激動の日を越えて
前回までのあらすじ
式典が火竜族に襲われ、水の巫女シャスカは戸惑いながらも守ってくれた棺を背負った地竜族の竜ベルと共に逃げ落ちる中、二人はシャスカの従者であるトリスを襲っていた巨漢の火竜族を力を合わせて倒し、無事に燃える聖地ニュムパエアを抜け出すのだった。
「────て」
誰かの声がした。
微睡の淵に沈み込んでいる私の意識にはその声が誰か分からない。
「──きて、起きてったら!」
誰かが私の体を揺さぶっている。
私の意識は徐々に微睡の中から浮かびつつあった。
「シャスカ、起きて!」
その声で私はやっと気づく。男の子の聞き覚えのある声。
トリスの声だ。
トリスが私を起こそうとしているんだ。
「んっ……、もう少し寝たぁい……、ちゃんと授業前には起きるからぁ」
起こしてくるのがロマじゃなくてトリスならあと十分は粘れる。
なんだか体もだるいし、あともう少しだけ……。
私は声に背を向けるように寝返りを打った。
ん? なんかベッドが硬い。まるで木の板に直で眠っているような……。
「なに寝ぼけてるの! 授業なんかないよ!」
トリスは未だ寝ぼけている私に声を荒げて、余計に激しく体を揺さぶった。
……授業がない? あ。
私はそこで寝ぼけた頭で思い出した。昨日の凄惨な出来事を。
そうだ、ニュムパエアから逃げてきたんだ!
私は飛び起きる。
「トリス!」
「お、おはよう」
私が起きると目の前に覗き込んでいるトリスの顔があった。
私はその柔和な顔つきの竜の両肩をガッシリと掴んだ。
トリスは私の勢いに気圧されている。
「トリス、貴方怪我は大丈夫?!」
昨日、トリスは巨漢の火竜族に殴られて気を失ってしまっていた。
私の魔法で治療して、なんとか仇をとって、いまこうして舟に揺られているけど、昨日はひどい傷だった。
「え、あ、うん」
トリスはちょっと驚きながら、それからはにかむように言った。
「もう治ったよ。ちょっと翼が変に治ってたけど、僕の魔法で元通りにしたから。ほら綺麗」
そして、翼を広げて見せてくれる。
トリスの体色と同じ水色のコウモリのような翼。
昨日はぐしゃぐしゃに折られて酷いことになっていた翼が、いまは傷一つない。
すっかり治っているのが見てとれた。
「よかった……」
「ありがとね、シャスカ」
「ううん、いいの。トリスが元気でいてくれたらそれだけで」
私はホッと胸を撫で下ろした。
トリスが死んじゃったり、一生消えない傷を負ってたら、どうにかなってしまいそうだった。
「ベルさんも重ね重ねありがとうございます。シャスカを守ってくれて、こうして連れ出してくれて」
そう言って頭だけ振り向いてトリスが声をかけたのは、舟をオールで漕いでいる屈強な黒い竜──ベル。
「ああ、君も治ってよかった」
どうやら私を起こす前に二人はもうすでに喋っているみたい。
慌てて、私はベルに頭を下げた。
「あ、私もありがとう! 昨日、ドタバタしてて言えなかったから」
そのままお礼を口にする。
海に出てベルと少し会話して、その後の記憶がない。
疲れちゃっていつの間にか寝ちゃったんだ。
けど、ベルは気にするなとでも言うように手をひらひらとさせた。
「昨日は疲れたろう。もう少しゆっくりしていてもいい」
柔らかな声音で気遣ってくれる。
けど、トリスが横から口を尖らせた。
「シャスカは寝させたらずっと寝ちゃうからいいんです。それに、ずっと寝ずに船漕いでくれたベルさんが一番疲れてるよ」
「え、貴方寝てないの!?」
思わず、ギョッとしてしまう。
あの後からずっと?
空を見上げると、太陽は燦燦と世界を照らしている。
つまり、朝、どころかちょっと昼に差し掛かっているぐらい。
だいぶ、時間が経ってる!
随分と長い間眠ってたみたい。
「慣れているから、気にするな」
ベルは、また手をひらひらとさせた。
けど、これ以上甘えるわけにはいかない。
「私も漕ぐ!」
ベルの持ってるオールに手を伸ばす。
けど、ベルは静かに首を振った。
「いや本当にいいんだ。それより顔を洗ったり朝食を摂るといい。と言っても、俺の手持ちの携帯レーションしかないんだが」
ベルは腰のベルトに吊り下げているポーチからなにかを取り出して、私とトリスに手渡した。
ちょうど手に収まるぐらいの長方形の包み。
「携帯レーション?」
聞き馴染みのない言葉で、首を傾げていると、
「えっと、確か兵士の人とかが持つ携帯用の保存食だよ」
トリスが横から説明してくれた。
「ふぅん」
そんなものがあるのね。
しげしげと眺めてから、包みを剥いていく。
すると、包みの形そのままの金の延棒みたいな形のクッキー? が出て来た。
包みをとるときに端っこがちょっと崩れちゃった。クッキーよりは柔らかそう。
「口に合うといいんだが……」
ベルは心配してるけど、匂いも変な感じはしない。
食べれないことはなさそう。
「ありがとう」「ありがとうございます」
私とトリスは口々にベルにお礼を言ってから、
「いただきます」
一緒に延棒クッキーに齧りついた。
モグモグと咀嚼する。うん、だいたい理解した。
「……なんかモソモソしてる。口の中の水分がなくなっちゃうわ。でも、結構甘くて美味しい」
素直な感想を口にして、それからもう一口と齧りつく。
思った通り、クッキーよりは柔らかい。噛むたびに口の中でほろほろと崩れて小麦の甘さが口いっぱいに広がる。
全然イケる。
包みを剥がすだけで手軽に食べれて便利ね。
後、おやつにも良さそう。
飲み物が欲しくなっちゃうのがちょっと玉に瑕かもしれないけど、保存食ならしょうがないでしょう。
私の素直な感想に安心したのか、ベルは笑いながら頷いてる。
「そうか、それはよかった。俺は食べ飽きてしまったからな」
あー確かにこればっかりずっと食べるのはちょっとキツイかも。これにジャムとかがあればいいんだけど。
一つ食べ終わる頃には、私はすっかり喉が乾いてしまっていた。
「水よ」
海面に手を翳して呼びかけると、海から水の玉が三つ浮かび上がってくる。
私は水の巫女だから、水に呼びかければいつだって世界は浄化された水を差し出してくれる。
その内の一つに口をつけた。
水分を吸われて乾いた喉に新鮮な水が嬉しい。
「ぷはぁ、貴方も飲む?」
私は手の甲で口を拭って、ベルにも勧める。
「ありがたい。旅の上では新鮮な水は貴重だからな」
ベルが飲み口のついた容器を差し出してくれたので、その容器に水を注いであげた。
ベルは一口だけ口をつけて、容器の蓋を閉めた。
「これでも水の巫女だから、これぐらいはね」
少し得意になって、私は胸を張る。
昨日はベルにほとんど頼りっぱなしだったから、ちょっとぐらい役に立ちたかったのだ。
さて、そんなこんなでお互い飲食を済まして、
「ごちそうさまでした」
と手を合わせる。
「なんか非日常っぽくてよかったわ」
まさに流浪の旅って感じ。
「このままずっとだと日常になっちゃうけどね」
私の軽口に合わせて、トリスがちょっと怖いことを言う。
ずっとニュムパエア戻れないなんて考えもしなかったけれど、その可能性はなくもないのだ。
「大丈夫、すぐに戻れるさ。それに──」
ベルはそこで一度言葉を切って、船が向いている方向を指差した。
「ほら、島が見えてきた。あそこなら食料もなにかしら調達できるだろう」
そこには、確かに陸地があった。
灰色の塔のようなものが並び立っている。
明らかな人工物だった。
「本当だ!」
トリスは喜色ばんだ声を上げる。私は対照的に静かにゴクリと息を呑んだ。
ずっと人間を探す旅に出たかった。それが叶おうとしてる。
「あれが、島……」
私はそこから視線を外せそうもなかった。
(人は、いるのかな)
はやる気持ちが抑えられなかった。期待に胸の高鳴りがドンドン強まっていく。
「上陸しよう」
「うん!」
ベルの言葉に元気よく頷く。
私の胸はワクワクとドキドキでいっぱいだった。




