打って変わって、穏やかな寝入りだった。




