25話 テフヌト教国(その1)
テフヌト教国の教皇が亡くなり、新教皇が就任したとの情報が入った。
テフヌト教国の領地は、ベクレラ王国と・ゲデック帝国・ザイデル皇国とほぼ同じくらいの面積だ。
(それでも「4大国」ではなく「3大国」と呼ばれているのは、ベクレラ王国では国内諸侯の力が強く、君主である国王の支配力が3大国より小さいからである)
テフヌト教国が約100万平方kmに対して、ヴァルータは約4万平方km、つまり25倍の広さである。
(こちらの世界の大陸:約700万平方km)
・ベクレラ王国:約100万平方km
・エング辺境伯領:10万平方km(韓国・ハンガリーくらい)
・ヴァルータ:約4万平方km(スイス・オランダ・台湾くらい)
過激な性格である新教皇は、自身の権威を示すため、また、ヴァルータの技術や財などを奪うため、ヴァルータに対して武力行使することを検討した。
ただ、これまで何度も諜報員や暗殺者が破れなかった厄介な結界のため、決断できずにいた。
そのようなとき、情報局の枢機卿が「結界を突破する魔導具があります」と教皇に上申した。
枢機卿の話によると、こういうことらしい。
テフヌト教国の諜報員が結界を突破しようとしたとき、結界の外で、ヴァルータ情報庁所属の鬼人族が1人から接触があり、「ヴァルータでは鬼人族500人がひどく差別されている。何とか救出して欲しい。ヴァルータが以前、テフヌト教国からドワーフ1,000人を救出したように」と言い、ヴァルータ結界を突破可能な魔導具を2つ渡した。
その2つの魔導具を離れて2箇所で使えば、その間の距離が最大2キロメートルに渡って結界が開く。
枢機卿も立ち会って実際に試したところ、確かに2キロメートルの範囲で結界が開いた。
「実際に鬼人族が差別されているという情報は多く入っております」
「魔導具の効果、差別の事実ともに間違いないのだな」
「はい、猊下、間違いございません」
(もちろん全てヴァルータが仕組んだ罠だ。仕組んだといっても、武力行使の意思を形成させたのではなく、武力行使の意思が既にある相手にその切っ掛けを与えたにすぎない。別に言い訳じゃないけど‥‥)
財政局の枢機卿は、「猊下、戦費はどのようにいたしましょう。教国の貨幣価値が下がってきておりますが」と判断を仰いだ。
まだ戦費調達のための国債発行という概念はない。
そこで、教皇は「密かに戦費調達をマーキュリー商業国、自由都市連盟に要請するのはどうか」と問うたが、情報局の枢機卿が「商業国と都市連盟は、オークション開催によってヴァルータと友好関係にありますので、情報が漏れる可能性が高いと思われます。それよりも、増税と貨幣改鋳によって戦費を調達すべきかと」と具申した。
情報送信術式を埋め込まれた諜報員が枢機卿の近くにいるため、全て筒抜けだ。
増税と貨幣改鋳‥‥
この場合の貨幣改鋳は、市場に流通している貨幣を回収してそれらを鋳潰し、金・銀・銅の含有率を下げて新たな貨幣を鋳造し、それらを改めて市場に流通させることで、つまり「悪貨鋳造」である。
(「最も恐ろしいのは、最強の敵ではなく、無能な上官である」というのは戦時に限らない真理だな‥‥)
財政局の枢機卿が異を唱えようとする前に、教皇が「それはよい。そのようにせよ」と決定してしまった。
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ヴァルータは、以前にベクレラ王国財務大臣から渡された分に加えて、アルベルト商会・複合娯楽施設・en専用両替所などで得てきたテフヌト教国貨幣を、金貨換算で130万枚分=約1兆enを保有していた。
(3大国1.3枚=ベクレラ王国1.1枚=エング辺境伯領1枚=100万en)
それを目立たないようにゆっくりと、ゲデック帝国、ザイデル皇国、ベクレラ王国の貨幣と両替し続け、今はほとんど保有していない。
ヴァルータ情報庁の工作員たちは、1ヶ月ほど前から「テフヌト教国は、教皇が亡くなって新教皇が就任すればヴァルータに侵攻する。ドワーフ達を掠われたことを未だに根に持っているようだ。さらに技術や富の強奪も企んでいるらしい。そして、その戦費調達のために貨幣改鋳が行われる」との噂を世界中で流し続けてきた。
また、テフヌト教国内においても、同様の噂を流し続け、「今のうちにenと両替しておいた方がよい」と工作員が扇動(実質的には「救済」といえる)し、実際に国民も危機感を抱いていたことから、enとの両替が進んでいた。
それによって、テフヌト教国の貨幣価値は徐々に下落し続けている。
そして、この日、さらに「貨幣改鋳が行われることが、ついに決定した」との噂(事実)を一斉に流した。
いまや世界中の全ての両替商・各商会などが利用しているとされる、スマポ・タプレの「為替レート表示」アプリによって、テフヌト教国の貨幣価値が下落していることが明らかになっている。
なお、「為替レート表示」はヴァルータ財務庁で操作することが可能だが、これまでに一度も行っていない。
いったん不信感を抱かれると、全く信用されなくなるからである。
(同じ理由により、工作員たちが流す噂に代えてニュース閲覧アプリを使うということもしない)
スマポ・タプレの為替レートは、世界中の両替商たちや各商会が相互にやりとりしている通話・メッセ・両替によってヴァルータ財務庁の通貨局情報部が取得(情報庁が取得した情報が瞬時に共有される)する情報、さらにen専用両替所の情報を基に算出され、為替レート表示に反映される仕組みで、極めて真っ当なものだ。
テフヌト教国は3大国の1つで、ヴァルータ公開前の為替レートは、帝国・皇国と同価値だった。
それが、貨幣改鋳決定の噂(事実)が流される直前には、テフヌト教国金貨『1.6枚』=100万enまで下落していた。
それが、さらに噂(事実)の数日後には、テフヌト教国金貨『2.2枚』=100万enまで価値が急落した。




