40話 記者会見(その1)
1ヶ月後、ヴァルータ大公国では、従来の迎賓施設ではなく、新たに建築されていた大きな迎賓館(豪華さは控え目)にて、アルフォンスとシルヴィの結婚式が挙げられ、その後に披露宴(というか歓迎晩餐会)が行われた。
2人は、身内と少数の関係者のみでの挙式を望んでいたが、世界がそれを許さなかった。
(おまけに、外交庁長官である姉ソフィアも許さなかった‥‥)
アルフォンスは面倒だったが、仕方ないと諦めた。
招待する国賓やゲストは、ソフィアに全て一任した。
式と宴の全てが世界同時配信され、多くの視聴者が歓喜の声を上げた。
(シルヴィが着たウェディングドレスは、その後数年間に渡って、世界中の多くの花嫁から、ヴァルータ商会に「同じデザインのものを」との発注が殺到することになる)
アルフォンスはガチガチに緊張して、微笑むシルヴィに支えられつつ、式を終え、あとは迎賓館に設置された(高砂席のような)席に座って、ただ国賓などから祝福を受け続け、疲れ果てたのだった。
なお、結婚式は、教会ではなく迎賓館で行われたのだが、それは「ペルーサー教会」が存在しなかったからだった。
ルシフェルが当時、アルベルトとヴァルータの関係施設に、女神ペルーサーの神像を収めた祠を設置しまくった結果、他国でも自発的に(何にあやかろうとしたのやら‥‥)設置が流行し、女神ペルーサーは(崇拝や信仰というより)感謝の対象とされ、女神ペルーサーを主神?とした「ペルーサー教」なるもの(一神教ではなく、他の女神を信じることも許される多神教的なものとして)が世界に広がった。
多くの人々から、ヴァルータ大公国の外交庁に、「女神ペルーサー教会」や「女神ペルーサー教団」の設立の嘆願・請願が数多く寄せられた。
しかし、それらに対しては「当国の公式見解として、それらの設立は遠慮して頂きたいと強く願っています。当国としては、女神ペルーサーは、教会や教団といったものから最も遠く、小さな祠が最もよく似合う存在であると認識しています。(余談ですが、「様」よりも「さん」が似合う女神であるとも認識しています) なお、女神ペルーサーの名の下に、寄進・お布施・奉加等いかなる名目にかかわらず、金品等を受ける組織・団体に対しては、当国は断固たる措置を取ります」と回答してきた。
そして、その旨をニュース閲覧アプリにも(定期的に年に一度ほど)流してきた。
(小さな祠というところが、ペルーサーさんらしくていいのだ‥‥ 迎賓館の目立たない場所にも小さな祠が設置してある)
ヴァルータ大公国の公式見解に反してまで教会・教団を設立するような猛者は、さすがに現れなかった。
なお、旧3大国の国教は、衰退の一途を辿っている。
女神ユーノーのみを信じるユーノー教を国教とした(以前の)ゲデック帝国。
女神ミネルウァのみを信じるミネルウァ教を国教とした旧ザイデル皇国。
女神テフヌトのみを信じるテフヌト教を国教としていた旧テフヌト教国。
それら全ての信者が減り続けた。
以前、ルシフェルが「(俺ちゃんは)天界から追放されたといっても、あれは序列1位の女神ユーノーが阿呆だっただけだ。嫉妬深いので有名なんだよ。あいつは許せねえ‥‥」と珍しく憤っている姿を見せたことがあったけど、ルシフェルが女神ペルーサーさんの祠をあちこちに設置したのは、この結果を予想していたのだろうか‥‥
ルシフェルが天界から追放された理由については、双子のミカエルから以前に聞いた。
女神ユーノーももともとはまともな性格だったが、そのうちにあまりに我が儘が目立つようになったため、ルシフェルが「いい加減にしろ!」と諫言したところ、追放されたというのが真相らしい。
(本当は、女神ユーノーのことを最も心配していたのは、ルシフェルだったのかもしれないな‥‥)
---
アルフォンスとシルヴィの結婚式から5ヶ月ほど経ったある日、外交庁を通じて、「記者」という職業の者が取材を希望しているとの連絡が入った。
自由都市連盟では、ニュース閲覧アプリの価値を重視し、(まだ株式会社とはなっていないが)ニュースに関する組合的な組織を作っており、世界中に「記者」を派遣している。
アルフォンスは、いろいろ一段落したことだし、記者会見をしておこうかと考えた。これからは、情報がより一層重要になるだろうから、ニュースを扱う関係者と会見をするのは良い機会だと考えたのだ。
(他国も、情報公開した方が自国の信用性を維持するのに有利になると考えれば、追随するだろうしなぁ)
ヴァルータ大公国の外交庁は、ニュース閲覧アプリに「2週間後の*月*日、午後2時から、外交庁の大会議室で、『記者会見』というものを行います。ヴァルータ公開式典時における外交・商業関係者に対する会見とは異なり、今後重要になるであろうニュースに携わる記者・取材者・報道関係者の方々との質疑応答を予定しています。数日を要するかもしれませんが、我々がクルーと呼んでいる(爵位ある)11人全員が対応する予定ですので、ご希望の方はお越しください。申請や予約などは不要です」と発表した。
会見当日、大会議室は満員で、世界中から300人の関係者が出席した。
(世界同時の音声・映像ライブ中継)
ソフィアが「まず、本日は、当国代表であるアルフォンス・ヴァルータが質疑応答に対応します。では、挙手のうえ、私が任意に指名した方から質問してください。なお、あまり形式的・儀礼的なことに拘って頂く必要はありません」と述べ、記者会見は始まった。
(30代男性)
「大公陛下、シルヴィ様のどのようなところをお好きになられたのでしょうか?」
「えー、そのような質問に答えるつもりはありません」
「え? いや、記者会見ですよね? 世界中の人々が知りたいと思っていることですよ?」
「そうですねぇ‥‥ 世界中の人々の知りたいという意思と、私の(私的な質問には)答えたくないという意思、その相反する2つの意思のうち、無条件に前者が優先されるべきであるというあなたの立論の根拠を教えてください」
(アルフォンスは自然体で、穏やかな態度のままだ)
「根拠は、あなたが世界一有名な公人だからです」
「世界一有名な公人が、私的な質問に回答すべきだという根拠を教えてください。例えば、私は寝間着に関する質問などにも回答すべきなのでしょうか?」
「そのようなことを質問しているのではありません!」
「では、違いを教えてください」
(質問者は顔を真っ赤にして)「もう結構です!私は陛下ほど頭が良くありませんので!」と投げやりな態度をとった。
「頭の良し悪しは無関係だと思います。会見・会議・議論・意見交換など何でもよいのですが、他者との対話によって、思考し、自分になかった発想を取り入れ、自分の考え方が以前よりも豊かになる、幅が広がる、そういう経験こそが重要ではないでしょうか。自分の主張を貫き通した、または、議論に勝った、そのようなことは些事にすぎず、むしろ会議・議論によって自分の思考力や思考の枠組みに変化がなかったことを残念に思うべきなのです。私もクルー10人との対話によって、そういう視点・発想はなかった、と考えを修正することがよくあります。時には興奮して寝付けないこともあるほどです」
(会見場がざわついている)
(20代女性)
「大公陛下はスマポ・タプレなどの術式を構築されました。しかし、魔術は数百年前に廃れた状況でした。陛下は実は、人間ではなくスプレーマ様なのではないですか?」
「いえ、人間ですよ」
「お言葉だけではなんとも‥‥ ご自身がスプレーマ様でないことを証明してくださいませんか?」
「では、あなたが宇宙人でないことを証明してくれませんか?」
「え? いや、私は人間です。証明と言われましても‥‥」
「同じですよね。私はどうやってスプレーマでないことを証明すればよいのでしょうか? 例えば私があなたに『あなたは宇宙人でないことを証明すべきだ。しかし証明できない。ならばあなたは宇宙人である』と主張した場合、その主張は論理として成立しているでしょうか? これは『消極的事実の証明』の問題です。『否定する者には、立証責任はない』、『主張する者は証明を要し、否定する者は要しない』、『証拠が無いことは、無いことの証明にならない(証拠の不在は不在の証拠ではない)』という法諺があります。私がスプレーマであるとあなたが主張するのであれば、あなたが立証責任を負うべきなのです。まあ、実は妹のマイヤに以前教えてもらったのですけどね」とアルフォンスが笑うと、会見場は緊張から少し解放された。
「では、数々の斬新な術式の構築はいかにしてなされたのでしょうか?」
「(私は異世界転生者で、女神ペルーサーさんから頂戴したチート能力です!とは言えないからな‥‥) それが、私にもよく分からないのです。母は読書が大好きで、幼い頃によく図書館に連れて行ってもらいました。私は魔力量が極めて小さかったため、魔術に興味を持ち、古い魔術の本をよく読んでいました。そうしているうちに、ふと新しい術式が思い浮かぶようになったのです(としか答えようがない‥‥) ただ、不完全なものも多くあったため、テュポンが精緻を極めた術式に調整してくれたのですが」
(40代男性)
「いま、貴国にはどれほどの資産があるのでしょうか?」
「国家機密ですので、お答えできません」
「いえ、これは私的質問ではなく、公的質問ですので、記者会見の主旨に反しないものと思いますが」
「では、ヴァルータの記者が、おそらく今後は他国でも行われると予想される記者会見で、『貴国の情報部の情報員・工作員の容姿画像・経歴・実績、さらに王城の宝物庫の位置とその解錠方法を公開してください』と質問すれば、それにつき回答すべきだと考えますか?」
「いえ‥‥ 不可能でしょう‥‥」
この中継を一緒に視聴していたティボーデ会頭とシュヴァン会頭は「あの時と同じことを!」と顔を見合わせた。
「そうだ、初めてアルベルト殿とお会いした会合で、我々は『啓蒙』や『教育』といった言葉に相応しい対応をされた。銀行、融資、出資、貨幣と通貨などだ。今、記者たちは当時の我々と同じことを行われている!」と看破した。
ティボーデ会頭は「これだけの論理的思考力・柔軟性・穏やかながら毅然として公正な態度を、世界は明確に知ったのだ。他国の君主は、この記者会見と比較されることになる。ご愁傷様としか言いようがないのう‥‥」と頭を振った。




