2023年 代表取締役兼タレント
【2023年10月】
「はい、全て問題ありません」
「へっ?」
Vtuberのトラブル解決の専門家を掲げる、相坂・熊井法律事務所。ネットでも『Vtuber 弁護士』で検索すればトップに出てくるし、実際にお世話になったVtuberさんの記事で名前が挙げられる事務所。
電話でVtuberであること、相談したいことを告げると、初回相談無料だと言われた。しかも、近くまで出向いてくれるらしい。なんなら離島の人でも、交通費事務所持ちで来てくれるとか。
あまりに都合がよすぎて逆に不安になったけど、とにかく初回相談をお願いして、言われた書類を持って近所の喫茶店で落ち合ったところ――
「ええ、これならいけます」
弁護士の女性、春蓮さんは、書類に目を通すなりしっかり頷いた。
「ええ……でも、私、この契約書にサインしちゃったんですけど……」
「不当な内容の契約は無効ですから」
フッ、と春蓮さんは眼鏡を光らせて言う。
「特にアカウントやアバターを取り上げることは、強く禁止されていますからね」
「そう……なんですか」
「人間から名前を取り上げたり、顔を剥ぐようなものでしょう? そういうことができないよう、ウチのボスが心血注いで仕組みを作りましたからね。あぁ……それで何人の推しの命が守られたことか……。さすがボス……先見の明……」
なんかうっとりして天井仰いで手まで掲げ始めた。ふぇぇ……。
「え、えっと……推しの命……?」
「あ、大丈夫です。ウチの事務所、自分の推しは担当しないようになってるので。第三者視点の、冷静な頭で資料を確認して、これは東野原さんに有利な案件だと判断しました」
推しのVtuberを担当してはいけない、という決まりがある事務所。ヤバ。
「ひわ又のぼのアバター、各種アカウントを取り戻すことは間違いなく可能です」
「本当ですか! よかった……」
安心して力が抜ける――
「が」
「が?」
「その後、東野原さんはどうするおつもりですか?」
「どうって……とりあえず、配信して、事情の説明をして……」
「その後です。どうしたいのです?」
春蓮さんはじっと目を見てくる。
「個人Vtuberとして活動を続けるのですか?」
「まあ……それは」
そうなるんじゃ? そう口にしようとした時だった。
「クロノシエルは、いいのですか?」
クロノシエル。Vtuberアイドルグループ。ひわ又のぼの居場所。
クロノシエルのひわ又のぼではなく、ただのアイドルのひわ又のぼになって。それで、その後は? その後も、ずっと――
『私、クロノシエルやめないよ。絶対。たとえ、ひとりになっても』
「ッ――」
そうだ。それだけじゃ、ダメだ。
「……アイドル、って。今の時代、やっぱりグループだと思います。ひとりではできないパフォーマンスを、グループのみんなで努力して作り上げていく……」
それが私の憧れている、アイドル。
「私は……ひわ又のぼは、アイドルグループの一員でいたい」
「それでは、どうします?」
「クロノシエルを、続けることはできませんか? どうにかして……」
春蓮さんは、ニッと頼もしく笑う。
「今の時点ではほとんど価値のない、炎上している負債ともいえる事業です。それを買い取るとなれば……今のイノベテクノさんの経営状況なら、喜んで手放すでしょう」
「な、なら、クーちゃん……咒泡クーシェのアバターとアカウントも確保できますか?」
「難しくないでしょう。ですが利用するのは元の魂……中の人でないといけませんよ?」
「もちろんです」
やめない、とクーちゃんは言っていた。
その時の真剣な目を、覚悟を……私は信じたい。例え今は連絡が取れなくても、私が、ひわ又のぼが復帰すれば、きっと連絡してくれるはずだ。
「クロノシエルを存続して、そして……またアイドルを集めて、アイドルグループにする。それが私のやりたいことです」
「分かりました。では、そうですね……」
春蓮さんはフム、と少し考える。
「さすがに今のクロノシエルを買いたい企業はないでしょう。となれば、取る手段はひとつ。それは」
「それは……?」
「自分で会社を作ってしまいましょう。社長になるんですよ、東野原さん」
しゃちょ。
「わ、私、未成年ですけどォォ~!?」
◇ ◇ ◇
【2023年11月】
未成年でも、親の同意があれば会社の社長になれるらしい。初めて知った。
……というわけで、私は春蓮さん指導のもと、新しい会社を設立し、その代表取締役社長になった。
ただのアイドルに憧れていただけの女子高校生だったのに、いつの間にか社長。
不安だ。
いちおう春蓮さんが顧問弁護士として、1年間は無償で相談に乗ってくれるらしい。そのうえVtuber文化に好意的な投資家と繋いでくれて、当面の資金を出資してもらうまで協力してくれた。
……不安だ。
事務所の方針らしいけどVtuberに甘すぎる気がする。いや、2年目からは有償になる契約だし、むしろ罠にはめられた……?
「うちの儲けですか?」
「依頼料が安すぎるんじゃないかなと……」
「ああ、それならのぼさんに対する誹謗中傷を片っ端から開示請求して訴えていくので、そちらである程度まかないますからご心配なく」
「そ、そうなんですか」
「とはいえ、そういう暇人の大多数はお金持ちというわけじゃないので、普通は儲からないんですよ。でも、うちのボスってば目利きがすごくって」
春蓮さんは得意げに、鼻息を少し荒くしながら言う。
「名前を見ただけでだいたい『払えそう』とか『ゴネそう』とか見抜いちゃうんですよ。おかげで無駄なくお金を巻き上げ……和解金をお支払いいただけるんです!」
「へ、へぇ~……」
……どういう仕組みでも構わない。ひわ又のぼを、アイドルを続けるためなら。
『復帰されるんですね』
春蓮さんがイノベテクノと話し合っている間に、私はのぼのアバターの作者さんと連絡を取った。権利上は問題ないとはいえ、心情の話は別。話を通さずに活動を再開していい思いをされるわけがない。
「はい。それでアバターのことなんですけど、このまま使用させていただいても……」
『弁護士さんからことのあらましは聞いています。正直……』
ふう、という深いため息が通話先から聞こえてくる。
『僕もクロノシエルが好きでしたから、こうなってショックだったんですが……でも、のぼさんだけでも復帰できるならよかったと思いますよ』
「あっ、ありがとうございます」
『いえいえ。僕が契約書をちゃんと読んでなかったのもいけないんですよ。Vtuberのアバターの使用権が本人に帰属するのはこの界隈の常識ですからね。僕もそのつもりで仕事したし、何も言わずに使ってくれたってよかったのに』
「そういうわけには」
『だいたい、のぼさんの場合は元のデザインをのぼさん自身が行っているので、その点でもイノベテクノの主張はおかしいんですよ』
やっぱりトーカちゃんの言う「自分で権利を持つ」ことは大切だったんだな……。
『配信、楽しみにしてます』
「はい。よろしくお願いします」
◇ ◇ ◇
【大切なお知らせ】クロノシエルのこれから【活動再開】
春蓮さんが権利を取り戻して、会社の登記も終わってから、まずは短い配信をした。
期待を持たせてしまったファンの人たちへの謝罪。
春蓮さんと事前に相談して用意した、できるかぎりの事情の説明。
「契約解除になった3人については……申し訳ないけど、詳しくはお話しできません。これ以上みんなに悲しい想いをして欲しくないからです」
紛糾するコメント欄。分かっていたけど、もう決めたこと。
「みんなと彼女たちが過ごした時間だけは嘘じゃなかったと、私は信じています」
たとえ裏側で何かしたとしても、アイドルとしての表側しか知りえないファンのみんなが苦しむ必要はないから。
落ち着かないコメント欄。納得する人、しない人、嘲笑う人。それでもお腹に力を込めて話を進めて……最後に。
「そして、最後に。私、ひわ又のぼは……Vtuberとしてアイドルを続けるため、会社を設立しました。その名も、株式会社クロノシエル! 代表取締役、ひわ又のぼ!」
コメント欄は、祝福は少なく、批判が多い。そして登記を見ればわかる私の個人情報を出しての揶揄、誹謗中傷。覚悟していたことだけど、胸に突き刺さる。勝手に涙が出てくる。
でもVtuberなら、涙を見せないでやりきれる。
「新たなクロノシエルの応援を、よろしくお願いします!」
――配信を終えて、息を吐く。
ひわ又のぼのチャンネル登録者数は、配信前に比べてだいぶ減っていた。
動きのなかったチャンネルをわざわざ登録解除する人は少ない。炎上後にすぐに解除しなかった人が、今回の配信を知って解除したのだろう。私に対する怒りか失望か……ともかく。
「『しばらくは配信するたびに登録者数が減っていくのを覚悟すること』……」
春蓮さんが持ってきた、法律事務所謹製の炎上後のVtuber活動心得を読んで、息を吐く。
……いや、なんでこんなマニュアル作ってるんだろう。あの法律事務所、Vtuberに全力すぎない?
「とにかく、地道に行くしかないよね」
Vtuber活動も。会社としても。
「――この度はお騒がせして大変申し訳ありませんでした!」
日中は、かつてクロノシエルに案件をくれた企業に挨拶に伺う。
もちろんメールで事前に連絡はしていたけど、パパ曰く『今の時代でも直接会うことは価値がある』ということなので、大小関わらず、とにかく関係のあった会社には謝罪して回った。現場で顔を合わせたこともあるし、今更『Vtuberの中の人は秘密』なんて言ってられない。
アポが取れなかった会社には飛び込みで。受付で追い返されたところもあれば、会ってくれる会社もあった。
「まあ、あそこの法律事務所が顧問弁護士についているなら……大変だろうけど頑張りなさい」
「は、はい。ありがとうございます!」
いや本当にあの法律事務所どうなってるんだろう。Vtuberに明るい会社さんはだいたい名前出したら好反応なんだけど。
ちなみに、イノベテクノは謝罪とかしてないらしく、私がイノベテクノに対する文句を延々と聞かされることも多々あった。
とにかく――謝罪行脚が終わり、その最中でもありがたいことにいくつか案件をもらい。
【新生のぼ!】新しい挨拶を決めるよ!【衣装もね!】
家に帰れば遅い時間でも、なるべく毎日配信。
「元気のいい挨拶がいいよね。あとね、のぼ、やっぱ強い女になりたい! 新衣装はまだ無理だけどさ、改変で爪とかつけちゃう!?」
なんたって社長ですからね。労働者じゃないんだから未成年でも深夜配信や耐久配信だってやりたい放題ですよ。はっはっはー!
「チャンネル登録、高評価! 応援よろしくお願いします!」
グラフは正直に、登録者数の減少を表す。でも、その減りも月日と共に徐々になだらかになってきた。
【のぼ散歩】出島にやってきたよ!【in長崎】
「おはよう、みんな! クロノシエル代表取締役社長兼タレント! 日はまた~~~?」
(テロップ)のぼ~~~!
遠出したときは実写系の動画も撮影する。まあね、どうせね、会社登記で東野原翔子ちゃんという美少女の実体があることは公にされてるからね。いや、だからって顔や体は映さないけど。
「いや~、こんなに歩くと足が棒になっちゃうな~」
って誰がごん太ポンコツロボット短足じゃい!
【バーチャル餅つき】目指せRTA世界記録!【コラボ】
「食卓の上からこんにちは! 一流お料理Vtuberの、ポテト☆サラでーす! そして今日はゲストがいます! どうぞ!」
「おはよう、みんな! クロノシエル代表取締役社長兼タレント! 日はまた~~~?」
「のぼ~~~!」
「ありがと~、サラちゃん!」
やがて少しずつ、ソロ活動からコラボもできるようになっていった。
Vtuberの人たちの中にも、クロノシエルのオタクはいたし、あの騒動をよく思っていない人も多い。コラボのお誘いをしても断られることは普通に多かった。
でも、少しずつ。
コラボを申し込んで、誤解を解いて、お願いをして。
信じてくれる人に「なんでもっと早く声をかけてくれなかったの」なんて言われて、泣いたりもしながら。
Vtuber、ひわ又のぼとして、代表取締役、東野原翔子として活動を続けて。
2025年3月――
私は高校を卒業し、ひわ又のぼは、1年と4カ月かけてチャンネル登録者数が、あの日の数字をやっと上回り――
株式会社クロノシエルは、月次決算が初めて、ギリギリ――黒字になった。
次回でクロノシエル編最終話になります。




