邂逅
「ちょっと物資を調達しようか」
そう言って、ベルはバイクを止めた。
バイクはフォンと音がして、紫色の光が消えるとゆっくりと地面に降り立った。
バイクが動きを止めたことを確認できた私はバイクのサイドカーから降りて、辺りを見回す。
広い敷地だった。どうしてこんなに広いんだろうと思ってると私たちが乗ってきたようなバイクや、他の四角い……多分乗り物がいくつかあって、乗り物を停めるために広く場所を取っているんだと察した(後で駐車場って言うんだよってベルは教えてくれた)。
その広い敷地に一つだけ建物が立っている。
ベルはそこを目指しているようだった。
その建物は外観はガラス戸や窓がたくさんあって外からでも中を伺える。ただ、ガラスは全部が全部無事というわけじゃなくて、いくつかは割れて辺りに散乱していた。
「ここは……?」
「スーパーマーケット──、市場のお店を大きく一つにまとめたものとでも言えばいいかな」
ベルはもはや私が質問することを予想して先回りして説明してくれる。
「ああ、だからsuperなのね」
ベルは私がなんとなしに言った言葉に微妙そうな表情を浮かべた。
「……果たして、由来はそうなんだろうか。考えたことはなかったな」
ブツブツなにか言っているベルはほっといて、私は割れて散乱するガラス戸だったものをパキパキ踏みしめながらスーパーマーケットの中を覗いてみる。
やっぱり人の姿はない。ガランとして薄暗い。今は昼間だから差し込む光で辛うじて中が見えるけれど、中は外と同じように荒れている。
ベルはここで食料調達をしようと言った。
「でも、誰もいないのに商品なんてあるの?」
誰もいないなら商品を誰が仕入れるのかしら。もしほっとかれてる商品のことならとっくに腐ってるんじゃない?
素朴な疑問をそのまま口にする。
「お店の中も苔生えちゃってるし……、思ったよりは綺麗だけど」
建物の中だからか、風化があまり進んでないのかもしれない。
所々、床がひび割れていたり、苔が生えてたりはしているけれど、思ったよりは綺麗だった。いざという時はここで寝泊まりもできるんじゃないかってぐらい。
「宛はある」
ベルはそれだけ言うとズンズンと奥に進んでいってしまう。
迷いがないから、本当に宛があるみたい。
スーパーの中はいろんな棚が並べられていて、けどほとんどなにも乗っかっていない。
風化しちゃったのかな、生物とかは腐り落ちちゃってるよね。
いくつか棚を通りがてら見て回って。お店の中の外周を一周ぐるっとまわったところで。
「あった、これだ」
そう言ってベルは棚から何かを手に取って私の手にその何かをポンと渡してくれる。
絵が描かれてる円柱の金属? が私の手の上に鎮座していた。
「缶詰だ」
かんづめ? 私は初めて見る手渡されたものをしげしげと眺めてしまう。
食べ物が入っているんだと思うけど、これ食べれるの? 作られてからどれだけ時間が経ってるんだろう。
けど、その疑問にはすぐベルが応えてくれた。
「封された後に魔法がかかっているから、開封するまで半永久的に中身が保存できるんだ」
半永久的? それって結構すごいんじゃないかしら。
ニュムパエアにはいろんな食べ物があって保存のための干物や塩漬けだってあったけど、流石に半永久的に腐らないなんてことはないのは私でも知ってる。
「そんなことできるの?」
「金属は魔力伝導性が高いからこそ為せる業だ」
そういえば街に魔力を伝柱で走らせてるって言ってた。魔力があると色んなことができるのかもしれない。
「金属は魔力をよく通し、魔力を込めやすく、またある種の金属は魔力を蓄えやすい。かけた魔法もずっと維持される。さっきのバイクのように、火の氾濫から何百年と経った今でも魔法がかかった金属というのは経年劣化しないんだ」
「へぇ、便利ね」
そんなすごい代物なんだ……。と、手に持っていた缶詰を再度しげしげと目にしてしまう。人間の社会って随分と発展してたみたい。ニュムパエアの暮らしとはまるで違った。
「まあ、騎士だった俺からすると攻撃魔法が鎧を素通りするから魔力伝導性が高いのも困りものではあるんだが」
そう言ってベルは肩をすくめてみせた。チラッと外套から肩当て鎧が覗く。
けど、そんなことよりも。
ベルは割と聞き捨てならないことを言った。
「ベルさん、騎士だったの!?」
トリスは素っ頓狂な声を上げて驚いている。立場的には従者で似たようなものだしね。
私も驚いてる。ベルのこと素性の不明な流浪の旅人だと思っていた。
けど、これでいろんなことに納得がついた。
火竜族の戦士を一網打尽にしたり、ロマがベルに私のことを任せた意味も。
ベルが名の通った騎士だというのなら全部説明がつく。
「……昔の話さ」
ベルは困ったように笑顔を作ってから、会話はおしまいと棚に並べられた缶詰をいくつか手に取った。
「これはフルーツ缶だな。もらっていこう。二人も、好きなのを選びなさい。絵を見れば入ってる物が何か見当はつく」
促されるまま、私とトリスもベルに倣って幾つかの缶詰を手に取った。
当初の目的を無事達成して。
店を出ようとする前に、ベルはちょっと待ていてくれと私とトリスに声を掛けた。
なんだろうと立ち止まっていると。
何か機械の置いてある台にベルは向かっていて、
「……食品をありがとう、会計はこれで頼む」
そう言って、誰もいない台にまるで誰かがいるみたいに話しかけながら幾らかのお金を置いた。
さすがにその行為が商品の支払いをしているのだということぐらいは、私にだって分かる。
けど、勿論商品を売ってお金を受け取る人はいない。お金がもったいないんじゃないかしら。
「ベル、もう誰もいないのにそれ意味あるの?」
私は率直な疑問を口にした。
ベルはそっと頷いた。
「そうだな。このお金を受け取る者はいない」
「じゃあ──」
どうして? と尋ねる前にベルは続けた。
「でも、ここには確かに誰かがいて、誰かがここに商品を陳列して、そういう営みがあって、俺たちはそのご相伴に与れている。なら、俺はそれに敬意を示したいんだ」
それは何だかとても優しい考え方だなと思った。
私はこの島に人間がいないことにガッカリしてしまっていたけれど、ここには確かに人間がいて、生きていて、人生があったんだ。ニュムパエアの竜人たちと同じように。
それをベルの言葉でハッと気づいた。
うん、気に入った。
「……そっか。──じゃあ私も! 缶詰ありがとう!」
ベルがお金を払ってくれてるし、式典からそのまま逃げてきた今の私に持ち合わせはないから、カタチだけ言葉だけになっちゃうけど。
きっと気持ちが大事なんだろうから。
私は、心を込めて、そこにかつていた人たちに向けて礼をする。
すると、トリスも私の横に並んで勢いよくお辞儀をした。
「僕も! 缶詰ありがとうございます!」
それからトリスは私に向かってニコリと笑う。トリスは私の考えてることを理解して、すぐ合わせてくれる。やっぱりトリス以上に私の従者に相応しい子はいないと思う。
そんな私たちのやりとりを見たベルは目を丸くして驚いている様子だった。
まさか自分の真似をすると思ってなかったみたい。
「二人とも……、君たちは本当にいい子なんだな」
それを言うのなら、率先して過去の人に敬意を払ってお金を置いていくベルこそがいい人なんだと思うけれど。ベルは気づいているんだろうか。
ベルはかすかに微笑んだ。
ようやく本当の意味で、用事が済んで。
「行こうか」
こうして私たちはスーパーマーケットでの買い物を済ました。
この時の私たちは、気づいていなかった。
『…………』
側で彼もしくは彼女が見ていたことに。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
スーパーマーケットを出て、無事お目当ての食料を調達することのできた私たちは、そのまま駐車場で食事を取ることにしたんだけれど──。
「あ……」
私は缶詰を前にして、困ってしまっていた。
それに気づいてトリスが声をかけてくれる。
「どうしたの? 缶詰開けられない?」
けど、私の手にある缶詰はもう蓋が開いている。
取っ手がついていてそこに指を引っ掛けて引っ張ったら簡単に開いた(ベルが開け方を教えてくれた)。
それはいいんだけど……。
「そうじゃなくて、スプーンもフォークもなくて」
そう、食器。
乾いたものならいいんだけど、私の手にあるのは何かの液体につけられた果物で。
これを食べるにはなにかしらの道具があったほうが嬉しい。
「ああ、そっか。確かに。……缶に口つけて流し込んで食べちゃえば? それか指突っ込んでつまんで食べちゃうか」
「そんなの、はしたないわ!」
絶対ロマが見たら怒る食べ方だし、私だって抵抗がある。
私は水の巫女だからそういう食事のマナーは厳しく教え込まれている。
小さな頃はめんどくさいと思うところもあったりしたけど、幼い頃から叩き込まれたそれは、すっかり身についてしまって、自分を構成する一つの要素になっていた。
「でも、しょうがないよ」
「うーん」
トリスの言うことはごもっともだ。
ないものはないのだから。
それでもやっぱり私は躊躇してしまう。自分の中の常識と旅の不便がかち合って、せめぎ合っていた。
「……すまない。食器のことを失念していた」
私が困っているとベルがしょんぼりした声で申し訳なさそうに頭を下げてくる。
私はただただ焦った。
「あ、ベルのせいじゃないよ! 私だって、今になるまで気づかなかったし」
私は慌てて訂正する。ベルにそんな顔をさせるつもりじゃなかった。
食器がないのは誰のせいでもない。誰かが悪いわけじゃないことに、マゴマゴしていてもしょうがない。
これ以上、我儘は言ってられない。
私は意を決して缶詰にそのまま口をつけようとして──。
その時、後ろから声がした。
『もし──、そこの方々』
それは女の人みたいな、すごくよく聞き取りやすい声で。
それはバイクから流れた声によく似ていた。
でも、あまりに唐突だったもので私はビクッと体を揺らして、飛び退いてしまう。
「え、誰!?」
私がバッと振り向くと、そこには──、いた。
その姿を見て、思わず私は怪訝な眼差しを向けてしまう。
「……白い四角い箱?」
そう、どう見ても箱としか思えなかった。白く塗られた金属の箱。それに球体を半分にしたみたいなものが乗っかって。そこに目がついていた(後から聞いたんだけど、その目はカメラって言うのらしい)。
一つ目の無機物。
生き物とは到底思えない。
「ロボットだ」
ベルが私が口にした疑問に応えてくれた。
「ロボット?」
「意思を持つ、人間に造られた存在だ。……持たないものもいるが」
ベルが追加で簡単に説明してくれる。
人間に造られた存在……。
そっか、外の世界にはそんなのもいるんだ。私は思わず声をかけてきたロボットをつぶさに見つめてしまう。外の世界で初めて出会った存在は、有機物ですらなかった。
『驚かせてしまい、申し訳ありません。当店にて商品をご購入いただき、ありがとうございます。お客様、もしよろしければこちらを──』
「え?」
白い箱の側面の部分がパカッと持ち上がって、なにやら棒状の何かが飛び出てくる(多分、このロボットの腕かな?)と私に何かを差し出した。
私は何かも分からず受け取った。見るとそれは、透明な薄い包みに入った白い何かで作られたスプーンとフォークだった。
『プラスチックスプーンとフォークです。こちら商品をご購入頂いた方への無料サービスとなります』
「え、あ。ありがとう」
プラスチック? と首を傾げながらも、欲しがっていたフォークとスプーンをくれたことに気づいた私はおずおずとだけどお礼を言った。
私が戸惑っているのを察してか、ベルが助け舟を出してくれる。
「俺からもありがとう。こんな店の外まで追いかけて来てくれて、助かった」
『いえ、こちらこそ。久方ぶりのお客様がいらして、嬉しく存じます』
ベルとロボットは、簡単な会話を済まして。
ロボットは一礼するように体を傾けた。
『では、これにて──あ、申し忘れておりました』
一度、去っていこうとしたロボットがすぐにクルッと引き返して来る。
何かまだ用があるのらしい。
『このあたり旧歓楽街には伝柱を通して充伝スポットがまだ生きております故、私のような機械が他にもおります。顔をお見せしていただけると他の機械も私のように喜ぶことでしょう。もしよろしければ──』
ロボットはこちらの様子を伺うように、体を傾けながら、一度、言葉を切った。
きっと人間や竜だったら上目遣いなんだろうなと思う。
「ああ、そうさせてもらおう」
『ありがとうございます、お客様。特に──あの博物館にはぜひ足を運んでもらえれば、と』
そう言ってロボットが、私たちから視線を外して、くるりと上の半球体だけ動かして、ある建物の方を見る。
その方向には、この街にしては綺麗でそして立派な宮殿みたいな建物があった。
あれがはくぶつかん?
『では、今度こそ失礼させていただきます』
最後に、それだけ言い残してロボットは今度こそ行ってしまった。
「……行っちゃった」
それから私たちは食事を摂った。
早速、ロボットからもらったフォークを使って缶詰のフルーツにありつく。
美味しい!
保存食なのに、瑞々しくて柔らかくて、信じられないぐらい甘い。
私は缶詰を食べながら感動していた。ニュムパエアで食べる果物はジャムにされていたりすることが多いから、こんな果肉そのままの果物はあまり食べたことがなかったのだ。
食事を摂りながら、私はベルにふと気になったことを聞いてみる。
「そういえばはくぶつかんって言ってたよね、はくぶつかんってなぁに?」
私の疑問にベルはとても困った顔をした。
「口で説明しようとすると難しいな」
ベルはしきりに頭を捻りながらああでもないこうでもないとしばらく考え込んでいて、私はその姿を見ていて、ベルはすごくいい人なんだなあとまたも思う。
ロマも大人でも分からないことを尋ねたら、きっとご本を調べてすぐに答えを見つけて教えてくれるけど、ベルは調べる本もない中で一生懸命子供の私の疑問に応えようとうんうん唸って考えてくれている。
子供の疑問なんて適当に答えて済ませたってよさそうなのに。今日一日、ずっと質問攻めにされていたのに、ベルは一回も嫌な顔一つしなかった。
きっと人がいいんだ。竜だけど。
しばらくして。
「強いて言うなら、骨格標本や歴史的建造物のミニチュアなどの色んな資料を学術目的で展示する施設……?」
自信なさげに歯切れの悪い答えだったけれど、私はベルが一生懸命考えてくれたことが嬉しくてはにかんで笑った。ベルは何を笑われてるのか分からないのかキョトンとしている。
こんなに愛おしい人がいるんだなあと私は生まれて初めて思った。
大人なのに、なんていうか、可愛い。
けど、子供の私から大人のベルに可愛いなんて言うと失礼になっちゃいそうだから、私は教えてあげないことにした。
「行ってみよっか」
ロボットもすごく行って欲しそうにしてたし。
ベルも一生懸命言語化してくれたし。その言葉を私は言葉の裏に忍ばせた。
「ああ、だが、今日はもう陽が暮れる。明日以降にしよう」
確かに、ベルの言う通り、気づくと空は夕焼けに茜色に染まっていて。
ベルに色々解説してもらったり、バイクに乗ったり、スーパーマーケットで買い物したり、ロボットに出会ったり、色んなことがあったけれど、あっという間の一日だった。
最初は人間がいなくて落ち込みかけてたけど、楽しくて夢中になっている時ってあっという間に時間が過ぎてしまうものなのね。
「うん」
私は明日を楽しみにしながらベルの提案に頷いた。




